カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

〜自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界!〜

【活動報告】新城市民福祉フォーラムに登壇しました

12月3日開催の新城での市民福祉フォーラム。あたたかい笑いあり、涙ありの濃密な時間と空間でした。
テーマは、「知ってスッキリ!発達障がい」。目的は、発達障害に関わる関係者を、福祉だけではなく、保育・教育・行政からも広く参加してもらい、「連携の最初の一歩にしたい」というものです。
わたしは、ご縁あって、5月の最初の企画会議と諏訪利明先生への基調講演の依頼をお手伝いしました。

久しぶりにお会いできた諏訪先生の講演は、圧巻でした。テーマは、「まず理解から始めよう」でした。こうやって整理して伝えたら伝わるんだ!と気づきの連続。資料にグルグル丸をつけながら一言も聴き逃すまいと聴いていました。
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一番印象に残っていることは、「突然、障害だと言われ、自閉症の知識を十分に与えられずに、さぁ療育、と言われても親はとまどうばかり。丁寧な診断と説明が最初にあって、まずは知識を持ってもらうところからスタート」と言ってくださったところです。
子育てには「学校」がありません。みんな、「自分が育てられた経験」をよりどころに手探りで子育てにのぞみます。でも、障害のある子どもの「育ち」や「育て方」については経験したことがないから。未知のゾーン。だから、なんの見通しも手立ても示さずに「がんばって」と言われてもどうがんばっていいかわからず迷走するばかりです。親も誤学習と自爆をくりかえしてしまう……

「自分で勉強しなさい」と言われても、どう勉強したらいいのか? ガイドとなる人が必要ですよね。
諏訪先生は、自閉症の特性を「自閉症の人の学習スタイル」と表現しました。多数派の子どもたちとはちがった学び方をする。それを知ることができれば、試行錯誤の方向性を間違えずに、本人がハッピーに学ぶことができるわけです。
だから、「まず理解から始めよう」なんですね。「入り口」の大切さを、あらためて確認しました。

わたしは、第2部のシンポジウムに登壇させていただきました。与えられた時間は15分間。
「親のこれまでの経験から、会場に参加している専門家に対する期待を話してほしい」という主催者からのオーダーでした。

何が伝えたかったかというと、
子の障害がわかった親は、みんな、がんばろうとしている。だけど、うまくいかず、がんばりすぎたり、逆にもう子どもを見たくなくなったりとひとりの人の中でいったりきたりの葛藤をくり返している。
親は、自信を喪失して自己嫌悪に陥っている。同時に、自分の苦しみ=この苦しみという同一化が起きている。それが虐待リスクにつながっている。
子育てを親子だけで抱え込ませてはダメ。見通しと手立てを知っている専門家の出番です
ということです。
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なにしろ短時間なので、凝縮して伝えようと準備していました。5分オーバーしましたが、会場の熱がぐんぐんと上がり、伝わっていると実感しました。
親の体験を話す機会はたぶん10年ぶりです。10年前とは違って、自信を持って話せる部分ができてきたなと感じました。カイのおかげです。
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他にも感銘を受けたことがあります。
穂積新城市長が、フォーラムの冒頭に共催者としてあいさつをされました。市長自らがリーダーとなって「こども園」などを進めているのだなとご自身の言葉で丁寧に語られていました。また、途中退席されることなく、フォーラムの最初から最後まで参加されていたことにも驚きました。
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わたしの前に、高松信友(しんすけ)さんが当事者として、歌とメッセージを放ちました。
はじめに一言……、僕が小学生〜高校生くらいまで感じていた気持ちで言わせてください。1番困ってるのは当事者じゃなくて、オメェら(支援者)だろうが!バーカっ!!

