ローマの教室で ~我らの佳き日々~ [DVD]
マルゲリータ・ブイ
TCエンタテインメント
2015-04-03


外国映画(ハリウッドと邦画以外という意味)を観るといつもその「文法」の違いに戸惑う。
見慣れたわかりやすいドラマの作り方とは別の「文法」で映画が流れていく。前提となる知識に欠けていることも謎を深める。出てくる俳優も全て「無名の人」として鑑賞することになる。言葉ももちろんわからない。

この映画は、イタリア映画で、現代の公立高校を舞台にしたもの。
メインとなるエピソードは、4つ。それぞれ、年老いた美術教師(男性)と昔の教え子との再会、若い臨時の国語教師(男性)と学級からはみ出す女子生徒とのすれ違い、校長(女性)と親が行方不明になった男子生徒との接近、そして成績優秀な男子生徒とミステリアスな不良少女とのラブストーリーだが、これらが交差することはない。学校の中では、教室だったり職員室で同じ時間を過ごすだけ。
それぞれが、学校の「外」でのドラマを持つ。一方で、学校の中でのドラマは、大勢のやかましい雑音のなかで隠されてしまって、聞こえてこず、進行していかない。

わたしはイタリアの学校(小学校だが)に2度訪問したことがある。日本と比べて校舎が狭く、校庭もなく、教育環境は恵まれていないと感じた。この映画で描かれる高校も、「荒れた学校」ではなくて一般的な高校なんじゃなかろうかと思う。

学校外でも学校内でも、ドラマは多少の起伏があるがカタルシスは特にない。
だが、美術教師の最後の授業で語られる言葉(これは詩だ)は、それまで学ぼうという意欲を少しも見せていなかった生徒たちが心を開いて聴き入っていた。
「今意味がわからなくても、何かこれからの人生で意味を持つ大切なことを先生が語っているのだ」とわかっている──そんな瞬間を描いていた。

以下はその言葉です。くりかえし観ながら書き取りました。
芸術には何らかの
いや 自然にもだが
心を安らげるものと かき乱すものがある
花咲く緑の草原や 雲一つない青空は
我々の心を安らげ
湖の静けさや 嵐の激しさは
我々の心をかき乱す

永劫にせめぎ合う2つの感情
秩序の探求と混沌の魅惑
この葛藤の只中に人は住まう
我々の誰もがそうだ
チャッカ 君もだ

秩序と無秩序
我々は 規則 形式 原理を求め
世界の真の仕組みには
たどり着かない

一切の真の形は
我々の外にあり
同じく我々の内にある

人間にとって永遠の神秘だ
この神秘を解く際の非力さに
我々は戦慄し
揺れ動くしかない
不可能な調和の探求と
混沌への埋没の狭間で

だが 我々と世界
我々同士
我々と神の間に横たわる
隔たりを悟る時
我々はいまだに驚きを覚え
初めて見るかのような眼差しを
周囲に投げかけることが
できると気づく