■人の心の中には土がある(2)/共感を生み出す土壌

 つれづれにアイデアをメモ――

 10月20日の記事で紹介した加藤登紀子さんのことば、みなさんにも響いたようで、うれしいです。
 歌づくりは、農業に似ている。
 毎日の営みから生まれてくる。

 私は、人の心の中には土があると信じているの。
 耕し種をまき作物が実るように、歌の種が心に届き、芽吹き、共感が根付く。
 加藤登紀子さんは、「土がある」と考えなければ説明がつかないことがある――というニュアンスで語っていた気がします。

 加藤登紀子さんのインタビューは、病院の待合室のテレビで見ていました。鼻をたらしながら(カイパパ@アレルギー性鼻炎治療中)、「遺伝子レベルでの人類の記憶」(集団的無意識?)みたいなものって存在するのかなあとか、ぼけーっと考えていたところだったので、「土」のイメージはとても響くものがありました。

「共感ってなんだろう?」とは、カイの自閉症を考えるとき、自分が発信しているとき、いつも意識していることです。

 あなたの心の土と私の心の土はまったく違うように見えて、どこかでつながっている広い肥沃な土壌の一部なのかも?――なんてね。

 あんまり突き詰めていくとオカルトになってしまうけれど、日本人の文化的特徴(良くも悪くも、他人と自分の境界をあいまいにしがち)とも接点があるイメージな気がして、私にとってはものすごくインパクトのある言葉でした。

「日本人は、〈みんないっしょ〉がよくて、個を大切にしない」と批判されるけど(私もそういう日本的な感覚はキライでした)、「共感を生み出す土壌」を考えたときに、この日本的な感覚・メンタリティを、ポジティブに評価することもありえるのかな? とか思います。
 たとえば、「地域の子どもはみんなで育てる」みたいな感覚は日本的な良さじゃないか? 最近はすっかり弱まり薄れてしまいましたが、形を変えて(子育てNPOとか)再生できるんじゃないか?
 まだアイデア段階ですが。

 私たちはノースカロライナ州に移住できるわけではありません。日本の、この地域で、わが子が暮らしていくために、日本的な価値観や感覚を、どんなふうに(良い形で)活かしていけるのかな? こんな問題意識です。
あなたの土と私の土、見た目も触わった感じも全然ちがうけど、風や雨でふきとばされて、たまに混ざり合ったりする。
とんでもない昔に、同じ山から川に運ばれて流れて来た出所は同じ土だったかもしれないね。
ちがうようで、どこか似ている、他人のあなたに出会えてよかった。
                     ――カイパパ@詩人見習い