カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

〜自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界!〜

死ぬことに対するわきまえ

今日は定期検診のため病院デー。経過は良好。
だけど、最近の生活について「まだ1年しか経っていないのですから無理はしてはいけません」と主治医から苦言をいただいた。「また同じことが起きてはいけないので、くれぐれも休みを十分とって」と。
命を救ってくださった先生は、わたしが無理をしている様子を聞くと本当に悲しそうな顔をして心配してくださる。

やっぱり。今のわたしは「不安なことを忘れよう」としているんだな。

「元通り戻った」と自分自身を説得したくて、無理をしようとする。健康でいたい、元気でありたい、という願いは誰しもある。それはきっと、死への不安の裏返しだ。毎日「死ぬかもしれない」と思って生きるのは辛い。だから、無意識にネガティブなことからは目をそらし、自分自身は死から遠い存在なのだと思い込もうとしてしまう。

「起きたこと」をあたかも「なかったこと」のように振る舞っていれば、本当に「なかったこと」に、幻想の中では変わっていく。そしてたがが外れる。

死ぬことを恐れるあまり「健康」にとらわれ、「不健康」な自分を受け入れず、否定する。そういうことなのかもしれない。

最近読んだ『治りませんように─べてるの家のいま─』(斉藤道夫著 みすず書房)の最後に出てくる向谷地生良さんが語る「死ぬことに対するわきまえ」について、考えている。

「人が死ぬってことは、人は生きるってことだし、人を生かすことだし。その生きるための力として、はぐくみとして人は死ぬといってもいいと思います。極端なことをいえば、人は死ななければ生きていける」 〜同書P.245〜
「だから、弱さを絆にというときの究極のテーマは、まさにそこでつながっている。死でつながっている。そういう暗黙の了解が、みんなあるような気がしますね」 〜同書P.245〜

わたしが考えたこと──
人はみないずれ死ぬんだよね。死に至る過程で、「弱い」じぶんと必ず出会う。嫌だって否定したって、弱いものは弱い。折り合いをつけ、受け容れ、愛することができるか? 嫌悪して否定したまま消えていくか? どちらか。

そして、「弱く」なるのは、死の直前だけじゃない。
生きているなかで、「弱さ」はいつもそばに──いや、じぶんの内にある。
それは、病気というかたちに限らない。苦手だとか、不器用だとか、くよくよするとか、じぶんの好きじゃないところ、嫌悪し隠そうとするところに「弱さ」はある。

目をそらし、見ないようにしてやり過ごしても、いつかそれに飲み込まれる。
ゲドの最大の敵は、じぶんの影だった。恐れて、逃げ続けるかぎり、それはゲドを追い詰め、力を奪っていった。
認め、じぶんから影を追いかけ、向き合ったとき、影を吸収し、彼は完全性をとりもどした。

【おすすめ】花島愛弥作品展が12月4日〜5日豊橋で開催

プロジェクト部の仲間、花島さんの娘さん「花島愛弥」さんの初個展のご案内です。
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【花島愛弥 作品展】
 彼女が唯一自由に表現できる、絵や工作の世界で15年の歩みをたどります。
 こころに大きな痛手を受けて、大好きな絵が描けなくなった時もありました。
 でも、暖かく見守ってくれる、みなさんのおかげで今があります。15年の感謝を込めて。

 工作コーナーも用意します。季節に合わせて、大きな松ぼっくりのクリスマスツリーを作ってみませんか?

・日時:2015年12月4日(金)10:00〜22:00
        12月5日(土) 9:00〜21:00
・場所:穂の国プラット芸術劇場2階研修室
   〒440-0887 愛知県 豊橋市西小田原町123
・入場無料

わたしは、本当に「良い」と思ったものしかおすすめしません。

愛弥さんの作品は、見ていただければわかるように、魅力に満ちています。色とかたちとその表情、ぐぃっと動物たちがこちらに近づいてくるようです。自然と笑みがこぼれるような愛に満ちた世界がそこにはあります。

こちらは、11月にオープンした医療法人積善会 第二積善病院のサインに採用された愛弥さんの絵です。すてきですよね〜!
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新しい才能を見にいきましょう。

アウトプットを怠らない


これはほんとそのとおりだな。
特に、まとまった時間をとれないブロガーは「ディテール詰めて、推敲して」とやろうとすると投稿できずにずるずるいってしまう。そして、時機を逃す。

途中途中で、こまめにアウトプットする。
ブログは、続いている限り、すべては「過程」なんだ。

できることもちよりワークショップ 2年ぶりに開催します!