大人になった現在でも、こう叫ばずにはいられないこと、過去の傷は過去のものではなく今も胸の中にある、折り合いのつかない苦しみがナイフのように突き刺さりました。
「これから」のことだけじゃなくて「これまでのこと」も反省して、大人になったひとたちと一緒に考えていく必要性を感じます。

シンポジウムの登壇者に、子ども未来課から上田敏代参事、学校教育課から榊原ともみ指導主事、新城福祉会から荒川淳矢氏がそれぞれの現場での実践について報告をされました。
荒川氏が最後に、「主に成人の暮らしを私たちは見ているが、過去にどのようにご本人が育ち、学んできたか野情報が本当に少ない。子どもの頃からの積み重ねを知りたい。もっと情報を共有できるように、連携をはじめていきたいです」という言葉が、今回のフォーラムの意義だったと思います。
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懇親会もあり、じっくりと親の想いを語り合うことができました。過去は変えられない、わたしたちは「間に合わなかった」ことがある、だからこそ今の子どもたちにはこんな思いをさせたくない──と。
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懇親会にて。気持ちの良い人たちとのあたたかい時間。

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プロジェクト部メンバーも応援に来てくれて心強かったです!

「新しい治療法」情報をどう受けとめるか〜LITALICO発達ナビに関連して

インターネットでは大量の情報が飛び交っています。「発達障害」「自閉スペクトラム症」……なんとかしたいと親も当事者も必死で情報を求めています。求める人がいれば提供する人もいます。

LITLICO発達ナビ(以下、「発達ナビ」。)というサイトがあります。トップページのバナーには「みんなでつくる発達障害ポータルサイト 子どもの相談からお悩みごとまで、みんなで解決」とあります。
「みんなでつくる」のあらわれとして、サイト内の「Q&A」や「コミュニティ」、「地域情報」の口コミ投稿欄、「コラム」のコメント欄にはユーザーが書き込めるようになっています。(会員登録が必要)

ユーザーによる医療情報に関する投稿の取り扱いについての発達ナビのスタンスが掲載されたので見てみました。

・ユーザーさまによる医療情報に関する投稿の取り扱いについて:LITALICO発達ナビ
https://h-navi.jp/medical_information

投稿内容に関連法令に抵触する医療情報が含まれていたり、利用規約の禁止事項に該当する場合は、運営事務局によって投稿を削除させていただく場合がございます。

一方、上記のような表現を含まない、一個人としての感想や体験に関しては削除の対象となりません。

投稿者は、実際にその療法を取り入れて有用だと考えている場合もあるだろうし、もしかしたら商業目的の投稿者もいるかもしれないが、個人としての感想や体験(の体裁をとっていれば)は削除されない。うーん……これでは……。
ここで明らかにされているのは、ユーザー投稿はフリーダムだということ。
したがって、チェックが入っていない「そういうもの」として、ユーザー投稿は読まなければいけないという注意喚起として受けとめました。

発達ナビは、専門家による連載コラムがあることもあって、サイト利用者が「ここにある情報は信頼できる」と思わせる「見た目」をしています。そのため、同じ情報がSNSや掲示板サイトに掲載されていれば慎重に吟味したであろう場合も、つい信じてしまう場合がありそうです。
しかしながら、もともと発達ナビは、以下のような免責条項(Disclaimer)を掲げられて運営されているサイトです。「見た目」がどうであれ、「そういうもの」として慎重に接した方がよいと思います。
コミュニティでの投稿内容については、株式会社LITALICOがその内容を保証し、また特定の施設、商品及びサービスの利用を推奨するものではありません。投稿された情報の利用により生じた損害について株式会社LITALICOは一切責任を負いません。コミュニティでの投稿内容は、投稿者の主観によるもので、株式会社LITALICOの見解を示すものではありません。あくまで参考情報として利用してください。また、虚偽・誇張を用いたいわゆる「やらせ」投稿を固く禁じます。「やらせ」は発見次第厳重に対処します。株式会社LITALICOは、発達障害や特定の疾患に関する診断をしたり、投薬・服薬・服用の判断をすることはできませんので、症状や薬に関する質問にはお答えできません。不安がある場合は、医療機関等にご相談ください。

このような免責条項は、発達ナビに限らず、他サイトでも一般的なものです。

信頼できる情報かどうかは、つまるところ個人の判断に任せられています。その「新しい治療法」の効果とリスクを検討して、取り入れるかどうかの決断も個人でするしかありません。

参考にプロジェクト部の医療セミナーで、吉川徹医師が挙げられた考慮すべき基準を載せておきます。

【アドバイス】
効果が厳密に証明されていない「療法」が、全て効果が無いかというとそうとも言い切れない。
が、効果が確かめられていないものは副作用も厳密には確かめられていないことに注意が必要。

