【光とともに】第2話:ママって呼ばれたい――ですか?
■【光とともに】第2話:ママって呼ばれたい――ですか?
★はじめに〜第2話をきっかけに
ドラマ「光とともに…」第2話のクライマックスで、光君が写真カードを見ながら「マ……、マ」と発語するシーンがありました。
ジーンと来た方も多かったのでは?
カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルでは、ドラマをきっかけに、
自分たちの体験や感じていることを語り、重ねていくことを目指しています。
・【あの頃】「わが子の障害がわかるまで」体験談募集
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/387768.html 既に10名の方が書いてくれています。ぜひ読んでみて下さい。引き続き、体験談募集しています(私も、書かなくちゃ!)。体験をシェアしてみませんか?
今回は、第2話をきっかけに、自閉症の人の「言葉」について考えてみます。
★1 音声言語は、コミュニケーションで最も難しい
自閉症スペクラムは、脳の機能障害で認知のプロセスに障害があります。なかでも、目に見えない概念(たとえば言葉や時間、空間の意味など)を理解することが苦手です。
そのため、言葉(特に音声言語)を使いこなすことは、最も難しいことです。このことは、高機能自閉症の人でも共通していて、発語はあるけど適切な使い方ができないことが多い。
高機能の自閉症スペクトラム当事者も、著書の中で、音声言語は、映像や文字に置きなおして理解することを語っています。
(記事の最後に本の紹介があります)
・『ずっと普通になりたかった。』原題"A Real Person" グニダ・ガーランド
でも私の場合、言葉で説明を聞いても、頭の中で絵にならなければ、どこかへ飛んでいってしまう。あるいは、単に言葉としてだけ意識に残り、"構造の面白さ"や"語感"を味わうだけで終わってしまう。いろいろな言葉の中には、色がすてきなものや、発音が心地よいものもあるが、"絵"が思い浮かばない限り、意味にはならないのだ。(23ページ)
・『自閉症児の才能開発』原題"Thinking in Pictures" テンプル・グランディン
絵で考えるのが私のやり方である。言葉は私にとって第二言語のようなものなので、私は話し言葉や文字を、音声つきのカラー映画に翻訳して、ヴィデオを見るように、その内容を頭の中で追っていく。誰かに話しかけられると、その言葉は即座に絵に変化する。言語で考える人たちにとって、これは理解しがたい現象であろう。(20ぺージ)
自閉症者たちは、絵にして考えることのできないものを学習するのは難しい。自閉症児がもっとも簡単に覚えることができるのは、絵に直接結びつくような名詞である。(31ページ)
・『自閉症だったわたしへ』原題"Nobody Nowhere" ドナ・ウィリアムズ
先生に指されて教科書を読むのも上手だった。…だが字面はすらすらと読めたものの、読みながら内容をつかむということはできず、内容はいつも挿絵から理解していた。わたしは発音をまちがえようが文字や単語を少々ひっくり返そうが、いつも自信満々で読み続けた。(47ページ)
確かに言語はシンボルであるが、ではわたしがシンボルというものを理解していなかったかというとそれも違う。わたしにはちゃんと、わたしだけの話し方のシステムがあって、それこそが「わたしの言語」だったのである。周りの人々こそそういったわたしのシンボリズムを理解していなかったのだし、そんな人々に対して、どうやってわたしの言いたいことを説明したらよかったというのだろう。(51ページ)
…わたしも読むことは好きだったが、特に好きだったのは、電話帳と街の案内書だった。
ところが学校の教材の小説となると、わたしには何ひとつわかっていなかったのである。次第にわたしは、自分でそれに気づくようになった。読むことは読めるのだが、その内容がつかめない。内容はひとつひとつのことばの群れの中に、吸い込まれて消えていってしまうかのようだった。(68ページ)
ましてや、光君やうちのカイのように、発語の極めて少ないカナータイプの子どもたちにとって、音声言語をマスターすることは、本当に高いハードルです。
★2 言葉は、元から持っている贈り物
2002年夏に受けた、諏訪利明先生のセミナーでこんな質疑がありました。
「どうしたら、言葉が出るようになるのか?」の質問に対して諏訪先生は、
「わかりません。○○をしたから言葉が出てくるようになる――とは私には言えません。ただ、言葉は、その子が元から持っている贈り物のようにとらえた方がいいんじゃないかと思います。話し出す子は、時期が来たら話し出します」
冷たく聞こえるかもしれません。
でも、そのセミナーで「
コミュニケーションは音声言語によるものばかりではない」と学んだ後では「そうだよな、自閉症の人が一番苦手な音声言語でのコミュニケーション(ばかり)を求めるのは、酷だよな」と自然に納得しました。
★3 ママって呼ばれたいですか?
