「大阪維新の会」 大阪市会議員団が提出を検討しているという「家庭教育支援条例(案)」を読みました。

 「既視感」を覚える文言が並んでいました。
(前文)

 近年急増している児童虐待の背景にはさまざまな要因があるが、テレビや携帯電話を見ながら授乳している「ながら授乳」が8割を占めるなど、親心の喪失と親の保護能力の衰退という根本的問題があると思われる。
 さらに、近年、軽度発達障害と似た症状の「気になる子」が増加し、「新型学級崩壊」が全国に広がっている。ひきこもりは70万人、その予備軍は155万人に及び、いきこもりや不登校、虐待、非行等と発達障害との関係も指摘されている。
第4章 (発達障害、虐待等の予防・防止)

(発達障害、虐待等の予防・防止の基本)
第15条
乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると指摘され、また、それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与していることに鑑み、その予防・防止をはかる


(伝統的子育ての推進)
第18条
わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する

 正直言って、「またか…」と目の前が暗くなりました。くりかえしくりかえし蘇ってくる「自閉症・発達障害が親の育て方が原因である」という誤った主張。それが「条例案」というかたちで表に出てきたことにめまいを覚えました。

 以下、様々な方々が書いてくださった記事リンクを紹介します。

 私は、lessorさんのこの記事で条例案の存在を知りました。lessorさんは支援者の立場ですが、親の気持ちにとても近いところで的確な批判をしています。

・大阪市「育て方が悪いから発達障害になる」条例案について - lessorの日記
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20120502/1335985207
 障害を個人化する「医学モデル」は近年「社会モデル」の台頭によって批判を受けやすくなっているが、この「育て方モデル」はいっそう最悪である。日本で「母原病」なんて言葉が広まったのはおよそ30年前。自閉症児の母親は冷淡な「冷蔵庫マザー」であると言われたのは1940年代から70年代ぐらいにかけてのことだったか。「科学的知見」とやらは、ずいぶん時計の針を戻したものである。

 被虐待児に発達障害と同様の「症状」があらわれることが有名な精神科医の著作によって指摘されたため一気に広まり、自分は「子育て」と「発達障害」の関連について問われれば「『一般的な子育て』の結果として『発達障害になる』ということはない」と説明をするようになったのだが、そんな現場の慎重な言葉選びさえもこの条例案を読めばバカバカしく思える。これが「親を追い詰める」のではなく「親支援」になると思っているのだから、おそらく障害をもつ子どもたちの親との関わりなんてほとんどない人間が考えたのだろう。

 「発達障害」による子どもたちのしんどさを軽減できるようにと考えて「社会的」な実践を積み上げてきたことが、このような形で「発達障害は予防できる」に飛躍されてしまったのだとしたら、もっと実践の中身を正確に見ろ、と言うしかない。そこでいう「社会」は「親子」という単位で完結するはずがないし、ましてや「育て方」などという相互作用に還元できるはずがない。

 lessorさんが書いている「母原病」の問題性について、所長のblogが端的に指摘しています。

・所長のblog: 大阪市・家庭教育支援条例(案)に強く反対の意を表明する
http://michiaripsy.blogspot.jp/2012/05/blog-post.html?spref=tw
この条例案を目にした時、すぐにベッテルハイムの「冷蔵庫マザー説」が浮かんだ。
自閉症の暗い歴史の一つとして、1940年代にベッテルハイムが提唱した「自閉的な行動は母の冷淡な態度による」という「冷蔵庫マザー」説が広まった。これにより自閉症の子をもつ多くの母親は傷つき、自責の念、罪悪感にかられていた。この歴史を日本は今、繰り返そうとしている。

当時のアメリカでは自閉症の「冷蔵庫マザー説」に基づき、多くの自閉症児が母から引き離された。絶対受容を前提として治療施設に入所、親も強制的にセラピーを受けることに。結果こどもたちにおいては青年期〜成人期において社会適応を一層困難にさせた。結局母子分離は全く効果がなかったことを歴史が証明している。

 次に、この「条例案」の真偽と橋下大阪市長の対応について見ていきます。

 @masaking さんが、辻よしたか大阪市会議員(公明党)に問い合わせをし、「公明党は話を聞いていない」ことを確認したまとめ。
・「大阪維新の会」 家庭教育支援条例案について - Togetter
http://togetter.com/li/297266

 2012年5月2日の日本経済新聞(ウェブ版)の報道では、公明党も賛成しているとあったため真偽を確かめたものですが、辻議員の返事は以下のとおりでした。
@masaking129 公明には何の相談もありませんし、同意するなんて条例も見ていないのにあり得ません。みんな怒っています。橋下市長も保育園での親の義務化などに違和感をお持ちのようですし、維新の中でどれだけ検討されたのか疑問。立案者の高橋氏について研究中です。

 @masakingさんは、この時点で「条例案」がどうやら叩き台の段階であると判断して、「これがそのまま条例になるのでは」と不安を募らせる関係者に対して、冷静に対応することを呼びかけてくれました。

 そして、5月3日15:43に、橋下大阪市長がtwitterで発言をしました。以下は、乙武さんによるまとめ。

・発達障害について、正しい認識を。 - Togetter
http://togetter.com/li/297720

 マスコミによる報道記事。

・愛情不足で発達障害? 橋下市長、火消しに躍起 大阪維新の条例案 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120504/lcl12050420370001-n1.htm
 橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会大阪市議団が議会提出する方針の条例案の発達障害をめぐる規定に当事者らが強く反発、橋下市長が3日から4日にかけ短文投稿サイト「ツイッター」で火消しに躍起となっている。

