2004年10月12日

2005年に「障害福祉サービス法」(仮称)制定へ

■厚生労働省グランドデザイン:05年に「障害福祉サービス法」(仮称)制定へ

 ニュースリーダー。

・NIKKEI NET:日本経済新聞2004年10月6日
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20041007AT1G0602606102004.html
■障害者施策一元化に新法・厚労省、次期通常国会に提出へ

 厚生労働省は6日、身体、知的、精神など障害種別ごとに分かれている障害者の保健福祉施策を抜本的に見直し、一元化するための新法を2005年の通常国会に提出する方針を固めた。障害に関係なく地域で生活し、市町村を中心に自立を支援する仕組みをつくるのが目標。12日の社会保障審議会障害者部会に制度改革の具体案を提示する。

 改革案では、都道府県の関連事務を移譲して市町村を中心に障害者向けの福祉サービスを提供する体制を掲げる。障害者の就労などを支援する通所型授産施設は、これまでの「障害」別から「機能」別とし、多くの障害者が身近な施設を利用できるようにする。 (07:00)

・asahi.com:朝日新聞2004/10/09←こちらの方が詳細に紹介しています。
http://www.asahi.com/job/news/TKY200410080349.html
■身体・知的・精神障害者支援を一本化 厚労省が新法案

 厚生労働省は8日、05年度からの障害者政策の改革試案をまとめた。身体障害者が知的障害者向けの通所施設を利用できないなど身体・知的・精神で分かれているサービス提供を一本化するのが柱。05年に「障害福祉サービス法」(仮称)をつくり、相互に利用できるようにする。市町村で利用時間などサービスにばらつきがあるため、客観的な基準を設けて格差を解消する。介護保険の活用もにらんでいる。障害者の自己負担は支払い能力に合わせた「応能」から、利用量に基づく「応益」にする。
 試案は12日の社会保障審議会障害者部会で示す。改革は、施設での保護中心から、地域生活や就労支援中心に転換するのが狙い。05年の介護保険改革では、身体・知的・精神の障害者も介護保険を利用できるようにすることが焦点で、新法制定はその地ならしの意味もある。(以下略)

 正式には、今日10月12日の社会保障審議会で厚生労働省の「グランドデザイン」が公表されます。明日の報道に注目です。

 カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルの分析は後日。一つだけはっきりしていることは、障害者だけではなく、福祉施策全体の転機だということです。

【参考】

・厚生労働省:平成16年10月5日付閣議後記者会見概要
http://www.mhlw.go.jp/kaiken/daijin/2004/10/k1005.html
■厚生労働大臣発言

 例えば障害をお持ちの皆さんも障害の種類がいろいろある、その障害の種類によって制度を分けたり対応を分けたりするということがどうかなと、やはり障害をお持ちの皆さん、とにかく障害があるのだから、という考え方に立てないかなというのは今までの議論の中にありました。障害ごとで分けるということがどうかなという議論があり、この辺を思い切って見直してみようというような話でありました。
 私の持論としてもいいことだと思っていたことですから、とにかくやってみようということを私も言いました。指示したという表現になるのかもしれません。一生懸命考えて、いいものをつくりたいと思いますから、皆さんのご指導やご協力をよろしくお願いを申し上げます。

・自閉症サポート研究?所 :障害福祉サービス法(仮称)
http://kyon.jugem.cc/?eid=42
朝日新聞10月9日付の朝刊1面にトップ記事として載っていました。
身体・知的・精神障害者支援を一本化 厚労省が新法案 - asahi.com : 社会
先日開催された“福祉のトップセミナーin雲仙”で厚生労働省・障害保健福祉部の塩田部長の基調講演の中で触れられていた「3障害や年齢によるサービス提供制度の複雑さをシンプルにしていくこと。福祉介護サービスの一本化」という改革の方向性が制度化されていくことだと思われます。

