「不可逆的」について書いたその夜に、ナイト・キャップがわりに(わたしは酒を飲まないので)毎晩少しずつ読んでいる『村上さんのところ コンプリート版』で、こんなやりとりに出会いました。

赤ちゃんがお腹の中で亡くなってしまって、そのことがわかった病院の待合室で、泣くのをこらえるために『羊をめぐる冒険』を読んで。読者が手紙にこう書きます──
「もう失われてしまって、二度と戻ってこないこと」というのが、わたしはそのときまでぴんときてなかったのですが、そのことばが、わたしの心にすっと添ってくれたように思いました。悲しみは消えないけど、それでずいぶん救われた気がします。

それに対して、村上さんはこう応えます──
お気の毒です。とても悲しかったと思います。どうかその悲しみを抱えて生きていってください。それも生きる大事な意味のひとつだと僕は思います。「悲しいことは早く忘れた方がいいよ」と言う人もいるでしょうが、悲しみを忘れないこともやはり大事です。

わたしは、じぶんに向かって、村上さんが声をかけてくれたように感じました。

「悲しみを抱えて生きる」

たぶんそうだ。そういうことなんだろう。