カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

〜自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界!〜

心に残る言葉

死ぬことに対するわきまえ

今日は定期検診のため病院デー。経過は良好。
だけど、最近の生活について「まだ1年しか経っていないのですから無理はしてはいけません」と主治医から苦言をいただいた。「また同じことが起きてはいけないので、くれぐれも休みを十分とって」と。
命を救ってくださった先生は、わたしが無理をしている様子を聞くと本当に悲しそうな顔をして心配してくださる。

やっぱり。今のわたしは「不安なことを忘れよう」としているんだな。

「元通り戻った」と自分自身を説得したくて、無理をしようとする。健康でいたい、元気でありたい、という願いは誰しもある。それはきっと、死への不安の裏返しだ。毎日「死ぬかもしれない」と思って生きるのは辛い。だから、無意識にネガティブなことからは目をそらし、自分自身は死から遠い存在なのだと思い込もうとしてしまう。

「起きたこと」をあたかも「なかったこと」のように振る舞っていれば、本当に「なかったこと」に、幻想の中では変わっていく。そしてたがが外れる。

死ぬことを恐れるあまり「健康」にとらわれ、「不健康」な自分を受け入れず、否定する。そういうことなのかもしれない。

最近読んだ『治りませんように─べてるの家のいま─』(斉藤道夫著 みすず書房)の最後に出てくる向谷地生良さんが語る「死ぬことに対するわきまえ」について、考えている。

「人が死ぬってことは、人は生きるってことだし、人を生かすことだし。その生きるための力として、はぐくみとして人は死ぬといってもいいと思います。極端なことをいえば、人は死ななければ生きていける」 〜同書P.245〜
「だから、弱さを絆にというときの究極のテーマは、まさにそこでつながっている。死でつながっている。そういう暗黙の了解が、みんなあるような気がしますね」 〜同書P.245〜

わたしが考えたこと──
人はみないずれ死ぬんだよね。死に至る過程で、「弱い」じぶんと必ず出会う。嫌だって否定したって、弱いものは弱い。折り合いをつけ、受け容れ、愛することができるか? 嫌悪して否定したまま消えていくか? どちらか。

そして、「弱く」なるのは、死の直前だけじゃない。
生きているなかで、「弱さ」はいつもそばに──いや、じぶんの内にある。
それは、病気というかたちに限らない。苦手だとか、不器用だとか、くよくよするとか、じぶんの好きじゃないところ、嫌悪し隠そうとするところに「弱さ」はある。

目をそらし、見ないようにしてやり過ごしても、いつかそれに飲み込まれる。
ゲドの最大の敵は、じぶんの影だった。恐れて、逃げ続けるかぎり、それはゲドを追い詰め、力を奪っていった。
認め、じぶんから影を追いかけ、向き合ったとき、影を吸収し、彼は完全性をとりもどした。

「治りませんように」




『治りませんように』べてるの家のいま
斉藤道雄 著の書評というよりエッセイを読んだ。斉藤さんの「降りていく」体験を、書評者の体験と引き合わせて、理解・共感の橋をかけることを丁寧にしている。読んでよかった。

「治りませんように」は、「病気があって幸せ、治りませんように」という川村医師の、七夕短冊に記した何気ない言葉から来ていると教えてもらいました。

なんとも言えない、深く、複雑なことばですね。
このことばを唱えるとわたしのなかに、不思議な胸さわぎと安心とが、アンビバレントな感情になって広がります。

語るより、味わいたいことばです。

「治りませんように」

不可逆的2 村上春樹さんの言葉

「不可逆的」について書いたその夜に、ナイト・キャップがわりに(わたしは酒を飲まないので)毎晩少しずつ読んでいる『村上さんのところ コンプリート版』で、こんなやりとりに出会いました。

赤ちゃんがお腹の中で亡くなってしまって、そのことがわかった病院の待合室で、泣くのをこらえるために『羊をめぐる冒険』を読んで。読者が手紙にこう書きます──
「もう失われてしまって、二度と戻ってこないこと」というのが、わたしはそのときまでぴんときてなかったのですが、そのことばが、わたしの心にすっと添ってくれたように思いました。悲しみは消えないけど、それでずいぶん救われた気がします。

それに対して、村上さんはこう応えます──
お気の毒です。とても悲しかったと思います。どうかその悲しみを抱えて生きていってください。それも生きる大事な意味のひとつだと僕は思います。「悲しいことは早く忘れた方がいいよ」と言う人もいるでしょうが、悲しみを忘れないこともやはり大事です。

