■『県庁の星』


出張していました。

話題の『県庁の星』、映画を観たかったのですが行ける見込みがなく、新幹線で原作本を読みました。

それほど期待していなかったのですが、面白かった。
以下感想です。

★ストーリー

ストーリーは単純。県庁のエリート「野村聡」が、郊外の中堅スーパーに1年間の民間企業派遣研修に出向き、スーパーで働く人々と出会い成長していく物語。

★テーマ

この小説のテーマは、「コミュニケーション」と「内省」だ。

・自分の目に映っている「他人」の姿が真実だとは限らない
・自分が「自分の思い」だと思っていること(だけ)が、本当の自分の思いだとは限らない

★「コミュニケーション」――理解してから、理解される

小説は、「野村」と「二宮泰子」(パートだが、実質的に店を仕切る「裏店長」と呼ばれている)が、それぞれ1人称視点で語る形になっている。

当初、野村の目には、スーパーとそこで働く人たちの姿が、「怠け者で、何も考えていないダメな連中」と映っている。二宮やスーパーの人たちの目には、野村が「エリートで、頭でっかちで現場や人が全然分かっていない、鼻持ちならないヤツ」と映っている。

その、目に映る「相手の姿」が、変化していく。「同じ人間」なのに、理解するにつれて、「別人のように」見えてくる。この変化が感動的だ。

お互いが「先入観」にとらわれて、相手を「ダメだ」と決めつけているうちは、言葉は届かない。相手のことを理解しようとする前に、評価を下してしまうから、そこで思考がストップしてしまう。これまで生きてきた経歴・立場が離れていればいるほど、このワナに陥りやすいんだろう。

印象的だった部分を引く――
「慣例、前例って言うんでしょ。能力がないからじゃないの? 人を見る力がないから書類の数字を引っかき回してるんじゃないの?」――二宮の言葉(p.185)
……
「中身を見る力のないヤツは、印刷されてる数字を信じるしかない。魚の目を見れば新鮮かどうかすぐにわかるもんなんだ。昔の人はきちんと見ていたよ」――高橋の言葉(p.218)


野村が、スーパーの同僚をバカにすることをやめて、自分のやり方に相手を合わせようとするのをやめて、まず相手を理解しようとし始めてから、相手の反応が変化してくる。「理解してから、理解される」(『7つの習慣』第5の習慣←難易度が高い!)の実践だと思った。

★もう一つのテーマ(だと私が考えた)――「内省」について

・自分が「自分の思い」だと思っていること(だけ)が、本当の自分の思いだとは限らない

ということ。印象的だった部分を引く――
「気持ちって一つじゃありませんでしょ。表に出て来る感情の下にはね、違う気持ちが潜(ひそ)んでいるでしょ。
たとえば、子どもがしっかりしたことを言えば、大きくなったんだなって思いと同時に、親離れされたようで寂しく感じたりね。泰子さんは生意気なこと言ってという部分をお詠(うた)いになるでしょ。
そこをね、一つ捲(めく)って、その下の気持ちを詠んでご覧になるといいんじゃないかしら」

「独立したいと言われたら、甘いと思う気持ちの下にいろいろ隠れていると思うのよ。
失敗してもいいから好きにやりなさい、見守っているからね、とかね。
もう一つ下には心配だわって気持ちがあるかもしれないわよね。
そのまた一段下には、心配するのが親の仕事だからと、諦(あきら)めの気持ちがあるかもね」――すず子の言葉(p.151)


自分の心を、一枚一枚めくっていく。「本当の気持ち」なんて、自分のメンタル・モデルにまかせきっていたら、見つけられない。すず子の言葉に影響されて、二宮も変化していく。

――と、レビューをしてみると、『県庁の星』は、アメリカで多い、小説仕立ての自己啓発やマネジメント学習本の、日本では稀な成功例のように思えてきた。

――という感想はかなり特殊ですが、こんな理屈っぽく読まずに、単純に、成長物語、サクセス・ストーリーとして、胸が熱くなりますよ。オススメです。

(ちなみに、映画では、柴崎コウが演じる二宮(「アキ」と下の名前が変わっている)ですが、原作では、20歳の息子のいる40代後半の太ったオバサンですのであしからず(^^;)