■【講演会メモ】谷口奈保子さん講演会〈2006年2月5日)

★谷口奈保子さん講演会(カイパパメモ)
〜「できっこなし」は「言いっこなし!」〜

 自閉症支援セミナー3に参加してきました。
 谷口奈保子さん講演会とシンポジウムの二部構成で、「就労」をテーマにしたものでした。久しぶりに講演会に参加したのですが、本当に深いところに響く、「今からがんばろう!」と思える刺激的な内容でした。
 以下は、谷口さんの講演会のカイパパメモです。講師のチェックを経ていない非公式なものですので、あらかじめご了承下さい。文責は全てカイパパにあります。

◆知的障害者との出会いから
・知的障害者との出会いは、渋谷区の青年教室のボランティアから。
・25年前に、「知的障害者が見えない」「障害者といえば、車椅子の方や白杖を持った方しか浮かばない」ことを疑問に思った。疑問を持つと、自ら手を触れなければ気がすまない性格。
・知的障害者は、圧倒的なマイノリティ。
・「誰もが当たり前に暮らせる社会」を理念に、「たまり場」から始めた。

◆NPOパレットの平成16年度の年間収入は約9,500万円。
  内 会費収入 2.8%
    寄付収入 10.8%
    補助金助成金収入 61.8%
    事業収入 25.1%

◆おかし屋ぱれっととレストラン
・福祉作業所はパターン化されていると感じていた。それが悪いと言っているのではない。「選択肢」を増やしたかった。
・最初にクッキーを始めたときは、反対された。しかし、始めてみたら最初から好評で、初年度から売り上げ700万円を達成し、平成16年度は約2000万円。最盛期で2400万円売り上げたこともある。
 →しかし、今から作業所を立ち上げようとしている方には、クッキーはおすすめしない。既に頭打ち。競争が激しい。ぱれっとでも、差別化、商品力の向上にいつも努めている。
・始めてすぐに思ったことは、ぱれっとでも、「指導員」と「障害者」(通所者)の二者で、指導員は「先生」と呼ばれて、「障害者」はいくつになっても「○○ちゃん」と呼ばれている。職場では、「○○さん」と呼び合うことを徹底した。
・それでも、やっぱり違和感があった。通常の人と触れ合う機会が少ない。そこで、レストランを始めた。レストランは、普通の従業員がいて、その中に障害者もいる。
・レストランは、株式会社で始めた。ふつう福祉の作業所というと、行政の補助金や企業の下請け仕事が多いが、選択肢を増やしたかった。
・助成金は一切ない。自分は「障害者の雇用は、企業がするべきだ」が持論。だから、自分でやってみせようと始めた。順調だったが、バブル崩壊後の外食産業の冷え込みで、売り上げが悪化。閉店も考えたが、支持してくれる人たちがいて、小さい店舗に移転をして現在も続けている。

◆駅前のど真ん中に
・なぜ渋谷区の恵比寿の超一等地に、ぱれっとを出すことにこだわったか?
 自分たちは、「本人を社会に押し出す役割」を持っているから。隔離した目立たないところにいては、意味がない。
 しかし、「社会に押し出す」ことは、本人を「守り」「囲いこんでいる」親たちとの葛藤の連続でもあった。親から「こういう子を育てた子もないくせに、何がわかる」と批判される。それはそのとおりだ。自分には、わからないことがたくさんある。
 けれども、色んな人たちがいて社会はできているのだから。同じ立場の人だけでかたまっていては、「偏ったもの」ができる。色んな考えがぶつかって、いいものができる。そう信じてやってきたが、それを理解してもらうまでに15年間かかった。
・自分は率直に物を言う人間だから、衝突も多い。
「ベターじゃなくて、ベストをつくれるなら、その前に戦いがあってもいい。おそれない」

