こうままブログは、毎回書かさず読んでいます。
最近のこの記事には、「そうだ! そうなんだよ!!」と共感しました。

・こうくんを守れ!!!:ばあちゃんは偉大
http://koumama.seesaa.net/article/423701047.html

こうくんはビニールを伸ばすのが最近好き。ある日黒ビニール袋を10枚くらい伸ばしていた。それを見てのこうくん家でのやりとり──
帰宅して夕食をとっているこう父に
「今日は黒いゴミ袋を大量に粉々にしてるけど、私がうまく量を制限できなかったせいだから怒らないでね」と言ったら
「怒るに決まってるだろ」と言う。
「まぁ、そりゃそうなんだけど、怒っても意味ないし」
「じゃ、ほっとくのか?専門家として今後どういう対応するつもり?」といぢわるを言う。
「今日は3枚、とか制限できるようになればいいんけど、それが難しくて・・・」
とかやっていたら
ばあちゃんが
「なんだかよくわからんが、安いおもちゃじゃないか」
・・・・・・
終了のゴング。

「なんだかよくわからんが、安いおもちゃじゃないか」──まさに。

自閉度と知的障害が重い人の場合、「楽しいこと」を見つけることが難しいです。だから、ひとたび見つけた「数少ない楽しいこと」に執着するのも自然なことです。
でも、周りから見たら、「物の本来ではない使い方」だとか「こだわり」だとか、このままじゃいけないんじゃないかとヒヤヒヤして禁止をしたくなります。

でもって、この記事を読んで思い出したのが、2013年12月に参加したグループホームの勉強会での戸枝さんのお話(→レポート記事はこちら)。
ノースカロライナ州アルバマーレ市でみたグループホームの一室のエピソードを紹介したい。
壁が全部「黒板」の素材になっていた。お絵かきが好きな人が入居。描きたいだけ描いて、「味わい尽くしたら堪能して次へ進める」という方針にもとづいている。
「描けないように禁止する」発想ではない。

「味わい尽くしてから、『次』に行ける」

カイも、嗜癖のようにこだわりが続くんだけど、半年とか1年ぐらい経つと、「味わい尽くし」たのか、ぴたりとやめることがあります(そして、『次』のこだわりへ行くのだけれど)。

他害や自傷につながるものでなければ、やめさせようとするより、「味わい尽くす」ところまで見守るほうがいいのかなと思います。
もちろん、楽しみの幅をひろげるトライは続けながら。