妻に聞いてみました。「カイ君にママって呼ばれたい?」
少し考えて、
「うーん、どっちでもいいかな」と妻。
「だって、”ママ”って言葉で言われなくても、カイ君はたくさん”ママ”って呼んでくれているから」
ドラマ「光とともに…」第2話の中で、里緒先生(小林聡美)が言います。反復練習で、音として「ママ」と言わせても、「ママの存在」と結びつかなければ意味はない、と。
もちろん、カイとかんたんなお話のやりとりができるようになったらいいなとは思っています。でも、そのために「ことばを叩き出す」みたいなことはしたくないです。
今は、「実物でのやりとり」の練習をしているところです。
私は「パパ」って呼ばれたいかって? 私は、もうカイから呼ばれまくってますから。
「パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ……」
↑エンドレスなかけ声。機嫌のよいときに甲高く連呼されます。たぶん音が気に入っているのでしょう。「パパ」という意味はないと思われます、わかりませんけど。
十分です(^^;
【高機能自閉症・アスペルガー症候群の本人が書いた本】
高機能自閉症・アスペルガー症候群の本人の発言は、自閉症スペクトラムとメインストリームの人々とつなぐ「失われた環(ミッシング・リンク)」です。この人たちを通して、カナータイプの自閉症児の内面も想像することができます。
おすすめ本を紹介します。
自閉症の才能開発―自閉症と天才をつなぐ環
邦題はヒドイですが、原題"Thinking in Pictures"(映像で思考する)のとおり、視覚優位の自閉症スペクトラムの特性がよく伝わってきます。この本は、自伝というより、本人の書いたとてもわかりやすい自閉症理解の入門書ですね。必読です。
グランディンさんには、他に
『我、自閉症に生まれて』があります。
自閉症だったわたしへ
親からの虐待も克明に記録されています(TT) この本を読んだだけでは、ウィリアムズさんは「母親からの虐待が原因で自閉症になったのでは」と誤解する人もいるかもしれません。文章も明晰ですし。
私は、ウィリアムズさんのTVドキュメンタリを見ました。そこで初めて、自閉症スペクトラムであるということは、はっきりと理解できました。文章だけでは誤ったイメージをもってしまう可能性を意識しました。
・ドナ・ウィリアムズ公式サイト(英語)
http://www.donnawilliams.net/
続編があります。
自閉症だったわたしへ〈2〉
ドナの結婚―自閉症だったわたしへ
ずっと「普通」になりたかった。
この本の訳者は、アスペルガー症候群の本人であるニキ・リンコさんです。邦題を見るだけで、切なくなります……。
・二キ・リンコさんのサイト:自閉連邦在地球領事館附属図書館
http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/index.htm
すごいサイトです。いつも勉強させてもらっています。
ちなみに、グランディンさんはアメリカ人、ウィリアムズさんはオーストラリア人、ガーランドさんはスウェーデン人です。
日本人の高機能自閉症の本人が書かれた本もあります。
変光星―自閉の少女に見えていた世界
平行線―ある自閉症者の青年期の回想
日本の学校でのいじめの陰湿さに、落ち込んでしまいます……。
・森口奈緒美さんのサイト:自閉症納言
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Cassiopeia/8331/
Posted by kaipapa2shin at 06:48
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光とともに…
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4月14日(水)夜10時から、日本テレビ系列でドラマ「光とともに…〓自閉症児を抱
光とともに…(1)【障害福祉〓かざぐるま】at 2004年04月29日 02:36
「これ以上見たくないお涙頂戴の安っぽい難病、身障者ドラマ(ゲンダイネット=日刊ゲンダイ)」
この記事を見つけて、すぐにどう思われるか気になった人がいたので、その人のBlogのあるエントリにコメントを投げてみた(私はこれらのドラマを見ていないので批評する立場
見くらべ、取材した上で文句を言っているのか?【嗤って……許せるのか?】at 2004年05月11日 12:21
■見くらべ、取材した上で文句を言っているのか?
