世の中のことが、わからなくなっている。そう自覚した日をはっきり覚えている。2011年5月のことだった。
それは、大学新卒で就職したばかりの人の話を聴かせてもらった時だった。
いまどきの大学生の就職活動について教えてもらった。

・大学のカリキュラムの中で、自己分析やエントリーシートの書き方、面接指導がある。
・大学の成績表は、親に送られる。
・100以上会社を受けて、落ち続け、姿を消した同級生がいる。
・大学は、就職できなかった学生が「新卒」で来年就職活動できるように、単位取得が終わっていても在学できる制度を設けている。。。
・授業は基本的に全部出る。バイトも忙しくて、サークル活動はしない人が多い。

どれをとっても、わたしが大学生だった頃とはまったく違っていた。「隔世の感」ってこういう感じなんだ。就職できるかどうかがこんなに切実になっていたとは。

20年下の世代の生活実感を、わたしはまったくわからない。
わからないということさえ知らなかった。
だから、無意識に「自分が学生だった頃=今の学生」だと想像していた。

わたしがふだん接している人たちも、(以前のわたしと同じように)若い世代のことを自分の頃の延長としてとらえているんじゃないか? 世界はいつの間にか変化していたのに。

・階層社会では誰も「透明」ではいられない - 田中俊英/BLOGOS
現在日本では、 4割の人々が年収250万に届かないラインで生活しており、その相対的貧困者前後の層で、児童虐待、ステップファミリー(再婚等での複雑な家族構成)、DV(妻への暴力)、「第四の発達障害」(虐待を起因とした発達の遅れ)等が生じているようだ。

このように階層社会とは、単に貧困層が増えることを指しているのではなく、虐待の被害者に象徴される、圧倒的「弱者」が日々生産される社会のことを指す。

この記事が描き出す「現実」を、「なにを大げさな」と思うか、「そのとおりだ」と思うか。
じぶんにはわからない世界が、知らぬ間に広がっていたんだ──と遅かれ早かれ、気づく人たちが増えていく(気付かずにいられなくなる)のだろう。