祝杯にはまだ早い:発達障害者支援法の出発点を確認する
■祝杯にはまだ早い:発達障害者支援法の出発点を確認する
【11/26 05:30追記】
寄せられた意見をまとめた「発達障害者支援法の成立を願う120人の当事者の意見書」を公開しました。(※2005年3月25日公開終了)
・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:「発達障害者支援法の成立を願う120人の当事者の意見書」を公開
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/9832320.html
【11/23 22:30追記】
※※意見募集終了しました※※
冷静になって考えてみました。祝杯にはまだ早いのかもしれません。
報道にあった、「民主党は条文の一部修正を求めており、24日の衆院内閣委員会で審議を始め、内容をさらに調整する」の一文は、
先日私の記事でお伝えした見通しとは異なっています。
法案修正含みで、実質的な質疑があるということです。法律の成立にはまだ不確定要素があるのかもしれません。(最悪の場合、不成立あるいは根幹部分の修正、付帯決議による骨抜きもありえる??)
ここでもう一度、「なぜ、発達障害者のための支援法が必要なのだろう?」ということを確認しておくことが必要だと思いました。
【家族】
・現状が「しあわせ」なんて全然いえない。たくさん我慢している。
・日々の生活が綱渡りだ。すぐにバランスを崩しそうになる。
・わが子が理解できない苦しみ
・周囲からの無理解で冷たい視線……
・信頼関係を築けない。誰かを頼りたくても、「難しい子どもだから…」と私たち自身が自己規制してしまう。
・せっかくつくり上げた支援の輪も、通園施設・保育園・学校・職場と変わるたびに「0から」やりなおしの徒労感――その支援の輪作りも親が自らやるしかない。
・くるくる変わる福祉制度。あるいは、まったく自分と無関係のように思える町の行政。自分の町がとても冷淡に見える。
・仲間がいない。ひとりぼっち。
・自分の行動で変化がおきるとは思えない。どうやったらいいのかわからない。
・将来この子がどうしあわせに暮らしていくのか、展望が見えない。
・一生懸命がんばってきたのに、今も苦労している先輩たちの姿……
…
【専門家、支援者】
・自閉症・発達障害へのサポートは難しい。だれにも特効薬・万能療法はない。特に、認知が低いと。
・ほとんど「運任せ」のような質と意欲のばらつき
・専門家も苦しんでいる。サポートの難しさに。自分の無力さ、救えないもどかしさ。「がんばっても効果が出ない→自閉症のひとへの不満、苦手意識」
・どこに頼りにできる人がいるのか? 専門家といいながら、自分たちの無力さを一番知るのは自分たち自身だ。
…
書いていて憂鬱になってきました。
一度しっかり絶望した方がいい。何ひとつ確実で頼りになるものが見つからない現実に。ほとんど「親抱え」「個人任せ」「運だのみ」の支援だ。
カラ元気だけでは生き延びることができない。
誰もが、スーパーウーマン、ラッキーウーマンのようにできるわけじゃない。
発達障害者支援法は、
・親にとっては、この「極端で厳しい子育て」を、「普通にがんばればやっていける子育て」に変えていくためのもの
・本人にとっては「あなたはあなたのままでいい」という普通の暮らしを実現していくもの
・専門家にとっては、「ひとりで解決できなくても周りと力をあわせて支援をつくり上げていくもの」へと変える道具、武器になるもの
・行政にとっては、「違いを認め、ニーズに合った支援の輪(理解と支援のネットワーク=バラバラではいけない)を地域でつくり上げる」ことを自らの責任とするもの
です。
だから必要なんです。
国会議員の先生方へ
使って、磨いて、いいものにしていく決意と覚悟を持って、私たちは発達障害者支援法の成立を待っています。
【意見募集】
【11/23 22:30追記】
※※意見募集終了しました※※
「なぜ、発達障害者のための支援法が必要なのか?」
みなさんの声をコメント欄にお寄せください!
「自分はこういうことで困っている。支援を必要としている」という本音でお書きください。
※お立場を必ずご記入ください(例)「5歳自閉症児の保護者」「保育士」など
期限は(短いですが)、
11月24日(水)11月23日(火)夜10時まで。
なんらかの方法で、日本自閉症協会を通じて、国会議員の先生方にお届けしたいと思います。
ご協力よろしくお願いします。
【追記】11/21 13:50
署名とはちがう「体温のある肉声」を届けましょう。
保護者はもちろん、本人、支援者の方のからの「歯がゆい思い」「何とかしたいと思っている」「ここに困っている」といった声もお待ちしています。
目標100超を目指します。短時間ですが、どうかよろしくお願いします。
【追記】11/22 23:11
「コメントのつけかた」を書いていなかった。ごめんなさい!
この記事の下にある、青い文字の「Comments(44)」をクリックしてください。
既に寄せられたたくさんの意見が読めます(全部読むと1時間強かかります)。スクロールして、一番下まで行くと「コメント欄」があります。そこに書き込んでください。
★メールアドレスは記入しないようお気をつけください! 今回の意見はどうしてもプライベートを語るものです。迷惑行為防止のため、ご協力お願いします。
もしコメントがうまく書き込めない場合は(アドレス削除)までメールください。「代理アップ」します。
※意見は、ブログで公開します。まとめた国会議員への意見書もWEB公開します。メールのみで意見を言いたい方は、今回はゴメンナサイ。
よろしくお願いします。
Posted by kaipapa2shin at 07:38
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発達障害者支援法
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カイパパ通信blogに、10月12日から開かれる臨時国会で提出予定の「発達障害
■発達障害者支援法案の必要性【Tamago Blog‐It's a picture world】at 2004年11月21日 10:26
カイパパ通信にトラバいたします http://blog.livedoor.jp/
祝杯にはまだ早い:発達障害者支援法の出発点を確認する【まんまる笑顔の和パパさん】at 2004年11月23日 08:32
23日夜8:30現在、愛知県自閉症協会(つぼみの会)父親部のカイパパさんのブログ
発達障害者支援法【きらきら ぐるぐる】at 2004年11月23日 20:45
blogのテーマは何?と自ら問う書き込みをして以来、真夏の季節のまま、フリーズし
再開は「発達障害者支援法」の話題で【おやじの戯言】at 2004年11月24日 05:27
本当は、別の記事を書こうとしていたのですが、カイパパさんの記事と、めめさんの記
母親の涙【Silent Voices】at 2004年11月25日 01:04
どっちがおとくを書いている段階では、子供を育てる上でサポートを得なければいけないだろうし、やっぱりきちんと自分自身が診断されることが必要だなっと考え始めていた。
けれど色々考え始めたら、会社はどうなるんだろうと気になった。
前に病院行ったときは別の会社に
どうしよう?【もしかしたらADHDな親子】at 2004年11月27日 15:52
昨日の受けた試験。科目は、『社会福祉学』。
ありゃもう1回冬に挑戦。確定だな!
↑・・落としてしまっただろう・・・(汗 の意味。
試験終了後、ボロボロになってネットの倞??
発達障害者支援法【おもいでになったとき】at 2005年11月27日 14:05
6歳年長の広汎性発達障害と診断されている男の子の母です。
うちの子は知的で言うと境界域の子です。つまり普通と言うにはちと足りず、知的障害とも認定されず…。こういう子は児童相談所でも「療育手帳に該当せず」とされ、なんの援助も支援もありません。障害とみなされないのです。
でもれっきとした「自閉圏」の子なので、ただの知的な問題だけではなく、感覚の過敏さ、認知のゆがみ、感情のバクハツなど、日々の生活にさまざまな困難をかかえています。今はまだ母がツボをおさえた援助をしつつ日常を過ごしていますが、じきに母の手を離れて社会に出る日が来るでしょう。そのときの支援はどうなるのか?
6歳の子の親が、普通は「この子は将来働くことはできるのか?」まで心配しないでしょ?でも心配せざるをえない現状があります。この子たちを安心して残して死んでいける社会であってほしい、そう願って「発達障害者」としてのきちんとした位置づけをしてほしいと願い、今回の支援法の成立を切実に応援しています!
ジョーです。
8歳の知的障害を伴う自閉症児の父親です。
「スペクトラム」と言う定義がようやく認知されてきたことで、アスペなど知的障害を伴わない発達障害児者の支援の必要性も注目されてきたわけですが、実際に必要な支援につながっていないのが、現状だと思います。
ただ、「スペクトラム」ですから、明確な境界はないわけで、そういう意味では「全ての発達障害児者本人のための原理原則の法律」だと私は理解しています。
もちろん、この法案は私たち発達障害者に関わるものにとっても必要です。現時点の法案内容は、具体的内容は少ないのですが、「原則的な理念」を国が約束した上での「具体的な支援」ですから、先ずはこのような法律が必要なんです。
今、私の身近にも数名の軽度発達障害児がいます。この子達は知的な遅れはないので「普通学級」に通ってはいますが、なかなか周りの理解が得られないため、あと数年したら「不登校」などになる要素を多分に含んでいます。
どうか、この法案が「価値ある内容」で成立することを切に願っています。
5歳の知的障害を伴う自閉症男の子の父親です。
今年の春に私が、夏に妻が、過労のため倒れ入院しました。
この子は何にも悪くないのだけど、睡眠障害があって眠らない、活動エネルギーがありすぎて家で過ごすことができない、たのしめるものがとても少ない。
今は保育園の先生方と支援費ヘルパーのみなさん、区役所の担当者の方々に支えられて、なんとかがんばって暮らしています。
私たちは、親の仲間や周りの支えがあって、こうして支援の輪を作ってこれましたが、孤独に背負い込んでしまっている人もたくさんいます。
私たちにしても、この綱渡りのような生活がいつまで続くのか確実な見通しはありません。
再来年は就学です。これまで築き上げたことはどのようにして引き継がれていくのでしょうか? 全く期待できない自分が悲しいです。
発達障害者支援法は、まずは「発達障害」というものがあるんだよ、という国民の理解を生み出し、今までバラバラだった支援の力をつなぎ合わせて生涯に渡る支援を実現するための法律です。
まず「こういう子がいるんだよ」「こういう生活があるんだよ」というところからでいいです。はじめの一歩になる法律を待っています。
現在、9才の高機能自閉症児を通常学級で担任しています。小学校教諭です。
彼は、IQも100以上あり、算数は大の得意。けれど、不器用だし、物事のとらえ方が他の子ども達と大きく違うし、人間関係の取り方もふつうではありません。こだわりも強く、話すことばも独特で、「自閉」としての特色をかなり強く持っているお子さんです。教室では一種の「アイドル」としての位置を築いています。
彼は通常学級の中で、毎日苦労しながらも自分のこだわりと学校のルールとをすりあわせながら生活しています。周りの子も彼との関わりの中でとまどいを感じながらも大きく成長しています。私自身、彼の担任をしたこの2年8ヶ月の間に教育観・人生観がずいぶん変わりました。学校のスタッフの中にも少しずつ彼を分かってくれる人が増えつつあります。
そんな彼も、現在では「知的障害」ではないため、福祉の対象とはなりません。学校での対応も、まさにカイパパさんの書かれた「運」と「個人頼み」であることは否定できません。
知的には遅れがなくても、集団生活・社会生活で特別な配慮が必要である彼のようなお子さんが、学校生活だけでなく、自立・就労など、生涯にわたって必要な支援が受けられるようになるための第一歩である、今回の支援法の成立を強く応援しています。
病院で言語聴覚士として自閉症スペクトラムの子どもたちに関わっています。
私のところには、診断前後のお子さんがみえます。
「診断」周りにとっては、一つの大きな出来事だと思います。しかし、子どもの遅れを心配し病院にいき、「診断」されても、後は、何のフォローもしてもらえない。そんな事が現実にあります。親御さんたちが、困っているとき、相談機関、そして、診断後のフォローアップ体制が必要だと切に感じます。
「診断」後のフォロー体制が整えば、少しは、医療機関への敷居も低くなり、安心し、門をたたけるようになるのかなと。
診断から就労、すべてにおいて一人の子どもに一貫としてフォローできる体制
その子を取り巻く人々の連携が図れるようになるようになるために法案の設立は、今、必要だと思います。
8歳の自閉症児の母親です。
私たち発達障害児の親は、子供を育てていく中で、ずっと周りから責められて、謝り続けて過ごしてきています。
障害があることが分からなかった時期は、他の子と同じように出来ない自分の子供を責めて、上手に育てられなかった自分を責めて、そして、周囲からも白い目で見られ、まさに八方ふさがりの状態で子育てをしています。
障害があることが分かってからは、それを受け入れるのにとても時間がかかります。
そして、親が子どもの障害を理解して受容できたとしても、周囲の理解がなかったら、とても生きていくことはできません。
私の息子はアメリカで診断を受けましたが、とても手厚いサービスを受けていましたので、息子に障害があることを辛いとも悲しいとも思っていませんでした。
けれども、帰国して「とてもこんな子は預かれない」「何なの、この子。気持ち悪い」と社会から拒絶されてしまった時、はじめて、「どうして私の息子には障害があるの?」と思い、障害を憎みました。
幸運なことに、担任の先生が発達障害に対してとても理解のある方で、適切な対応をして下さったので、今現在、息子は笑顔で学校に通っていますし、私自身も元気に生きていますが、もし、担任の先生が息子を理解してくれない方だったら、どうなっていたか分かりません。
11月17日に行われた愛知県教委主催の発達障害児講習会で、発達障害児の親の立場からお話しをさせて頂きました。
県内の公立小中学校の校長先生・教頭先生方を対象とした講習会でしたので、会場にいらっしゃった600名弱の方達は皆さん教育関係者だったと思いますが、「発達障害」について、その実状を殆どご存じない状態でした。
理解も支援もない中で毎日辛い思いをしている子どもたちがいます。
既に学校に通えなくなってしまった子どももたくさん知っています。
発達障害者支援法は、「発達障害」という障害があることを広く世の中の方に知って頂くためにとても意味があると思いますし、更に、福祉サービスを受けるための法的な根拠にもなり得ると思いますので、是非、成立して欲しいと願っています。
知的障害を伴う自閉症の男の子(10歳)の父親です。
子どもの障害を告知された瞬間から闇の中に放り出されました。すべてが手探り、自ら読み聞き調べないと自分たちの進む方向が見えないのです。そこに指針となる灯りがあればどんなにか心強かったことか。それを可能にするのが発達障害者支援法なのではないでしょうか。
子どもたちが将来この地域で暮らしていくためにどうすればいいのか?子どもたちの自立支援を行いながら、地域社会に理解を求め、行政に対して協力を求めています。これは親だから当たり前のこと。でも親の力には限界があります。一方通行から双方向への転換。これを可能にするのが発達障害者支援法なのではないでしょうか。