■【光とともに】第2話:ママって呼ばれたい――ですか?
日刊ゲンダイが「これ以上見たくないお涙頂戴の安っぽい難病、身障者ドラマ」とかなんとか吐いたらしくて、それに関するエントリ。「カイパパ通信blog☆自
光とともに・・・ -自閉症児を抱えて-【猫飼いSAYAの積ン読日記】at 2004年05月30日 12:38
私は、「ことばというのは、コミュニケーションの為の道具でしかない。」ということに気づくのに何年もかかりました。上の子(軽度知的障害)の「独り言」と下の子(重度)の「うにゃ〜」というのは、内容的には差異はないなと。ただ、「言葉世界」の代表格「学校の先生」にこのことがなかなか理解してもらえないのです。保育園の先生のほうが、子供の年齢が低いので、理解してもらえましたね。「絵カード」もすぐ実施してもらえたり。ともかく親としては、先生に伝え続けていくしかないかな、とおもっています
ママ、と言われたことがない・・・・と猛烈にそのことにこだわった時期があったのをドラマを見てちょっと思い出した。
私はまだ1度もママと呼ばれたことがないんだ、そのことを繰り返し繰り返し頭の中で反芻していました。今思えば何と自虐的な問いかけか!
自分で自分を否定して、気持ちを追い詰めてたみたいなもんです。
そんなことはどうでもいいような気になって、時が経ち、彼はここ1ケ月位前から、時々「まりぃ〜」と呼んでくれます。
気だるそうに呼ぶので毎回ずっこけて笑ってしまいますが、「はあい」と返事をすると嬉しそうに、にこぉっと笑います。
彼の弟と妹はうるさいぐらい「ママ」や「お母さん」と呼ぶのに、何でそれを真似せずに、あまり言わないパパの真似をして名前を呼ぶようになったんでしょうね?
私はサザンが大好きでよく車の中でも聞いているんだけど、言葉のコミュニケーションが難しい、って事を知ってから、
『愛の言霊』を聴く度に「言霊なぁ・・・」とあれこれ思い巡らしてしまいます。
あ、あんまりよく聞くからか、H君も一緒にサザン歌ってくれますよ(笑)。
カイパパさん、ごぶさたしています。
愛読者カードも書けず、また「光とともに」を見ることが出来ていないこと、本当に申し訳ないです。
でも、できる限り毎日見させていただいています。
きょうは、ちょっと気になる記事があったので、カイパパさんがどうお考えになるか知りたくて、お知らせに来ました。
http://www.excite.co.jp/News/searched_story/?nd=20040509150000&nc=6392
「これ以上見たくないお涙頂戴の安っぽい難病、身障者ドラマ(ゲンダイネット=日刊ゲンダイ)」
です。
ご感想などブログで触れていただけると、大変嬉しいです。
以上、お願いだけでまことに恐縮ですが……。
>こももさん
カイパパです。
「
上の子(軽度知的障害)の「独り言」と下の子(重度)の「うにゃ〜」というのは、内容的には差異はないなと。ただ、「言葉世界」の代表格「学校の先生」にこのことがなかなか理解してもらえないのです
」
音声言語ばかり偏重するのってなぜだろう? って考えます。
ゴールデンウィーク色々な場所で、色々な親子を見かけました。
つくづく実感したのは、「音声言語による指示」に満ち溢れている――
ということでした。
子どもにとって、それは難しいだろう、と思うような、複雑な条件付け
・「○○を今やらないと、×××はさせてあげない」
・「ほら、○○だから××だって言ったでしょー!!」
などすごい勢いで言っている親たちの言葉責めにくらくらしました(^^;
思ったのは、「音声言語による指示って、すごくカンタンなんだよね」ということです。
実物を使ったり、写真を使ったり、視覚的な伝え方には工夫もいるし準備も必要です。
仮にトライしたとしても、それがすんなり自閉症スペクトラムの子に上手く伝わることはまずない。
だから、支援者に「視覚的支援をしてください」とお願いしても、
「やってみたけどうまくいきませんでしたよ」という反応が返ってくるのが怖くて、なかなか親も頼みづらかったりする。
親自身が、家庭で上手くいった実績をもっていればいいけれど、
子どもが小さく認知レベルが低いうちは、「視覚支援」も上手くいかないことが多い。
マニュアル的に「こうすればうまくいく!」という1つの正解があればいいのですが、
実際には、試行錯誤の繰り返しで、その子本人にあったコミュニケーションの方法が見つかるわけで、
「音声言語の容易さ」に頼ってしまう人には、そのめんどくさいプロセスが耐えられないのでしょう。
じゃあ、親としてはどうするか?