わたしは、じぶんに向かって、村上さんが声をかけてくれたように感じました。

「悲しみを抱えて生きる」

たぶんそうだ。そういうことなんだろう。

ぼくの子ども時代を知っているかい? MJ

昨日の記事で書いた"Walk two moons"のフレーズを知ったとき、わたしは、マイケル・ジャクソンの"Childhood"を連想しました。

Have you seen my childhood? (ぼくの子ども時代を知っているかい?)という歌いだしで始まる美しい曲。だけど、その中身はマイケルの奪われた子ども時代を今も探しているんだという悲痛な内容です。

マイケルの自伝を読むと、幼い頃から、売れっ子プロ歌手として全米をツアーして回るという超多忙な暮らしだった。兄弟の中でも突出した才能を持つ彼を中心に、家族とその周囲のビジネスが動いていく。「ふつうの子ども時代」は最初から失われていた。
マイケルは、自分がいわゆるアダルト・チルドレンだと自認していたのかもしれません。

"Before you judge me, try hard to love me,
Look within your heart then ask,
Have you seen my Childhood?"

「ぼくを裁く前に、ぼくを愛そうと努力してみて」

そんなことを言われても困惑するでしょう。「知らないよ」とシャットアウトして逃げたくなるのがふつう。

ただ、マイケル・ジャクソンとまではいかなくても、じぶんの経験や基準でははかりしれないような「苦労」をそれまでの人生で重ねてきて今がある、という出会いは、あります。

「理解できない」とシャットアウトする前に、少しでも理解しようと想像してみる──それは、「何かは特定できないが、何かしらの理由や事情があって、こういった言動に出たんだろう」という推定レベルでいいと思う──そんなことを、マイケルの "Have you seen my childhood?" の問いかけを聴きながら思うのです。

月までふた回り Walk Two Moons

とても印象的な言葉を知りました。

アメリカの児童文学作家シャロン・クリーチの作品
"Walk two moons"に次のような文章が出てきます。

"Don't judge a man until you've walked two moons in his moccasines."
(その人のモカシンを履いてお月さま2つ分を歩くまでは、その人を裁いてはいけない。)

相手の立場に立つというのはそのくらい難しいし、
「意識的な行動」を要するということですね。

・お月さま2つ分を歩くまでは:COACH A NEWS から引用
http://jnews.coacha.com/column/view/suzuki/20150819.html

生きていると、他人を批判したくなることもあれば、他人から批判をされることもあります。

「どうしてそんなことが言えてしまうのか?」「何も知らないくせに…」と怒りにふるえて、反撃に出たくなることも。

相手には相手の理由がある。わたしにはわたしの理由がある。
だけど、その理由は、お互いの人生を「相手の靴をはいて月まで二度行って戻ってくる」くらい歩いて追体験しなければ理解できない──。

う〜ん、それって超むずかしい。理解し合うのは不可能ってことかな?

そう。他人の抱えている理由や事情はほとんどが理解できない。だから、せめて「何かは特定できないが、何かしらの理由や事情があって、こういった言動に出たんだろう」と推定する。そこまでならできそう。この推定が「寛容さ」につながるんじゃなかろうか。こんなことを考えました。

そして、せめて。「相手の靴」をはいてみる努力はできるかな? 月まで行くのは無理でも。

Walk Two Moons
Sharon Creech
HarperCollins
2009-10-06

Kindle版を買ってみました。

じたばた、浮き沈み

ネットでときどき赤ちゃんから幼児の子育て記事に遭遇して、読んで思うこと。

「定型発達のお子さんて、すごい! 天才だ」

昔は、胸の中の空洞を、冷たい風が通り抜けるみたいな感覚があったけれど、今は純粋に「天才だ」と思います。

こういう、じぶんのなかの、怒りや嫉妬やかなしみは、「ネガティヴ」なので、じぶんでも恥ずかしいとか認めたくないものでした。

口にしたところで、ぐんぐん成長するお子さんには何ひとつ非はなく。親御さんに、こちらの複雑な感情を知られて、いやな思いもして欲しくはないですからね。

そっと目を閉じる。その場を離れるだけです。

ネガティブなものに対抗するためには、ポジティブなものを自分で打ち立てなくてはいけない。そのためにはネガティブなものをはっきり見なくてはいけない。
──村上春樹さん、村上文学を語る(中) | 河北新報オンラインニュース

