エピソードによる批判の危険さ
■エピソードによる批判の危険さ
「障害者支援費制度の方針(2)〜今後考えるべきことへのコメントを1件削除しました。
【理由】
コメントされた方が見聞された障害者支援費の「不適切と思われる利用」の書き込みでした。こういった例示は、
・いつ、どこで、だれが(利用者が、事業者が)何を、どのように
・何件(←これはとても重要)
自分が見聞したのか(もし他人から聞いたのなら情報源は信用できるか)を具体的に明らかにしないと、全体に占める割合や、実際に不適切であったかどうかの検証ができません。しかし、ここまでの情報開示はインターネットではプライバシーの侵害、名誉毀損の問題があるためできません。
必然的に、あいまいにぼかしたエピソードの紹介にならざるを得ないのです。
その結果どうなるか?
私がいつも思い出すのは、「生活保護をうけながら毛皮を着て男と遊びまわっている人がいる」というエピソード的な批判(※)です。これを聞くと、見たわけでもないのに生活保護制度に対する不信感を覚えてしまいます。まさにこの「エピソード」を流した人の思惑は成功しています。
全体に占める割合など客観データを無視したエピソードで論じることは、プロパガンダの手法としてとても有効です。
それだけに、気をつけなければいけません。
自分自身、ネットで発信する際の戒めにしたいと思います。
(※)このできすぎたエピソードは眉唾だと思います。しかし、「この目で見た」という主張のインパクトは強い。事実とした場合でも、その時、「じゃあそういう例は何件あって、他に、適正に給付されている生活保護世帯はどれだけあるのか?」と問うことが必要です。
Posted by kaipapa2shin at 07:30
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障害者支援費
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■「だまされない人」になるために
気付けば1週間ぶりの投稿です。
世間は台風や地震,イラク問題でなにかと騒がしいですが,
自分自身はすごく穏やかな毎日を過ごしておりまして,
書くこと/書きたいことがありません。
先学期は,よくもまぁあれだけ毎日書くこ.
「だまされない人」になるために【ガンジス川のほとり〜ガンジーblog】at 2004年10月30日 16:43
同感です。
テレビ時代からネット時代にシフトした時から、
さらに情報が、同レベルで、ふるいにかけられる事無く配信されるような事になっています。個々人の情報の取捨選択分析能力が問われる時代だと思います。
「生活保護を受けながら毛皮・・・」大笑いしてしまいました。私自身同じような経験をしたので・・。私の場合は母子家庭で保育園料免除だけど実は偽装離婚でかくれて会っている・・。というものでした。見た人がいたそうです。そのうわさを当時働いていた職場の同僚から聞きました。その同僚の友達の娘のこどもが同じ保育園という遠いところからの情報で、その話を聞いてしばらくしてから、なんと市役所からも電話がありました。市役所のホームページに匿名で投稿があったそうです。その頃には外を歩いていたから家に出入りするのを何人も見ている・・。に変わってました。私以外の母子家庭の人の所にも順次電話があった様です。もちろん、私は偽装離婚ではないので(しかもかなりもめた調停離婚)調停証書をにぎりしめつつ市役所に怒鳴り込みにいきましたが・・・。カイパパさんの主旨からちょっとずれてる様な気がしますが、うわさは怖いというお話でした。
>ごんたさん
体験をシェアしてくださりありがとうございます。
ごんたさんは明るく書いてくださったけれど、わらえないですよね…。
うわさがあれば、調査しなければならないし、調査を受けた側は傷つくのに、匿名でうわさを流した側は真実を知らずに(知っても?)なんの痛みも感じない。
「だって、私は実際に見た(と言っている)人の話をそのまま言っただけだもん。私は悪くない」
と言えてしまう。
聞いたことをうのみにして広言することの責任を考えないんでしょうね。
伝聞でも、自分の口から発したら自分の言葉です。
肝に銘じておきます。