「大人になったな」と実感したのは、10年前のことが自分の経験として語れるようになった時だったと思う。
20歳になって、10歳の頃(から)の記憶がはっきりと残っていることに気づき、「10年ひと昔」という決まり文句が、自分にもわかると実感した。

そこからの時間の流れは加速し、子どもの頃と比べたら、光速並みに過ぎていった。

ひと昔ふた昔なんて余裕だ。「ミムカシ」という言葉は無いが、もうそこまでいくと、「歴史」の範疇だからかな。

今日は、居住福祉ネットワーク東海の勉強会に行って来た。テーマは、高蔵寺ニュータウン再生だった。40数年前にできた高蔵寺ニュータウンは、同じ世代(当時は子育て世代)が大量に入居し、同じだけ歳をとり、高齢世帯となった。
ニュータウンだから、出身地はバラバラで、子育てという共通項がなくなってしまってからは、バラバラに戻っていった。
40年前は、可能性に満ち溢れ、輝くような未来がすぐそこに見えていたのに。

勉強会では、意見交換の中で、一番印象に残ったのは、「コミュニティが形成されなかった」という言葉だった。65歳まで仕事をして、引退したらそこには何もなかった。

ニュータウン誕生から40年間。
そこから見えた実験結果は、「コミュニティは自然発生しない」という法則じゃないだろうか。

ニュータウンだから、極端なかたちで、現れているけれど、都会に住んでいても同じだと思った。
40年間同じところに住んでいようが、自分から働きかけていかなければ、コミュニティはできない。コミュニティに属していなくても、当分、学校や会社が守ってくれる間はまだいい。だけど、そういったよりどころがなくなり、地域に帰っていった時、助けてくれる人が誰もいない現実が、誰の身にも起きうる。

社会に帰属して、貢献して、がんばってきた最後のステージで、なにこれ? いきなり「孤立」?
「ひと昔」がようやくわかったぐらいの頃には、想像もしなかった未来だ。

コミュニティについて、もう少し考えてみたい。


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