opinion

【用語】チャレンジド=挑戦を受けた人(1)

 この記事は、下記のシリーズに連なるものです。
【用語】障害者 2003年12月29日
【用語】言葉に「におい」がしみつく 2003年12月14日
【用語】メインストリームの子どもたち 2003年12月07日
【思想】ノーマライゼーション 2003年11月30日
 長文のため、3回に分けて連載します。

★1 はじめに〜「チャレンジド」という言葉を意識するまで
・私は高校生のとき1年間アメリカ・ノースカロライナ州に留学していました。
・”the challenged”という言葉には、そのとき出会っていたかもしれませんが、印象は残っていません。
・2年前に仕事で、あるプロジェクトの翻訳見直しをした際に、アメリカ人スタッフが当時使っていた「知的障害」(訳した当時は「精神薄弱」)の訳語――”mental retard”は悪い印象を与えると主張しました。

 彼は、”mental disability”か”intellectually disabled”が適切だと言い、”intellectually disabled”を使うことにしました。
一般的に障害児を表す場合に「handicappedはどうか?」とたずねたところ、今は”the challenged children”という表現がpolitically correctだと思うという返事が返ってきました。ハンディキャップも使われるけれど、「不利」「苦手」に着目した表現なので、どちらかというとチャレンジドの方がよいのではないか、というのが彼の解説でした(注)。

 私はそのとき既にカイの自閉症の診断を受けていたので、チャレンジドという表現が記憶に残りました。

(注)”mental retard”も”mental disability”も”handicapped”も普通に使われている用語です。たとえば、歴史のある団体スペシャルオリンピックスの公式ウェブサイトを見ると、”mental retard”という用語で統一されています。
The term "mental retardation" is used throughout this site because of its
specific meaning in clinical and academic settings. Other terminology –
including cognitive delay, intellectual disabilities, intellectual
handicaps, learning disability, mental disabilities and mental handicaps –
is used around the world.


★2 竹内ナミさん『ラッキーウーマン』と出会って
 この本は、私の高校時代からの恩師が「これはぜひ読んでほしい」とオススメしてくれました。さすがに私の恩師、素晴らしく刺激的で、勇気と知恵をたくさんもらいました。
 竹中ナミさんの活動は、「私はすべての障害者を納税者にしたい」というケネディ元大統領のスローガンからきっかけを得て、「チャレンジド」がキーコンセプト(これなしでは活動が成立しない不可欠の概念)としています。
 それでは、この本の中で、チャレンジドはどう説明されているか見てみましょう。
 ところで、「チャレンジド」って知ってはりますか?
 これは、障害を持っている人を表すアメリカの新しい言葉で、正式には「ザ・チャレンジド(The challenged)」といいます。
「神から挑戦という使命や課題、あるいはチャンスを与えられた人々」という意味がこめられていて、15年くらい前から使われはじめました。
「すべての人間には、生まれながらに自分の課題に向き合う力が与えられている。しかも、その課題が大きければ大きいほど、向き合う力もたくさん与えられている」
 という哲学にもとづいて生まれたそうです。
 アメリカでは「チャレンジドが働き、タックスペイアー(税を払う人)になる」というのは当たり前のこと。(略)
(プロップ・ステーションの)キャッチフレーズは「チャレンジドを納税者にできる日本!」

 どうです? 勇気が出ませんか?
「チャレンジド」という言葉は、竹中ナミさんのオリジナルではなく、最初に紹介した人でもないでしょう。しかし、ナミさんは、チャレンジド・ジャパン・フォーラムを企画・成功させた人であり、彼女が設立したプロップ・ステーションは、これまでの「保護の対象として障害者を見る福祉観」とは異なる、IT技術を活用したエンパワメントを実現しています。彼女が、「チャレンジド」の言葉普及の立役者であると思っています。

★3 Atopic Informationの言及
 ――とごく一般的な紹介でとりあえずはとどめておこうと思っていたのですが、Atopic Informationが、私のこの記事に反応して以下のような言及をされました。
正直なところ、このパターンの「ポジティブシンキング」に向かわせる言葉や新語、造語というものに私は胡散臭さを感じる。有無を言わせずしんどい自分に鞭打つ或いは苦役を強いるような感じと言えばよいだろうか?
おそらく世の中がこういう方向に向かってほしい、あるいはそういう世の中にしていきたいという意志表示を含む理念のようなものとして掲げられているものなのだとは思うが、自分の中には「うん、これは確かに大切なことなんだろうな」と感じながらも、やはり無条件に「うん、うん」と頷けないのは私が弱い、あるいは甘えただからかもしれない。人間いつもそう強くはないもんだ。
日常生活や仕事においても、目標なりノルマというものがある。もう少し言葉を変えれば課題という人もいるかもしれない。課題や目標を達成したときの達成感に喜びを感じることができるコンディション(肉体的にも精神的にも)を維持できているときにはこれはプラスに働くが、そのコンディションが崩れたときには歯車が狂ったように苦痛や自身への厳しい制約や障壁となり、自分を壊す刃ともなりうる。(※チャレンジドという言葉には)おそらくそれをも見据えての想いがこもっているのだろうなと勝手に想像してみた。

 Atopic Informationの松岡さんは、アトピー性皮膚炎患者本人の立場から、1995年から「ステロイド薬害」について戦ってきた方です。リンク集の中で特別に「setsujitsu(切実)」というカテゴリーに登録しているサイトの一つでありその活動に注目をしています。
 傍観者が「言葉の言いかえって、なんかヤな感じだよね〜」と言うのとはまるで違います。この率直な違和感(ためらいと考察)に対して、私はきちんと応えたいと思います。

【言葉】チャレンジド=挑戦を受けた人(2)
へ続く)