 <標準的ではない療法を試す際に考慮すべき3つの基準>
 1 安全性が確かめられている。あるいは理屈で考えてどう考えても危険でないもの。
 2 値段が高くない。本人や家族の負担が大きくない。
 3 標準的療法を受けることを妨げないものであること。

「1 安全性」と「2 負担」は慎重に確かめるべきです。1と2がOKだとしても、3をチェックしなければいけません。最初の時点では1と2がOKだったのが、あとで変わる場合もあります。特定の療法で、患者を囲い込み、標準的療法を受ける機会を逃して手遅れにいたるケースを避けるためにも。
くれぐれも気をつけていきましょう。

吉川医師は発達ナビのコラムを執筆されていて、新しい薬や治療法の情報の受けとめ方について述べられています。

・発達障害と医療、新しい薬や治療法の情報をどう受け止めれば良い?−児童精神科医・吉川徹(10)
https://h-navi.jp/column/article/35025865

ちなみに、コラムに関しても免責条項がついていました。
コラムに対する投稿内容については、株式会社LITALICOがその内容を保証し、また特定の施設、商品及びサービスの利用を推奨するものではありません。投稿された情報の利用により生じた損害について株式会社LITALICOは一切責任を負いません。コラムに対する投稿内容は、投稿者の主観によるもので、株式会社LITALICOの見解を示すものではありません。あくまで参考情報として利用してください。また、虚偽・誇張を用いたいわゆる「やらせ」投稿を固く禁じます。「やらせ」は発見次第厳重に対処します。

Accept Differenceキャンペーンが素敵だ!

うわーあぁ……
これはよみがえります(涙)

一瞬でいなくなる。人がいても関係なく、見たいもの、さわりたいものにいってしまう。この世には本当に「白い目」というものがあるんだと知りました。
経験者も、渦中にいる人も、そして、町中で「へんな子がいる」と思うかたも、見てほしいです。


動画のなかのセリフ(カイパパ訳)
「障害は、見て明らかものばかりではありません」
「時々、普通とは違う行動によって明らかになることがあります」
「あなたの(冷たい)反応は、いつも明らかです」
「私にできることはありますか? そう声をかけてください」
変化を起こそう。違いを受け容れよう。──Make a difference. Accept difference.

■このキャンペーンは素敵!

このTVコマーシャルは、Accept Differenceキャンペーンの一環で、目に見えない障害に対する理解を求め、オーストラリアのニューサウスウェールズ州のなかのMid North Coast地域(シドニーの北の沿岸部)で流されたものだそうです。
内容は、自閉スペクトラム症の子どもを持つ母親の体験をもとにしています。ですが、他にも目に見えない障害はたくさんあるので、あくまでも一例としてみてほしいと説明文にありました。

動画の最後に、Accept Differenceのサイトに誘導するアナウンスが流れます。このサイトを見てみたら、実によかったので紹介します。

・Accept Difference Understanding Disability and Inclusion
http://acceptdifference.org.au/accept-difference/

このキャンペーンの目的は、Mid North Coastのビジネスとコミュニティーをもっとインクルーシブ(包摂的)にするために、実践的な助言をシェアするものです(ビジネスが入っているところに注目!)。

Inclusive Businessのページでは、ビジネス一般、医療、スーパーマーケット、映画館、観光などに向けたアドバイスが書かれていて、相談できる機関へのリンクが紹介されています。企業にとって気づきのある先進事例や法律、研修の教材などのリストをまとめたPDFもあります。

いいな、と思ったのは、「私の企業は、インクルーシブです」という宣言をした企業がマップに掲載されていること。まだ数は多くないけれど、自ら手を上げる仕組みがウェブサイト上につくられています。

ただ「理解してください」というだけじゃなくて、実践的な実例を示す──
日本でも障害者差別解消法が施行されたけれども、こういう勇気と知恵を与え合うキャンペーンを企画して、実現できたらいいな!と思います。

おろかだから生きていける

自閉スペクトラム症は脳機能の特性だ。認知のあり方が、多数派の人びととは異なっている。
自閉スペクトラム症になる原因は、遺伝や周産期のトラブルなどが考えられる。

「周産期のトラブル」ということで言うと、思い当たることがある。
カイが産まれるまでに。切迫流産の危険があって、妻は3か月入院をした。予定日よりもひと月早く産まれた。体重も少なかった。

