・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル : 昔の子どもだった頃の写真
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この記事に共感のコメントをいただきました。

「そういう支援者さんもいらっしゃるんですね」
そのことばには、そんな支援者に出会いたいという願いがこもっています。

私が、彼から「昔の子どもだった頃の写真」を必ず見せてもらう話を聞いたのは、カイの障害がわかってから1年くらい経った頃でした。
当時私は、たくさん本で勉強をして、自閉症の知識を頭に詰め込んで、本当に大変な状態のカイに対して「療育」ができる効果の小ささに絶望し、専門家と呼ばれる人たちに対して失望感をいだいていました。

その頃に、彼と出会いました。最初はどんな人かわからなかったのですが、彼の勤務する法人が開催した佐々木正美先生の講演会を聴きにいったり、仲良くなり、いろいろなことを話すようになりました。
考えてみると、専門家の立場にいるひとと、個人的な話をしたのは初めてでした。

彼が勤務先の入所施設で目にしている現実。実現したい理想とのギャップ。
いろいろな話をした。

私が、本当にまいっているときに愚痴を聞いてくれた。

「親は24時間親なんだね」
「自分は、非番の時は、自分の好き勝手ができるけど」
「遠くても駆けつけるから、カイ君を見させて」

そう言ってくれた。
僕たちは、友だちになった。



「支援者」と気軽に呼ぶけど、本当に大変な責任のある仕事。

この仕事をあえて選び、続けている動機が、それぞれの胸にあると思います。

親は、余裕がなさ過ぎて、自分の目の前にいる「支援者」もまたナマミの人間として、人生を背負って、色んな思いをもっていることに想像がいたらなかったりします。

「あなたはどんな人なんですか?」という、他人と出会ったときにする、ごく当たり前の質問を、「福祉の専門家」「学校の先生」「医師」という看板をかけているひとには、口にしない。

でも、本当は、それはいいことじゃない。

私たちが「子どもを、子どもを理解して」ということに必死になってばかりで、支援者のひととなりに関心を示さない、では、一方通行ですよね。

わかって、わかって、だけじゃない。目の前にいるあなたの話を聴きたい。

どの仕事のプロにも、心はある。叩けばアザになるし、切れば血が流れる。表に見せないだけ。プロだから。

すごく長く、密な関係が、支援者とはあるのに、意外なほど相手のことを知らない。
訊いて教えてもらえないなら仕方がない。
けど、そもそも関心がないとしたら、やっぱり対等な信頼関係とはちがう、利用関係で留まってしまうよね。

シンプルなことだ。個人的な話をしよう。

「わが子を託す」「あなたを知りたい」「あなたの話を聞かせてください」