 これで、少なくとも「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できる」という「条例案」の根拠のない主張については改められるであろう見通しが立って一安心、という気持ちになるところ……ですが、この「条例案」が、どこからやってきたか?を知ると、これでおしまいとはならないように思います。
 キーワードは「親学」。

・大阪維新の会 トンデモ条例案の黒幕 - Tech Mom from Silicon Valley
http://d.hatena.ne.jp/michikaifu/20120502/1336026552
この条例の背景などに関する報道はあまり見当たらないのだが、このトゥギャッターを読んでいくうちに、少々気になる手がかりが見つかった。

大阪維新の会: “家庭教育支援条例案”が、驚愕以前にツッコミどころ満載…な件 - Togetter

私はたまたま、発達障害には個人的にも関わりが深く、まずこれに反応したのだが、これだけでなく条例全体で使われている用語やトーンが、トゥギャッターの中で指摘されている「高橋史朗」なる人のトーンに確かに共通する。「発達障害は予防、改善できる」とか、「伝統的子育て」とか、まさにぴったり。

高橋史朗 - Wikipedia

Amazon.co.jp: 脳科学から見た日本の伝統的子育て―発達障害は予防、改善できる (生涯学習ブックレット): 高橋 史朗: 本

さらに、第5章第21条のこの用語。
親としての学び、親になるための学びを支援、指導する「親学アドバイザー」など、民間有資格者等の育成を支援する

この「親学アドバイザー」というのは、この高橋史朗氏のやっている「親学推進協会」というところで出している資格だそうで、講義料や資格取得にお金を払うという商売。

・トンデモ教育論「親学」を推進してる人たちの話 - 俺の邪悪なメモ
http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20120504/p1
すでに一部で情報飛び交ってますが、この条例案には元ネタがあります。

その元ネタこそが、私がずっと熱い視線を送り続けてる高橋史朗という人がやってる「親学」ってやつ。今回の条例案はこの「親学」の思想に基づいてます。

wikipedia:高橋史朗

親学推進協会

「親学」の主張するところをかいつまんで要約すると
日本の伝統的な子育てすれば発達障害は予防できるし治るってのが脳科学でも証明されたんだぜ。最近、子どもの発達障害が増えてるっていうけど、これは今どきのダメ親の教育力が落ちてるから。だからちゃんとした子育てができるように親を先にしばかなきゃ教育しなきゃね!
と、いうもの。

脳科学(?)と発達障害への誤解に基づいた保守系トンデモ教育論です。

条例のトンデモな部分は、ほぼ「親学」のトンデモな部分に由来してると言って良いでしょう。

 この記事にある図解を見ると、わあ、なんだこれ。

 しかも、俺の邪悪なメモさんが書いてあるとおり、「親学」はいつの間にか広い支持を獲得しつつあるという事実を初めて知りました。
発達障害についてのラディカルな主張をオミットした「親学」というコンセプトだけなら、宇都宮や名古屋でも行政に取り入れられてます。

宇都宮市「親学の推進」

名古屋市「親学ノススメ」

他にもこういうマイルドな「親学」を採用してる自治体は結構あるはずです。

・名古屋市:親学ノススメ(暮らしの情報)
http://www.city.nagoya.jp/kyoiku/page/0000010743.html

 名古屋市では「家庭の日」とか決めて、教育委員会がパンフレットまで作って事業として推進しているんですね。こんな背景があるとは。注視しておかなければなりません。

 最後に、ベムさんの記事を紹介しておきます。

・発達障害に直接関係のない人も「親学」について考えてみてほしい - ベムのメモ帳Z
http://d.hatena.ne.jp/bem21st/20120505/p1
昔は良かったとか、近頃の若者は堕落しているとか、そういう考え方はわりとありがちで、これはリベラルっぽい人の中にも見ることができます。確からしい根拠がある主張であるのなら構わないのですが、そうと思えないケースが多く素朴な懐古趣味的な発想が原点のようにも感じることが多いです。「自然=善、人口=悪」というナチュラル信仰と似たような素朴さを感じさせるケースもある。

彼らが発達障害予防論を譲歩という形で捨てた時、それを受け入れる人はある程度いるのではないかということです。積極的な賛同まではせずとも「別にいいんじゃないの」とか。某大手新聞社は当初この大阪市条例案を『「モンスターペアレント」の出現を防ぐ狙い』などと焦点のずれた報道をしているのです*1。ネット上の騒動を知らず、この報道だけ読んだ人ならなんとなく賛同する人も少なくないでしょう。親学を支持している人の中にはすでに「発達障害予防の部分が間違っているとしても親学全体が否定されるわけではない」とまさに予防線を張っているような声も聞こえてきます。皆さんは本当にそれでいいと思いますか?他人事だと感じている人もひとりひとり考えてみることをオススメしたいと思っています。


 今回は、まとめ記事を書きました。この条例案を見て、私が感じたことは別の機会に書きたいと思っています。


(続きの記事)
・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル : 「家庭教育支援条例(案)」高橋史朗氏緊急声明に思う
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52396482.html