大切なのは、じぶんのなかにある気持ちを、認めてあげることなんだと思います。

怒りやねたみやかなしみも。
ネガティヴは、じぶんのなかの「弱さ」から生まれてくる。
「弱さ」は否定すると、攻撃的になる。
「弱さ」を認めると、やさしさになる。

何かを新しくつかみ取ろうとすれば、プラスの分だけ、必ずネガティブなものが生じるんです。プラスのものを確保しようと思えば、ネガティブなものも代償行為として引き受けなくてはいけない。そうしないと、人は生きている意味がないと思う。
──村上春樹さん、村上文学を語る(中) | 河北新報オンラインニュース

がんばって、明るくポジティブに振る舞うのもいい。
めそめそと、自己憐憫で泣くのもいい。自然なことです。

人生のフルコースを、じっくり時間をかけて、味わってる途中なんだから。

あきらめもせず、達観もせず、じたばた、浮き沈みしながらこれからも生きていく。

失ったものが自分を形作る

わたしの趣味のひとつに、海外ドラマを観ることがあります。
いろいろな状況で語られるセリフから、啓示を得たりしています。

紹介したいのが、「ブラザーズ&シスターズ」第5シーズンで、ノラ(母親)が、夫を失ったキティー(娘)に語りかけたことばです。
悲しくて当然なの。
あなたが失ったのは、夫だけではなく、思い描いた人生も失った。
未来を失って悲しいの。
心の中にあった計画や夢もすべて消えてしまった。

失った人生はあきらめるの。別の人生があなたを待っている。
人はあきらめて成長していくの。

様々なものを失っては前に進んでいく。
失ったものが自分を形作る。

〜ブラザーズ&シスターズ第5シーズン第5話より〜

2006年の記事「苦痛は3分の1でいい」のなかで、わたしはこう書きました。
私は、カイの障害がわかった時、「喪失感=未来イメージの死」がつらかった。

赤ちゃんができてから、妻と「子育ての方針」なんておおげさなものじゃないけれど、「どんなふうに育てたいか」の夢を語り合っていた。結論としては、「自分たちが育ててもらったように、育てたいね」ということでした。クラブ活動とかがんばったりして、うまくいったり、失敗したり色々な経験をして育っていってくれたらいいな!なんて思っていました。

それが、自閉症とわかったときに、崩れてしまった。その後に築く「新しい未来のイメージ」を築けなくて、空虚で殺風景で孤独で不安で先がない追い詰められた気持ちになった。何のきっかけもなく、涙が出て困ったりしていました。

ゴールデンウィーク中に「長い休みに思い出す」を書いてから、昔のことをよく思い出します。わたしにとって「障害の受容」(好きな表現ではないが"通り"がいいので使います)は大きなテーマなんだなとあらためて思います。

2011年に「受容には2つある」という重要な記事を書いています。@naokonagataさんが教えてくださったことばをそのなかで紹介しています。

受容には二つあるのではないかと・・・。一つは子供の障害の受容。もう一つは、「障害のある子を授かった自分自身の傷つきの受容」。私は二つめの部分が認められず、自分に頑張ることを強いていました。

わたしは、この記事で、

・「ありのままのわが子でOK」ということと、
・「未だ傷が癒えない自分」は、共在する──ことに気づきました。この2つを区別ができず、葛藤した時間がものすごく長かった。

そして、いつまでも傷が癒えず、ぐずぐずと感情にしこりが残る状態に対して、
失った人生はあきらめるの。別の人生があなたを待っている。
人はあきらめて成長していくの。

様々なものを失っては前に進んでいく。
失ったものが自分を形作る。

ノラのことばが、厳しくも、優しく響きます。

わたしのなかでは「失った」ということが「失敗=悪いこと」として認知されていたんだ。
でも違う。「失った」ことは「失った」だけで、「失敗」ではない。

別の人生が待っているんだ。
現実になっていくこの人生が、わたしの人生。
失わなければ、目の前に現れてこなかった。
失ったものが、わたしを形作っている。

ブラザーズ&シスターズ シーズン5<ファイナル> コンパクト BOX [DVD]
キャリスタ・フロックハート
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2013-12-04

変えられるのは、自分だけ?

