■「私たち自身も甘やかされている」

 私の友人であり、信頼する養護学校教諭である、やましんさんの日記を紹介します。

 やましんさんは、生徒と一緒に職場実習を体験して、企業の仕事の基準の厳しさを実感され、学校の先生として、反省の念を込めて語られています。

・一般社会で働くと言うこと… - やましんの独り言 - 楽天ブログ(Blog)
http://plaza.rakuten.co.jp/gogocappuccino/diary/200702240000/
考えても見れば、将来この子達もそんな世の中へ出ていくわけです。
その中でも通用する力を付ける必要があるし、まずは私たち自身が一般社会の基準に立って自分たちの仕事を振り返ってみる必要もあるんじゃないかな?
教育の場って、あまり厳格な管理とかはやっていなくて、普段の活動も「子どもに合わせて」結構柔軟にやっていることがほとんどです。
それが当たり前になっているから、今回のようにちょっと細かい注文を付けられただけであたふたという感じになっちゃう。

いつも厳格にする必要なんてないけど、そんな一般社会の価値基準へどう近づけていくかを、しっかりと見通しを持って取り組んでいく必要がある。
特に一般就労を目指す生徒達にはしっかり力を付けてもらわなくてはいけない。

だから、その前に私たち指導する立場のものが一般社会の基準を知らなくてはいけない。
甘やかされているのは生徒達だけでない。私たち自身も甘やかされているのだ。

★日記の本題に対する思い

 確かに、「社会に出していく」仕事をしていて、「その社会がどのようなものか?」をしっかりと把握しているといないとでは、日々の教育のスタンスが変わってきますよね。

 私は自分の職場を眺めていて、この仕事(企画業務)に求められているのは、柔軟性、瞬発力、創造性、プレゼン能力……とかいったもので、「うちの子には、どうやっても向いていない」と思う。私も、もっと世界を広げて、色々な職場を見て、カイができそうな仕事を見つけたいです。そして、今からそれに向けてできることから取り掛かれたらいいですよね。
 学校の先生は、そのための「よきガイド」になっていただきたいと思います。

★「フレーズ」からの気づき

 やましんさんの日記の本題からは外れますが、「私たち自身も甘やかされているのだ」というフレーズがとても印象に残りました。

 職場で、私たちは、実はフォローしフォローされあっています。

 失敗はざらにあるし、完璧な人はいない。仕事がデキてるつもりのやつがいても、それはフォローされる頻度が多少少ないだけど、そいつもチームで守られている。組織で守られている。仕事に必要な情報の入手だって、個人の立場だったら絶対に不可能な内容・レベルのものも与えられている。

 だれも、一人ぼっちで生きているわけじゃない。
 だれかに甘やかされているから生きていけている。

 社会が優しくない、と糾弾する前に、自分の職場は優しい職場だろうか?
 だれかを責めたり、いじめたり、仲間はずれにしたりしていないだろうか?
 そんな職場で、自閉症の人が仲間として働けるだろうか?

 ハンディのあるわが子に優しくしてほしいと思うのだったら、私が他人に優しくなろうと思います。

 それは、私が「周囲からどんなに優しくしてもらい(甘やかされ)助けられているか」を自覚すること、感謝の気持ちを忘れないことから始まるんですね。

 そんな気づきをもらいました。やましんさんありがとー♪