仕事柄、欧米の事情に触れる機会が多いのですが、米国や北欧・西欧など法律に裏打ちされた支援の仕組みがあります。どうして欧米にあって日本にないのか?発達障害者支援法はその一歩だと思うのです。
発達障害児・者本人、その保護者、その支援者を有機的につなげるもの、そして何より本人の幸せを実現していくもの。それが発達障害者支援法だと思うのです。その成立を心から願っています。
11歳の自閉症の子供の母です。
自閉症という障害はこれまで特別支援教育の中でも
その他の障害として扱われてきました。
その結果、他の知的障害のお子さん(例えば精神発達遅滞やダウン症など)と同じような指導がなされ、
「だから自閉症は難しい。」とか「自閉症だから仕方ない。」というような対応を受けてきました。
いわば知的障害の癌扱いと言っても過言ではなかったかと思います。
知的障害の中に「自閉症」があるのだよ・・ということがようやく認められ喜んだものの、現場でその特性に応じた指導が行われているかというと、決してそうではない現状があります。
典型的な自閉症の子供さんでさえ、そうです。
ましてや、親御さんや専門家でさえ見逃しがちな軽度の発達障害や、自閉症の周辺の発達障害のお子さんが、
学校や社会でどんな困難な状況に置かれているかは想像に難くありません。
ひとりの母親として感じるのは、一貫した支援を受けられるシステムが、皆無に等しいということです。
今年よい先生に恵まれて安心した1年が過ごせたとしても、それが次の年に引き継がれる保障はありません。
また例え学校で素晴らしい教育が受けられたとしても、それが家庭に、社会に・・という風に引き継がれていくシステムが無いのです。
そのような状況は、子供だけではなく家族も困難な状況に追いやっているように思えてなりません。
発達障害の子供達は、自分達の願いや困っていることを、自ら表現することが難しい子供達です。
だからこそ、障害への正しいご理解と、適切な援助システムの構築が必要です。
どうかこの法案の趣旨をご理解いただき、よりよい討議を重ねていただきますようお願い申し上げます。
2歳11ヶ月の自閉症児の母親です。
我が子は早期診断を受けましたが、将来の見通しはまるでたちません。
療育施設の不足、就園・就学への不安、就労の問題…、親が抱え込むにはあまりにも重すぎる悩みがたくさんあります。
発達障害者支援法が成立することで、親の抱え込む悩みが少しでも軽減されることを願います。
また、発達障害者本人の過ごしにくさが、周囲の誤解のために、さらに困難な状況になることを懸念してやみません。
一番苦しんでいる本人たちの生活を、周囲の温かい支援と理解で少しでも過ごしやすいものにするためにも、この法案の成立が重要な鍵を握ると思います。
今回の法案の成立を心から願っている本人さんたちに代わって親たちが声を上げていることをしっかりと受け止めていただきたいと思います。
神奈川県相模原市に住む、8歳(小2)の重度の知的障害を伴う自閉症男児の父親です。
4歳で医師から自閉症、と診断を受けてから、わが子が障害児であることにショックを受けたり、落ち込んだりする暇もなく、夫婦で力を合わせて
、この子が地域で明るく生き生きと生きていけるために何ができるのか、必死で支援や指導を求めて親の会の仲間や専門家、支援者の間を走り回ってきました。
幸いにして、本当に子どもの身になった指導、支援をしてくれる人、先生、ボランティアさん、NPOの方々など、多くのすばらしい方々と出会うことができました。
決してこの世の中は茨の道ばかりではないのだと実感しています。
しかし、残念なのは、こうした志や熱意を持った方々がいざ子どもたちを支援しようとするときに、明確な法律の根拠、行政上の位置づけがないために、支援が細切れで、不安定なものになってしまいがちなことです。
通園施設の職員さんは独自に色々な工夫をして子どもたちの身辺自立を助けてくれます。
特殊学級の先生方もそれぞれのやり方で、懸命に読み書きや計算を教えてくれます。
成人向けの通所施設では、やはり熱意をもった職員さんたちがQOLの向上に日々心を砕いてくれます。
しかし、各々の支援、サービスの間はあまりに不連続で、人材・スキル・予算も不足しているために、親が安心して子どもを地域に託せる状況にはほど遠いというのが現実です。
自閉症をはじめとする発達障害の子どもたちにとっては、早期発見、早期療育の重要性は論を待ちません。
そして、発達過程での、本人の特性を知らぬ周囲の誤った対応の積み重ねが、誤学習として蓄積し、どうしようもない行動障害につながる哀しい事例が未だ後を絶たないのは、やはりわが国の法的な支援体制の不備によるものが大きいと思います。
ライフステージに応じた首尾一貫した支援の体制を、省庁や自治体の枠を超えて保証していただくこと、その大前提として、本当に自閉症スペクトラムの人々に対する適切な診断・療育・支援のできる人材をとにかく増やすことこそは急務です。
今回の法案がそのための力強い一歩になることを心から期待しています。
自閉症をはじめとする発達障害者の方々が明るく暮らせる国は、間違いなく他のどんな人々にも暮らしやすく豊かな国に違いありません。
国会議員の皆さん、行政の皆さんがそんな一枚も二枚も上手な国づくりのために、この法案で大同団結してくださることを祈念しています。
30代に入ったばかりの自閉症スペクトラム診断済の自閉症者本人です。12月に結婚します。
私は今から3年半(2001年5月)前に、今の主治医によって、『自閉症スペクトラム&ADHD(診断書上は自閉症スペクトラム』と診断されました。
大人になってから診断されると言うことは、子供時代に発達障害と言う概念や存在を知らないまま大人になると言うことなのです。
大人の発達障害者の受け皿はほとんどありません。診断されたら、「ハイ、そこで(診断だけで)終わり」で、放り出されることが多いのです。二次障害で問題があると投薬治療しか受けられないのがオチです。よくてもカウンセリングぐらいでしょう。
就職したくても発達障害とわかれば、いくら筆記試験がよくても面接で落とされるのです。発達障害者として堂々と働ける場所はほとんどないのです。
結婚してもどうやって地域で暮らしたらいいのかもわかりませんし、ママになっても安心して育児が出来るかどうかわかりません。まだ、ママになれる自信がありません。
幸い、ダーリンが色々と助けてくれるのでとてもありがたいけど(ダーリンは私が発達障害者であることを知った上で結婚しようと言ってくれたのです!)、今のところ、ダーリン以外サポートしてくれる人がいません。私の母のサポートは遠方になるので、以前と同じようなサポートは受けられません。
去年から私は自閉症者本人の立場で活動を始めました。
暮らしにくさやどう言うサポートやニーズがあるのかを訴える活動をしています。
今はどうやったら発達障害児・者が暮らしやすくなるのかを自分なりに発信していこうかと思っています。思っていると言うかそれを仕事にしようかと思っています(食べていけるかどうかわかりませんが)。
いくら子供時代がよくても大人への受け皿がなければ元の木阿弥です。
大人の発達障害者、特に大人になってから診断された人が暮らしやすければ誰もが暮らしやすいと思います。
その辺のところをお願いします。
ゆりかごから墓場まで一生涯サポートが必要だということを考えてくれたらありがたいです。
6歳の自閉症児の父親です。
難しいことは書けませんが、私がこの法案をとても大切なものだと感じていることをお伝えしたいと思います。
息子は知的障害もありますが、彼が最もつらい体験をするのは、自閉症に起因することが主です。
そんな彼も、彼のことを一生懸命理解してくる療育者達と巡り合い、スクスクと笑顔で成長しています。
自閉症や発達障害を持った人たちが最もつらいのはその存在を認知されず、正しく理解されず、不適切な環境で過ごさざるをえない事です。
この法案は、彼らの人生を支えるために何が必要であるかを多くの人に認めてもらう、大きな大きな基盤となることでしょう。
息子の小さな手を握りながらも心にある不安は彼が成人した時、彼は人として支えられて生きていけるだろうか?ということです。
この法案が全てのスタートになると思っています。この法案の成立を真摯に受け止めていただけた全ての方々にとても感謝し、今後も共に活動していきたいと考えます。
35才の主婦です。 本名を書きたかったのですが、身内への影響等を考え、やはり書けませんでした。 息子は、7才で、「高機能自閉症」と診断されています。
現在は、地元の小学校へ通っておりますが、一時期、嫌がらせがかなり頻繁にありました。 その内容の一部です。
「後ろから、跳び蹴りを繰り返される。 運動能力の低い息子は、逃げられず、何度も転び、両膝を深く擦りむいた」
「持ち物を隠される。 また、傷だらけにされる」
「バカ、あほ、死ね…などの言葉が書かれたメモを渡される」
ほんの一部です。 ただ、現在は、担任の先生が真摯に対応して下さり、大けがをするまでには至っておりませんが、母として、自分の子が理不尽に傷付けられるのを見るのは、とても辛い事です。 「死ね」のメモを見たときは、頭がぼうっとして、思わず包丁を握っていました。 そして、子供に握らせ、「お前を守ってやれない、こんな駄目なお母さんを、これで刺して!」 そういった意味の事を叫んで、大声で泣いていました。 はっきりと覚えてはいませんが、息子はかなりおびえて、彼もまた、泣き叫んでいました。 私は、胸に包丁の切っ先をたてながら、今までの事が、くるくると頭の中で回っているのを感じました。
「療育」とは名ばかりで、親の弱みにつけこむように、こちらの落ち度をえぐる言葉を繰り返す保育士や作業療法士。 また、市役所職員の「自助努力を」という、突き放した態度。 様々な、言葉の暴力。
強いめまいがして、結局私達親子は、死ぬことから免れました。 ただ、今でも、(ずっと昔からそうですが)生きている事が、たまらなく苦痛になります。 一生、多くの人から責められ、さげすまれ、いたぶられて生きていくのかと考えると、もう何も手に付かなくなります。 せめて、「プロ」としての肩書きを持っている人間位は、私達のような「障害者とその身内」に対し、嘘でもいいから、何らかの希望を持って暮らせるような、そんな態度を示して欲しい。 それだけの度量を持てるような教育を、受けてきて欲しいのです。
そのためには、意識の高い「特殊教育指導者」を養成する環境が、ぜひとも必要だと考えます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
夫婦共々、福祉施設に勤めていた際、自閉症をもつ人々と、そのご家族に出会いました。
一人ひとりのお話をうかがう中で、障害の程度だけでなく、周囲の人々がその障害を理解し、その人を受け入れているかどうかで、ご家族の暮らしが大きく違ってくることに気付きました。
また、私自身も、自閉症に対する勉強不足を痛感しました。
仕事をやめ、子育てをしている現在でも、日常の中で、障害を持つ人との出会いは多々あります。その中で、私にできることは何か、今、どんなことを学んだら良いだろうか、と考えさせられます。
子育て中の親なら誰しも、自分の子どもの発達に、悩みを抱くことがあると思います。
だから、発達を支援するという法案は、決して他人事ではありません。
悩んだ時に、ひとりぼっちにならないで、相談できる場所、仲間に出会える場所があったら、どんなに良いでしょう。
そして、福祉や教育に従事する人にとっても、専門性を高める場になって欲しいと思います。
今は、一人ひとりの親が、幼稚園に入る時/学校に入学する時/卒業する時……、節目を迎えるたびに、学校と交渉したり、就労の場を作るために運動したりしています。
障害を持つお子さんを育てながらです。
親御さんたちすべてが、仕事が順調で、健康で、その老親も介護が必要なく、経済的にも安定しているわけではないでしょう。
どうか、家族を支えるという視点を抜け落とさずに、この法案を、息づかせていくことをお願い申し上げます。
7歳知的障害を伴う自閉症児の母です。
現在、地元の小学校の特殊学級に通っていますが
息子が入学するにあたり、とてもつらい思いをしました。もともと、特殊学級がなく、新設していただいたわけなのですが、当時の学校側の対応には途方に暮れてしまいました。
その原因はすべて発達障害の無理解からくるものと思われました。
たとえ、障害があったとして、地域でみんなと一緒に成長してほしい! !そう願う親御さんのほうが圧倒的に多いはずです。
そして、先の見えない将来。
一貫した、サポート体制が必要だと切に願います。
息子を育てるにあたっては、本当に綱渡りな毎日です。日々、いろんな事件を起こしてくれます。
気が休まるときがありません。
発達障害の理解のために・・・
本人が生きやすい環境になるように・・・
親が安心して暮らせるように・・・
そういう願いを叶えるために、発達障害者支援法にはとても期待を寄せています。
3才の自閉症児♂の父親です。
1才を過ぎたあたりから子どもの育ちが普通ではないことをうすうす感じてはおりました。しかし、まわりからの反応は「大丈夫、男の子だから遅いのよ!」「もう少ししたら、しゃべりだすから大丈夫!」というものでした。
子どもの反応はあきらかにその子の2人の姉とは違いましたが、まわりの反応『大丈夫!』という言葉が普通であってほしいと思う親の心をその時は励ましてくれました。
しかし、時間がたつごとに子どもの育ちが普通とは違うことが明白となり、診断を受けました。今となっては『大丈夫!』という言葉を言ってくれた人達にとっても、言われた私たちにとっても、とても悲しい言葉となっています。
『大丈夫!』という言葉が「きっと正常だから、大丈夫!」という意味で使われるのではなく、「もし発達障害だと診断されたとしてもみんながサポートするから大丈夫!」という意味で使われるようになってほしい。
そのためには、発達障害のことが多くの人に理解されることが絶対に必要です。だから、今回の法案がとても重要なのです。よろしくお願いします。
12才自閉症児の父親です。
小学校6年間、7人の担任により異なる環境の変化を経験してきました。変化を最小限に、家庭、医療、その他支援機関との連携を心がけてきました。
今後地域での生活の為の連携も考えていかなければなりません。親の負担が大きい現状です。
その子を取り巻く人々の連携、地域社会への理解を求める為にも今回の発達障害者支援法の成立を強く応援いたします。
11歳のダウン症児の母です。
食道閉鎖症という口から食べることができない
障害を持って生まれてきましたが、乳幼児医療のおかげで、手術して、完治できました。
知的障害児ですが、親子とも 落ち込むことなく
暮らしております。心から、感謝の日々です。
しかし、地域の障害児の親仲間で集まる折に、
「うちの子は IQ80あるから、勉強には、不自由ないし、療育センターの先生が、普通クラスでいいといっているけど、まわりに理解がないから、こまっている」「ごめん、うちの子は 障害児ではないんだ・・! ちょっと、学校の都合で 障害児学級にいるけど・・」と、障害児の親仲間というまとまりに ひびを入れる発言を繰り返す方が 何人かみえます。「絶対、養護学校には行きたくない!」との発言など、会の運営に支障さえきたします。
「なんで、会に入っているのか?」と 考えていくと、わが子が、手厚く療育していただけて、まわりから「いい子だね。」とお世辞半分でも ほめてもらって大きくなれているのに、そんな、支援なしで、戸惑いに中で、1人で、育ててみえることが見えてきました。
母親として、100パーセントの安心感ではないものの、「えらいこちゃ」はあるものの、人生を見通して育てることができること、ダウン症児であったから、私でも障害児の親やっていけることにきずきました。私の生活を守ってくれるいくつかの施策を創っておいてくれた、先輩たちに感謝の日々です。
自閉症関係のご両親の戸惑いの仲の子育てに、どうぞ、生存権をかけての支援をお願いいたします。 「この国に産まれてよかった」という言葉が 本人からでる国にしてください。
