今日こんな会話があって。

「情報発信が大事。さらに、発信をしていく!」

「では、発信の効果をどうやって評価するのか?」

「……」

何か、社会の中で、「変える必要がある」と意図するものがあって、やるべきこととして最初に情報発信があがってくる。つまり、啓発。

その前提は、
「知らないから、Aになっている」→「知れば、Bに変わる」
ということ。

それは、正しいかもしれない。そうでないかもしれない。

今日の議論は、その前に「情報が届いたのか? 知ってもらえたのか?」の評価ができていないよねという話だった。

知った「から」、行動変容が起きたのか。
知った「にもかかわらず」、行動変容は起きなかったのか。
それを評価する前提として、情報が届いたかを知る必要があるが、それは測れていない。

僕も、情報発信をやってきた。情報発信は、まず始めるのに、わかりやすく、取り掛かりやすい。「知ることから始まる」ということは、真実だ。

だが、届いたかどうか本当は心もとない。

測ろうとすれば、ブログの場合は、ページビューや訪問者数が、指標にはなる。
リピーターと初めての訪問者の割合なども知ることができる。
だが、誰に届けたいのか? 何を伝えたいのか? その効果は?測れてない。

そして、最近思うのは、情報発信(啓発)だけでは、変わらないよね、ということ。
直接のフェーストゥーフェースの行動が、やっぱり必要で。それは、固有名詞のやりとりだ。
個別行動だから、時間と手間とエネルギーがかかるし、摩擦も大きいが、その分その箇所には、インパクトがある。

情報発信が大事、と言ってることが、実はカッコつけてるだけの怠慢ではなかったか。
会いに行って、話し合って、場合によってはタタカッテ。そういう手間ひまが、現実を変える。

今さら、ですが。
そう思いました。