切迫流産のきっかけは? 思い当たることがないわけではない。だが、すでに持っていた「弱さ」があったのだろうと思う。

けれども「もしかしてあの時…」と話し合ったことはあったし、今でもふと思い出すことがある。

何かの結果が出たときに、「原因は〇〇だ」と言いたくなる。「原因は〇〇」なんだから何故それを避けなかったのか? という発想に直結しがちだ。

だけど、そう言えるのは、結果が出たからであって、「後知恵」に過ぎない。その後知恵が、指し示す原因が正しいかどうか? も、後からやり直して確かめることはできない。だから検証が不可能なのに、「結果がすべて」の人たちは勝ち誇るかのように断罪する(その人たちはわたしの頭の中にもいる……)。

結果でもって断罪するのは間違っている。

神でもないわたしたちが、行く先にある結果をすべて予見して行動を選ぶことは不可能だ。

それに、その時は「思わしくない」と思われた結果が、その先の「素晴らしい」「はじまり」になることだってある。

過去は変えられない。未来はわからない。

どうせ結果でもって、過去の選択を「原因」として非難されるとわかっていたら、挑戦しないほうがいいと思ってしまう。

生まれること、人と出会うことも、いつか別れで終わることは避けられない。
別れて、つらい、かなしい思いをしたからと言って、「出会わなければよかった」とはならないだろう。
結果の後にも行為は続く。行為と結果は連鎖している。めぐりめぐってどうなることやら──おろかなわたしにはわからない。

だから思うんだ。
おろかだから生きていけると。

「先の見えすぎお先真っ暗」

何もはじめないより、はじめてみるのがいい。愛とともに。

これは、前記事「ぼくのビリーフ」の続きです。

ぼくのビリーフ

カイパパFacebookページへのコメントに触発されて書きました。

カイの障害がわかったときに、悩み、たどり着いたことです。
これは、おさないことばで綴られた、ぼくのビリーフ(信念)。

──こういうことは、人生には起きる。理由もなく、起きる。
カイは、自閉という特性を持って生きている。

人を有用性で測れば、優劣はつくかもしれないけど。
生きている、生きていくということに優劣はない。「生命」は、有用性というモノサシでは測れない。
人は、生きていること、そのものが肯定されている。

いろんな不便は、その不便を解消できる「能力」のある人や組織が解消する。
そういう能力がある者には、そういう「役割」がある。
そして、その役割は「持ち回り」なんだ。

だから、ぼくが、元気で、頑張れるうちは、精いっぱいの「有用性」を発揮して、不便を解消していくんだ。そして、動けなくなったときには、また別の人が役割を担ってくれる。
なんだかんだ言って、人類がこれまで生き延びてきたのは、こういう持ち回りがおおきくは機能しているから。

細かくみたら、いろいろあるに決まってるけど。
だから、おおきくは、信頼して大丈夫。おたがいさま──


この記事の続き──「おろかだから生きていける」もよかったらどうぞ。

自民党「家庭教育支援法案」をきっかけに文部科学省の「家庭教育支援」施策を調べてみた

今朝、わたしのTwitterのタイムラインで、朝日新聞(デジタル版)の記事についてのつぶやきがたくさん流れていました。わたしが一番ひっかかったのは「この法律案のベースに親学があるのでは……」など危惧するコメントでした。

2012年に大阪市で、大阪維新の会が提出を検討した「家庭教育支援条例(案)」に関して、カイパパ通信も含め、関係者が批判の声をあげました。参考記事のまとめはこちら。

この大阪維新の会の「家庭教育支援条例(案)」には、伝統的な子育てによって発達障害が防止できるという条文がありました。
(伝統的子育ての推進)
第18条
わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する。

この条例案は「発達障害の原因を親の育て方によるものとする間違った根拠にもとづいている」と批判を浴び、撤回されました。

今回、自民党が提出を検討しているという「家庭教育支援法案」がどのようなものなのか。法案そのものが、今のところネットでは見つけられません。名称は、大阪維新の会のものとそっくりですが、だからといって内容も同じだと即断することはできません。

