昨日の記事「啓発とリアル」についてhirata yasunori (@pori313)さんがツイートしてくれました。

「ぼくはここにいる」というセルフエンパワメント──とてもしっくりきます。ああ、たしかに。わたしも、日記カテゴリにしている記事は、ほとんどそれです。他人が読んでも情報価値がないなぁと思いつつ、ただ「こんなことしたよー」とか「こんなこと考えたよ」と表現して満足する。

一方で、「目的」を持った発信を意図して、行っている場合もあります。プライベートモードの発信と目的モードの発信を切り替えるスイッチがあります。

昨日の記事で、
最近思うのは、情報発信(啓発)だけでは、変わらないよね、ということ。
直接のフェーストゥーフェースの行動が、やっぱり必要で。それは、固有名詞のやりとりだ。
と書いたのは、目的(たとえば、入所施設での虐待を無くしたい)を達成するためには、啓発も必要だが、その次のステップや道筋はどうあるべきなんだろう?と思うからです。

最近色々なことがかみ合いはじめて、忙しくも充実感があります。いいことなんですが、それはわたしの自己実現でしかなくて、自分だけ気持ちよくなってどうする、ひとりよがりに過ぎない。何も現実は変わってないぞ……と思い、、、

今までと違う「一歩」を、探している最中です。

そんなわたしにとって、「心の姉」と敬愛するこうままさんが、2月11日に開催したイベント「大震災自閉っこ家族のサバイバル」は、大きな啓示となりました。

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イベントのちらし


・こうくんを守れ!!!:リマインド11日【2年11ヶ月】
http://koumama.seesaa.net/article/388260967.html

こうままさんのこのレポートを読むと、とてもたくさんの方々が関わっていることがわかります。

NPO法人ゆうの10周年記念イベントということで開催されているのですが、記念イベントを、内輪のものにする発想がそもそも無い。

一言で表現しちゃうと、「防災についての啓発イベント」なんですが、そんじょそこらのものとは違う。イベントを主催した経験があれば、わかることです。このイベントは凄い。時間と人手と想いが詰まっている。
「防災」をテーマでやると決め、高橋みかわさんの予定を取り付け、震災の映画上映、シンポジウム(登壇者との調整、打合せ、当日の進行)を組み立てて、300名を集めた。行政も巻き込んで(というかこれは行政は喜んでいるでしょう。市や県が自らやるべき内容ですから)。

わたしが、このイベントから感じたことは、「一人ではできないことを、たくさんの人が一緒になってつくりあげている」エネルギーでした。
イベントのテーマである「防災の啓発」は、一緒に運営する、同じ場に参加する、考えて話し合うことで、関わった人たちの中に取り込まれていく。イベントをつくり上げるために集まったことが、人のきずなをつくりあげる。

こういうことなんだろう。

いつも、始まりはひとり、
だけど、ひとに話しかけることでハートに火を灯す。
その火は、また次の人へとリレーされていき、
いつのまにかその一画は明るくてあたたかくなっている。

わたしは、イベントには参加しなかったが、ブログでレポートを読み、ひとたちの温もりを感じた。
啓発が「リアル」になっていくとき。必ず、明かりと温もりが、見えるんだと思う。そこには、絶対に、たくさんの人たちが集まっている。

わたしの次の「一歩」は、「ひとりではできないことを、たくさんの人たちと一緒につくっていく」ことなんだろう。

そして、ふと、気がついたのです。
こうままさんが、第一部に持ってきた映画「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」は、カイパパ通信で紹介して、……たしかこうままはそれを見て「上映会をやりたい」と言っていたのだった。
「ここに、これがあるよ」とわたしの小さな発信が、受信され、連鎖して、この素晴らしいイベントにつながったのだとしたら。

ムダなことなどひとつもないね。