・MSN-Mainichi INTERACTIVE:毎日新聞2004年10月11日
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20041011k0000m040130000c.html
■東京都大田区:障害者外出に上限 介護支援費
 「障害者にやさしい街」をうたう東京都大田区が、両手足に障害を持つ全身性障害者らが社会参加のために介助者を伴って外出する障害者支援費の移動介護を1日約1時間しか認めない要綱を作り、今年度から適用している。区は「財源に限りがある以上、基準は必要」と説明するが、国や都は「サービスの支給量は障害の程度などに応じて決めるべきで、一律に『上限』を設けるのは好ましくない」との見解を示す。区は、一部の障害者団体の役員だけに上限を超えるサービスを支給しており、批判が高まっている。
 この要綱は昨年7月に区が定めた「大田区居宅介護支援費(移動介護)の支給決定に関する要綱」。移動介護を▽役所や銀行の手続きなど「社会生活上必要不可欠な外出」▽余暇活動などの「社会参加のための外出」−−に分け、全身性障害者らの「社会参加のための外出」を月32時間(1日約1時間)以内で支給するとした。都在宅福祉課によると、都内の自治体でこうした上限を要綱に明記しているのは大田区だけという。(以下略)
 「市町村による格差」の例。

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この記事へのコメント
読み応えがありました。
Posted by タロ吉 at 2004年10月12日 08:33
■東京都大田区:障害者外出に上限へのコメントです。

うちはどこかへ行こうとする時、往復にとても
時間がかかります。お出かけしたいのになかなか靴を履こうとしなかったり、どこかでこだわってしまって動けなかったり。
移動介護一日一時間・・・・
もし我が家にもこれが科されたならば、実際は毎日は外出できず、外出する際も時間を気にしながら逆算して間に合うように帰ってくる。結局外で楽しむ時間はかなり短いものにってしまいます。どっかではまってしまったらその日の外出はそれで終わり・・・なんて事も想像に難くありません。「急ぐ」ことが苦手な私達にとっての一時間とはあまりにも短い時間です。

全身身体障害の方はだれかの補助なしでは外出は不可能といっても過言ではないと思います。支援費を制限することは支給時間以上は外出できない、つまりは家に閉じ込めてる、って分かってるんでしょうか。・・なんだか悲しい現実ですね。
Posted by shiba at 2004年10月12日 17:44
厚生労働省と財務省で綱引きが始まっていますね。
自分の手の届かないところで、いろんなことが動いている怖さをじっと待っているのは辛いです。

昨日、自分の息子を事故で亡くしそうにしてしまい今、めっちゃ落ち込んでいます。
急流に流されたんです・・・自分が側に付いていながらなんです、情けないです。
プロになるつもりでいた自分が間抜けに思えて
脱力感でふーって成っていました。
そんな時、tamagoさんのブログ経由でここをのぞきに来て。

カイパパさんもtamagoさんも本当にすばらしいですね。
お二人のブログを読んで、明日からも自分なりに
出来ることをやるしかないぞ、落ち込んでる場合じゃないやと、思いました。すみません愚痴っちゃいました。

財源不足から始まったような改革ですが、総体的には良くなっていると肌感覚で感じています。
「変えられない物を受け入れる力、そして受け入れられないものを変える力をちょうだい」という歌を聴いて、いままさにそんな感じです。
失礼しました。
Posted by 伊藤 功 at 2004年10月12日 21:26
自閉っ子ママ初心者ですが、前々からお邪魔してはお勉強させていただいてます。
伊藤さんの書き込みを読んで本当に毎日できることをしていこうと思っていたところなので、思わず賛同してしまいました。
私の場合はどうやって情報を仕入れて、福祉には何があって、どういう療育があって…と、すべて始めたばかりで、記事を読んでも「え〜!そうだったの?」と情けない驚きで…
息子にとっては、皆さんと違いなんと頼りない親だろうと思うし、いろんな情報を集めていろんなことをしてあげたいのですが、みなさんの(カイパパさんの)様には行かないので、できることからやっていこうと思ってます。
そして、いつかは何らかの声を挙げて福祉の向上のための一粒の砂になれたらと思います。
Posted by ビギナー at 2004年10月13日 00:39
カイパパです。

>shibaさん


うちはどこかへ行こうとする時、往復にとても
時間がかかります。お出かけしたいのになかなか靴を履こうとしなかったり、どこかでこだわってしまって動けなかったり。


うちもまったく同じです。時間がかかった末、目的地をあきらめて帰ることがザラにあります(^^; 「移動介護1時間」という設定では何ができるんだろう?

