昨日の草ラボで、ヘルパーのカトウさんのことばを聴いて、髪の毛が逆立つような感覚を覚えました。
(この感覚は、あんまり一般的ではないようですね。「鳥肌が立つ」に近い、驚きと感動が混ざった刺激への反応です。「総毛立つ」のマイルドバージョンですかね。余談)

カトウさんが話してくれたことは──
それぞれの人(支援者、当事者)の
“時が流れる”中で
同じ“時を刻む”こと…
それが『よりそい』。

わたしは、ワークショップの全体ファシリテーターをしていたのですが、思わず、グループの中に入っていってコメントをしてしまいました。
恋愛とか結婚とかでよく言われることだけど、
それまで全く別々の人生を生きてきて、別々の体験を積み重ねて、価値観もバラバラなふたりが一緒になっていくことはたいへんなこと。
だけど、出会ってから、ふたりで一緒に時間を過ごし、同じものを見て、感じたことを伝え合い、共通する経験を重ねていくことが、ふたりの関係を強くし、守ってくれる。
それは、恋愛に限らないんだと思う。
ひととひとが、同じ場所で、同じ時を過ごしても、同じものを見ていなかったら、別々のことを考えていたら、同じ"時を刻んだ"ことにはならない。
街で、ヘルパーと障害をもつ人が一緒にいるのを見かける。でも、ヘルパーは地下鉄に乗りながら、ずっとケイタイをいじっていて、障害をもつ人は手持ちぶさたで動いてしまう、その時だけヘルパーはリュックをつかんで引っ張り戻す…。こんなふたりは、同じ時を刻んでなんかいない。

ことばが自由に操れるわけじゃない。
感じ方や見え方も違うけど。
だったら、こちらから、相手が感じていること、見ていることを、知ろうと。
せっかく同じ空間で、同じ時間を過ごしているのだから、共通する体験を積み重ねていって、特別な関係を築き上げられたら。ヘルパーって、すごい職業だと思うんだよ。僕は。

大切な「命」を、大切な「生」によりそって、限られた時ではあるけれど、同じ時を刻む、そんな支援ができたら、本当にすごい。僕は、あなた方を全力で応援する。