2歳10ヶ月の自閉症スペクトラム男児の31歳の母です。この書き込みに出てきている多くの先輩方のwebでたくさん救ってもらった私です。
我が子は生後7ヶ月で、9割は予後が非常に悪いとされる難治てんかんにかかったことが幸いし、1歳4ヶ月で「自閉症の疑い」と早期発見に至り、1歳6ヶ月から早期療育を受けられる幸運を手にしました。なぜ「幸運」と表現するのでしょうか・・・。
早期発見・早期療育が極めて重要であることが、今は当然のように言われていますが、我々のように「早期発見」をした人の大概が、親自身が偶然に自ら調べて「自閉症」の疑いを見つけ、その疑問をストレートに直接、医師にぶつけたゆえ、(※1→)しぶしぶまたはおそるおそる医師や専門家が「この親はおそらく受容できるだろう・・・」と見越した場合に限り告知する。。。というのが実は現実であることを、私自身、半年以上かかってようやく知ることとなりました。ショックでした。
「私達はラッキーだった」ではすまない憤りを私は強く感じました。
なぜなら、そのころの我が子は本当に手におえないパニックがあったり、一日を無事終えるのに必死で、ただ普通のの毎日の生活(食事をする・トイレに行く・外出する)に親子共に苦労の連続でした。息つくヒマもない、でもなぜだかわからない、どうして私だけがこんなに大変な子育てなのかわからない。孤独でした。
「この子は一体なんでこうなのよ。」という悲しみや不安を、子どもにぶつけ始めていた頃だったからです。
自閉症とわかったとき、私はほんの数ヶ月で済みましたが、自分自身、自閉症の理解が乏しかったゆえに、子どもはどんなに辛く悲しかっただろうと涙が止まりませんでした。そしてそれと同時に、世間がまったくと言っていいほど、自閉症を理解していない、まさにそれこそが「障害」であるという現実に対し、孤独感に襲われ、健康であるはずの自分自身がパニックに陥ったのでした。
つまり、早期発見できなければ、この辛い状況が長く続く。いや、もっと最悪な状況を新たに作り出し、もがき苦しんだであろうことは容易に想像できるのです。私達親子はあの後、何年かあの時以上にもがいていたかもしれない・・・と想像するだけで、今でも震えるほど恐ろしいです。
(※2→)そしてそんな状況で子育てに孤軍奮闘し、もがき苦しみ、我が子の障害に気付かず虐待している・されている親子。
愛しい我が子が「障害を持っている」と気付かず、親も教育機関も「普通の子にしつけよう!」と躍起になり、
「わがまま」「しつけが悪い」「変な子ども」というレッテルを貼られる苦しみの中、障害特性を全く無視した間違った対応をするために、その子どもたちが2次障害である「不登校」や「引きこもり」になっていかざるを得ない人たちの数の多さを思った時・・・、それを想像するだけで胸が締め付けられ、涙が出てきます。
私の子どもが「早期療育」を受けられたのも、家族の理解があったこと、私自身の生き方が積極的であったゆえ、自らの手で早期療育をできる場所をしつこく探し、なおかつ偶然、知的障害児通園施設の空きがあったからであることもその後に知りました。「運がよかった」と色々な人に言われたわけです。
行政に問い合わせても、たらい回しにされ、それでも喰いついて探し回り、ようやく自分たちが受けられる療育の場所を知りました。地元の3区を調べた結果、1歳代でも積極的に受け入れてくれるという信頼のできる施設長の元に、私たちはわざわざ引っ越しました。なぜなら他の2区は、一つは同じような親子の仲間とただその場に集まり、自由に療育の遊具を使用しているといった消極的な施設で、とても「療育」とは言えない場所。もう一つは、「まだお子さんは小さいので月に2度くらいしか対応できない」といった「早期療育」の器すら準備されていない現状がそこにはありました。
「早期発見」できても、「早期療育」してくれる現場がない限り、(※1)で書いたように医者や専門家は「自閉症だろう」と思っていても積極的に早期の告知ができないのが現実です。万が一、自閉症でなかったら・・・と思えば、言わないほうが得策です。また「我が子の名誉を傷つけられた」と訴えられて、医者や専門家も食べていけなくなるのは困りますものね。
もし診断が難しく、告知が遅れるのであれば、あとはすべての国民が「発達障害」という障害の特徴を子どもの時から学び知り、私たちのように自ら気付けるようにするしかないのでしょう。子どもの頃から「発達障害」を知り、その人たちの気持ちを知ることは、その人自身のためにもなることです。どうか子どもの教育の現場に、そういったテーマを必修にしてほしいと懇願してやみません。
また難しいかもしれませんが、自閉症スペクトラムとなると100人に1人という割合であるといわれている昨今ですので、出産前の妊婦講習でそういった障害があることも事前に知っておいたほうがいいのではないかと思ってしまうくらいです。そういうオープンな世の中にならない限り、「障害」は暗いもの不幸せなものとしてしか捉えられない、それこそが悲しい現実だと思えてなりません。エイズの恐ろしさ、薬物の恐ろしさを伝えるように、なぜ早期発見のために「知的障害」を事前に学習することはご法度なのでしょう。
おそらく、そうすると健常のお子さんを育てている人も小さなことでも疑いを持ち、悩んでしまうとおっしゃる方がいるでしょう。でも、上記(※2)の苦しみに比べたら、それは対処しきれる小さなことに思ってしまうのは、私のワガママなのでしょうか?
そして「自分には健常の子どもが生まれるはず」と信じててやまない方々にも知ってほしい。健常の子どもが生まれても、最近の報道にもあるようなセンセーショナルな事件に巻き込まれる可能性があるかもしれない。
早期発見や早期療育ができない環境に置かれ、家族の理解も社会の理解もなく、2次障害に陥り、極めて困難な生活を強いられ、苦しめられ、その結果、悲しくも事件を引き起こす犯罪例があるのです。それに巻き込まれる危険を回避したいと願うのは誰もが当然のことでしょう。
その他にも「障害」を受容できず、家庭が崩壊し、離婚に至るケースも多いですし、自殺を考える人も自殺してしまう人もいる悲しい現実があります。
このような事例は発達障害を抱えた子どもを持つ親が、自閉症等の発達障害を真剣に学べば誰もが行き着く、当たり前の新たな苦悩なのです。
幸い、我が子は言葉も出始め、生活もかなりスムーズになり、今はそれなりに幸せに暮らしていますが、それでもやはり多くの不安を抱えて生きています。まだ小さいゆえ、世間の厳しさを痛感するのはこれからかと思います。苦悩は今後も増え続けていくでしょう。
病気やケガになっても病院で、理解力の欠如ゆえ、静かに待てず、恐怖感で騒ぐことを考えると、なかなか出向けない悲しい現実。医者や看護婦にもっと理解があればと思う日々。親が病気になったり亡くなった後はどうなってしまうのか・・・。不安や心配を書いたらキリがありません。
個人的には「自閉症を知ってもらう草の根運動」と題し、家族・親戚・友人・知人に私が作ったレポートを配布。その人々がまた草の根でそのレポートを回す。知らせる。小さな草の根も最終的には少なく見積もって推定で3000人以上の方の目に留まるところとなりました。
でもやはり、上辺の知識や関心だけでなく、発達障害法案が成立すれば、いずれ発達障害の知識が「日常」となる日がくることを願ってやみません。
シートベルト着用がまだ当たり前ではなかった時代があったように、昼間にバイクがライトをつけることがなかった時代があったように、今ではどちらも当たり前になっている社会。法律の力は何よりも強いのです。
どうか一番大きい「法」の力で私たちを救ってください。守ってください。よろしくお願いいたします。
重度知的障害を伴う自閉症と診断された
男の子5歳の母親です。
発達支援法案読み直しました。
現時点で私たち家族が直面してきている問題を
解決、改善しようという意思が伝わってくるような
内容だったように思います。よかった。
どこをどのように修正するのか・・・大変不安な気持ち。
いや、更に内容を濃くして、どんと踏み込んで
成年後の支援、本人の権利や後見制度等に関しても
盛り込もうとしてくれているのか・・・
期待する気持ちと半々でいます。
子供が生まれて、多くの親はその子供との生活やその子供の一生の幸せを夢見る。いろいろな夢を描きながら我が子を育て始める。夢イッパイで育て始めた子供に
少しづつ違和感を感じ始め、疑問を持ち始め、迷いに迷って診断を受け、やっぱりと落胆し、自分の生きる意味、子供の存在意義を捜し求めて迷う。
考えても考えても答えは出ない、でもそこにこの子は生きている、笑っている。この子は私とは違うOSで成り立っている。それを受け入れなければ何も始まらない。
私たちのできることをやるだけだと腹を据えてやっと受け入れ、挑戦を始める。一緒に始めてみてもそこには共通の手段・道具はとても少なく、灯台は見えず、海図はない。水先案内人は頼りなく(いるなら上等)、浅瀬や岩場が多い難所を何とか乗り切らねばならない。クルーが協力的かといえば、必ずしもそうでもなく、本人がそれを望むか望まないか、それすらも大きな疑問の嵐となって襲い掛かる。兄弟がいればさらに航海は困難を極める。舵はとったが、櫂は取れず、どちらかが流されてしまう、結局船は進まない。誰がどこを見ているのか、自分がどこを見ればいいのか、誰がどこを向けばいいのか・・・全てのことが分からなくなってしまう。何とかまとめてあげて前を向いて進み始める。ともかく少しづつは前に進んでいるけれどどこをなにを目指したらいいのだろう。大きな葛藤小さな葛藤の波が日々押し寄せる。
その波に飲まれないように、上手く乗りながら時々落ちてグルグルと波にもまれたりしながらも何とか毎日を過し、その先の幸せを夢見る。やっと自分の中でけりをつけ、外へと目を向ければ無理解、誤解といった鮫や怪物と戦わなくてはならない。もうアドベンチャーというしかないような毎日。
支援法、絶対に必要です。
早期発見の過程は慎重に度化してもらいたいと思います。どの立場の人間が、どのタイミングで、どのような根拠を有して誰に知らせるのか。その後の多くの場面で影響を及ぼす重要なステップだと思います。さらに現状多くの人が初診待ちで半年ほど待つと聞きます。解消する必要があることは間違いないと思います。保育・教育全ての場面において親が走り回ります。どこにどんな場があるのか、何がなされているのか、どんな状況が子供にとって有効なのか・・・情報はそれぞれの場所にそれぞれ散在しており、あちこちへ相談をしに行ってみれば
「何がお子さんにとって大事か、何を一番重視するか、親御さんの意見によりますね・・・」責任・情報収集・分析・決定全ては親が背負う。親は初めてのことで何が「今しか」なのかを知りたいと思って悩んでいても、
結局は得られないことが殆どだった。やっと自分の中で決めても、今度はまたその決めた機関との交渉。それも多くは1から親がその責任において交渉する。積み重ねられた経験は全然ストックされていない。保育・教育の場においても、役所の担当の場においても。一人一人の親が一回、一回、その時の窓口となった担当者があたりであることを願うだけ。家族に対する支援は手当てと支援費が頼り。支援費もあくまで本人に対する支援なので、副産物として養育者が休息をとれるということもあるけれど、それ自体への支援は「それって普通の育児でしょ、誰でもやってることよ」と苦笑され取り合ってもらえないことが多い。家庭を運営していく上で兄弟児への配慮、養育者自身への配慮は今後拡大させていってもらいたいと切に思う。普通の育児とは本当に違う、目も手も離したらそこに死が待っているかもしれない。そんな瀬戸際の気持ちで、いつも気が抜けない。障害の認定やそれに対する支援を要請したいと思ったとき親の署名入りで自分の子供の出来ないことを列挙させられる。自分の子供をみることが大変だという事を言う、これは本当に辛い。数少ないできることを喜びとして、今日はあれが出来たね、今度はこのぐらいできるといいねと毎日を過しているのに、「どうして大変なの?」「・・・あれが出来ません、これが出来ません、あれも出来ません・・・」普通ね、出来ないことを列挙することなんてありえない。どんな選考だって出来る事、良いことを探すんだよ。身を切られるより辛い。それがどういうことなのか正しく認識できる人へ話すならまだしも、それがどういうことなのか理解できない人に理解してもらう為にそれをする、何度も何度も出来ないことを出来なくて困っている、だから助けて欲しいと頼み、情けない気持ちで
いっぱいになる。私は自分が出来ないばかりか、子供の出来ないことをアピールした上に支援の手さえとってくることが出来なかった。でも、それは担当者の意図?よくよく知れば、私の主張が正しかった。
サービス従事者(専門家と呼ばれる人も含めて)のレベルアップを障害と法令についての正しい知識・認識までしっかりと研修、認定、それから当事者への対応が出来るようなシステムを切望します。あんな嫌な思い他のどの親にも味わって欲しくない。
そして周知することの大切さ!私の顔見知りの方がお子さん2人を道連れに無理心中されてしまいました。5月のことです。このような支援の態勢が形成されつつあったことをあの方はご存知だったでしょうか・・・支援の手はもうすぐそこまで来ていたのに、既に幾つかの手段は取れたのにその手に気付くことなく、過労からうつ状態になっていたと聞きました。そして絶望から(だと思う)死を選んでしまった。支援の手段の周知、利用の奨励がもっともっとアピールされていたならば、あの人は死を選ぶことはなかったかもしれない。
法案にはあれもこれも全て盛り込まれていました。
これのどこに問題があって成立にこんなに時間がかかっているのでしょうか?国も地方自治体も「責務」として明確な方針を出さなければやはり動けない。予算が付かなければ出来ないこともたくさんある。代行者である公務に携わる人たちには私的な判断で動く裁量の幅があまり広くはない。その人たちがスムーズに仕事として処理できる為には法としての整備が必要です。双方への徹底したシステムと周知が間違いなく必要です。枠組みや法律がなければ動けない立場の支援者側の人もたくさんいます。支援することが正しいことと明文化されなければ出来ないこともたくさんあります。支援されること支援することがスムーズに出来る為に、絶対にこの法律は必要です。私たちは障害をもつ子供を含めてかわいそうな家族ではなく、特別な支援を必要としている普通の家族です。しかし、全ての本当に全ての場面で親は全力疾走しています。子供も混沌の中で必死に頑張っています。
法の制定を心から願って、一日も早い施行を待ち望んでいます。
とても感情的な長い文章で読みずらいことは承知ですが、偽らざる気持ちなのでこれ以上は加筆訂正せずにおこうと思います。
長い間養護学校の教師を勤めています。
個人的には、自閉の子供さん大好き。色々な可能性がたくさんあります。
しかし、環境の適応、対人関係になじむ
まで、時間が必要です。周りの人の理解も
大切で、関わる人全てに性格を理解して
もらう取り組みが特に大切です。
日常で活動する時、長期的にマンツーマ
ンでついたり、色々配慮することで周り
によい影響が得られます。
個性的な愛すべき子供さんを育てるのに、
きちんとしたシステムと親以外の連携で
きる人の輪があれば、在学中から社会に
出ても世の中で輝く存在になります。
これが可能になれば、色々なケースに応
用でき、多くの人が助かります。
支援法は必要です。
二人の自閉症の子供をもつ父親です。
自閉症の子供はいろいろな特徴があります。
症候群と言われるように、二人兄弟でも全く個性がことなります。
まして、重度から高機能まで、満ちあふれています。
こんな子どもたちを個々にサポートするのは大変なことです。
隠れた障害児もたくさんいます。
親の意識改革も必要です。
早く、子供達を支援してあげるシステム作りが急務です。
全てを巻き込んだ、システムが必要です。
法案が早期に成立し、少しでもはやく、より良い環境づくりのため、