ところで、大田区の移動介護の上限時間の記事では、

(1)役所や銀行の手続きなど「社会生活上必要不可欠な外出」
(2)余暇活動などの「社会参加のための外出」

の2種類があることをさりげなく書いています。
もしかしたら、「社会生活上必要不可欠な外出」はもっとたくさんの時間数の決定があるのかもしれませんが記事では分かりません。

一読すると、「移動介護1日時間しかもらえない冷たい大田区」といった印象しか残りません。それが記者の意図なのでしょう。

事実をどう切り取り・伝えるか――それはメディアの意図で可能になってしまう。「書いたこと」は事実でも、「書かなかったこと」によって歪めることも簡単なんです。

情報を受け取る側が、本気で大田区を批判しようとする場合は、(1)「社会生活上必要不可欠な外出」が実際にどれだけ給付されているかも調べなければいけませんね。

私が心配するのは、他の市町村の担当者が「大田区でもやっているんだから上限1日1時間でOKだな!」と(1)「社会生活上必要不可欠な外出」のことも一切考慮せず飛びついてしまうことです。それは、この記事の記者の意図したところではないでしょうが、「書かれた記事」は勝手に解釈されて使われますからね。

どんなに、市町村の福祉のレベルが低くても、「国→市町村(県でさえない)」の流れは変わりません。厳しい現実を直視して、足元の自分の市町村への働きかけを真剣に考える時期が来ていますね。

>伊藤功さん

息子さんが無事でよかったです。本当に…

どんどん気持ちはぜいたくになってしまうけれど、「生きてさえいてくれば」という根本的な願いを忘れてはいけないと思いました。

私は、すばらしくなんかないですよ。知識を扱い自分の意見を言うのが好きなだけです。たのしいから。得意なこと、好きなことだけやっているだけですから、道楽みたいなものです。

「子どもをダシに、自己顕示欲を満たしている」と痛烈に批判されても仕方がないと思うぐらいです。

毎日続ける「勤勉さ」が自分にあることにはビックリしていますが(^^;、これは毎日の来訪とコメントを頂くことで、コミュニケーションができている実感があるおかげです。ひとりだったらできません。

得意を活かし好きなことをやって、ひとのお役に立てたら、こんなうれしいことはないです。でも、人の役に立つために自分をすり減らし犠牲にしていくのは違うと思います。まず、自分自身がしあわせにならなくちゃ、と思っています。

ところで、伊藤さんが教えてくれた歌、なんて歌ですか? 元ネタらしきものを、

「神田昌典の、毎日が奇跡!:曇りの日を、眩しい日に変える言葉」へのコメント(美佑さん)
http://blog.kandamasanori.jp/archives/7910850.html#comments

の中で見つけたので、紹介します。
==========================
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。

God
grant me the serenity
to accept the things I cannot change,
the courage to change the things I can,
and the wisdom to distinguish the one from the other.

