震災のことを思うと、とても複雑でこんがらがった感情がわきあがってきます。その時、翌日、日曜日、自分が何をしていたか全部思い出されます。
今日は休みだったので、いろいろなことをしている最中にも、心がさまようというか、そのことをバックグラウンドで考え続けているような…

ブログで必死でメッセージを発していたことも。それは、よいことだったかどうかは自分でも判断がつきません。その時にしたことは残っているわけで。その責任は受け入れます。

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:カテゴリ「地震」
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東京、首都圏がダメージを受けているとしたら、復興する力も無く、西日本から支えるしかないじゃないか、名古屋や大阪に首都機能を移すとかそこまでやって支援しなきゃいけないんじゃないか、そんなことを真面目に考えていました。悲壮感に衝き動かされて、ブログで叫んでいた。自分の不安やかなしみをまき散らしただけだったかもしれません。

今書いているこの記事も、書くつもりはありませんでした。さりげなく、過ぎていくのがよいと考えていました。
けれども、感情が、Facebookで自分が書いたりコメントをしているなかで、ぽろぽろと零れ落ちるというか、結局そのことを気にしていて、考え続けているのでした。

草の根ささえあいプロジェクトのことを書きます。

草の根ささえあいプロジェクトは、まだその名前がついていない頃、昨年4月に始まりました。

「震災がきっかけなの?」と何人かに尋ねられて、私は口ごもっていました。
自分のなかで、はっきりとしたかたちで、「震災があったから→草の根ささえあいプロジェクトに関わることに決めた」と意識したことはなくて。

そうではないけれども、「もう二度と社会的な活動に関わることはないだろう」と思っていた自分が、今こうなっているのは、心の奥底に影響を受けた(受け続けている)からだろうし、「社会状況が変わった」と思い知らされた、この肌感覚が、自閉症のことだけを考えているだけでは足りないと思わせたのかもしれません。でもその説明は、後付け的でしっくり来ません。単純化できない、もっと複雑な岐路を経ていることは、自分にしかわからないし、自分でもよくわからないというのが正直なところ。

津波や地震の映像を見るのが辛いです。
そういうものから目を背けようとする自分は冷たい人間だと思っていました。
時間がたって、震災のことをなるべく考えないようにしていることにも気がついていました。

明日3月11日から、なんでも相談電話「よりそいホットライン」(詳しくはこちら)がスタートします。
この相談事業については、私は関わらないと最初から言ってきました。その理由は「相談することが苦手だし。相談されることも苦手だから」。実際そのとおりなのですが、プロジェクトのメンバーと深く話をしているなかで、気がついたことがあります。
相談されることが苦手なのは、他人の感情にひきこまれすぎてしまう傾向があるからなのかも…。かなしみや怒りや苦しみに感応して、ひっぱられてしまう。これはそういう特性なのでしょう。

そのことに気がついた時、しんどいから関わらない、そんなことでいいのか、とジャッジしたくなる気持ちになりました。だけど、このいびつで乗りこなしづらい「自分」という乗り物で、なんとかこれまで生きてきたコツのようなものがあるのです。できること/できないこと。得意なこと/苦手なこと。言い訳ではなく。期待に応えられない場面ではごめんなさいするしかありません。

震災のことに真正面から向きあえないと、昨夜、親友に相談しました。彼は、仕事で何回も被災地に入って、私にもよくその体験を話してくれます。彼は言いました。

「被災地被災地っていうけどさー、自分は夏からだけど、どんどん良くなってるのがわかるんだよね。日本で一番エネルギー溢れるまち!だってPRしたいね」
「自分が知り合った友達を紹介したいよ。あたたかくなったら遊びに行こう! 遊びに行って、いいところいっぱい見て美味しい物いっぱい食べて、名古屋帰ってきていいところだよって言うのが一番の支援だと思うなあー」

なんにもしていないくせに、くよくよと悩んでいる私を励ましてくれたんだと思います。
でも、「被災地っていう言い方もどうかなと思う。=かわいそう、じゃなくて、=いいとこだっていうのも、実際そうだからね」という彼の言葉には説得されました。

3月11日の過ごし方をどうしようか、と考えました。
何かをしていたいと思いました。

昨年中止になった、マラソンを見に行くのもいいかもしれない(今まで一度も行ったことないけど)。
電話相談がスタートする事務所には行きたいと思っている。

そして、誰かのお話を聴きたいと思いました。明日、人前で話をするときに、震災のことに触れないわけにはいかないと思います。私は、前々から一度お話を聴きたいと思っていたかたのお話を聴きに行こうと決めました。

心がドリフトするまま、長々と書いてしまいました。感傷的で恥ずかしい文章になっていると思います。仕方がありません。感傷的になっているから。
あの日を前に、今の思いを記録しておきます。いつか忘れてしまう前に。

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。