宜しくお願いします。
ふうせんと申します。高機能自閉症と二次障害で鬱病とパーキンソン症と対人恐怖症と多汗症を併発している31歳の男性です。
この障害者一見何ら普通の人と変わりはないように見えるのですが、‖仗祐愀弦獣朖▲灰潺絅縫院璽轡腑鶚A和だ、において非常に困難な障害なんです。
人は働かなければ食べていけません。私も何とか社会に適応しようとしましたが、いくつもの職を転々とし、また面接で失笑され、職にありつけることもままならなかったことは数えきれないほどです。
そして何とか就職できても人間関係が築けず、仕事事態も飲み込めず、すぐに職を追われることの連続でした。そのたびに周囲の人々からは冷たい視線で見られ、今では二時障害から外出もままならなくなってしまい、心許ない貯金で何とか食いつないでいます。
しかしこのままでは生きていけないのは目に見えています。もう貯金も底をつきかけています。
幼少の頃から話しのできない、目をあわせられない、気味の悪い子供として扱われ、何をやっても上手く行かず、普通の人が経験するような楽しみや幸福なんてほとんど無縁の人生でした。成人してからは奇人・変人扱いされ、自殺未遂も起こしました。
今回「発達障害者支援法」が成立される運びと聞いて、一縷の望みを人生をかけて望んでいるところです。
私同様、世間の理解と社会福祉による支援がないと生きていけない発達障害者はたくさんおられます。
どうか、高機能自閉症、アスペルガ−症候群、ADHD、LDなどの発達障害者に今は閉ざされている道に、生きていくために門を開いて、光をあてて下さいます様、お願いします。
13歳の知的な障害を伴う自閉症男児の父親です。
我が家の子供は重度の知的しょうがいを伴う自閉症なので、現行制度でも、一定の保護を受けられていますが、今までは何の支援も無く保護を受けられていない人たちが本当に多くいます。
彼らは一見しただけでは問題ないようにみえたりします。この見えにくい、しょうがいの為、実は毎日本当に苦労しています。
今回の法案で今までまったく支援を受けられなかった方たちにもようやくそのチャンスがめぐってきたと諸先生方の尽力の賜物と感謝しています。
なんとしてでもこの法案を通していただき、本当に支援を必要としている人たちを救ってあげていただきたいと、お願い申し上げます。
4歳の自閉症児を持つ母親です。
自閉症児の親の「ストレス」は、自閉症児の我が子から来るものではなく、周囲の人間から来るものであることのほうが大部分です。
周りの方たちが、受け入れ態勢になってくれる、それだけで本人も家族も穏やかになって行きます。
我が子は現在、市内の保育園に元気に通っています。
しかしそういう私も、前年度周囲(特に園)の無理解に悩み苦しみました。
「障碍児なんだからできなくったってしょうがない」と言う体制、これが「受容」から来るものではなく、明らかに「放置」であった事実に気がついたときは悔しかったです。
そして本人と周りのクラスメートとの関係も悪化・・。
このままではいけない。
でも、そのためにはまず、親の私が変わらなきゃいけない。
たまらずに悩みを園に打ち明けました。
するとある一人の保育士が「○○(我が子の名前)はそのままで良いの。ありのまま育って行けばいいのよ。私達がもっと○○が安心して過ごせれる園にしていかなくてはいけないの。ママ(私)ごめんね、責任持って精一杯保育しますから、これからも○○の保育をさせてくださいね。」とおっしゃってくださいました。
嬉しかったです。
そして、もっと発達障害が世の中に浸透して、この保育士さんのような人が一人でも増えると良いなとも感じました。
私は難しいことがよくわからない人なんですが、発達障害がもっと世の中に浸透して欲しい、そのためには、この法が一つの希望になると思います。
私は、小学5年生の広汎性発達障害と診断された息子を持つ母親です。
先生や対応する人間次第で、息子がパニックになったり、落ち着かなくなったり、精神的に状態が悪くなってしまいます。
息子は、担任が代わってから、何度もパニックを起こし、不安な毎日を過ごしました。
今年は学校の体制も整い、パニックだけは避けられてはいるものの、当人にとって、低学年よりもはるかにできることが少なくなっているように思います。
低学年の時は、素晴らしい指導力を持った担任に恵まれたおかげで、3年間めざましく進歩していました。
それが4年で担任が代わってからは悲惨な毎日でした。
5年になってからは、特別に補助の先生をつけてもらえることになり、今年は比較的落ち着いてはいるものの、来年はどうなるかわかりません。
予算の関係もあるし、来年からはADHDの子どもが入学してくるので、補助の先生はそちらに時間を割かれることになるでしょう。
そうなると対応ができない担任のまま、また昨年のような状態になったら、親子共々とても辛い毎日が戻ってくるのが目に見えるようです。
毎日毎日が不安の連続です。
自分の息子をより良い方向に導くにはもちろん私(親)ももっと勉強する必要もあるけれど、専門家や先生方や周りの人たちの助けの必要性を強く感じます。
それはいつも親からお願いするばかりでなく、システムとして成立していることが重要だと思います。
発達障害の子どもたちや親、家族が安心して毎日を過ごせるシステム作りの成立は不可欠だと思います。
ぜひとも一刻も早い発達障害者支援法の成立を望みます。
私は、自閉症児(6歳)の父親です。
いまだ、我が子の将来について考えると、とても不安を感じずには、いられません。
又、日々の生活でも、周囲の無理解に起因する事で、親として、我慢や辛抱を課せられストレスフルの状況です。
しかし、一番、暮らしにくいのは、障害を抱えた本人である事を思うと、何ともたまらない気持ちになります。
そんな日常の中、発達障害者支援法の法案成立への動きを知り、大げさかも知れませんが、一筋の光を感じました。
この法案の成立は、大きな一歩だと、強く感じ、自分の不安な気持ちの拠り所にさえなっています。
『発達障害者支援法』の成立を心より願っております。
宜しくお願い致します。
私は小学一年生の中度の知的障碍を伴う自閉症女児の父親です。現在は幸い、特殊学級の先生や数人の交流学級のお母さん方の理解のおかげで、毎日楽しく通学させて頂いております。
しかし将来、子の年齢が上がるにつれ、就学・就労の問題や、地域社会の理解などに対し、確かなものは殆ど無くとても不安です。現在、行政へのお願いは殆ど個人レベルでなされ、提供されるサービスの質・量も各施設の担当者の理解度により大きく異なります。また先人の保護者の方が苦労され折角手に入れた支援も、その子の卒園・卒業に伴いリセットされ、組織的に継続されていません。更に我が街の教育長・教育次長は今回の法案のことすら、悲しいかなあまり把握しておりません。
私は全てを他人任せにして助けてもらおうなどとは微塵も思ってはおりません。障碍を持つ我が子の為に出来得ることは何でもしたいと思っております。
そして、その『後ろ盾』として、今回の支援法がどうしても必要なのです。
法案設立にご尽力賜ります様、宜しくお願い申し上げます。
愛知県武豊町で学生をしながらヘルパーとして働いています。
大学に入り日曜学校のサークル活動をはじめることで初めて自閉症スペクトラム障害という存在をしりました。
一番最初にお付き合いをさせていただいたのはカナー型の成人男性の方でした。
その当時は自閉症というものをよく理解しておらず、知的障害と自閉症が別なものであるということも知らずに自閉症とはいわゆるカナー型といわれる人たちのことだと漠然と思っていたように記憶しています。
大学3年生のときに2級ヘルパーの資格を取り、いまの事業所で働き始めました。
それと同じ時期に自閉症協会が主催する講演会やTEACCH研究会が主催する講演会などにも行くようになり、少しづつですが勉強したりさまざまな方とのお付き合いのなかで自閉症スペクトラム障害、発達障害の多様性を実感してきたと思います。
大学1〜2年生のときにOBの方のお誘いで親さんが中心につくった学童保育の指導員のバイトをしていました。
その中の1人の子が8ヵ月ほど前にADHDという診断を受け、その学童保育をやめたと聞きました。
その子は確かにほかの子とのケンカも少し多かったし、宿題をやる時間のときもなかなか集中するのが難しい子でしたが、明るくひょうきんでまっすぐで、ほかの子が転んで怪我をしたりすると一番心配し励ますやさしい子でした。
その子が学童保育をやめた理由・いきさつが気になって学童保育を一年ぶりにたずねました。
やめることが決まった時の親さん・指導員の話し合いの会のいきさつを聞き愕然としました。
「指導員1人・学童14人の体制で、障害を持つ子は受け入れられないから」というものでした。
診断を受けたからといってその子が変わるわけではありません。
学童保育がおかれている環境の厳しさもわかります
が、その体制でやってきた2年間はなんだったんですか?その2年間でできた関係性は?楽しくプールで遊んだり、夏休みの校庭で虫捕りをしたりした思い出は?
学童保育をやめたことそのものがその子にとっていいか・わるいかはわかりません。
おかしいと感じたのは、その名前くらいは聞いたことはあるかもしれないけれど実際にどうしていいのかわからない「ADHDという障害名」に対して、よく知らないがゆえに漠然とした不安や恐怖・拒絶感を周りの大人が持ってしまったこと。。。
ヘルパーの活動をしていても感じることがあります。
現在の福祉制度は医療モデルまたは知能指数でその対象を線引きしています。
生活していくのに困難さを抱えていても「身辺自立はできてるじゃない」「知能指数の面では一般の人と変わらないじゃない」とされ、制度そのものを利用することができません。
あるときは地下鉄の中で、あるときは電車の中で、町なかで、学校で・・・さまざまな場面で自閉症スペクトラム圏内のかたを見かけます。
「この人たちが必要としている支援は、この人たちにはまったく届いていないんじゃ・・・」
高機能自閉症、アスペルガー症候群、ADHD、LDをはじめとする発達障害というものがあるんだという事実をよりたくさんの人たちに知ってもらう必要がある!
発達障害者支援法はその存在をたくさんの人たちに知ってもらう啓蒙法として絶対に・絶対に必要なものなのです!
現在障害保健施策は大転換期を迎えています。
グランドデザインが示され身体・知的・精神の枠組みを取り払って包括的に支援していくという方向性が示されました。
それをもとに障害者サービス法(仮)も制定が考えられており、福祉サービスの法的な位置づけそのものが変わろうとしています。
教育の分野においても特別支援教育によって、それまでは感度の高い良心的な先生の個人的な努力でしかなされてこなかった対応を、制度として取り組んでいくという方向に向かっています。
支援費制度がはじまって1年8ヶ月。ヘルパーになりたてのころはここまで制度改正に翻弄されるとは思いませんでした。
来年からはヘルパーとして生計を立てていくことに決めましたが、正直不安はあります。
でも、それでも・・・
思い描いている希望はあります。
発達障害者支援法によって発達障害が認知され福祉サービスの対象となること。
グランドデザインに示されたように三障害の枠組みをこえて、生涯にわたり一貫性のある支援体制のなかで必要な支援が必要とする人に届くこと。
そのためにも早期発見・診断→評価とフォロー→早期療育がワンセットになって、就学・就労・居住までのさまざまなライフステージで一貫性のある支援体制があって、余暇活動も充実してる。そんな地域を作るためにどう動いていけばいいのだろう。
そんなことを考えながら学生したり、ヘルパーをしたりして毎日をすごしています。
グランドデザインで示された理念、障害者サービス法による法体系の見直し、特別支援教育による学校生活の充実。これらを三位一体で充実させていくということに希望を見出しています。
そのためにはその大前提となる発達障害者支援法は欠かせないと考えています。
絶対に・絶対に必要なものなんです。
7歳&9歳の自閉症児の母親です。
この子たちの将来を思うとき、「こんな状態が、この先ずっと続くのか」と思うとき、呆然としてしまいます。そして、「自閉症」という障害故に周囲の無理解な言葉に傷つき涙する人、認めようとしない人、ひたすら隠そうとする人、そして…わが子とともに命を断ってしまう人…。そんな悲しい思いをする必要のない世の中になってほしいです。
支援法の成立を心より願っております。
6歳になる知的障害を伴う自閉症児の母親です。3歳直前に診断を受けましたが、当時、通っていた母子通園で初めて「自閉症」という言葉を聞き、すごく不安になりました。
上手くはいえないけれど、国民の皆さんに正しく「発達障害」を理解してほしいしと思います。だて、私も息子の障害がなければ、こういう障害があることさえ一生気付かずに過ごしていたかもしれないと思うから・・・
本人もその家族も周りに誤解されることなく過ごせるような法案を作って欲しいと思います。
岐阜県で知的養護学校の高等部の担任をしています。
現在担任をしている生徒は、非常に症状の重い問題行動を抱えています。家族はもちろん、学校だけでも抱えて抱えられるものではありません。
そんな彼らがこれから卒業し、地域で暮らしていくためにはたくさんのつっかいぼうが必要なんです。
学校、施設、家族だけが抱え込んでしまっては、本人も苦しいし、抱え込む側も苦しいのです。
だからこそ、みんなで支え合う体制作りのためにもこの法案の速やかな成立と、実施を強く願います。
生徒たちはもう数年で社会に出て行くのです。
今のままでは、安心して卒業させられません。
訪問介護事業所を営んでおります。
現在、支援費制度下、50人近いご利用者の方、及びその御家族と向き合いながら仕事をさせて頂いております。
介護保険、支援費、精神など制度の移り変わりに対し、雨ひと粒程の貢献すらもできないまま、時間の摺り合わせに追われております。
かりそめでも、モノと仕組みが満たされつつある福祉の今後に求められるものは、ただ「愛」のみだと自覚させられ続ける毎日です。
穏やかなる発展を、微力ながら祈り上げております。
9歳の重度知的障害の自閉症児の母親です。
ただ今福祉系大学通信制の4年生です。
わが子が自閉症かも知れないと疑ったとき
その先は、真っ暗でした。
周りにいなかったし、知識として何もなかったからです。
他の方も書かれていましたが、妊婦講習で知識として少しでも知っていたら、対応も本人の気持ちも、もう少し良いほうに変わるのではないかと思います。
また、小学校高学年程度で、しっかり学べる機会をもっていただけたらと希望しています。
小学校を入学する頃、それまで続けていた作業療法や言語訓練が打ち切られました。理由は、待っている小さい子がいっぱいいるから一定の年齢かレベルまできたら、卒業にするというものでした。その子達にも訓練は必要ですが、わが子にもまだまだ、必要に思いました。
現状ではただの奪い合いにしかならず、どうしようもないことがわかっていましたので終了しました。
自閉症の親たちは、子供のために何かと耐え忍び、気を使う日々を過ごしています。支援法が、本人と家族、関係者の心の拠り所となって欲しいです。
私は37歳のアスペルガー症候群です。今年の9月に告知されたばかりです。
知的障害はありません。去年の秋に結婚したけど夫と喧嘩が絶えず別居しています。
発達障害支援法案成立に向けて考えてほしいこと
●障害の早期発見 自分の障害をわからないまま生きていくのは不幸。
●障害者の就職と自立。
●身体や知的の人の障害と違ってアスペルガー症候群の一番の問題点は
「普通に見えるのに障害がある」ということ。
●人とコミュニケションをとれない、物事の捉え方が人と違うというのが私の中で一番障害だと思う。
●障害者の家族、周囲の人達の理解(=意識改革)と生活。
私が思っていること
●障害が周囲にわかると暮らしにくくなるため、障害があっても打ち明けられずにいる人もいるのではないか?