ひさしぶりの草の根ささえあいプロジェクトの記事です。
「できることもちよりワークショップ」を名古屋で2年ぶりに開催します。(2年前のレポート
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草の根ささえあいプロジェクト主催「できることもちよりワークショップ」
2015年11月23日(祝・月) 吹上ホール第3会議室にて開催!

*お申込み→ http://kokucheese.com/event/index/345077/

◆できることもちよりワークショップとは?
支援者がまず「たてわりの壁」に気づき、横につながる<扉>を見つけるためのワークショップです。
この<扉>を通じてつながることで、私たちが今まであきらめてきた 生きづらさを抱える人たちの問題を、「しかたないよね」から「何とかできるかも!」に変えていく。
そんな時間を共有します。

NPO、行政、企業。地域の方と当事者が同じテーブルにつき、それぞれの強みやつながりを発見し、自分たちのできること・みんなでできることでささえあう、今までにない新しいプロジェクトです。

・つながり発ささえあい行き:できることもちよりワークショップとは
http://blog.canpan.info/motiyori/archive/2 より引用

名古屋では2年ぶりの開催ですが、実は全国へ出張して開催し、改善を続けてきました。
直近では、今年の7月にせと・おせっかいプロジェクトさんが瀬戸市で開催をしてくださいました。
そのときの参加者林ともみさんのレポートをご覧いただくと、具体的なイメージがつかめると思います☆
草の根さんが出して下さったたくさんの事例の中から、
事前に4例を選び、その事例についてグループで
支援策を出しあうというものです。

その4例のうち、自分はどの事例にあたるかは
分かりません。

テーブルにいあわせたメンバーが具体的に
「できること」「あるといいな」を出しあうのです。

付箋に書いてペタペタ模造紙に貼っていきます。

ファシリテーター以外のメンバーがかわり、
今度は自分が興味ある事例にいきます。
そして、また違った目線で見ることで、
新たな支援が生まれます。

…中略…

「何か困ったことがあると、
「行政は何やってるの」
「国の制度が悪いんだ」
「ちょっとなんとかしてよ」と

行政に求めがちですが、
実はマンパワーでなんとかできることって、
結構あるものです。

そして、職種や立場が多様であればあるほど、
アイディアが出てくるのです。」

・林ともみの ともみ と ともに・・・。:できることもちよりワークショップ
http://ameblo.jp/tomorin828/entry-12047951590.html より引用

草の根ささえあいプロジェクトが「名古屋市子ども・若者総合相談センター」を運営するようになってからの多くの方々との出会いが、「できることもちよりワークショップ」をもっと意味あるものに!鍛えあげる動機ともなっています。

時間をかけてバージョンアップした「できることもちよりワークショップ」に参加してみませんか? 

自分は、福祉だとか支援だとか関係のある仕事をしていないから……と思うあなたも、地域で気になる課題に力になりたい思いがあれば、ぜひこの場に参加していただきたいのです。

更に進化をとげ、パワフル!!になった
「できることもちよりワークショップ Newバージョン」を
ぜひ体験しに来てください。
開催間近ではありますが、みなさまのご参加を心待ちにしております。
===================================
◆日 時 : 2015年11月23日(祝・月)
      午後1時〜5時30分(受付 午後12時30分〜)
◆会 場 : 名古屋市中小企業振興会館(吹上ホール)
4階 第3会議室
      http://www.nipc.or.jp/fukiage/sub/access.html
◆参加費 : 会員500円 非会員1,000円
※当日、草の根ささえあいプロジェクトの
会員になっていただくこともできます。
◆定 員 : 70名
◆お申し込み:こくちーずからお申し込みください。
http://kokucheese.com/event/index/345077/