「うまくいった実績」を自分で積み重ねていくしかないんですよねぇ。大変だけど。
本当は、専門家から「こうすると上手くいった事例がありますよ」とバンバンアドバイスをもらえたらいいのですが、
現実は逆の場合が多いですからね。
でも、私たちは「本人の笑顔」が見たいのだから、現状の中で、燃え尽きないようにヘルプを求めながら、
できることを積み重ねていかないといけませんよね。
腐らず、前に進みたいです。
>H君ママさん
「
私はまだ1度もママと呼ばれたことがないんだ、そのことを繰り返し繰り返し頭の中で反芻していました。今思えば何と自虐的な問いかけか!
」
ああ、わかります。
やっぱり「ママ」とか「パパ」とか思い入れがあることばですものね。
あとは、「息子とキャッチボールがしたい」とか、「絵本の読み聞かせをしたい」とか「成人したら酒を酌み交わすのが夢だ」とか……(^^;<「全部実現可能かも!?」
でも、妻に言われて気がついたんです。
カイは伝えたいことがあって、伝えようとしているということに。
それは風変わりで、わかりにくいやり方ではあるのだけど、通じた瞬間というのは感動です。
もっともっと楽に、他人にもわかりやすいやり方を身につけられたらいいけれど、こういうことはあせっても仕方がないですからね。
「言霊」はスピリチュアルなものだから、音声言語なんて狭い範囲にだけ宿るものではありませんよ、きっと!(^^)/
>takayanさん
「
愛読者カードも書けず、また「光とともに」を見ることが出来ていないこと、本当に申し訳ないです
」
やめてください!
申し訳ないことなんて、何一つないじゃないですか!(+0+)
「義務」みたいになったら、すごくツマラナイです。
気の向いたときに、
「カイパパのやつ、まーた、自閉症のこと書いてるよ〜」
とこのシツコサを呆れにきてください(^^;
さて、ご指摘のゲンダイネットの記事を読んできましたが、
このことは、我が家でも「なんだか、障害をテーマにしたドラマが多いねえ」と話題にしていました。
ゴールデンウィークのとき、兄と話したときも、兄が言っていましたね。
一般的に思うことではないでしょうか。「お涙頂戴の安易な設定」――なるほど。
我が家ではテレビを観る時間がなかなかとれないので、「光とともに」以外のドラマは見ていません(電池が切れるまではスゴ録に録画していますがまだ一度も見てません)。
「光とともに」に関して言えば、(テレビ局の編成上、時流に乗ってドラマ化が決まったのかもしれないけれど)
制作者は本当に真剣に、本気で親や専門家の意見を聞きながら、脚本も演出も修正を加えながら作っている様子が伝わってきます。
1500万人以上の人が毎週視聴しているという事実は、とんでもなく凄いことです。
自閉症の理解に間違いなくプラスに働くと思っています。
ドラマで描ききれない部分は、私たちが自分たちの体験や思いを語ることで、重ねていけばいいのですから。
カイの保育園でも「原作の漫画を読みたい。貸して!」といってくださるお母さんたちが増えました。
そのことひとつとっても、このドラマは「地域を耕している」と思います(^^)
takayanさんへのお答えになっているかわかりませんが、こんなところでしょうか(^^)
カイパパ さん、
実は、カイパパさんの「いや、違う!」という回答を期待していたので(おいおい>自分)、充分答えになっています。ありがとうございました。
※裏Blogのほうからトラバさせていただきます。