Facebookで流れているのをたまたま読んで、じつに納得した記事を紹介します。

・自分を変えるなんて無理だから諦めよう。
http://ameblo.jp/kima20010/entry-12007799999.html

恋愛にそくして語られていますが、他のことにも当てはまりますね。

「神様 私にお与えください。
変えられないものを 受け入れる落ち着きを、
変えられるものを 変える勇気を、
そしてその二つを 見分ける賢さを。」

この祈りの言葉に重ねて、

「過去と他人は変えられない。
変えられるのは、未来と自分だけ」

を信じた時に、

「他人とうまくやるためには、努力して、自分が変わらなければダメだ」

と思うのは自然なこと。

だけど、

「あんた、自分を変えられないだろう?」

なんと!
「変えられないものの第一に、自分があった」

受け入れるべきだったのは、ありのままの自分自身だった。

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そうおっしゃられても…

ぼくのメンター

それは偶然だった。

たまにしか見ない、このブログのアクセス解析で、「愚痴、内省」で検索した方が「愚痴と内省」という過去記事を訪問されているのを見つけた。

ふと、何が書いてあったかを確かめてみたくなった。

・愚痴と内省
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/50743471.html

2006年9月の記事だった。なんの愚痴だったか、今となっては全く覚えていない。ただ、この時の情景と記事を書いた心の手触りを覚えている。
話終わった後ひとりになって考えて、「一方的な糾弾をしすぎている」自分を見つけた。相手にだって「良い面」や「言い分」があるはずなのに。

そして気づく。「おれは愚痴を言っていた」と。

周囲の不当さを訴えていたつもりが、言葉にして話してみたら、ひたすら自分を正当化し成果があがらないことの責任を他人に押しつけようとしていた。フラストレーションの源は、力不足で変化を起こせない自分自身にあるのかもしれないのに。

愚痴だと自覚した瞬間、気持ちがスッキリとした。自分の未熟さが可笑しくなった。愚痴のイガイガを取り除いたら、そこに内省があった。

そして、驚いたことに、市毛さんからのコメントがそこにあった。
1. Ichige 2006年09月11日 11:12
あぁ、俺もこの歳になってもやってるようなぁ、こういうこと。愚痴と内省……我が身に沁みて読ませていただきました。こういう時、H.Suzukiさんみたいな人がいてくださるって、ありがたいですね。なるほど、煙突か。俺も欲しくなるな、そんな煙突みたいな人。……でも、カイパパの自己表白って、自己にとどまらないで、周りに波及していく不思議な力を持ってるよね。

今年遠くへ旅立たれたぶどう社の市毛研一郎さん。市毛さんは、「毎朝カイパパ通信を開けるのを楽しみにしています」と言ってくれていた。けれども、コメントをつけることはまれだった。トータルしてもたぶん5回くらいだったんじゃないかな。

このブログも12年目に入った。書き綴られた記事たちといただいたコメントがあの瞬間のつながりを空気といっしょに保存してくれているよう。

『ぼくらの発達障害者支援法』をつくっている間、市毛さんはぼくのメンターだった。たくさんの煙を吐き出させてくれた。人生でいちばん成長できた時期だった。ぼくは、このコメントをもらって、そう伝える機会があったのに伝え損なった。その後も、あいかわらず「煙」ばかり吐いて、感謝のきもちを十分に伝えることはしなかった。
言葉にならず胸にうずまく思いは、見えない煙。
愚痴は黒い煙。
煙を出せば「あそこでくすぶっている愚か者がいる」と見つかってしまうが、それをおそれて吐き出さないでいたら窒息してしまう。

愚痴を吐いて吐いて吐きまくって、煙が晴れてようやく自分がみえてくる。
かっこつけず、いい子ぶらずに、「愚痴が始まり」でもいいんだ。

煙を出すには煙突がいる。
メンターは煙突。
煙突はただ「通す」。
煙が空に上がっていけるように。

本当は、市毛さんも煙を吐き出したかったのに、ぼくはじぶんがその聴き手になろうとは思いもよらなかった。

市毛さん、ごめんね。

ぼくはこれからひとの話を聴く人間になりたいと思う。アドバイスとかガイドとかそういうのじゃなく。
耳を傾け、いっしょに面白がったり、怒ったりする、あなたのように。

市毛さんへカイパパより〜「市毛研一郎さんを偲ぶ会」

今日、ぶどう社の編集者であり社長であった「市毛研一郎さんを偲ぶ会」に出席させていただきました。
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わたしの会ったことのない40代(今のわたしと同年代)の市毛さん

