■何か大切なものを忘れていませんか?
  〜愛知県コロニーの今後のあり方中間報告書


 ブログ休暇に入る前に、書いておかなければならないこと。

 2005年2月6日に「中間まとめ発表:愛知県心身障害者コロニーのあり方見直し」という記事を書きました。このときは、「愛知県心身障害者コロニーの今後のあり方調査研究会議の検討状況」報告書原文を見ておらず中日新聞の報道だけで論じました。

 その後、報告書が公開されました。

・愛知県心身障害者コロニーのあり方調査研究会議の検討状況について(報告書)
http://www.pref.aichi.jp/hsc/topic/hokoku/hokoku.html
(17ページの短い報告書です。ぜひ全文に目を通して以下をお読みください。)

★「中間まとめ」に対する違和感

 読後、なんともいえない「違和感」が残りました。私は「現実」を知らない幼児のイチ親に過ぎませんが、1点だけ根本的な疑問を書き記しておきます。
 コロニーの持つ施設間の有機的な連携、職員の優れた指導力を生かし、入所者が地域で生活できる力を身に着ける努力を続けてきたが、
それを受け入れる地域基盤が地域によっては脆弱であったこと、
また、コロニーは民間社会福祉施設で処遇が困難な重度の障害のある人たち(自閉症などの強度行動障害を伴う最重度児者や濃密な医療が必要な重症児者など)を受け入れてきたことから、
結果として入所者の在籍期間が長期化し、高齢化している。(報告書3ページより。改行はカイパパが挿入)

 すみません。私の心が曲がっているからかもしれませんが、

・職員は優秀で、コロニーに問題はない。
・地域移行が進まなかった理由
(1)地域が育っていないから
(2)入所者が重症だから

――だと中間まとめは言っているように聞こえます。

 なんだか、「悪いのは、地域と入所者だ」と言っているみたいに響きます。

 本当に、それでいいんでしょうか?

 愛知県コロニーで働く職員の方を直接何人か知っていますが、職場の話をするとき、いつもどこか苦しげな表情を見せるような気がしていました。職員の方も苦悩しているんだと感じています。報告書では、コロニーでの処遇の「質」(入所者はどのような暮らしをしているか?)についての検証がありません。
 この報告書を読んで職員の方々自身も違和感を感じているのではないかと想像します。私が思うのは、この報告書は、日夜矛盾と葛藤を抱えながら、それでも何とか良い方向へ、目の前の本人のために真摯に取り組んでいる職員に対して「白々しさ」を感じさせるものではないか? ということです。

★大切なものを忘れていませんか?

「みやぎ知的障害者施設解体宣言」をまとめる中心となった田島良昭さん(宮城県福祉事業団理事長)の言葉を紹介します。

田島良昭著『施設解体宣言から福祉改革へ』ぶどう社 P.60〜61 
*「ごめんなさい」が抜け落ちていないか
 一方で、われわれが平成十四年十一月に「船形コロニー施設解体宣言」を出し、浅野知事が平成十六年二月に県内全体の施設の解体宣言、「みやぎ知的障害者施設解体宣言」を出して。この間にいろんな議論がされてきて、施設解体に対する関心が広がってきたし、理解も相当深まってきました。

 しかし私は、どうも「施設解体宣言」に対する社会の皆さんや関係者の人たちのとらえ方が焦点がズレてきているよう思うのです。それは、宣言の最初のところの「ごめんなさい」が抜け落ちていることです。

 われわれが施設解体をしようとした一番の原点は、利用者の皆さんに対して、非常に劣悪な環境の中で長い間、あなたたちの人生の大部分をすごさせてしまったのは「申し訳なかった」ということなのです。

 なぜなら、「船形コロニーのあの四人部屋に、あなたは入りたいですか?」と聞いた時に、喜んで「入りたい」と言う人はまずいません。知的障害の人だけじゃなくて、職員の人や親・家族、あるいは地域住民の皆さんに聞いても、100パーセントの人が「私は入りたくない」とおっしゃる。皆さんがそうおっしゃるようなものの中に、何十年も生活させてきたことに、お詫びを言っているのです。

 今の施設は四〇年前とか三〇年前につくられました。戦後の非常に貧しい時代から、やっと東京オリンピックをめざして、わが国がワアッと浮上しようとしていた頃です。しかしその頃は、まだまだ食べ物も着る服も住む家も、みんな貧しかった。その時代の社会を基準にして施設がつくられ、しかもその時考えられた処遇がそのまま現在まで続いてきたのです。例えば、一部屋に六人とか四人の人がひしめき合って暮らしている姿など、今では入所施設以外どこにもないでしょう。

 それを「ごめんなさい」と言わずに、何を「ごめんなさい」と言うのか。私はそう思います。

 ところがその「ごめんなさい」が抜け落ちて、地域移行はいいか悪いかとか、どういう方法でやるかとか、財源はどうするとか、そういう議論になっている。相変わらず障害をもつ人たちの幸せとは別の世界の議論になってしまっている。それは違うのではないかと思うのです。

 たしかに、「みやぎ知的障害者施設解体宣言」の冒頭にこうあります。
 宮城県福祉事業団は、平成14年11月23日、船形コロニーを2010年までに解体し、入所者全員を地域生活に移行させるという、「施設解体みやぎ宣言」を発した。宣言を発するに至った背景としては、知的障害者本人の希望と関わりなく、施設入所を当然のこととしてきたのではないかという疑問があった。施設運営に関わる職員としては、自分たちの仕事の意義に対する、真剣な反省である。

 中間まとめ報告書2ページによると、愛知県心身障害者コロニーの今後のあり方調査研究会議では、「地域生活移行を積極的に行っている宮城県福祉事業団から講師を招いてその実践過程で当面した問題も参考にし、以上全体を総合的に検討」されたそうです。どんな検討がされたのでしょうか?

 これからコロニーが真剣に地域移行へ取り組んでいくためには、それぞれが「本当の思い」を「自分の言葉で」語り合わなければどうにもならないんじゃないでしょうか?
 つらい過程になるでしょう。
 それでも、「今の、このままでいいんだろうか?」という根源的な疑問を封じ込めてしまったら何も変われないんじゃないでしょうか?

 そう思うのです。