●「発達障害という障害がある」ということをテレビCM、雑誌、ラジオ、インターネットなどで広告してほしい。
私の母から
生まれた後から障害になった人達(身体障害者)は、障害者として福祉が受けられるが、アスペルガー症候群の人はなんともない様に見えるのでなかなか理解してもらえない。私の娘は、今までにいっぱい家族とトラブルを起こして、もう家族の崩壊になるような状態だ。少しでも早く対策を取れるように国会でも審議をお願いしたい。私達親は障害を持った子供を産もうとして産んだのではない。
何とか娘が自立した生活ができるように支援をお願いしたい。
私の弟から
私の姉はアスペルガー症候群という病気である。見た目では何も障害を持っていない人ですが、自分勝手なことばかりしていて私たち家族はとても困っています。将来姉の生活支援を僕が担うとなるととても不安です。
8歳の重度知的障害をもつ自閉症の男の子の母です。
発達の遅れがあるとわかってから、年齢ごとにいろいろな所へ通いました。子供の事、家族の事を本当に理解してくれ、話し合いのもと保育(療育)してもらえたのは、たった1年間です。どうして、子供とともに暮らしている親に安心、信頼を与えてくれないのでしょうか。「あなたたちはいいのよ。(重度の子)診断がつくかわからないような子は、これから大変だからかわいそうなのよ」と言った保育士さんもいました。言っている意味がわかりませんでした。わかりたくないです。重度の子もアスペや高機能の子もみんなが支援されるような法案の実現を願っています。
私は神奈川県に住む、広汎性発達障害(中度の知的障害がある中3)を持つ男の子の母です。
来年は養護学校高等部への進学を控えています。
無事に高等部を卒業したとしても、その先の進路については見通しが全く立たないのです。
現在高等部にお子さんを通わせているお母さんの話を聞くと、やるせない気持ちでいっぱいになります。
入学したての1年の頃から作業所(数十件!)を見て回り、高校3年の今でもまだ進路が決まっていないそうです。
息子が小学校在学中は「将来の就労に向けて・・」
よく耳にした言葉ですが、今ではその言葉は
どこからも、誰からも、聞こえてきません。
学校を卒業した後の人生のほうが、はるかに長いのに・・・。
少し逸れますが、以前息子と電車で移動中に、私たちの目の前に座ってみえた年配の女性が、息子に気付いてジロジロと何度も執拗に見てきました。
それだけならば、まだ許せたのですが・・・
その後で、今度は私の方に視線を移し・・・「いったい何?このコ」とでも言いたげな眼差し。息子はご機嫌で、一人で意味の無いことを小声で話していただけなのに・・・。
プチ切れした私は、お返しに、同じ事して差し上げました・・・。そう、足の先から頭のてっぺんまで
ジロジロと見てあげたのです(^^)
きっとあの年配の方は何か感じてくれたのでは・・
と勝手に思っています。
ちょっとしたきっかけで、大切な事に気付く。
そのきっかけとなるよう、法案の早期成立を願っています。
6歳の自閉症を持つ母親です。
あまり難しいことは、わかりませんが、日々、不安でストレスフルであることは、現実です。
自分が、我慢すればすむことなら、いくらでも我慢しますし、辛抱もします。
しかし、残念ながら、個人単位で帰結する問題では、ないような気がします。
発達障害者支援法が、成立して少しでも、誠勝手ながら自分が、また我が子が幸せに近づければと思います。
知的障害をともなう自閉児(6歳)の母です。
今は特殊学級の先生方や周りの方の理解で、なんとか気持ちも落ち着き生活しています。去年の今頃は就学の事で色々と大変な思いをしました。
まずは、情緒障害のためのクラスのない事。私達のいる区は子供の多い区のはずなのに2校しかその設置がされていません。見学をしにいった所の多くは普通級でずっとすごされていた先生が、経験が豊富というだけで、あまり知識もないまま指導されているように見えました。机を動かせないようにビニール紐で固定してあるのを見てなんだか、悲しくなりました。
今は情緒障害クラスのある学校に通っています。恵まれた事に自閉症に理解がある先生方で、刺激に敏感な子達には、始めは静かな環境を作っていただき、叙じょに慣れさせていくという指導法で過敏症と言われた息子も、嫌がらずに学校に通う事ができています。静かな空間をつくるそんななんでもない事が、情緒発達障害を認め、知って下さらなければできない事だと本当に思います。
知的障害がなくても、情緒障害をもっている人はかなりたくさんいると思います。実際、知り合いの高機能自閉症のお子さんは普通級に馴染めず、学校に行けなくなり、今年、情緒障害学級に転校して入ってみえました。
そういう事例がたくさんある事、子供も親もまだまだ、助けが必要な事、理解いただけることを強く願います。
7歳になる重度知的障害を伴う自閉症の男児の父です。
よく泣き、よく笑い、よく怒ります。
喜怒哀楽をストレートに出す
とても可愛い子です。
彼がストレートにだす感情を受け入れてくれる
世の中、地域で当たり前に暮らせる世の中になればと
願っています。
その土台となるような支援法の成立を望みます。
私は、知的障害を伴う8歳の自閉症児の父親です。
小さな時から、どう育てていったら良いのか判らず、悪戦苦闘の日々でした。
小学校生活の環境に馴染むまでも相当の苦労が
ありました。
こういったものは、自閉症児の親になってみなけ
れば判らないことだと思います。
それにもまして、自閉症児本人の方が周囲との
関係が判らず、もがき苦しんでいるのです。
今、発達障害者支援法を審議しているなかで、障害者本人、親及び支援関係者が納得できるより良い法案の早期成立を切に願っています。
知的養護学校教員です。
小さいころからの、子育てや家庭での支援の、
適切なアドバイスを得られてこなかったつけが、
中・高等部と大きくなるにつれ、その子の家庭や、
本人に跳ね返ってきているのを、幾度となく見て
来ました。
発達障害を持つ人への支援が、目の悪い人のめがね、足の不自由な人の車いすのように、その必要さが当たり前に認められる、世の中になっていくための一つのステップとして、この法案が成立することを、強く願っております。
小学五年生の男の子の母です
アスペルガーと診断されて小学校では障害児扱いされています。一人での下校も許されず毎日お迎えに行っています。山の学習も遠慮してほしいといわれ不参加になりました。このまま行けば、修学旅行も行けそうにありません。学校からもこういう障害を持った子供を受け入れたことが無いからこれ以上は受け入れられないと言われました。転校も考えています。今の学校では授業中ほかの子に迷惑をかけずに座ってさえいれば勉強はみなくてもいいですね。それ以上は面倒をみきれないといわれました。転校するために教育相談にいってくれと言われました。行くには行きましたが、引越しすることが一番よいといわれ持ち家のため引越しできないと言ったら審査があるから時間がかかると言われました。もう2ヶ月たちますがまだ返事は来ていません。少しでも早く返事をと待っているところです。市役所に行けば自閉症は障害じゃないから何もできないと言われ、学校に行けば普通じゃないから健常のこと一緒にはみられないといわれ結局情緒障害クラスのある学校に編入と言う道しか選べない。でも社会では、健常児扱い。今教育大学の療育に通っています。家から遠いため仕事を休んで通っています。正直お金もかかります。でも何もしないわけにはいきません。子の子の将来を思うと心配でなりません。障害と健常のあいだにいる子。知的障害が無くてもコミュニケーションが取れないことは人とのかかわりが難しいことと思います。実際クラスではうまくはいってません。本人はきずいてはいませんが、親からみれば一人ぼっち、クラスのお荷物的存在で見られているということが感じ取られてしょうがないのです。障害がわかってからはほかの親御さんからも何をするかわからない子、危険な子と思われ懇談会ではつらい思いをしました。泣きながら帰りました。誰かの助けがほしいです。子の子をこのことして受け入れてくれる場がほしいです。きちんとした障害の知識、療育の場、ぜひ作っていただきたいです。
安心して子の子を育てていける世の中になっていくことを願っております。
6歳の自閉症児をもつ母親です。
この子の就園にどれだけの幼稚園・保育園に状況を説明し頭をさげたことでしょう。そして今度は就学。障害を持って生まれただけです。なぜこんなに謝り、お願いをしなければ生きていけないのでしょう。私はこの子の親だから何でも出来ます。でも
頭をさげる人がこの子にいなくなったら・・・
一人でも多くの人が発達障害を知り理解していただけるためにも発達障害者支援法の早期成立を望みます。
養護学校に通う知的障害の子の母です。
知的障害があり社会的ルールを理解できず、大声を出したり怒りっぽい息子を育てるのに社会の無理解に苦しむことがたびたびありました。
まずはいろんなタイプの障害をもつ人たちがこの世の中にたくさんいることを沢山の人たちに知ってもらうことが大事ですよね。
障害者の認知度が低すぎて、ただうろうろしているだけでも、挙動不審と怪しく思われてしまうこともあるし、お店の物を見ているだけでも、「この子盗むつもりかもしれない」みたいな目つきで見られたりします。「親はどういう躾をしているの?」なんていうのはよくあることです。そういう疑わしい目で見る人たちはみな障害者とほんとに悪いことをしようとしている人の見分けがつかないほど、知的障害に関して無知です。その無知さを責めることはできませんが
法律ができることで世の中を変えることはできると思います。
電車にのっても、レストランに入っても、スーパーのような大勢の人たちが集まる中にちょっと社会のルールから外れる様子のある子供がいても、暖かく見守ってもらえるのが当たり前の世の中になってなってほしいのです。場合によっては声をかけて手を貸してほしいのです。
知的障害のある子たちは親がいるうちはそれでもなんとか親に守られて生きていけます。
でも親が死んだ後はどうなるのでしょうか?
成人後後見人制度ができたぶん。親が死んだ後も生活を支えてくれる人はいるかもしれません。
でも、それだけではたりないのです。
それに、知的障害のともなわない、アスペルガータイプのお子さんやぎりぎりボーダーラインでなんとか親に支えられて大人になった障害のある人が親をなくして、いきなり本当の意味での自立をせまられたとときに、彼らはあまりにも無防備でだまされやすく、弱い存在になってしまうのは避けられないのです。犯罪に巻きこまれたり、病気になったり、障害がなくても生きていくのが大変な昨今、この子達を誰が守ってくれるのでしょうか?
過去になんどか深夜の街できっと何らかの障害がある大人の人を見かけてことがあり、その孤独そうな姿に胸がつぶれる想いをしたことがあります。
ぜひ将来も安心できると思えるような法案にしてください。発達障害者支援法に期待しています。
私は、アスペルガー症候群の子ども(小3)の母であり、同時に成人自閉症スペクトラムの当事者でもあります。
幸運にも、子どもは幼稚園や小学校で理解ある先生方に巡りあえました。そのおかげで、なんとか日々の悩みを乗り越えてくることができました。しかし、今後もそのような環境で生きられると楽観しているわけではありません。来年度、校長先生や担任の先生が代わっても、この子を受け入れてもらえるという保証はどこにもないのです。
私自身は、子どもの診断をきっかけに自分で障碍に気付き、病院に行きました。もうすぐ40歳ですが、10代の頃から苦しんできました。過食症などの二次障害もあったのですが、親には何も気付いてもらえず、ひとりでもがいていました。夫と出会うことがなければ、今頃は生きていなかったと思います。私も、日々理解ある夫に支えてもらっています。
発達障碍者は、一生なんらかの支援を必要とするだろうことを、私は実感しております。
10歳の自閉症の男の子の母親です。
障害があるかもしれないと気付き始めてから、どこに相談をしても「もう少し様子を見ましょう」と言われ、こちらの訴えを真剣に聞いてもらえなかったことが今でも忘れられません。
この頃から診断を受けるまでの間、子育てや子どもの不可解な行動に悩み、一番辛い日々を過ごしていました。この間の支援はほとんどありませんし、現在に至るまで一貫した支援が受けられているとは全く思えません。
今現在苦しんでいる人、困っている人、またこれから同じ境遇に置かれるであろう人たちのために支援の形が整っていけば、と思います。そのための支援法ですよね。
2歳6ヵ月の長男の自閉症の診断を待っている母親です。
言葉の遅れの原因が自閉症なのではないか...と疑問を持ち、不安を抱えあちこちの病院や施設を頼り走り回っているうちに2ヵ月が経ちました。
診断の為に行われるたくさんの検査の結果を待つ間に2ヵ月が過ぎたのです。
市内にはたくさんの小児科、病院がありますがその中の2つの病院でしか自閉症と判断できる専門の医師がいないそうで、その医師の診断待ちがとてつもなく長いのです。
児童相談所や周りの保育園等にも自閉症の子はこの地域でどうやって暮しているのかを聞きましたが訓練施設と呼ばれているところは市内にひとつしかなく、訓練を受けるために今すぐ予約しても2ヵ月もかかります。
市で運営されている母子通園センターは週に1度決められた時間に行かなくてはいけません。
現在私には生後2ヵ月の子がいるため、なかなか決められた時間に通う事もできません。
自閉症のような障害を持った子の人口が増えていると何かで知りました。
この障害がなぜ起こるのか原因は解明されていないのでしょうが、障害児が増えている事実があるのです。
一日でも早い発達障害者支援法の成立を望みます。
2才1ヶ月の自閉症の息子を持つ母親です。1歳五ヶ月の時に、初めて大学病院で診察を受け、1歳八ヶ月で自閉症という診断を受けました。それは、早く療育をという思いからの希望を持った行動でしたが、病院では地域で療育をと言われ、その希望は不安へと変わりました。自分で調べ行動しなければ、ただ過ぎていくだけの時間は、親にとってどれだけ不安で負担の多いものなのでしょう。すべての事柄は、当事者にしかわからない事なのかもしれませんが、決して少ない人数とも言い切れない、そしてとても困難な障害を持っている人や保護者の事を、少しでも想像し、支援していただければと思います。自営業を営んでおり、将来に不安がありますが、今はただ前を見て進んでいくしかありません。この不安を少しでも安心へ変えていけるような社会に変えていくためにも、発達障害者支援法の早期成立を望みます。
29歳の子の母です。知的にも重い自閉症です。授産所でも手がかかると言われて個別支援が得られません。
発達障害者支援法が成立し知的+自閉症でダブルカウントしていただき必要な支援が必要な人にくる事を望みます。
小学2年の自閉症児(男)の母です。
今は理解のある先生と学校、クラスメートに
恵まれ楽しく学校生活を送っています。
しかし、母としては5年後10年後
そして親亡き後のことを考えると不安でいっぱいです。
私たちの子供は誰かの手を借りないと
生きていけないのです。
順番でいけば確実に親である私が先に
逝ってしまいます。
それでも、今のままでは親亡き後なんて
とても考えられません・・・
安心できる支援法の成立を願います。
5才自閉症児の母です。
障害児だということで子供はもちろん、家族も必要以上に様々な制約を受けつつ日々暮らしています。それも大半が周囲の無理解からくるものです。
でも…
子供には「自分の人生を自分で選択して生きる自由」が、親には「子供(兄弟)に障害があっても自分らしく生きる自由」があっていいと思うのです。これって日本国憲法に定められた「基本的人権」に似ていませんか?
