木曜日に、仲間たちと会議をした。会議の内容は、これからの活動方針と具体的なイベントについてだ。イベントについては、今後アナウンスをすることになるが、まず「やるか/やらないか」について話し合うことが必要だった。

わたしは、そのイベントをやることについてためらいを感じていた。だから、この会議を招集してもらった。にもかかわらず、仕事が長引いて2時間も会議に遅刻をしてしまった。

仕事の緊張を引きずったまま、(会議が進むにつれ、情報と感情の共有がなされ空気が醸成されている)会議に途中参加するときのアウェイ感といったら…。しかも今回は、ネガティブなスタンスで、難しい決断にのぞむのだ。

口は開いて言葉を発するのだが、わたしが意図したよりも、よりシニカルで後ろ向きに響いてしまう。言葉の「トーン」それ自体で傷つく人が出てしまわないかと不安になる。自然と口が重くなった。

緊張感が高まる中。
わたしたちのメンバーにはプロのファシリテーターが複数いる。ファシリテーションを学んでいる人たちはもっと多い。
彼女たちが迷いながら問いかけてくる。それに答えてみる。(ちがうな)と思う。
わたしも問いかけ直してみる。答えが返ってくる。「これは、こういうことか?」と聞き直す。彼女も(ちがうな)という表情をする。
問いかけと答えのやりとりを繰り返すうちに、(そうだ)と思う「言葉」が見つかる。(これが言いたかった)という「言葉」だ。

「言いたかった言葉」「見つけたかった視点」が出た瞬間から、会議の色が変わる。

暗いモノトーンから、淡いパステルへ。そして、強い緑に。芽吹いていく。

この日わたしが見つけたキーワードは「距離感」だった。
何かにコミットする/しないを決める前に、学ぶ/避ける/無視する/攻撃する/etcの態度を選ばなければならないその時に、「まだ」「選べない」という地点がある。「そこが自分のいる地点だ」と認識しなければいけない。その地点から、対象とする何かとの「距離」を測り、違和感や疑問の原因を分析していくこと。
それが、必要だった。

見つけてしまえば「当たり前のようなこと」なのだが、ひとりではわからなかった。言葉を発することも、重くて、できなかった。

言葉の力を信じている。

でも、問いかけてもらわないと言葉は出てこない。そういう時がある。

他人がいてよかった。
苦しみもかなしみも他人から生じるとしても、他人なしでは自分の気持ちさえわからないから。
IMG_9080
ありがとう。