以下は、わたしが、市毛さんへ贈ったメッセージです。長いですが、よかったら聴いてください。

カイパパです。2005年に『ぼくらの発達障害者支援法』という本を出しました。
この場で、お話させていただく機会をいただいて、何を話そうかと。毎日市毛さんのことを思い出すことができて、とても幸せでした。
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私が思ったのは、この場は「自分たちがどれほど愛されていたか」という事実を確かめ合う場なのかなということです。
市毛さんと一緒に、私たちは「本」という子どもを生み出しました。市毛さんがここにいなくても、いつか私たちもいなくなっても、「本」は残ります。
「本」を生み出すにあたって、市毛さんは親のような存在でした。だからここでは、「自分が愛されていた」という思いをわかちあい、市毛さんを偲びあえたらと思います。
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ぶどう社市毛さんが創った219冊

最初の出会いは2004年の夏でした。市毛さんが知多にいらした時に、初めて言葉をかわし、帰りの電車をご一緒して、別れ際に、「いつか、ぶどう社から本を出しませんか?」と誘われました。すごくうれしかった気持ちを今でも鮮明に覚えています。
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その時の貴重な映像 by 戸枝さん

何年も先になるだろうと思っていたのですが、発達障害者支援法成立に向けてのキャンペーンを、ブログでやっているさなかに、コンタクトがありました。「今カイパパブログでリアルタイムで、たくさんの親たちが真剣に思いを伝え合っている。これを本にしたい」と。
「ぶどう社は、自閉症のことをずっと先を走ってやってきた自負があるけど、最近は他の出版社もがんばっている」ともらしたことがありました。少し、焦りもあったのかもしれません。「ぶどう社らしい、発達障害の本をカイパパと作りたい」と口説かれました。

この本づくりが、これほど大変なものになるとは二人とも思っていませんでした。とにかく情報とノウハウを盛りだくさんに詰め込んで。法の施行から遅れては、タイミングを逸してしまうから、タイムリミットがありました。

最後まで粘る私に、さすがの市毛さんも「この期に及んで、ここまでやるのは、ぶどう社だけですよ」とぼやきながら、一緒に粘って、完成させてくれました。
本チラシ
当時のチラシ(なつかしい…)

すごい熱量で、二人とも過集中状態で本を完成させた後、わたしは、
「いつか僕が市毛さんの物語を本に書くよ!」と言いました。そしたら市毛さんは、
「俺の想いは、今まで作ってきた本に全部込めてきたから、俺の本は要らないんだよ」と答えましたね。
それが、すごくカッコ良くて!
ぶどう社の本は、編集者一筋に生きた市毛さんそのものなんですね。

『ぼくらの発達障害者支援法』は、出版されてから反響を呼びました。今読み返しても、「いい本」です(*^_^*)



けれども、この凄さに、本で増幅された「カイパパへの期待」に、私は押しつぶされてしまいました。
講演活動などもやりましたが、違和感が大きくなって、やめました。ブログの更新も、止まってしまいました。
本を出したことで、「実物の自分」がとても小さく思えて、「他人の期待に応えられない自分」はダメな奴だと思いました。じぶんの本を見るのも嫌になってしまいました。

市毛さんとも、2006年の出版記念パーティー以降、会えなくなってしまいました。
syuppankinen

やっと再会できたのは、6年後の、市毛さんが病を得たとの知らせを受けてからでした。

──ここからは、今年3月に、私から市毛さんに出したメールを読ませていただきます。

市毛さんへ

ご無沙汰しています。2011年にブログを再開して、そこから長い「リハビリ」と模索の日が続き、2012年に、市毛さんにやっと再会ができました。あの日、二人で涙を流しながら、カイパパ本を出してからの苦悩を分かち合えたこと、そして、長い時間がかかったけれどもあの本と「和解」できたこと、市毛さんと対面ができるようになったことを、語り合いましたね。

二人の涙のあとの、すっきりとした笑顔を、さやさんに撮ってもらった。
その写真を、カイパパ通信に載せました。
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この3年間、わたしは、草の根ささえあいプロジェクトという、社会的孤立に陥っている人たちのことを考え、支える活動に参加してきました。
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2011年4月「穴を見つける会」第1回

この活動は、直接自閉症に関することではないと思っていたけど、知れば知るほど、社会的孤立と発達障害の関わりは深く、苦しみの根っこに障害があるのに本人も周囲も気付かずに長年放置された結果が、孤立だったということを知りました。これは、他人事ではない。だから、関わり続けようと思っています。

