・毎日新聞(2014年03月20日):「手をつなぐ育成会:社会福祉法人の解散決める」
http://mainichi.jp/select/news/20140321k0000m040123000c.html
 知的障害者の親らでつくる「全日本手をつなぐ育成会」(久保厚子理事長)は20日、社会福祉法人としては解散し、法人格の無い連合体として活動する方針を発表した。決算後に厚生労働省に解散認可を申請する。

 同会は全国の育成会を取りまとめ、機関誌発行や政策提言などをしてきたが、少子化などで会員が減り、「身の丈に合った組織運営が必要」と判断したという。解散後も各地の育成会が連携し、同様の活動を続ける。

これは象徴的なニュースですね。

このニュースから始まった、障害児者の親の会についての一連のツイートがまとめられています。非常に重要で本質的なことが議論されています。必読です。

・これからの「親の会」
http://togetter.com/li/645195

たとえば、




このことについて、私も以前から考えてきたことがあるので、書きます。

サービス提供を行う「事業体」としての側面を、サービスが全くない状況で、親の会が担わざるを得なかった時代がありました。たとえば、障害を持つ子どもの居場所をつくったり、キャンプをしたり。親の会が、サービス提供主体にも、なりました。

しかし、親の会は元々は、障害を持つ子どもの生きる権利、発達する権利の保障を国に求めるアドボケーターとしての「運動体」であります。
「運動体」として、権利保障を求めつつ、今ここで困っている人たちがいるので、やむなく自らサービス提供を行ってきた。

福祉制度充実の実現によって(お金の流れができたことで親の会以外の参入事業体が増えた)、事業体としての役割は、他に任せて、親の会は「運動体」として存在意義を純化させていく(「運動体兼事業体」から「運動体のみ」へ戻っていく)流れと捉えています。

「運動体」と「事業体」の視点は先輩お母さんのNさんに教えていただきました。

そして、ご自身が関わってきた親の会活動を現在進行形のかたちで@lessorさんが分析してくれています。




















lessorさんが端的に指摘してくださっているとおり、
福祉の制度化が進む中でも「親にしかできないこと」があると思うことができ、負担感を充実感が上回れば、親の会はまだ維持される
と私も思います。

私の場合は、「自分の役割、できることはなにか?」という問題意識で考え続けています。
4月から(もうすぐですね!)、愛知県の自閉症親の会である「愛知県自閉症協会」で、新しい動きを始めようと思っています。

社会の流れと無関係どころか、実は、親の会ほど流れに影響される組織もありません。
本当に存在価値が無くなったのであれば、解散すればよいが、障害のある人もない人も当たり前の暮らしができるようには、なっていません。今回、自分にとって、気持ちを新たに、「がんばろう」と思えました。

4月からの愛知県自閉症協会に関心を持っていただけたらうれしいです。
来週あたりから、発信を始めていきます。

(3月21日8:15追記)
「運動体に「純化」」という表現は、厳密に考えると、やや狭すぎるかもしれません。
というのも、親同士がピア・サポートしあう、ペアレントメンターなどの相談支援(これは事業と言える)などは、親の会でしかできないことだからです。何も事業をやらないということには今後もならないでしょう。
「親の会にしかできないことをする」ということで、ミッションを再定義する作業が必要なんだと思いました。

*注意*ニュースの見出しだけを見て、「育成会が解散する」と誤解のないように。
全国組織である「全日本手をつなぐ育成会」が、社会福祉法人としては解散し、法人格を無くした形で活動は続けると書かれています。また、各地の県や市単位での育成会で法人格を取っている(事業も行っている)ところは数多くあり、全日本手をつなぐ育成会とは別法人ですから、当然のことながら今後も活動を続けます。