「自己決定とは自分だけで決めないこと」※親は例外

俗にいうこの「自己決定」の視点は、今や、あらゆる福祉サービスやケアの大原則として広く普及しています。その自己決定論を背景として専門家が当事者とかわす言葉の中に、
「あなたはどうしたいの……」という問いかけが、あらゆる場面で見受けられるようになりました。しかし、その問いを投げかけられた当事者の多くは、「自分が決めたのだから、その結果責任はあなた自身が背負うことになります」という背後にあるメッセージに緊張を覚え、恐怖を感じるといいます。

・引用記事:往来物手習い:自己決定とは自分だけで決めないこと
※上記の引用箇所は、向谷地生良・浦河べてるの家『安心して絶望できる人生』P.66〜68からの引用。

井上淳之典さんが引用するべてるの家の向谷地さんのことばを読んでわたしが考えたこと──

「自分だけで決めている」ことは、どの人も実は限られていて、実際には家族や友人と相談したり先生や同僚と話し合ったりして「こんなもんかな」と決めている。ネットの質問板があれだけ盛んなのも、ネットでの相談を決定に活用しているからでしょう。

「自分で決めた」経験がない人は、実は「相談をして決めた」経験がない人だったりする。相談のしかたを知らない(どこまで相談をして、何を選んで採用して、決めたらいいのか? 相談者が言うことに100%従わず、今回は70%にしておく、というあんばいがわからない)。

「あなたはどうしたいの」の問いかけは、根源的すぎてこわいものがある。
「あなたは何を頼む?」とレストランで尋ねられて、決められず冷や汗をかくのも当たり前にあること。ましてや、生活の根幹に関わるようなことを「自分で決めて、責任も取れ」と言われたら、こわくて決められないよね。

「意思決定支援」を考えるときに、「自己決定とは自分だけで決めないこと」というコンセプトを必ず思い出したい。

──とここまでが、今朝カイパパFacebookページに投稿した内容で、非常に多くの方に見ていただきました。が、ここで終わってはいけないという危機感で、以下書き足しました。

「意思決定支援」を考えるときに、「自己決定とは自分だけで決めないこと」は意識すべき。

だがしかし、「親」だけは、本人の意思決定に介入をすることに極力抑制的でありたい。

なぜなら、「親」が子に対して持つ影響力は、他の周りの人とはレベルが違うからです。
「親」がする「助言」や「選択肢の提示」は、意思決定「支援」を超えて、「代行」になりがちです。それは、形式的には本人は「選ぶ」かもしれませんが、生まれた時からの関係性(習慣)によって本人も「自動的に選ばされている」状態になってしまう。

さらに、「親」は、意思決定に介入した「責任」を自分が取るつもりなだけに、余計にたちが悪い(※自己批判です)。

「我が子のためにしたことの責任は、私が取ります!」一見いさぎよいように見えますが、これは最悪です。「本人が、自分自身の行動の責任を取ること」すなわち「自分自身の人生を生きること」を「親」が奪いとってしまっていることに気づいていないからです……。

自分で決めて、自分で責任を取る。それが、ひとりの人間の人生ですよね。
残念ながら、「親」が意思決定支援に関わると、やり過ぎてしまう。奪ってしまう。それは、「親」がずっと「親」をやってきたがゆえに(涙)。

わたしは、カイの意思を尊重したい。彼が自分で決めて選べる大人になることを目指して、日々暮らしています。彼は、昔よりもはっきりと意思を示せるようになってきています。「選ぶ」前提となる「経験」を今のうちにたくさん提供すること。それが、「親」であるわたしたちの役割で、彼が大人になってからは、彼の意思を尊重し、決定を手伝ってくれる人たちにささえられて、人生を生きていって欲しい。そう願います。

空の写真が

近頃あまり写真を撮っていない。
iPhoneが新しくなってカメラがよくなったが活かしていない。
空の写真が好きだ。特におもしろい雲が出ていると記録に残したくなるみたいだ。
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これは9月に撮った空。秋を感じた。