一方で、「親」という立場そのものに、しばられることのない活動は、他のメンバーとフラットに付き合えて、私にとっては良いリハビリでもありました。それを3年間続けて、色々な組織運営の方法やスキルを身につけることができました。成長できたと思います。
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2014年5月草の根ささえあいプロジェクト

そのおかげもあって、ようやく、親の会に、もう一度向き合い、自閉症の子を持つ親として、カイのために直接役に立つ活動を再開する覚悟と自信ができたから、
この4月から、愛知県自閉症協会に、新たに「プロジェクト部」を立ち上げて、部長として活動することに決めました。
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2014年5月プロジェクト部第1回企画会議

このことを、市毛さんに報告しようと思っていました。
本のあとの低迷を、自分にも責任があると悩み、思いやってくれていた市毛さんが、安心してくれると思って。

少し、タイミングが遅れてしまったけど、私が作った企画書を送るから、読んでください。ちょっと長いけど、もしわかりにくかったら、アカ入れてもらってもいいですよ。

【実は、このメールは、市毛さんに読んでもらうことができませんでした。市毛さんは、既に旅立たれた後で、そのことを知ってから、このメールを書き、市毛さんのメールアドレスに送ったんです。続きを読みます。】

どうかなあ?
機動性を持って、自由でしなやかな活動体にしたいと思っています。また、愛知に注目してほしいです。

この、プロジェクト部を始めるという報告が、間に合わなかったこと、とてもショックでした。
だけど、2月にこうままさんが市毛さんに、「カイパパと一緒に活動を始める」と報告してくれていたと聴いて、少し救われました。
でも、直接報告したかった。そして、市毛さんの深い声で、「カイパパの、そういうアイデアはどこから出てくるのかな…?」ってたずねて欲しかったな。

これからがいいところだから。見守っていてくださいね。

私は、空高く舞い上がり、イカロスのように地に落ちて、そこから、とぼとぼともう一度登ってきました。
昔より、おだやかに、優しく、そして弱くなりました。
つらいときには、『ぼくらの発達障害者支援法』を開いて、思い出します。
市毛さんが私に投げかけてくれた言葉、励まし、愛情を。

荒さん、さやさん、ぶどう社をよろしくお願いします。
私にできることは、ささやかだけど。市毛さんが心血を注いでくれた本の著者として、毎日生きていきます。

また、連絡しますね。ありがとうございました。

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あなたと一緒に創れたことを誇りに思う

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市毛さん、ありがとうございました

ぶどう社の市毛研一郎さんがこの世からいなくなってしまった。

そのことを知って、

これからのカイパパを見て欲しかったのに…
あれもこれも話したかったのに…
聴いてよ市毛さん…

という想いが心に渦巻いて、止まりません。

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市毛研一郎さんとぶどう社にて。2012年2月撮影。

この写真に写っている二人は、越えることは不可能と言われた山を一緒に登りきったシェルパと登山者だ。

「いつか僕が市毛さんの物語を本に書くよ!」と言った時、あなたは
「俺の想いは、これまで編集してきた本に全部込められてるから、俺の本は要らないんだよ」と答えましたね。

それが、すごくカッコ良くて!
ぶどう社の本は、編集者一筋に生きたあなたの人生そのものなんですね。

わたしもその一冊になれて本当に良かった。いっしょに創った『ぼくらの発達障害者支援法』を誇りに思います。
kppbook


市毛さん、ありがとうございました。
これからも見ていてください。

ぬか漬けとピクルス

前回の記事「きゅうりとぬか漬け」を読んで、友達がエピソードを教えてくれました。
「とても懐かしいフレーズです。
まだ私が若かりし頃、20年前に日本のアルコール問題に積極的に関わるソーシャルワーカー向けに実施された講習会で、アメリカの開業ソーシャルワーカー、ジョージィ・ディスティファーノ女史が来日し、述べていたその言葉がまさにそれでした。
彼女は「ぬか漬け」は知らないので「ピクルス」と表現していましたが、ピクルスはフレッシュなキュウリには戻らない、という主旨のことを述べていたのを、英語が全くできない私でも理解できました。
フレッシュなキュウリに戻ろう、戻そうとする支援ではなく、ピクルスとしての生き方を模索する営みがとても重要だ、とそのときに学びました。」