・朝日新聞:家庭教育支援、国が方針 住民の協力は「責務」 自民法案(2016年10月22日05時00分)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12619776.html
自民党が来年の通常国会に提出予定の「家庭教育支援法案」(仮称)の内容が明らかになった。家庭の自主性を尊重するとしつつ、国が家庭教育支援を進めるための方針を決め、地域住民に国や自治体の施策に協力することも求める。「公」が家庭教育に関与しかねないことへの懸念の声もある。 *無料公開部分のみ引用

朝日新聞はこのように報じていますが、具体的内容はわかりません。

手がかりを探して、文部科学省のサイトを見てみました。
「家庭教育支援」というキーワードで探してみると、以下のようなことがわかりました。
長くなりますので、先に結論だけ言っておくと、親学との関連は見受けられませんでした。

まず、担当課は、生涯学習政策局男女共同参画学習課です。
施策名は「家庭の教育力の向上」となります。
ウェブサイト⇒ http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/katei/1246352.htm

検討の経緯を見ていきます。

平成23年度に「家庭教育支援の推進に関する検討委員会」をつくり、報告書をまとめています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/katei/1306958.htm

この報告書の「はじめに」の中に以下の記述があります。
家庭教育の支援施策については、教育基本法に平成18年の改正により、国と地方公共団体の責務として明記されています。この報告書が、国や地方公共団体の施策の指針となり、各地の家庭教育支援の取組の活性化に役立つことを期待しています。

教育基本法が、家庭教育の支援の推進の根拠法であることがわかります。

その後、文部科学省は、平成25年度から以下のようなテーマの検討委員会をつくって検討を続けています。
・平成25年度「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」
・平成25年度「家庭教育支援チームの在り方に関する検討委員会」
・平成26年度「中高生を中心とした子供の生活習慣が心身へ与える影響等に関する検討委員会」
・平成27年度「家庭教育支援手法等に関する検討委員会」
・平成28年度「家庭教育支援の推進方策に関する検討委員会」

「生活習慣づくり」と「家庭教育支援チーム」が主なテーマだったということがわかります。

検討委員会の集大成的な今年度(平成28年度)の「家庭教育支援の推進方策に関する検討委員会」の設置要綱にはこうあります。
1 趣旨
核家族化や地域社会のつながりの希薄化等を背景として、子育ての悩みや不安を抱えたまま保護者が孤立してしまうなど、家庭教育が困難な現状が指摘されている。
これまで文部科学省では、全ての保護者が安心して家庭教育を行えるよう、地域人材を活用した「家庭教育支援チーム」等による身近な地域における保護者への学習機会の提供や相談対応等の取組、並びに、子供から大人までの生活習慣づくりなどを推進してきたところである。
本検討委員会においては、共働きや経済的な問題などで家庭生活に余裕のない保護者への対応や、「家庭教育支援チーム」型の支援を更に普及させるための方策など、全ての保護者が充実した家庭教育を行うことができるようにするための具体的な推進方策について検討することとする。

2 検討事項
(1)全ての親の学びや育ちを応援するための方策に関する検討
(2)「家庭教育支援チーム」型の支援を全国に普及させるための方策に関する検討
(3)その他、家庭教育支援の推進のために検討することが必要な事項
※強調はカイパパ。

平成28年度の検討委員会(第3回)の資料のなかに法律案と最もリンクすると思われる来年度の予算要求の内容が掲載されています。その部分のコピーが以下です。
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クリックして拡大


このように、文部科学省は、あらたに「家庭教育支援チーム」を自治体がつくり、困難を抱える家庭への「家庭訪問(アウトリーチ)」を導入することに主眼を置いた施策展開を考えているようです。
当然、貧困や虐待の問題への対処も視野に入っているでしょう。福祉と教育の連携が、家庭という最前線で必要となっている現状への対応につながっていく可能性を感じます。

家庭教育支援チームの普及以外には、「子供の基本的な生活習慣づくりの推進のための普及啓発」「全ての保護者への家庭教育支援の充実(具体的には、人材養成と研修開催)」が施策としてあげられています。

以上、文部科学省の「「家庭教育支援」について、ざっくりと見てきました。
わたしが見たかぎりでは、親学との関連は、見受けられませんでした。1時間半ほどの検証でこのブログ記事を書いたので、ぜひ詳しい方の検証を期待します。