対象と自分の間にカメラがはさまると生々しさが薄れる気がする。だけど、空くらい離れていると間に何がはさまっても関係ないのかも。
写真に撮ると、あのスケール感がなくなってしまうから、逆に「ここに残せなかった本当の空」を思い出して懐かしむことができる。
そんなことを考えた。

2か月間毎日更新達成

8月9日からブログの毎日更新を始め、2か月になりました。

毎日書くとなると、日常のちょっとした出来事や思いつきを日記みたいにつけていく感じになりますね。

じぶんは毎日更新しようと思えばできるんだと確認して、明日からはとりあえず休日は更新もお休みにしたり、しばらく更新の間をあけたり。ゆるやかにやっていきます。

今夜は、元上司と会食をしました。わたしがからだを壊したときに、力になって、支えてくださった恩人です。
美味しい食事をしながら、相談に乗ってもらったり、カイのことを話したり、とっても楽しい時間を過ごしました。

わたしをよく理解してくださる方から、少し離れた立場からのアドバイスは心に響きます。

がんばりすぎないように。
ひとにやさしく、じぶんにやさしく。
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「ラボラトリオ・ザンザーラ展」に行ってきました!

「ラボラトリオ・ザンザーラ展」に行ってきました!

名古屋の姉妹都市であるトリノ発の知的障害のあるアーティストたちの作品展です。
肩の力の抜けたおかしみと明るい色彩が気持ちいい。とっても気に入りました。

特に、レコードジャケットをモチーフにした作品がツボでした。
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これとか。I'm BAD!

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これとか。Do I smell like teen spirit?

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これなんかサイコー♪ I am a creep.


「作品が欲しい」と思ったら、カレンダーのクラウドファンディングをやっていました。さっそく応援しました! これは、自信を持っておすすめできます。ぜひぜひぜひ応援して成立させたいです。

・イタリアの知的なハンディがある人びとがデザイン!POPでROCKなカレンダー
https://www.makuake.com/project/stu-art/

「ラボラトリオ・ザンザーラ展」は、ナゴヤドームのとなりにある「市民ギャラリー矢田」の第1展示室(階段のぼって3階です)にて10月12日(祝・月)まで開催中です。入場無料。ぜひ生で観てほしいです!

おなじ建物のなかにある東図書館では、「名古屋トリノ姉妹都市提携10周年記念 関連図書展示」もやってました☆
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「みんなの学校」批評を紹介


■「普遍的なルールを順守させる」責任を背負った教育を観て:lessorの日記
http://d.hatena.ne.jp/lessor/touch/20151005/1444061458

lessorさんの記事を読んで。

映画「みんなの学校」についての批評が、ようやく出てきて読めたと感じています。自分の知るかぎり、映画の感想か、批評でも激賞が多かったので。

lessorさんの根源的な問いかけが響く。

「みんなの学校」とは手段なのだろうか目的なのだろうか。

わたしは3月に観て、感想をメモったまま、記事にしていなかった。近々まとめたい。

夜回りカイくん

散歩とブログ毎日更新がいい感じで続いています。

おさんぽコースは、だいたい3パターンあって、一番頻度が高いのが「近所のスーパーパトロールコース」です。

スーパーに着くとカイはカゴを自分で取り、やる気満々。でも、買い物をするのではなく、陳列棚の中で「迷子」になった商品を見つけて「あるべき場所」に戻すのが彼のルーティン。

ほんとに目ざとく見つけて! これまた「あるべき場所」をよく記憶しているんですよね。

この前ちょっとこまったのが、季節限定の「栗キャラメル」。

野菜売り場に「栗関連の特設コーナー」ができていて、その中に「栗キャラメル」もありました。

ですが、1個しかなくて、品名の表示もない。いかにも「迷子」っぽい様子。おまわりさん(カイ)は、すみやかに「栗キャラメル」を保護しました。そして、お菓子コーナーへ急ぎます。
ところが、キャラメルコーナーには定番商品以外はなく居場所が見つかりません。

ぐるぐるお店をふた回りくらいして、やっぱり最初の栗特設コーナーが居場所だろうと(わたしが)判断しました。

カイは不満げでしたが、保護したつもりが誘拐になってはいけないので、おさめてもらいました。
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これです! 画像は森永商品紹介ページからお借りしました。

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