      - Niebuhr, Reinhold
===========================
なんかすごく感動してしまって。シェアしたくて書きました。

>ビギナーさん

はじめまして! 訪問&コメントありがとうございます。


息子にとっては、皆さんと違いなんと頼りない親だろうと思うし、いろんな情報を集めていろんなことをしてあげたいのですが、みなさんの(カイパパさんの)様には行かないので、できることからやっていこうと思ってます。


それを言うなら、「療育に苦手意識のある」私も、カイや妻にとっては、とても役に立たない・頼りない父親です。←これは本当に。

私は、知識を読み書き、考えることが好き。調査企画を職業にしているぐらいで考えることが好き。本をいっぱい買うし、道楽と言ってもいいかも。
講義でお話をすることはできても、療育の実践はお寒いかぎり。それが私です。

こういった情報発信しか自分にはできないだけです。それが、カイのために直接的にどう好影響を与えているかといったら「?」です。私も悩んでいます。

でも、「できることしかできない」ですから。


そして、いつかは何らかの声を挙げて福祉の向上のための一粒の砂になれたらと思います。


いい言葉ですね。なんかすごく現実的というか。

ひとりにできる貢献は限定的です。「あの人はスターだ」と言われるような人でも、広い砂浜からみたら一粒の「星の砂」ぐらいなもので。

希少性はあるけれど、影響性を考えたらイバルほどのものでもない(^^;

勇気と知恵を「与え合う」←はひとりではできませんよね(^^)
相互反応、化学変化を自分の足元から起こして生きたいと思っています。
ビギナーさんも一緒に旅していきましょう!
Posted by カイパパ at 2004年10月16日 08:06
カイパパさん、こんにちは。

同業者としての推測ですが、生活上不可欠な支援を確保するため、優先順位が落ちると見なされるものに制限を加えたかったのでしょう。<大田区

誤解のなきよう申し添えておきますが、国がしっかり補助をつけて、財源も万全なら、自治体もできるだけ支援したいのです。職務熱心で現場を知る職員なら、なおさらそう思うはずです。
けれども、現状はご存知の通り。給付は予想を超えて伸びるのに、国の補助すらあやうい。補助なしでサービスを提供できるほど、自治体も裕福ではありません。結果として、どうしても給付の抑制を図らざるを得ないことも、大田区に限らずあるかもしれません。

ただ、大田区の行動は適切ではなかったと、私も思います。

本来なら、利用者説明会などで支援費の現状と推計を示し、
「たいへん申し訳ありませんが、ご覧のとおり、現状でこの水準を維持することはとても叶いません。つきましては、社会生活上不可欠な部分を確保するためにも、優先度の低いものから削らせてください。生活に不可欠な部分だけは、何としても守りたいのです」
そう謝罪した上で、利用者と共同で基準を作成し、「首長判断」という癒着の温床を用意するべきではありませんでした。

裁判の行方も気になりますが、つくづく、自治体の説明責任を感じます。
Posted by かなめのパパ at 2004年10月19日 22:21
>かなめのパパさん

カイパパです。
現場の視点からのコメントありがとうございます。

忘れられない言葉があります。
浅野史郎宮城県知事(元厚生省の官僚)がインタビューで、厚生労働省の障害担当部署のことを

「100%障害者の側に立って、必死で政策を練り予算要求するのが責務だ。他にそれができるところはないのだから」(カイパパ脳みそテープ再生)

障害者施策の担当者でも、ついつい「国の財政も厳しいし、予算要求を自主規制しちゃおうか」と物分かりよくなりがちな場面を想像します。その方が、上司の覚えもよかったりして。

それじゃあ、ダメだろ。と浅野知事は言っているわけです。
私は、こんな記事も書いていて、

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:【支援費】サポート! 厚生労働省
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/25225.html

まるで、「えぇ?! 厚生労働省サポーターかよ」と自分でも思うのですが(^^;、浅野知事の言うような「100%障害者のサイドに立って、真剣に施策を考える」人を応援したい。

大田区でも、障害者施策担当者がいるわけです。
日夜がんばっておられると想像します。

その方は「100%障害者のサイドに立って(もちろん「言いなり」ということではなく)自分の頭で考えたベストを尽くしている」と胸をはれるでしょうか?

