夏休みも今日で終わりですね。

最後の週は、涼しく秋の気配を感じる名古屋でした。

「人生の午後2時」なんてブログに書きましたが、平均寿命が80歳まで伸びようと、個々人の命がいつまで続くかなんて保証の限りではありません。平均的な平凡な人生がいくら欲しくても、それが得られないこともある。
不確実で、リスクに満ちた世界を、命ひとつで生きていくことは、とても難しい。奇跡のような幸運に恵まれて、ようやく生きていけるのだと──文字にすると月並みですが──そんなことを実感した夏でした。

遠い未来のこと、10年後や5年後のことを、考えていても、実際に今行動を起こしていなければ実現はしない。また、その時まで、自分が生きているかどうかもわからない。

「今ここ」でできることをやっていく。
そう考えると、できることのちいささ、少なさ、限界を意識します。
それは、わたしにとっては「いやなこと」でした。「もっとできるはず」と思いたい人間だったから。
けれども、できることのちいささ、少なさ、限界を見極めて、<そこに入るだけのコト>を、見定めること──そうすればシンプルに生きられるんですね。

今ここにないもの、できないことも、想像をふくらませ、時間的な制約を忘れてしまえば、なんだって「できること」に思えてくる。想像力は無限だ。
想像することはわたしの楽しみだからやめはしないけど、想像しただけで何かを成し遂げたとか、やらなければならない義務だと思いこむのは、もうやめる。

自分の足で行ける距離で、手で抱きしめられる近さで、顔を見て話せる範囲で、今ここで自分がいちばんやりたいことはなんだろう? できることはなんだろう? そして、実際に、役に立つ、ここから自分がいなくなったとき、後に残せるものはなんだろう?
それを考える。

LIFEには、「人生」という意味と「日々の暮らし」という意味がある。そして「命」という意味も。
「命」が、毎日「暮らして」その航跡が「人生」になるんですね。

先がある。未来がある。時間はたくさんある──そう思って、安心したいところだけれど。それは、誰にもわからない。保証できない。

だから、「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことをわたしはやりたいだろうか?」と問いかけて一日いちにちを過ごす。

それが今のわたしにできることです。

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赤いスカーフがいなせだね♪ 気に入ったものを身に付けるノダ