発達障害支援法が社会における理解の一端につながり、障害者も社会の一翼を担っていけるよう強く願っています。
みんなの願いが国会をはじめ、日本全国(それとも夢はデッカク世界中?)に届きますように…。
6歳の知的障碍をもった自閉症児の母親です。
発達障害者支援法の早期成立を強く望んでいます。
娘の障碍に気が付いて3年がたちました。はつきりと診断を受けて1年弱です。母子通園にも通い、地域の保育所にも通園していましたが、「自閉症」という言葉はつかわずに保育所時代をすごしました。
「自閉症」といってしまうと、園のなかで放置されてしまうからです。娘の個性を理解してもらうために、何度も何度も夫と園に話合いにいきましたが理解し合うのではなく義務で、話を聞くという態度に
くやし涙をぬぐいながら、必死に彼女の幼児期を支えてきました。
同じ町内で、加配保育士として働きました。
彼女の置かれている立場を知り行事の取り組みを知って家庭で出来ることをし、彼女の不安を最小限に
おさえ、友達との取り組みが嫌でない程度の体験を
することで、家以外の場所でも楽しみを見出して大きくなることへの愛着を育てたかったのです。
当然、娘の運動会、発表会、卒園式にでることはできませんでした。母親にとってこんなにつらいことはありませんでしたが彼女と同じ時代を生きていく
こどもたちと少しでも関わりをもち地域のネットワークを作っていくことは彼女がこれから地域で生きていくために大変大事なことなのです。
この大事なことはなんの支援もなく児童デイもないわが地域では親以外のだれもしてはくれません。「あたりまえに子育てがしたい」障碍をもっていても。 そして障碍のある兄弟がいても「あたりまえ」に親に甘えたい。
この法案には、いろいろな願いがこもっています。
どんな地域でも、発達障碍が理解されるために早期成立を望みます。
7歳の知的障害を併せ持つ広汎性発達障害児の父です。
知的障害の有無は別として、自閉症スペクトラムは脳の機能障害による病気(障害)と考えています。
例えば、風邪なら内科、肩こりなら整形外科、頭痛なら脳神経外科等で簡単に診察、治療を受けられます。
それでは、自閉症は何科のお医者さんにかかればいいのでしょう?私は現在でもよくわかりません。
私の住む地方では、発達小児科・児童精神科など専門の医師は存在しないというのが現状です。
今、子供はリハビリテーション科の作業療法と言語療法を受けていますが、今後、病院は未就学児対応の為、学齢の子供達は診てもらえなくなります。
私の子供にはまだまだ訓練が必要なのですが受け皿となる病院や機関がありません。圧倒的に足りないのです。
療育や支援の質・量における地域間の格差があるのではないでしょうか?
このまま支援体制が整備されていない社会にわが子を出さねばならぬのかと考えると不安で仕方ありません。
ふつう、私たち親は子供より先に死にます。私も安心して死にたい。 一人っ子なので親無き後は社会に委ねるしかありません。
子供の一生を見とどけられなくても安心して死ねる、そんな社会を一日もはやく実現してほしいと本気で思います。
一生に渡る支援が必要な障害児者を支える現存の医療・福祉制度の枠を超えた新しいシステムが求められています。
”発達障害者支援法”はその基盤になるものと感じています。
支援の必要な全ての障害児者に適切で十分な支援が受けられるよう、法案の早期成立を切望します。
9歳自閉症児の母です。知的にはボーダーといわれるこの子は、一見普通に見える故の誤解や行き違いを体験しています。
盲腸になり、救急外来に行ったときの事です。子供が自閉症である事、痛みで歩かない事など、伝えていたのですが、小児科医の診察時、痛い?と聞かれ、「痛いけど」、こだわりのアニメの話をしゃべり続け、診察にならず、外科の診断まで、半日も痛くて辛い思いをしました。
不安になった子供がファンタジーをしゃべり続けた事で、うちではぐったりしていたのに、痛がって動けないのに、痛がっていないと判断されたのです。
適切な通訳になってやれなかったと自責の念でいっぱいです。おなかの傷は悲しい思い出です。
自閉症と診断を受けてから、適切な療育機関にもめぐり合えず、(当時、市の機関は言葉のない幼児むけのみといわれました)親の会などを探し情報を得て、いっぱいで断られたり、待ったりしつつ、相談する場を作ってきました。
いろいろな場面でとまどいつつ、手探りで子育てしてきました。
適切な社会性を身につけるためには一つ一つの場面で細かく教える事が必要です。
どうしたら二時障害をおこすことなく健やかに成長できるのか、なかなか周りにも理解がないと、難しいと感じています。
この法案が発達障害に対する社会的な関心を呼び、私達が臨機応変にアドバイスや必要な療育が受けられる場を増やしてくださるように願ってやみません。
そして、生涯にわたって認知コミュニケーションでハンディを負うこの子らに、適切な支援が届きますようにおねがいします。
代筆させて頂きます。 私の友人は、二人の子を持つ主婦で、7才の息子さんが、自閉とADHDを併せ持っているそうです。
息子さんが小学校に入学する際、彼女は予め学校に、その障害の傾向、配慮してもらいたい項目について、きちんと説明をしました。
しかし、担任の先生は全くその事を受け止めず、「躾のなっていない、対応しようのない子」と非難し、厳しい言葉と体罰を繰り返しました。 あげく、縫い傷が残る程の暴力をふるい、親御さんの意見を聞かずに、障害児学級に移行させました。
移行先でも、結局、息子さんの障害には、適切な対応がなされていません。 私の友人は、市役所へも足を運び、少しでも状況を改善して欲しいと訴えました。 しかし、ここでも「発達障害への対策はまだ実行できません」との回答しか返ってきませんでした。
「まだ人手がない」「まだ予算がない」
それでは、一体いつ、適切な対策が取られるのでしょうか。 彼女は、こうも言いました。「どこの病院へ行っても、どんな施設を訪ねても、ただカルテや書類が作られるだけ。 アドバイスもなければ、教育機関や役所との連携も、全く無い」…
周りが振り返る程の美人だった彼女。明るく、前向きだったはずの彼女は、今、疲れ切った面持ちで、見る影もないほどです。 私は、友人の笑顔を、どうしても取り戻したいのです。
どうか、「発達障害への対策」を、どこの自治体ででも受けられるよう、ご検討をお願いします。 きっと、たくさんの家庭が救われると思います。 それは必ず、日本の将来のためになります。
よろしくお願いします。
3歳・自閉的傾向・知的障害中度を持つ男の子の母です。
療育やOT・STにかかりはじめててそろそろ1年が経過しつつあります。
3歳、そしてもうすぐ4歳になる故に伸び始めた部分もあれば、逆に不安なことも露呈してきた時期にさしかかかってきました。
4月から保育所に入ったところで言葉数が一気に増えましたが、自分から話しだした言葉で相手ともコミュニケーションは取れそうだと大人は思ってみても、やはり本人にとれば難しいだろうことを今は痛感しています。
それにましての事ですが、
別地域での療育機関でのお話しを聞く度に、地域での療育や診断においての格差がありすぎるのが否めません。
この法案が可決することにおいて、どのような地域でも発達障害をもつ者やその保護者に対しての不安材料を少しでも取り除けるような世の中へと変わってゆくことを切に願います。そして、支援の幅と世間への理解がこれ以上に広がることを望んでおります。
18才高機能自閉症者の親です。
息子は幸いにも今春就職できましたが、職場ではたびたびトラブルを起こしているようです。やはりこの障害の理解が得られていないようです。そうした場合には、息子の管理監督者に対して、直接親が障害について説明しなければなりません。
息子が安心して仕事ができるよう、この障害について地域職場で理解されることを願っており、一日でも早くこの法案が成立することを切に希望します。
6歳の広汎性発達障害の明るく笑顔がかわいい娘の母です。
娘は来春1年生になります。
同じ学年の子達はごく当たり前に義務教育である地元の小学校へ進むことができるのに対し
障害があり何らかのサポートがないと通常の学校生活を送ることができないがゆえに
就学指導委員会にかかり判定がついてその判定の元に
就学先を決めるのにも多方面で幾度にも渡り話し合いを重ねなければなりません。
そしてその対応も現状も一律ではなく
都道府県によっても市町村によっても学校によっても校長先生によっても担当の先生によっても
まったく違うものであることを今回身をもって知りました。
養護学校には養護学校の素晴らしさがあります。
ただ地元と離れて生活をすることになり存在を知ってもらう機会が少なくなることは残念なところ。
親御さんによって考え方は様々であれどその点をいちばんに考えた場合うちとしては
教育という分野にとらわれず多方面にわたる制度が活用できたなら。
校長先生に養護学校の経験があって障害をもつ子に触れたことがあったなら。
障害をもつ子に対しての正しい知識と理解を持ち指導の方法を知る先生が
自立支援学級の担任になることが保障されていたなら。
迷いなく安心して地元小に娘をお願いすることができるのにと思いました。
選べない本人達に代わり親が選択した進路に対し日本全国どこに住んでいても
親と同じスタンスで一緒に子どもたちを育んでいける学校であってほしいと切に願いました。
これから先娘がどんな風に成長していくのかはわかりません。
娘が自律し自立できるよう親としての責任はできる限り果たしたいと思いますが
おそらく私達親の方が先に娘を置いて逝かなければなりません。
今のこの日本は娘を置いて私達が安心して逝ける国でしょうか?
いろんな障害をもつ子がいること、そして障害があっても適切なサポートがあれば
一緒に歩んでいけるのだということを多くの人に知って欲しい。それが当たり前の社会であって欲しい。
そしてそれは奢りではなく権利であると思うのです。
生きにくい世の中を生きやすくするための支援を是非法として定めていただきたい。
よろしくお願い致します。
4歳のアスペルガーの親です。
初めての社会デビューが親子共々こんなに大変だとは、思いませんでした。一見ごく普通の子に見えるので、保育所に『認定』をつけて通っていても『普通の子』扱いをされてしまう。「お母さんだけが、悩んでいるわけではないですよ。フツウのお子さんを持つ方も色々あります」何か、保育所に訴えると、たいていそんな言葉が返ってくる。私の子供にとって、よりよい環境を作りたいだけなのに、その『環境』すら、『親子のわがまま』ととらえられ、理解してもらえず、我が子が日々苦しんでいる。市立で療育を行っている機関と保育所との連携がしっかりなされていないため、保育所は、『保育』としての立場でしか我が子を見てくれない。『療育』の世界を見ようともしてくれない。『療育』の立場の人はどこか『保育』の人々に遠慮がちで、私達のよき理解者のはずが尻ごもりしてしまって、十分に『保育所』にアドバイスをしない。専門家も、「こちらから、しゃしゃり出るわけには、いかないのです」と具体的な手は貸してくれない。結局、家族の者が心身共にボロボロになりながら、保育所と戦っていかなくてはいけない。もっと、『保育』、『療育』、『専門家』が意見をオープンに出し合い協力しあう機関、システムをつくるべきだと思う。
今、福祉と叫ばれているが、ほとんどが『老人介護』ばかりで、これから未来を担う子供たちに目が向いていない。軽度障害を持つ子供や、家族を救う機関が絶対必要だと思う。
世の中のあまりの理解のなさに、自殺を考えるほど
悩む人々がいる事を忘れないで欲しい。
成人の高機能自閉症者本人です。主婦と在宅仕事してます。
結婚しており、子どもも2人出産しました。
子ども達は長女が来年小学校、長男は2歳です。
私が常々困っていて求めていることは「障害を持っていても安心して楽しく子育てできること」です。
自閉症の子供を授かっても、安心して親として楽しく育児が出来ることはもちろん当然必要なことであり、私のような自閉症の母親が安心して育児に挑戦できるということも、今の日本には必要なのです。
特に「母親が自閉症」という視点は今の日本には皆無です。いずれ子ども達が結婚すれば私のようなケースは増えてくると思いますが、成人の私には、今支援が必要なのです。
私はIQが高いのと、2次障害がないという「おかしな」理由で、子どもを保育所に預けるのも障害者枠を利用できません。そのため高い費用を捻出して民間の施設に子どもを時々預けてます。
育児相談へ行っても「あなたのようなケースは・・・」と困惑されるばかりで、こちらが自閉症について教える始末(爆)どうして育児サークルに参加できないのかも、なかなか判ってもらえず・・・。
認知・理解はなかなか進んでいません。
このままでは、自分がいつか子どもを虐待しかねないという危機感を持っています。
私は障害ゆえの、つねに「判らないゆえの不安感」と「緊張感を」働かせています。今の日本に私が不安を緊張を手放せる環境は皆無に等しいのです。私の場合、感覚の問題が大きくて、普通のファミリーレストランでも騒音でショックを受けて血圧が下がってしまう位なのです。
そんな私が、刺激過多な育児を一生懸命しています。障害ゆえに持っている衝動性もあります。毎日24時間、寝ている時以外は自分の障害と我が子の狭間で闘っているのです。
専門家には「育児するのはきびしい、サポートが必要」と言われています。ただ感覚の問題・刺激が多いだけではなく、子どもとのやりとりという相互関係を築くのが困難な障害だからです。そのため子ども2人の発達も「自閉症の母親が育てている影響が出ている」と言われてます。(ふたりとも発達検査をしたうえでです)
今の日本の子育て事情が問題にされてからかなり月日が経っていますが、必要なのは冒頭に書いたように「障害のある子どもが生まれても、障害のある親が子どもを持っても、定型発達の人・子どもと同じ頑張りかたで、余裕を持って子育てできる環境」なのです。それにはまず周囲の認知が必要です。そのために一刻も早く支援法が成立して欲しいと願っています。
私のように地域で暮らしていても、地域の人に自分が自閉症者であることを隠さなければならないというのは、もうわたしたちの世代で終わりにして欲しい。これからは「自閉症です」と言うだけで判ってもらえる社会になって欲しい。偏見の目で見ないで欲しい。
どれだけの人がこの法律を待ち望んでいるか・・・。どうかお願いします。早い成立を願います。
私はこの法案は成立するだろ
楽観してます
しかし法の成立はスタートの一歩です
法が成立しても
何も変わらないかもしれません
しかし官僚、行政に対して
法を根拠にいろんな支援を要望・要求が
可能となります
その意味で大きな力強い一歩です
この法を全員(社会)で育てる大事な
責務を我々も応分の責任で負いましょう
自閉坊(高校一年生)の保護者です
7歳の自閉症児と関わっているピアノ講師です。
私には専門的な知識や、議員の方々を説きふせられるような弁論力もありません。ですから私の正直な気持ちで書かせていただきます。
発達障害は身体障害のように目に見えません。周りからわからないのです。目に見えない事を理解するのは、人間にとってとても難しい事です。だからこそ1日も早く、目に見える形で支援法を確立してほしいのです。
自閉症やそれにともなう障害の大人の方々はもちろん、これから人生を生きていく子ども達に、未来への安心や希望に繋がるように、出来るだけ早くきちんとした法案で子ども達を守ってあげてください。本当に心からお願いします。
17歳の男子の父です。
4歳の時に自閉的傾向(はっきりとした自閉症なのですが)があると診断されました。当時ははっきりと言わないのが一般的でした。
あれから13年、当初はだれをたよりにすればいいのか分からず、家族で苦しい日々を送っていました。時々でる
パニックではそれを力で抑えようとして、さらにパニックを助長させる事がありました。気持ちが落ち着くまで、見て見ぬふりをしないといけないと分かっていても
気持ちを抑えることが出来ませんでした。しまいには
首を締めて殺そうかと思うときもありました。
さいわいその後、色々な人たちに助けてもらい今では落ち着いた生活を取り戻しつつあります。
もうすぐ社会の一員となります。どこへ進めるかも分かりません。自宅待機では以前の家族の苦しみが戻ってきます。その子の就学から就職、そして一生涯にわたるケアーが出来る、また家族も安心して生活できる、不幸な家族を出さない為にも、今回の法案の成立をお願いいたします。
日々、重度の知的障害を併せ持つ自閉症の成人と接しています。その困難を抱えている皆が、地域で活き活きとした生活を送れるように支援をしています。しかし、その地域はというと自閉症スペクトラムへの理解が深いとはいえません。しかも日本では、それぞれのライフステージ間で一貫したプログラムというものが存在しない場合が多いです。ですからこの発達障害者支援法の成立で、地域社会への自閉症理解の浸透と一貫したプログラムを作るための根拠が示されることをとても期待しています。施設職員の力量不足は否めないところですが、「想い」や「熱意」「愛情」だけではどうにもならないのが自閉症スペクトラムです。国の財政難からますます厳しくなる地域生活かもしれませんが、何とかきちんとした法案がまとまり、サポートする側のよりどころになることを切に願います。どうぞよろしくお願いいたします。
LD&ADHDを持つ高校生の母親です。私も学校の先生から「こんな子どもは指導のしようがない!」と言われた悲しい思い出があります。