くりかえしになりますが、わたしは自民党の「家庭教育支援法案」の中身はまだ見ていません。法案が文部科学省の施策とは異なる内容を定めているかもしれません。また、公権力が家庭に干渉をするおそれについても、公開後、再度検討をしたいと思います。

10月30日開催【発達障害のある人たちの就労の進め方〜Kaienの取り組み〜】

おすすめのセミナー情報です! 株式会社Kaienの鈴木慶太さん(社長ブログ)のお話がじっくりと聴けます。
私もとっても楽しみにしています。
10月10日から10月25日まで、こくちーずでの受付をいたします。ぜひどうぞ♪

【発達障害のある人たちの就労の進め方〜Kaienの取り組み〜】

愛知県自閉症協会・つぼみの会は、10月30日に、株式会社Kaienの鈴木慶太氏をお迎えし、高機能自閉症・アスペルガー症候群などの発達障害がある子どもの保護者・支援者向けに、就労に関するセミナーを開催します。
お申込⇒http://kokucheese.com/event/index/432042/ こくちーず(10月25日〆切)

・日時:平成28年10月30日(日)13時〜16時(12:30〜受付)
・会場:中区役所ホール(名古屋市中区栄4-1-8)
・テーマ:『発達障害のある人たちの就労の進め方 〜Kaienの取り組み〜』
・講師:鈴木慶太様(株式会社Kaien代表取締役)
・対象:高機能自閉症・アスペルガー症候群等の子どもを持つ保護者・支援者、ご興味のある方
・参加費:愛知県自閉症協会会員−500円、会員外−2,000 円  *当日お支払下さい。
・定員:100名(こくちーず受付分)
・主催:特定非営利活動法人愛知県自閉症協会・つぼみの会
・共催:あいち発達障害者支援センター、名古屋市発達障害者支援センター

講師の鈴木慶太様は、発達障害を持つ子どもの保護者として、また就労移行支援・学生支援等に実績のある株式会社Kaienの代表として幅広くご活躍されています。このセミナーでは、近年、話題となっている大学・専門学校等の高等教育後の就労の現状ほか、Kaienでの発達障害の強み・特性を活かした支援の実践をお話しいただきます。就労に向けた適切な支援をするために、保護者・支援者など周囲が、どのように理解・準備すればよいかを考える機会としていただければ幸いです。

【講師プロフィール】
*2000年、東京大学経済学部卒。NHKアナウンサーとして報道・制作を担当。‘07年からKellogg(ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院)留学。MBA。渡米中、長男の診断を機に発達障害の能力を活かしたビジネスモデルを研究。帰国後Kaienを創業。
著書『親子で理解する発達障害 進学・就労準備の進め方』(河出書房新社)ほか

10月1日プロジェクト部企画会議〜津久井やまゆり園事件についての対話

今日は、愛知県自閉症協会・つぼみの会プロジェクト部の企画会議でした。
いつもどおり、チェックイン(ひとこと自己紹介)から始まり、3人の初参加者に向けてプロジェクト部の紹介。
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企画会議では、12月10日に豊橋で「明石洋子さん明石徹之さんの講演会」を開催すること、1月29日に岡崎で吉川徹先生の「医療セミナー」を開催すること、3月19,20日の特別支援教育フォーラムに今回はどんなふうに参加できるかな?などを話し合いました。

そして、「ネットワークかみひこうき」キックオフ会について、こうままさんから参加報告がありました。
「どこで? 誰と? どう暮らしていくか?」が、権利擁護の肝で、その願いをかなえる保障がなければ、土台からがたがたに崩れてしまうんだな……ということを思いながら聞いていました。

・ネットワークかみひこうき
http://ita-tkym.wixsite.com/kamihikouki

後半は、津久井やまゆり園事件について、対話をしました。
最初に、亡くなられた19名の方の、分かる限りの情報(年齢と性別)を一人ひとり読み上げてから、黙祷をささげました。
それから、一人ひとりが自分の言葉で、想いを語りあいました。
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ある参加者が言いました。あまりにもショックで、フリーズして何も感じなくなっていた。今日みんなと話して、ようやく感情が戻ってきた。

