昨夜10時40分頃。乗っていたJRの列車が急停車した。車内アナウンスが入り、人が線路に入り、急停車した、今から運転手が確認をしに行く、という。

ざわめく車内。目の前に座っている二人組の男の人が「人身だと、現場検証とかで、2時間はかかるな」と話している。

しばらくしてアナウンスが再び入る。息を切らした声で──ひとが当列車と接触しました、運転手が遺体を発見しました。警察と消防が現場を確認するまで停車をします。
「ええーーーっ」という声。一斉に、携帯を取り出し、連絡を取り出す車内のひとびと。

「JR東海の社員は車掌室まで来て下さい」移動していく人が2名。



現場検証中。私は、車内で立って待っている。

亡くなったんだ。
こういう時、どう感じるものなんだろう。

車内は、騒がしい。しゃべっている人は、笑ったり、迷惑だと言ったり、はためからは「楽しそう」に見える。
「この電車がはねた」といわれても、現実感がないし。
その死に、道義的な責任を感じることもないのだけれど。
私も、悲しいとか、かわいそうとかいう感情は感じてはいない。が、「戸惑い」のような感情がある。

まったく無邪気に笑ってる女子高生には違和感があった。座り込み、靴を脱ぎ、だべっている子たちが2組み。
人の死を、実際に体験したことがないと、想像することすらできないのだろうか?

私は、いつもは先頭車両に乗るのだが、今日はたまたま後部車両に乗っていた…
だから何?、ということもないが。

頻繁に、現在の状況についてのアナウンスが入る。
怒っているひとがいないのは、救いか。




もうじき一時間が経つ。

女子高生はしりとりを始めた。

トイレは最後尾にある。何人かが、後部車両へと移動していく。
非日常。日常の象徴のような電車のなかで。
「紙はないみたい」、「被災地みたいだね」とつぶやく女の人。





日付が変わった。深夜この時間に缶詰めは体力的にきついものがある。
怒り始めている人もいる。しゃがみこみ、スーツケースに持たれて眠る女性。
車窓から、行き来する消防士の姿が見える。大変な仕事だ。




動くようだ。あと少し。

「まもなく」というアナウンスから30分以上経過。「まだ」とのこと。いらいらが高じてきている。

上り電車が徐行で通り過ぎ、警察官が線路にいないことを確認してから、車両の安全を確認して動かす、とのこと。

上り電車が1本。ゆっくりと通過。乗っている人と目が合う。

「人身事故だと二時間はかかる」と目の前の人が言っていたけど、実際に、二時間が経過した。

動いた。「やったー」「なんか感動な感じ」とか声が聞こえる。


翌日、報道を確認した。
記事はなかった。