私の知人に養護学校に通う小学生の自閉症児をお持ちの方がみえました。その方は子どものパニックや自傷行為などで、幻覚が見えるほどの鬱病になっていました。悪循環の中で、周囲へ気を使いまくり、弱音を吐くことをせず、硬い鎧を幾重にも身にまとったような方でした。私も相談にのりながら、自閉症協会やお母さんのためのメンタルクリニックを紹介しました。しかしその矢先、彼女は交通事故に会い、植物人間になってしまったのです。決して、死のうとしたのではないけれど、消極的な自殺であったと思います。私は「どうして、もっと積極的に介入できなかったか」と、3年経った今も深い後悔の念にかられています。
今私達は、障害とさえ認めてもらえず責められ続け、適切な療育機関も教育支援もない、ないない尽くしの八方塞がりの状況です。教員から「親にも問題意識がない」という指摘がありますが、例えば「貴方はガンです」と告知され「だけど治療法はありません」と言われるなら「知らない方が幸せ」なのです。具体的な支援策が示されないで、診断されるだけなら「知らない方が幸せ」かも知れません。でも、発達障害は放置していては、二次障害など問題は深刻化する一方です。現実に多くの子どもが親にも教師にも気づかれず、放置されています。具体的な支援が受けられるのであれば「うちの子を障害児にしないで!」と突っぱねる親は居ないでしょう。
この発達障害者支援法によって、新たな扉が開かれるのを心から望みます。
7歳になる知的障害を伴う自閉症児(男児)の父です。
4歳のときに自閉症と診断され、本当に辛い日々を送っていました。障害児と診断された我が子が可哀想で、毎日泣いていました。
今は、とにかく前向きに頑張っていますが、正直我が子の将来を考えると不安は消すことが出来ません。
うまく言えませんが、この子達にとって少しでも暮らしやすい世の中になることを切に願っています。
今回の法案はそのための第一歩だと思います。私たち親や支援者がどんなに努力しても、「制度や法律で出来ない」と言われてしまえばそこまでです。どうぞ宜しくお願い致します。
7歳の高機能自閉症の母です。
2歳のとき息子が自閉症と診断されてからというもの、毎日が不安と心配の連続です。
今、学校では通常学級に通い、何とか安定して過ごしていますが、去年は登校拒否寸前でした。
来年はどうだろう?再来年は?中学は?高校は?就職は?これから先の事を考えると、心配で心配でたまりません。
何とか二次障害を起こさずにまっすぐ成長していって欲しい。でも、家庭だけでは無理です。
多くの人に発達障害を理解してもらいたいと思います。
将来親がいなくなっても、この子たちが幸せに暮らしていける、そんな世の中になるよう、
一日でも早い発達障害者支援法の成立を望みます。
日本福祉大学の教員です。
ゼミの3年生が、地元の広汎性発達障碍の子どもたちとこうした子どもたちをもつ保護者のみなさんのサークルと交流をしています。
不十分な点はいろいろあっても、
まず法律が成立することが重要だと
思います。
自閉症の子どもたちへのガイドヘルパーなどの活動に熱心な学生から、ぜひ書き込んでくださいという電話をもらいました。
学生の熱意を受けての書き込みです。
知的障害者入所更生施設の支援員です。
自閉症や広汎性発達障害などが、障害として認められていないことによって、本人とそれを支えているご家族の苦しみは計り知れないものがあります。
平成15年2月に行われた、自閉症児(者)・家族支援のための地域社会資源・ボランティア等研修事業(山口県が山口県知的障害者福祉協会に委託したもの)で、自閉症児の保護者、ボランティア団体、地域住民、保育所職員、教員、障害施設職員を対象にアンケートでは、384の回答が寄せられており、今後どのような支援が必要と思われますかとの問いに対して、次のようなものがありました。
・家族への研修の場を
・支援者の質(の向上)
・家族のこころのケア
・家族が病気などの家族支援
・親の老いや亡き後のこと
・相談(ができる)機関 情報入手
・地域社会資源の充実
・働く親への支援
・障害児保育 託児施設 ホームヘルプサービス レスパイト ファミリーサポート
・学校(での問題)
・施設(での問題)
・公共機関の理解(病院の利用など)
・支援の方法
・交流 情報交換の場
・地域の理解 啓発活動
・(気にせずに)出かけるところ
・進路 就職
こうした問題解決への第一歩となる、法律の成立を待望しています。
中小一般企業サラリーマンですが転職をしようか試案しつつ、
今は障害者福祉サービスを提供するNPOにて週末アルバイト中。
主に、自閉症の成人男性と関わっています。
日常会話は障害を感じないAさんは商品を注文する時に自信が無くて言い出せません。お金の支払いも一緒にかぞえないと自信が無いのです。でも、Aさんは将来的に自立して結婚もしたい。と考えています。
Bさんは言葉が少し聞き取りにくいですが会話できます。遊ぶ事が大好きです。自閉症特有の(?)こだわりで、奇声を挙げ手を叩いて喜びを表現します。買い物も自分でできるのですが、買った商品に注意が行き過ぎるとサイフを置き忘れてしまいます。置き忘れを伝えると理解してくれます。
彼等と接していて思うのは、第三者がサポートすれば普通に生活できるのだ。という事。支援さえあれば彼等の生活はとても素敵なものになるのだ。
発達障害への理解も少しづつ増えてきています。
支援法が成立し、当事者に必要な支援が得られれば、自分自身、自分の子供が発達障害であっても楽しく生きていけると思います。
障害者、高齢者が安心して暮れせる社会=全ての人が安心して暮らせる社会だと思います。バリアフリーではなくユニバーサルを目指し、その一翼として発達障害者支援法はとても期待できると思います。また期待通りの効果を求めて育てて行くべき法案だと思います。
(稚拙な文章ですみませんでした)
知的障害を伴う37歳の自閉症の父親です。
30年も前のことですから仕方が無かったとは
思いますが、幼稚園は2度変りそれぞれ3ヶ月で
退園させられました。多動と指示に従えなかった事が
主な原因です。耳鼻科に連れて行ってくれた幼稚園も
ありました。養護学校小学部でも中学校特殊学級でも
養護学校高等部でも、担任の先生方は一生懸命に
知的障害児教育マニュアルに従って奮闘して頂きました。
しかし、それは結果的にはわが子にそぐわない方法で
あったことが最近になってようやく明白になってきました。
現在は、幸いにも障害者基礎年金を頂きながら、知的障害者
授産施設に毎日元気に通っていますが、教育課程で、また
職業訓練課程で更に企業側の受け入れ態勢が整備されておれば、
或いは、ひょっとしたら税金を使う側から納める側に成り得た
のではないかと、この親バカは回顧します。
わが子はともかく、障害者基礎年金も頂けず、就労もまま成らぬ
子達が増え続けています。発達障害支援法が、この人たちの経済的
自立への福音とならんことを願ってやみません。
ホームヘルパーをしています。
支援費制度のもと,主に自閉症の子供たちを相手に仕事をさせていただいております。
自閉症は名前のイメージが先行し,正しく理解されていない障害で、ヘルパーの中でも,脳機能障害ではなく,精神的鬱だと勘違いしている人もいるくらいです。
今回の発達支援法案は,障害の発見が遅れてしまったり,見過ごされてしまい充分な療育を受ける事の出来ない子供たちを対象にしており,今,一番必要とされている部分だと思います。
子供たちは日々不安の中で生活しているはずです。議論をかせね,多くの意見を聞くことは大切ですが,大人がそうしている間にも子供たちは日々成長していきます。彼らには待っている時間はありません。法案の早期成立を強く期待しています。
18歳男性、知的障害を伴う自閉症者の母親です。
彼は今年の4月より授産施設に通所しています。
でも、本当は大人になったら支援を受けながら一般社会で働くチャンスがほしかった。現在の国の制度のジョブコーチでは継続した支援や支援の範囲が彼には少ないのです。
自閉症の特性に合った継続した就労支援や生活支援が、必要です。
私は、知的障害者の相談員をしています。そのため、アスペルガーの方のお母さんから相談を受けたことがあります。成人して就労してかなりトラブルがありその時初めて受診されたそうです。
結局、精神を病まれてからの支援を受けられました。もっと以前からの支援があればと思わずにはいられません。
又、近くの知的障害を持つ小学校3年生のお子さんは地域で教育を受けたいけれど専門家不在の特殊教育のクラスにいることで困っています。
私は、今この発達障害者支援法に夢を託しています。発達障害者が地域であたりまえに暮らせるための第一歩として。
4歳の男の子の母です。
3歳半ばにして自閉症と診断された後に受けた発達検査では息子は軽度の知的障害を伴っているといわれました。ところが、最近とった知能検査の結果では境界域という評価が出ました。本来ならこれは息子の成長を示す明るい材料であるはずなのに素直に喜んでばかりはいられない現実がとても悲しいです。私が住む地域では(IQ91以下に限り)知的障害が伴わなくても自閉症という3文字が書かれた診断書があれば手帳が出ると聞きました。ただし、その診断書には高機能とかアスペルガーなどという余計(?)な説明を入れないように、と指示されるのだそうです。おかしな話しだと思いました。だって、たとえ知能レベルが多少上がっても自閉的な部分は歴然と彼の中にあるので、生きやすくなったわけではないのですから。でも現行法律では、知的障害のみに的が絞られているため田中ビネー式検査のたった1点2点の違いで支援の枠からは外されてしまう。自閉症児・者の生きづらさは行政支援の枠外だから。「手帳が無ければ子供を守れない」などという理不尽な不安から開放され、安心して教育を受けられる体制があってこそ発達障害児・者も受け入れられる社会、ひいては自立した将来の展望が開けてくるのではないでしょうか。
子供とは、いつの間にか成長し、どこか自動的と思えるほど自然に生きる術を獲得していくもの、と漠然と思っていました。(もちろん教育は必要ですが)自閉スペクトラムの子供達も時間はかかるけど自分で生きる術を獲得していきます。彼らが彼ららしく成長していけるように導いてあげる必要がある、そのための支援を必要としているのです。
こんなことを書いている私も恥ずかしながら自分の息子に障害があると知る前までは駅などでブツブツと独り言を言っている青年を見かけると「あまり近寄りたくないな」と思っていました。いま通勤途中で同じような青年を見ると「自立通勤(学)してるんだなぁ。エライ!」
と思っちゃいます。ゲンキンなものです。そんな青年がいる朝の駅での一幕が決して異質なものとしてでなく極普通の通勤風景として受け入れられるようになってほしいと思っています。
息子は毎日元気に幼稚園に通っています。
理解ある先生や世話好きなお友達のおかげで楽しく過ごしているようです。運動会などの行事が大の苦手な息子ですが無理強いすることはせず見守って下さる幼稚園の理解に感謝しています。ですが、楽しい幼稚園時代は駆け足で過ぎていってしまいそうで、再来年の就学にむけて不安は日に日に大きくなっていきます。多くの教育機関で同じように理解して頂ける社会になってほしいです。
発達障害者支援法の成立を強く希望します。
8歳になる知的障害を伴う重度の自閉症児の母です。
自閉症児を含め3人の子の母親です。毎日をにぎやかに幸せに暮らしておりますが、ふと老いていく自分と比較して弟妹らの将来を単純に描くと夢多き、楽しい日々を想像できますが、自閉症児の長男の将来を思うと不安に心が掻き立てられます。たとえ神が与えた荷物だとしても、やはり親亡きあと彼が一人抱えて生きていくにはあまりにも重い荷物ではないかと・・・・親も子も、そして本人も誰もが幸せに暮らせる今がなければ親亡き後の幸せは約束されるのでしょうか??障害を持っていても安心して暮らせるそんな世の中になるよう心より願わずにはいられません。
3歳の自閉症の父親です。
息子が自閉症だとわかり、自閉圏の方、同じ境遇のご家族が多くいるのだと分かりました。
やはりこの障害は周囲の人間の認知、理解と、本人家族の前向きな気持ちがないとやっていけないと身にしみて分かりました。まずは社会にこの障害の正しい認知をして頂くというのが、第一歩だと感じつつ、より現実的な支援を期待してます。
私は(高機能)広汎性発達障害の息子(小1)の母親です。
息子は状況判断や見通しの立て方の悪さから、何が起こるかわからない不安を常に抱え込んでいます。
ですから、学校のような大勢人のいるところは、怖くて行きたくなくなることがよくあります。
就学時健診のときに校長先生には検査結果もあわせて挨拶に伺いました。
校長先生は、はっきりと「私はこういう子どもの場合、ほとんどが親の心配のしすぎなだけだと思っていますけどね」とおっしゃいました。
校長先生に息子のことで挨拶に行く、というだけでも私にとっては大きな試練でした。返ってきた言葉から受けたショックはその時は非常に激しいものでした。
それでも、今、この時期だった、ということで、私達は幸運だったと感じています。学校側はこちらからの要望は可能な限り聞いてくれます。
また、今年からはじまった巡回のスクールカウンセラーの存在は私には大変有難かったです。
先輩の親御さんたちの働きかけのおかげだと思っています。
ただ、今の状態は運とかかわる先生方の人柄に救われているというところも大きいです。
ですからとても不安定な感じがしています。
学校と保護者と医療機関とまたそれぞれをつないでくれる相談機関のようなものがあって、連携が取れるようになると足元がもう少ししっかりするような感じもします。
息子は確かに障害を抱えており、その障害ゆえに集団生活に今はつまづいてもいます。
でも一見全く障害があるとはわかりません。
診断名を見せても彼の困難な面をわかってくれる大人は本当に少数です。親ですら錯覚をすることがあるぐらいです。(こんなことはわかるだろうと押しつけてしまう)
本人の能力以上の課題を与えられ、できて当たり前、できなければ怠け者、せめてそういった視線が少しでもなくなるようになることを祈っています。
6歳の知的にも自閉症も重い男の子の母です。診断から今までにたくさんの乗り越えなければならない局面が、次々にありました。その時にいつも思っていたのは、支援者を探すこともその支援者に情報を伝え協力をお願いして、責任も親が背負い、社会に出れば、本人への蔑みの視線と親への批判に満ちた視線をうけ、理解してもらうところから、一つ一つを親が積み上げていかなければならない。そうして積み上げていったものが、崩れてしまわないように常に努力していかなければならない。今の現実が厳しい。法案によって少しでも支援が得られやすくなること。福祉、教育、医療とその都度ぶつぶつ切れてしまう支援をつなげることを強く願っています。
我が家の二人の息子はタイプは違えど自閉症です。知的障害の有る無しだけの違いで同じ困難さを抱えて生きている事は日々暮らしている中で切実に感じます。知的を伴った次男は幼少の頃はあまり自閉症の特徴的なものは感じませんでしたが、ゆっくりでも成長して認知力が高くなってくるにつれ、「ああ。この子もやっぱり自閉症なんだなぁ。」と思うことが増えました。我が子の成長を通して、この障害の他の障害と決定的に違うのは知的に高くても決して救われる事の無い困難さを抱えて生きていかなければならないこと。それは自分の力だけではどうする事も出来ない部分がほとんどであること。…を痛感しています。知的を伴わない長男の場合、幼稚園・小学校(現在2年生)でどれだけ障害を踏まえた支援をお願いしても取り入れられたことはありません
。「みんなと同じにやれなければ…。一緒には入られません。」お願いするたびにそう言われます。親の愛情を持ってしても幼稚園・学校、たぶん社会にも超えられない壁があります。特別支援教育の理念のようなものですら現場には存在しません。どうか今、私たちの子供達に生きていく為のガイドラインをください。明日が見えない不安を抱えて生きる苦労を残したままでは死に切れません。
10才の知的障害を持つ自閉症男児の母です。
現在は幸いにも理解ある支援者に囲まれて
外側からは明るく前向きに子育てをしているように見える日々です。
けれども今まで何度泣き、絶望し、未来を悲観したかわかりません。
障害児を育てる苦労、特に母親の苦労には計り知れないものがあります。
子どもへの対応の難しさ、周囲の無理解に悩み
「助けて」とSOSを出す気力もないくらい落ち込む事も度々あります。
一つの悩みが解決してもまた別の悩みが生まれ
この悩みは多分一生尽きることがないのではと思います。
学校やデイサービスを利用している事業所では、息子の事を理解しようと努力してくれていますが
行政や児童相談所等の既存の相談機関では
職員に自閉症の知識が不足している事もあり、適切な助言は全く得られない現状です。
生涯にわたって必要な支援が受けられるように、周囲の理解者が少しでも増えるように
発達障害者支援法の成立を切に願います。
アスペルガー24歳の母です。
大学を5年掛って卒業。
社会の受け入れが難しく自宅に居ます。
小、中、高と普通学級でイジメと教師からの否定の中で育ちました。
大学では学友と打ち解けず、バイトなどしましたが、バイト先でもクビになり、仲間からもバカにされたと当人は言い、学生相談室が唯一のカウンセラーさんが唯一の救いで、卒業に漕ぎ付けました。
見た目が普通。
当人は何故自分が世の中から否定されているのか?