何か「正解」があるわけではありません。「結論」もありません。
既に、事件が起きてしまったことで、誰もが失ってしまった状態です。

一人ひとりに物語があるのに、
死は、存在を奪い、名前さえ奪ってしまった。私たちは、その人の物語を知ることができない。
塊や記号としてではなく、一人ひとりを区別して、祈ることすらできない──そんな理不尽。

下を向いて、疑心暗鬼になって、しあわせに暮らせなくなるのは、「テロ」の意図が実現してしまったことになる。そんなのはわたしはイヤだ。

死者を悼み、日常を取り戻していくこと。
一人ひとりの物語をつむいでいこう。静かな決意を胸に。
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今日のレジメ。番号も振るべきじゃなかった。記号じゃない。人間なんだ。

24時間テレビと疎外されるわたし

・「感動」するわたしたち──『24時間テレビ』と「感動ポルノ」批判をめぐって 前田拓也 / 社会学
http://synodos.jp/info/17888

この記事を読んだ。社会学者へのインタビューで構成された記事。的確で適度な距離感があって、読んで頭の中が整理された。
「障害者役割」とは、ある社会関係のなかで、障害者が暗黙のうちに周囲からそのように振る舞うことを期待されている役割を指す概念です。言い換えれば、社会のなかで暗黙につくりだされていく「障害者らしさ」「あるべき障害者像」のことだと言ってよいでしょう。

社会学者の石川准さんは、「愛やヒューマニズムを喚起し触発するように振舞うこと」「愛らしくあること lovable」「”障害を補う” 努力を怠らないこと」だとしました(石川 1992: 118)。

もうずいぶんと長いこと、「24時間テレビ」的なものへの違和感、嫌悪について、自分の周りでは話し合われてきたのだけれど。
「感動ポルノ」というキャッチーなキラーフレーズが生まれたこととバリバラが風刺をしたために、今年はこれまでで最高に批判的言説があふれた。

僕は一応そういう議論を眺めながら、なんとも言えない憂鬱な気持ちにとらわれていた。以前のように、持論を打つようなことはしたくなかった。ただ、かなしい、切なくなる感情の中にありました。
7月のあの事件の影響下(ダメージ)にずっと置かれていたこの夏だったせいもある。

「差別」はつよい言葉だけれど、少なくとも「偏見」は根強く広くあって、それが「壁」をつくる。壁ごしに、障害者を「みる」一番ポピュラーな手段が24時間テレビで。
「障害」を「乗り越えて」「努力して」「夢」を「かなえる」という全てに地雷が埋まっているようなコンセプトのもとに制作された番組は、「感動」「しろよ」と「強いてくる」。

映し出されている人は、本当にうれしそうで。個人の喜びや幸せを、良かったねとおもう。
だけど、いくつも重ねて繰り出される番組構成を見ていると、確かにある特定の「あるべき障害者像」が、これでもかと刷り込まれてくる。そして、僕は疎外感を感じる。

土になり自然に還る

前の記事から、1か月以上たっていました。

ブログは書かなくても別に誰が困るわけでもないので、自由に心の赴くままにやればいいんだとさすがにキャリア13年にもなると思います。

ただ、長く書かないでいるとどんどん書けなくなっていきます。
更新されなくなったブログ(ずっと好きだった。)を訪問した時のさみしい感じ(主がいなくなった空き家みたい…。)は、自分のブログでは、来てくれた友達に味あわせたくないなぁと思っています。過去記事⇒「ただ、そばにいる」

なので、今日は、更新しようという気持ちになったので、とくだん何を書くか決めずに書き始めてみました。

だからその頃は「人間対人間のことしか興味ない、そこしか書きたくない」って話していたと思うんですけど、人はいつか死と向き合い、自然へと還っていくでしょう? 作品自体もどんどん還っていってくれたらいいなと思いますよ。きっと生き物は年齢を重ねるとみんな土になり自然に還っていきたいと思うんでしょうし、今の環境で生活することができれば、徐々に自分もそうなっていけるような気がしています。

今日読んだ『音楽家のカルテ』椎名林檎 P.84からの引用です。
あの、椎名林檎がこんなことをつぶやくとは──。
ひとの成長というか、成熟というか。ひどく胸にしみこむことばでした。

音楽家のカルテ (Switch library)
椎名林檎
スイッチパブリッシング
2014-12-25

この頃、椎名林檎と東京事変ばかり聴いている。
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