かなめのパパさんが具体的なイメージを描いてくださったように、


そう謝罪した上で、利用者と共同で基準を作成し、「首長判断」という癒着の温床を用意するべきではありませんでした


といったやり方は、今からでも遅くないと思います。
「決めたことだから変えられない」ではなく、説明責任を果たして、その上でWinWinの結論を模索するということが、今はできる時代になったと思うんだけどな。
Posted by カイパパ at 2004年10月23日 09:13

毎日新聞の記事以上の詳しい内容は大田区のHPでも
見つけられませんでしたので、詳細内容をを
読めるところがあれば教えてください。

簡潔に理論的にまとめるのは出来ないので、
読みにくいと思いますし、
制度等の解釈で誤解などあれば
是非、ご指摘いただきたいと思います。

支援費の最初に掲げられた理念、
「必要なところへ必要な支援を必要な質量を提供する」
これが大原則ということを頭において、
支給が認められるか否かは別としても
私たち利用者はそのボリューム・質のサービスを
請求をし続ける必要があると思います。
私たち利用者がキチンと必要を伝えつづけることが
現状を理解してもらう一番の手段ですよね!

かなめのぱぱさんが教えてくれていますが、
予想をはるかに越えて伸びるリクエストがあるということは・・・「仕事失敗した」と普通の会社では言うんじゃないのかな?
そのツケを払うのは本人でなくては困ります。
頑張って(というのかな?)試算のやり直しを
するべきです。帳尻併せで支援が必要な人たちが
それを払うのはお門違い、困ってしまいます。
彼等の給料は私たちの税金から賄われてるわけで、
(違ってたら教えてくださいね)、公務員とは
私たち自身の大きな意味での家計を預かり、使う
為の代行者であって、大資本家ではないんですよね???彼等のポケットマネーを支援費として下さいと言うのとはわけが違う、と私は思っています。

「100%障害者の側に立って、必死で政策を練り予算要求するのが責務だ。他にそれができるところはないのだから」(カイパパ脳みそテープ再生)

本当に本当にそう思います。代行者としてのプライドを
かけて対応してください。勿論バンバンと借金してでも
支援費を支給して欲しいとかめちゃくちゃな理論でも言うなりに支給してくださいとか言うつもりはありませんが、公僕という立場を忘れて、仕事として役所の中だけでほんわかと上手くやっている人によく会うことも私の経験の中では事実です。

私が支援費支給申請に行って感じたのは、
この担当者は何とかして支給をしない方向へ
持っていきたいんだ・・・でした。
余暇支援を申請したら「それは子守りでしょう」と。
事業所の一覧もなければ、支援費の要綱もない。
おいおいおいおい!!!!!でしたね〜〜。
(厚生省の通達やらなにやら訳のわからん文章を
そりゃもうない頭で一生懸命読みました。
事業所さんへ直接行って相談してみたり
もう全身闘争モードでしたねぇ・・・ 笑)
攻めて攻めて、やっと申請を受け付けてくれたと
思ったら、すぐに「上限は・・・です」と
言いやがった(あら失礼 笑)言い出して。
また例の通達をすみからすみまで読み直しです。
「上限等をもうけないこと」みたいな内容の
文章、私の記憶ではちゃんとありましたよ!

生活に不可欠な外出。
これまた役場の手続き関係が多いんですよね。
全部郵送等で済ませられそうなことまで、窓口まで
こいとすぐに呼び出しますよね。
銀行だって、買い物だって今は家にいて簡単に
済ませられます。必要なことはいくらだって
スマートに時間短縮することは出来ます。
自分が出向いていかなければならないのは
私の思いつく限り通院ぐらいでしょうか。

が、障害者本人がその場へ行きその時間にそこで参加することでしか叶えられないこと、社会参加への支援こそ必要不可欠な支援じゃないの?と私は思います。社会参加こそが「施設から地域へ」の目指すところで、そのための支援費じゃないの????

