うまく書けるかわからないけれど。

心が荒(すさ)むことについて。

完全に荒んでいる「人」は少なくて、時々、心が荒む「状態」があるんだろう。

「時々」というのは、「心の中に荒んだ場所があって、そこを踏まれた時のこと」なんじゃないかな。
だから、「時々」は「所々」でもある。

他の人にとっては何でもない一言が、荒れてもろくなっているバリアを突き抜けて、心の芯まで届いてしまう。痛い。

じゃあなんで、心の中に荒んだ場所があるんだろうか?

それは、昔、ひどい目に合わされて、痛めつけられ、傷を負い、まだ治りきっていないかさぶたなんだ。

いつも物事に動じず冷静な人が、あることにだけ、予想外に激しい反応をするところを見た。強い語気で大声を出していた。
驚きながら、なぜなのか考えた。

もしかしたら、そこに触れてはいけない傷があったのかと想像した。

僕にもあるから。心に荒んだ場所が。