年に数回、飛行機に乗る。飛行機のストレスは騒音の影響が大きい。ここ数年はノイズキャンセリング機能のついたイヤホンを使ってる。
持っているのは、5000円くらいのやつ。ノイズを減らす機能は悪くはないけど、2年前に時間がなくてエイデンで急いで買ったものなので、音楽の音質は今ひとつであった。

来月から行く出張に備えて、ヘッドホンを新調した。迷ったが、レビューやブランドを検討した末、BOSEのQuiet Comfortにした。「30日間無料返品保証」が決め手。やっぱり実際に使ってみないと本当にいいかわからない。高い買い物だしね。
まだ、3日間しか使ってないけど、いい。
ノイズキャンセラーとして極めて優秀なのは評判どおり。そして、音楽も、いつも使っているAppleのカナルタイプのイヤホン(これも、けっこういいやつ)とは違う聴こえ方で楽しい(Appleのイヤホンにも特性があってナカナカだと再評価できた)。

だが、BOSEも「完璧」や「究極」ではない。「あともう少しこう響いたらいいのに…」とかえって欲が出て、イコライザーでいじってみたり、音量をあげてみたりして遊んでる。

で、面白いなと思った。「こうじゃない」と思えるのは、「こうだ」と思う音が自分にはあるからだ。
その「音」を僕はどこで得たのか? 基準はどこで見つけたのか。
ライブだと思った。
2年前からライブにコツコツ行くようになった。そこで毎回思う、音楽は「全身」で体感するものだ。「耳」だけで普段聴いている体験は、音楽としては一部だということ。
音は空気を揺らし、物理的に届く。音圧は全身を叩き、押し、慰撫する。やさしい声は頬をなでる手のひらのように。

デジタルの音を再生して、イヤホンで聴く体験は、音楽体験のごく一部を切りとっている。原理的に。耳だけを使いながら、どれだけあの生の体験を再現できるか、五感に蘇らせるか、チャレンジなんだよな。

日常の音楽体験は、録音とイヤホンと僕の想像力がつくりあげるミクスチャーだよね。
全く解像度の低い、たとえばiPhoneのスピーカーで聴く時も。音質が悪いから楽しめないかといえばそんなことはない。
一緒に聴く人、場のライブ感。鳴るスピーカー。
地下鉄の中でのヘッドホン。ひとりだけBGMつきで血湧き肉躍ってるのもいい。

僕は音楽が好きだ。人が好きだ。この世界が好きだ。