2次的精神障害が出でいます。
主治医は県の自閉症支援センターの顧問をしている人ですが、箱が出来ても中身の充実はなく、
行って相談しましたが、現時点で救いはありません。
精神科医にも軽度発達障害の専門科が少なく、
社会にも成人の受け入れはありません。
正しい療育もされず、不安の中で過ごしている多くの成人へも、学校教育岳でなく目を向けてもらいたいと思います。
多くのお子さんが行く道です。
今の状態では先に光が見えません。
支援法の名はでましたが、内容が見えてこない気もしています。
3歳半で広汎性発達障害と診断された息子(現在4歳半)の母親です。
上に小学1年の娘がおりますが、娘の通う世田谷区立の小学校では、各校に加配教員が1人しかつきません。現在、娘の小学校にいらっしゃる加配教員は車椅子の児童についています。
一方、現在1年生で、入学当時から母親が登校から下校までつきっきりの自閉症児がおります。どういった経緯が校長とあったのか詳しくは聞いておりませんが、その母親にとって精神的にも肉体的にも相当キツイと思われます。
学校を含め地域社会に、自閉症の正しい認知と専門家の投入は急務と思われます。
3歳の知的障害を伴う自閉症男の子(双子)の父親です。
診断から1年半が過ぎ、幸いにして今は子供たちとともに落ち着いた日々を過ごせるようになりました。
子供たちの笑顔は何物にも代えがたい宝物です。
しかし、彼らの笑顔をいつまで守っていけるのか・・・考えると不安にかられます。
これから先の就学、成人後、親亡き後・・・、多くの人の支援と理解が必要になります。
はたして適切な支援を受けることが出来るのか、確かなことは何も分かりません。
子供たちの笑顔を守るため、発達障害者支援法が私達が進む道を照らす灯りとなることを願っています。
10歳のアスペルガーの男児を育てている母です。
普通学校の、情緒学級に籍を置いています。情緒学級とは名ばかりの空き教室に、これまた担任とは名ばかりのおじさんがいて、交流学級にいられない息子は、日々そのおじさんと無意味な毎日を過ごしています。当然学校へ行く気力も失い、今では週休4〜5日制を勝手に確立しています。(半不登校)
普通教室で適切な支援さえ受けられたら、他の子供達や保護者からの冷たい視線や、いじめ、情緒学級の必要さえもなくなるはずです。
高機能の場合、見た目が普通なので、[わがまま][しつけができていない][乱暴]という間違ったレッテルを貼られてきました。ですが、本人が周りへの告知を望んでいないため、未だにそのレッテルをはがせずにいます。告知した所で、周りに理解してもらえるとは思えないのです。
放課後や休日、色々な相談機関に出向き、必死の努力をしていますが、学校で何もかもぶち壊されている気がします。特別支援教育も上の人の考えで、どれだけ現場に反映されるのか、私達の暮らすこんな田舎まで浸透してくるのか、本当に心配です。
この法案が困っている人達を本当に支援してくれるものになって欲しいと切に願っております。
5歳の自閉症男児(たぶんカイ君と同級です)の父親です。
TV番組等の影響もあり、最近やっと少し自閉症のことが一般に知られてきたように思います。しかしながら未だに引きこもり等と同義と考えられている方が多いのも事実です。
自閉症児・者が将来社会の理解を得られて、地域社会で自立していけるためにも発達障害者支援法をぜひ成立させていただきたいと考えております。親亡き後を想うと辛くなります。そのために今出来る事は何かをこれからも考えていきたいと思います。
6歳の知的障害を伴う自閉症児(女の子)の父親です。
娘が自閉症ではないかと妻に言われた時、私には自閉症の知識は皆無でした。知識を得たのは専らインターネットです。人の話を聞こうにも専門家の数は少なく、機会は限られています。お医者さんの数も同様です。うちは診察を申し込んでから初診まで1年半待ちました。そんな中私が思ったこと、「どうして私は障害についてこんなにも無知なのか・・・」。
私がそうだったように、大多数の方がこの障害のことを知らないと思います。そんな中、この子が生きていくのは大変困難です。この子たちが当たり前に生きていけるよう、発達障害支援法の成立を願っています。
発達障害者基本法がなぜ必要なのか?
自閉症の子を抱えても親がひとり頑張らなくても支えるネットワークができ生涯にわたってサポートできるレールそれがこれなのではないでしょうか。
息子28歳、養護学校を卒業し作業所へ、ここ4,5年2次障害から行動障害(他害、自傷)に親も子も苦しみました。今やっと自閉症を理解され個別支援を受けられ
やっと苦しみのトンネルを抜け始めています。
今の枠の中では、個別にかかわりたいと思っても心ある支援者の人たちは動けないのではないでしょうか?
この基本法が、高機能であれ、重度であれひとつの障害として認められこと親として切実に望みます。
28年苦しみ、頑張りやってきた親としてこれからの子供たち、親御さんたちには、いろいろな人の支えられともにライフステージを作っていってほしいと思います。
そして今行動障害に苦しんでいる人たちには障害を理解されそれぞれにあった支援をうけられることを望みます。
自閉症が大変な障害でといわれない日がくることを望みます。支援があれば大変ではなくなっていくのですから。
小4と中1のアスペルガー症候群の親です。
現在、学校の理解が、全くなく二人して不登校状態です。それにもかかわらず学校は、何もしてくれません。
本当に疲れました。助けてください。
4歳の自閉症の男の子の母親です。
「こういう子はどんなにこれから医学が発達しても生まれるのです。
将来貴方達が産み育てなければならない子供かもしれない、孫かもしれない、子孫かもしれない。」
私が子供を産む前にボランティアで行った障害者施設の園長先生のお言葉です。
5年後生まれた子供は自閉症でした。
産まれてみて初めてわかる現実の厳しさ。
この世の中は普通に生まれてきた子供達だけのためにあるのでしょうか。
いつか話したい
「私の息子が障害を診断されたころは大変だったんんだよ。今は世の中が変わってよかったね。」と。
考えてみてください。
もし自分のかけがえのない子供やその孫だったらと。命はつながっていくのです。
けっして他人事ではない事をわかってください。
いねがいします。
13才、中学2年生の重度知的障害を伴う自閉症児の母親です。ヘルパーとして障害のあるお子さんのヘルプもしています。
子どもを育てていて一番辛かったのはわが子のことが理解できず、コミュニケーションがとれないことでした。自分で「自閉症」のことを学ぶうちに障害の特徴や対応の仕方などが少しづつわかってきてわが子のことも認められ、心から「かわいい」と思えるようになりました。でも、わが子に合った支援を学校の先生にお願いしても「親のわがまま」のように受け止められ悲しい思いを経験しました。
「自閉症」というわかりにくい障害を人に伝えてその子に合った支援をお願いするのに親だけの力では限界があります。学校を卒業してからもずっと個別支援は必要です。支援法が成立して親だけががんばらずに、支援して頂ける方たちと一緒に、子どもたちの笑顔のためにがんばれたらと願わずにはいられません。
7歳の高機能自閉症の男の子の母親です。
息子に障害があるとわかったのが離婚してからすぐでした。
知的な遅れを伴っていた時期、どう育てたら良いのか、3人目の子供なのに訳がわからず、毎日を息子に振り回されていました。
道路に飛び出すことなど朝飯前、5階のベランダの手すりによじ登って寝そべったり、瞬きをしている間にいなくなるほどの俊足で、迷子になること数え切れず、お気に入りの壁には便を塗りたくったり、数日間「眠らない」日々が続くことも当たり前です。当然仕事に出ることもできず、収入源は身内に頼るか行政に頼ることしかできません。それもいつまでも続くわけではないし、行政からは支援の期限を切られる始末です。
それでも倹しく自営業を営みながら何とか食いつないできましたが、息子の生活と療育にかけた投資額は半端ではありませんでした。そうこうしている間に、療育の甲斐があったのか本人の成長か、知的障害が無くなり自閉症と言う障害のみが残りました。
しかし、現行の制度では知的障害が無い子供には何のサポートも支援も受けられません。健常の子供と同じです。
・知的障害がなくなると問題行動がなくなるのか?
違います。問題行動は減りません。体が大きくなる分、問題があった時の抵抗も激しく、パニックを起こした時など、私一人では制御できないことも多々あります。
・障害児を産み落とした家族の責任は家族で補うべきなのか?
そもそも障害児を産み落とした責任とは何でしょう?
その責任を負うべき因子は何でしょう?
私たちが望むと望まざるとに関わらず、また、本人が望んでそうなった訳ではない責任の所在を問うのは、愚問ではないでしょうか?
私たちは「特別な育児」に対するサポートと支援を、国にお願いしているのです。
出生率などと比較していただければ一目瞭然です。発達障害を持った子供、また、そういった障害がありながら国の施策が遅れているが為に、不平等・不都合を強いられている社会人のなんと多いことか。発達障害児の自立に向けた援助と支援体制確立がなされないことで、アスペルガー障害や学習障害、高機能自閉症などの子供たちは療育すらも満足に受けられず、社会からも受け入れられず、今後どう社会環境の中で生きていけばよいのか、老いゆく親に何ができるのか教えて欲しいくらいです。
国に望むのは
健常者基準の法の下の平等ではなく
あらゆる全ての国民を基準にした法の下で平等に扱って欲しいということ。
その為にも発達障害者基本法は必要なのです。
通所更生施設の職員です。
自閉症の人達と関わっていて、彼らにとって、生涯に渡って一環した支援プログラムがどんなに大切であるか、そしてそれが今は出来ていないことを痛感しています。今回の法案の成立が、そのための1歩になればと思います。
10歳になる知的障害(重度)を持つ自閉症女児の母です。
去年、主人の転勤に伴う子供の転校を経験しました。
前の所は療育その他、6年程過ごしたので、地域の理解、
福祉サービスの利用など、それなりに充実した時間を過ごして来ましたが、
転勤を機にそれが全くなくなるという経験をしました。
(色々な情報が予め知っておくとあまり苦労はしなかったのでしょうが、県単位の事情もあり
なかなか難しかったです)
かなり福祉サービスも地域差があるのは否めませんでした。
これでは、自閉の子供たちのために家族がばらばらになるということも多くなると思いました。
(環境の変化に耐えられない→転居をためらう)
この法案が成立したら、「日本どこに住んでも安心」「自閉症が生きやすい日本」
になってほしいとおもいます。宜しくお願いします。稚拙な分で申し訳ありません。
姉の子供が自閉症です。
私もしらなかったのですが自閉症というのは誤解が多く認知されにくい障害です。
知的に軽度ということですが軽度でよかったねといえない、とても理解にくるしむ障害だと思っています。
支援の手があれば姉も甥も少しでも楽になれると思います。
どうかよろしくお願いします。
このこたちの未来を少しでも明るいものにしてください。
7才の、自閉症児の父親です。
4才で、息子がきちんと「高機能自閉症」と診断されて以来、妻の努力は相当なものでした。 いえ、実際に、そこにいきつくまでも、彼女は大変な思いで、いろんな情報を自分で調べ、診察の予約を待ち続けて、やっとたどり着いたようです。
私自身は、妻のしんどさをわかっているつもりでも、なかなか助けてやれなかったのが、情けない思いでした。 仕事は、早朝から深夜まで、土、日曜日も出勤せざるを得ない日々がありました。
ある日、疲れ切った表情の妻が、「もう、療育にかようのが辛い。 頑張っても、療法士は、『高望みするな、努力の方向が間違ってる』