重松清さんの小説を最近よく読んでいます。
ストーリーの面白さも、ですが、主人公たちの懸命さに惹かれます。

吃音の少年を主人公に描いた『きよしこ』から──
 お話は──少なくともぼくの書くお話は、現実を生きるひとの励ましや支えになどならないだろう、と思っている。ましてや、慰めや癒しになど。ぼくはそこまで現実をなめてはいないし、お話にそんな重荷を背負わせるつもりもない。
 お話にできるのは「ただ、そばにいる」ということだけだ、とぼくは思う。だからいつも、まだあったことのない誰かのそばに置いてもらえることを願って、お話を書いている。
これが、重松さんの小説を書くスタンスなんだと思いました。

「ただ、そばにいる」



ブログ更新を再開して、お気に入りに入れていたブログを巡回してみました。
更新停止中は、他のブログも、限られた友人ブログ以外見ていなかったので、数年ぶりの訪問でした。

ブログ自体が無くなったもの…

「終了宣言」がされたもの…

存在しているけど、更新が止まって数年前の日付のまま…広告コメントで埋め尽くされているもの──主を失った空き家のようでした。

「さみしい…」

カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルも、同じだったんですね。

訪問のたびに、更新されない画面を見て、
「カイパパ元気かな?」と主の心配をして、小さく胸を痛めてくれたんじゃないかな…
それでも、あきらめず、訪問してくれてありがとう。

あきらめて、去った方々もいらっしゃるでしょう。
「昔なじみの変わり果てた姿」を見るのは、だれだってつらい。

何かを成し遂げる、といった大きな目的は、もう持つことはない。
自分には、誇るべき活動もなければ、シェアできる有益な情報もない。
平凡な仕事と暮らしがあるだけ。

毎日じゃなくても、極端に間隔をあけることなく、
短い記事でもいいから、更新をしていこう。

ただ、続けていこう、と思っています。



気が向いたときに、訪れると、そこに古い友人のおだやかな暮らしがある。
それを見て、なんとなくほっとする。そんな存在になりたい。

きよしこ (新潮文庫)
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