・毎日新聞2004年11月4日(夕刊):この人、この時:俳優・ビートたけしさん 流れのままに/3
何をやっててもだいたい半分は面白い。残りの半分はつらい。
だけど100%楽しかったら、その人は栄誉とか、褒美はもらえないと思う。
人から評価されたり賞をもらったりするには、半分苦しかったってことがないとダメだな。あくまでも社会と自分が作ったものとの関係だから。
★半分は面白い。残りの半分はつらい
カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル1周年を前に、深く共感。
私は、たのしいことしか全力投球できない体質で、義務感や強制では動けません。このサイトはたのしいからやっています。けれども、つらい部分もあるんですよね、当然ながら。
ヤンキースの松井秀喜選手は、プロに入ってから毎ゲーム後に長島監督と素振り練習をしていたそうです。素振りが死ぬほど好き! なわけではなかったでしょう。地味でつらい部分。
そのつらい部分も含めて成長していく自分を評価できる境地というか――それは、小さな成功体験を積み上げることで醍醐味がわかってくるものなのでしょう。
★あくまでも社会と自分が作ったものとの関係だから
たけしさんの「あくまでも社会と自分が作ったものとの関係だから」の言葉は何通りかに解釈できますね。謎解きをしてみるのもたのしいかも。私がインタビュアーだったら、ここをたけしさんに掘り下げていきたい。
たぶん、この言葉は「社会と自分との共同作業」というキレイな意味ではなくて、社会の許容する範囲におさめるために、たけしさんが自分の感性・やりたいこととギャップのある表現をあえて選ぶことがある。そのぎりぎりしたせめぎあいの中で、本当に伝えたいことをすべりこませる苦労を言っているのではないかな?
やりたいこと、言いたいことをそのまま放り投げて、他人が受け止めてくれると期待するのは甘すぎる。「他人は勝手に解釈をする」=出発点はここだ。
誤解されるのがイヤなら口をつむっていたほうがいい。
それでも、もしもどうしても伝えたいことがあるなら、丹精をこめて文章を練り、(自分なりに)情理を尽くして語り続けるしかない。そのためには、日々の練習や経験が要る。
ベストを尽くしても誤解は生じるものだけど、それはそれ、自分の至らなさを謙虚にうけとめること+多様性を許す心をもつこと――自分に言い聞かせてますけど――そんなことを考えました。
・この人、この時:俳優・ビートたけしさん 流れのままに/1
・この人、この時:俳優・ビートたけしさん 流れのままに/2
・この人、この時:俳優・ビートたけしさん 流れのままに/3 ※ウェブ未掲載
・この人、この時:俳優・ビートたけしさん 流れのままに/4