『上限の32時間について区は「一般区民の余暇活動のための外出を週8時間と想定し、月32時間とした」と説明する。(読売新聞より)』これは前に述べたとおり、現状を見てないとしか言い様ありません。

『「必要不可欠な外出」を含めて移動介護の支給を
月124時間から32時間に削られた全身性障害者の鈴木敬治さん(52)は・・・(同新聞記事より)』
実際、この記事を信じる限りはひっくるめて圧縮かなぁ・・・。うーん、「大田区居宅介護支援費(移動介護)の支給決定に関する要綱」全文が読めるといいんだけどなぁ。

『岩田美恵子・同課長は「現時点で要綱の見直しは考えていない。鈴木さんとの話し合いは続け、支援費以外に障害者の外出をサポートする方法を検討したい」と話す。(同新聞記事より)』検討して、代替案を提示できてから変更してください・・・・その間はどうするんですか???それこそ、余暇の支援は一般的には「贅沢」と思われがち、そこをこそ公の支援で賄ってこそ
それが不可欠なものだとの福祉の底辺の底上げ、
障害者の社会参加が必要な支援だと認識を広めることができるンじゃないのかなぁ、なんて思います。

えっと、なんか役所への抗議文みたいになっちゃいましたが、喧嘩が売りたいわけではなくて、かなめのぱぱさんやそのお知り合い(なのかな?)職務熱心で現場を知る職員や浅野史郎宮城県知事や「100%障害者のサイドに立って、真剣に施策を考える」人が凄い人じゃなくて
当たり前になったら、どこの役所にでも普通に
そんな人たちが座って待っていてくれたなら、
どんなに暮らしやすいだろう、
障害があったって平気平気と笑顔で安心して
心地よく暮らせるだろうな・・・と思うんです。

制度の統合、それもいいと思います。
シンプルにシンプルに誰にでも分かりやすく。
必要なことはただ一つ。
「その人にあった支援がキチンとなされること」
一生懸命働いて、ちゃんと税金納めます。
いいものをつくってください。お願いします。
Posted by shiba at 2004年10月24日 05:19
>shibaさん

カイパパです。力のこもった文章、ありがとうございます(朝早いですね)。しっかり読ませてもらいました。

・大田区の詳しい情報は、私も探してみましたが見つかりませんでした。「内部的な取り決め」として運用しているのでしょう(だから、一部の団体役職者への「優遇」もできてしまう)

・障害者支援費制度は、理念としてノーマライゼーションの実現をうたっています。
 それはshibaさんの言うとおり、

★その人にあった支援が、
★必要な量受けられること

 ですね。

 今、支援費制度は危機的な状況にあって、理念が危うくなっています。
 昨日、「発達障害を考える会」(山本保フォーラム)で、戸枝さんの話を聞きながらはっきりと認識しました。
 やらなければならないことは2つ。

★障害者支援費制度の理念を実現するため、

(1)財政的な仕組みをなんとかしなければならない。

(2)「必要な支援の量」を判定する仕組み(スケールとシステム)を作ること。

――です。

大田区の現状は、まさに今の支援費制度が(1)と(2)の問題(欠陥といってもいいのかも)をかかえていることが端的に現れています。

shibaさんが、支援費申請の窓口で体験されたことは全国で起きています。それは、(2)の「必要な量を判定するスケール」を持っていないからです。行政も判断に苦しんで、わからないから「一律○時間」といった出し方をしている自治体もあります。

(1)の財政的な仕組みは、介護保険との統合で決まりそうですが、(2)の判定方法の問題は残る。今のままだと、自閉症の人への介護決定は悲惨なことになります。

この点については、考えをまとめてから書きたいと思います。

ひとつ言えることは、「傍観するぜいたく」は私たちには許されていないということですね(ああ、疲れる!)。明日を信じて行動していきましょう。
Posted by カイパパ at 2004年10月24日 10:15
障害者の外出介護サービス大幅削減
大田区の裁判の結果などを見て冷たい国と思ったのです。
障害者に暖かい日本にしたいですね。
「先進国の尺度は障害者の生活レベル」と位置付けるべきです。
続きは次ぎを
http://www002.upp.so-net.ne.jp/HATTORI-n/952.htm
Posted by HATTORI at 2006年11月30日 11:03