■「チャレンジド」再考

★「チャレンジド」という概念により「否定」される存在?

 前回の記事で、私が「チャレンジド」について書いた記事を紹介したところ、S嬢さんからTrackbackで、以下の記事の紹介を受けました。

・天竺堂通信:チャレンジド考
http://blog.livedoor.jp/tenjikudo/archives/50217332.html
「チャレンジド」の“反対側”にあるものが、言外に否定されている気がするのだ。「『挑戦』という使命や課題、チャンスや資格」があると決め付けることで、それをクリアできない人やクリアしたくない人を、差別することに繋がりはしないか? 「チャレンジドにふさわしい人」と「チャレンジドにふさわしくない人」を生み出す恐れはないか?
 なるほど。こういう受け止め方もありますね。(この記事は、コメント欄も含めてお読みになっていただくとよいかと思います。)

 Trackbackをいただいた、下記のかへる日記の記事も、この天竺堂通信さんの記事を踏まえて読むと主旨が理解しやすいです。

★「がんばらない」と「チャレンジド」の概念は衝突する?

 かへる日記さんは、ご自身の職場である風の工房の基本コンセプトが「がんばらない」であることを紹介してくださっています。

・かへる日記 (FRGFRG304) - がんばらない
http://d.hatena.ne.jp/ngmkz/20070327/1175008178
その当時の代表である関さん曰く、「障碍者はいつも頑張れや頑張ってと言われている。けど、頑張らなくてもその人らしい生活というのは出来るんじゃないか?」ということみたいです。
 同感です。

 「チャレンジド」という言葉が、「頑張れ!」といわれているようで疲れてしまう、というご指摘は、初期の頃に、Atopic Informationさんからいただいていました。

・Atopic Information:ラッキーウーマン
http://www.atopic-info.com/archives/000442.html
正直なところ、このパターンの「ポジティブシンキング」に向かわせる言葉や新語、造語というものに私は胡散臭さを感じる。有無を言わせずしんどい自分に鞭打つ或いは苦役を強いるような感じと言えばよいだろうか?
 それに応えるかたちで、私は「チャレンジド=挑戦を受けた人」の一連の連載記事を書きました。こんな結論をラストに持ってきています。

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:【用語】チャレンジド=挑戦を受けた人(3)
http://blog.livedoor.jp/kaipapa2shin/archives/136116.html
「自閉症は文化である」とTEACCH部創立者ショプラー教授が価値転換を図っているように、わが子にとって、この世の中は異文化社会であり、わかりにくく、とても不器用で不利を背負ったカイは、やはり挑戦を受けている。
 そして、限られたツールで、勇敢に立ち向かい、日々成長していく姿を毎日見ている。

「チャレンジド」は単なる言いかえや「だからガンバレ!」といった無神経なスローガンではない。
 そして、特殊な存在を表す呼び方でもない。
 たまたま、偶然性が支配するこの世界で、確率によってチャレンジを受けることになった人々のことです。
 私が言いたかったことは──

・不利を背負わされた人が、限られたツールで、勇敢に立ち向かい、日々成長していく姿に対して、尊敬の思いをもっている。
・ただ「生存する」ためだけでも、苦痛や苦労、不便を強いられている中で、生き抜いていくことだけで、「すごい!」という畏敬の念をいだいている。

「だから、これ以上のムチャな要求はやめよう。君が生きているだけで、すごいことだ!」
「苦もなくできてしまうメインストリームの人たちが、これ以上《がんばれ》なんていう資格あるのかな?」
 という思いも込めて、書いたつもりです。

★「がんばる」ことを強制する風土のなかで

 けれども、現実はどうだろう?
 ハンディのある人ほど「がんばれ」と言われている。多数派の社会、文化、価値観に合わせることを強制される。「歩み寄り」を、より多くもとめられるのは、障害を持っている人たちのほうだ。

 周囲の人たちも、自覚なく、善意の言葉として、「がんばれ」と言ってしまっている。

 だから、「チャレンジド」という、日本語ではない言葉を持ってきたとしても、今のこの国の土壌に置いた瞬間に、「チャレンジド=困難があるからこそ、人よりも余計にがんばらなければならない《義務》を課された人」という意味合い、言葉のにおいがついてしまうのかもしれない。

 こういったことを、再認識できました。

 過去記事を掘り起こして、Trackbackをさせていただいてよかったです。S嬢さん、天竺堂さん、かへるさんありがとうございました(^^)

★「がんばれ」って言わないで 「がんばらないで」と言わないで

「がんばれ」に関連しては、やっぱりこの記事をあげておかないわけにはいきませんね。初期の頃からの愛読者様にはお馴染みですが、私の中に、いつもある思いというか、葛藤ということで、紹介をしておきます。

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:「がんばれ」って言わないで 「がんばらないで」と言わないで(2004年05月29日)
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/742875.html
がんばりすぎてしまう親をだれが救ってくれるの?