◆どうしたら働けるようになるか?
・20年前よりもずっと上向き。日本全体の意識が、障害者を見る目が、変わってきたと感じている。行政や企業とのコラボレーションができる時代になってきた。親も若返り、意識が変わってきた。父親たちも出てくるようになってきた。
 しかし、就労はまだまだ進んでいない。特に知的障害、精神障害は。
・学校で教育を受ける期間より、卒業後の期間はずっと長い。学校で一所懸命就労のための訓練をしているが、場面が変わると対応できない。社会は厳しくて、理解する人の数も学校の時期に比べて狭まる。知的障害が軽ければ軽い人ほど摩擦が多い。コミュニケーション能力が低いために、本人の力だけでは、理解者・支援者が増えにくい。
・学校で、社会の厳しさを教えるのは無理なのかもしれない。先生自身が、社会の厳しさを知らないから。また、障害は個人個人異なっており、十把ひとからげの指導や対応ではダメ。ニューハンプシャー州で、何度も繰り返し教えられたことは「100通りのニーズがあれば100通りのサービスがある」ということ。つまり、一人の人間として認められ生きるという権利擁護のことだ。
・しかし、そういうことを言うと「できるはずがない」「やっても無駄だ」という声がすぐに聞こえてくる。
・在宅から社会へ出て行くときに、「100通りのサービス」を提供するのは誰か? 昔から、母親たちが責任を持つのが当然とされてきた。しかしそれでいいのか。一般の人たちが「受け皿」を作っていくべきだ。
・受ける側の責任も重い。スタッフの力が弱い。勉強しない人が多い。ぱれっとでスタッフを採用する時には、「創造」と「想像」の力があるかどうかを見ている。人の敷いたレールに安穏としているのではなく、自ら変えていくスタッフが必要。

・「自分の子どもだけよければいい」ではダメで、社会を変える。

◆組織の経営
・どんな組織でも、運営、経営が問われる。立ち上げるのは簡単。わくわくして楽しく始められるが、1年後3年後に持続していられるか。必要な変革を継続できるか?
・スタッフに良い仕事をしてもらうために、それだけの処遇(所得、勤務条件等)ができるか?

◆親が子を手放さない。
・今の若い世代の親には実感がわかないかもしれないが、50歳60歳を超えていくと、親が子を手放さない例が多い。その理由は、「さびしい」「基礎年金が生活の糧になっている」「年金生活の中からグループホームの経費を出すのが難しい」といったこと。
・しかし、いつかは親はいなくなる。社会にゆだねるしかない。

◆受け皿は親だけじゃつくれない
・「受け皿」は親だけじゃつくれないんです。一般の人や行政や企業、社会の中で、それぞれの役割がある。それを総合して、誰もが生きやすい社会をつくる。

◆権利擁護は、日々の生活の中にある
・ニューハンプシャー州は大規模入所施設の解体→地域移行を最初にやった州。完了するまでに20年間かかった。先日、ニューハンプシャー州から招いて講演会を開催した。そこでのディスカッションをしたときに、施設解体をしたのは結局、障害者の人権を守るためだったのだという話が出た。
・人権とか、権利擁護は、政治家がつくるもの、親がつくるもの、法律の中にあるものではない。
・権利擁護は、日々の生活の中にある。出会う人ひとりひとりの中に権利擁護はある。
・本人が、自分の声で、自分の言葉で「自分はこうしたい」と主張することが、職場、地域、生活を変える。
・どうやって本人の声を出せるようにするか?――そのことを日々一緒に意識して、世の中を変えていかなければいけない。

【参考サイト】

・NPOぱれっと
http://www.npo-palette.or.jp/index.html

・おかし屋ぱれっと
http://www.okashiya-palette.or.jp/index.html

・ジョーの発達障害サポート研究室☆: ■【セミナー】大成功!自閉症協会愛知県支部 支援セミナー掘No.60]
http://tamago-picture-world.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/__d71f.html
 主催者である父親部ジョーさんのレポートです。(2006年2月9日追記)

・こうくんを守れ!!!: 支援セミナー
http://koumama.seesaa.net/article/12874294.html
 こうままさんの感じたセミナーレポートです。

【谷口奈保子さんの本】
 ここに全部書いてあります(^^)
福祉に、発想の転換を!―NPO法人ぱれっとの挑戦