そうでしたか! ルーツはアメリカなんですね。ピクルスがぬか漬けに! とってもよくわかります。
言葉も異なる異文化でも伝えたい意味が伝わる、そんな例としても印象に残りました。

ピクルスも美味しいし。

きゅうりとぬか漬け

今日、Facebookで出会った言葉が印象深かったので記しておきます。
依存症に完治は無い。
キュウリがぬか漬けになったら元に戻らないのと同じ…という例えは、とても分かりやすい。
でも、ぬか漬けだって、そのままでも美味しく食べられるし、色々な食べ方が出来る。

この言葉は、依存症が、不可逆的な変化だということを言い表しています。
たとえ元には戻らなくても、生きていく道はある。
「元に戻す」という支援(もちろん依存性からの脱却を目指して支援はなされる)が、見落としていることかもしれません。

不可逆的という点で、障害にも共通して言えます。

「ぬか漬け美味しいな…」

そんなふうに「世間一般が幸せと思う価値観」を、逆転できたときに、世界が変わる。
絶望から目が覚めて、初めて「自分の命を生きている実感」というかなんというか。
言葉にすると陳腐ですが、ぬか漬けも美味しいんです!


【こちらもどうぞ♪】
・ぬか漬けとピクルス
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52528026.html

「旗」を立てよう

今日は、お昼すぎに仕事が入っていて「にわか通訳」のようなことをやりました(もっと準備をしておけばよかった。先につながりそうなよい出会いでした)。

その後、ナディアパークに移動し、ぼらチャリパークに参加してきました(ぼらチャリとは、ボランティア&チャリティをくっつけた造語です)。ぼらチャリには、仲間たちがいろいろな形で出展していたから、ぜひ顔を出そうと思って行ったのだけど、思いがけなく師匠夫妻にも会えてうれしかった。

日本ダイバーシティ推進協会の「ぼらチャリ探検隊」(アイマスクと白杖体験ゲーム)は、広くて複雑な構造の建物の中で、大勢の人々の間で、初対面の人の導きで与えられたミッションをクリアしていくクエストゲーム。不安になりましたが、パートナーの声かけや手のぬくもりに助けられました。
よいゲームです、本当に。みなさんにおすすめしたい!!

それから、「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」の手話を教えてもらいました♪

たくさんの団体が活動紹介を、くふうをこらして伝えていて、固すぎず、優しい配慮もされたよいお祭りでした。こういうイベントの企画運営はとっても大変だと知っているので、K君はじめ関係者のみなさんお疲れ様でした! 次も楽しみにしています。

日記パートが長くなってしまいました。

続けて、今日書いておきたいことを書いておきます。

友人の青木文子さん(青木文子司法書士事務所)が教えてくれた記事が、今の気持ちにすごくぴったりきたので紹介します。

・カジケンブログ:情熱を注げるものがもしあるなら、怖いけれど思い切って旗を立ててしまおう。
http://kajikenblog.com/?p=3386

この記事で、シリコンバレーでビジネスを立ち上げる準備をしている古賀洋吉さんの言葉を紹介されていました。
まだ勝負の土俵にすら立ってない僕たちがえらそうにいえる事はまだ何もないけど、「旗を立ててみて学んだこと」を3つ書いてみます。

1. ひとりぼっちで、「何かやります」という旗を立てるというのは、いざ自分でやってみるとわりと怖い事です。
(中略)

2. けど、何かやりたいなら、旗を立てるしかない。立てないと誰も支えてくれない。

3. 僕は旗を支えられるだろうかと心配していたが、それはそもそも間違った心配だった。夢がでかいほど、もとから一人の力ではぜんぜん支えられないのだ。
(中略)

僕の役目は無理して旗を支えることではなかった。旗を立てて、まわりの人たちが勝手に支えたくなるような夢を描くことだった。

すごくわかる。

12年前に「カイパパ」を名乗った時の気持ちは、まさに「旗を立てる」覚悟だった。

「旗」は重いから、腕は疲れるから、ずっとは掲げ続けられなかった。

仲間を集めたつもりだったが、まだその頃の僕は無理して「自分が」支えなければならないと思い込んでいたようだ。逃げ出すみたいにフェードアウトしてしまった。

それでも、ブログは閉じなかった。活動できていないことを恥ずかしいと思いながらも。

1週間前にこう書いた
昔と比較して思うのは、「ひとりじゃない」ということ。

何かを始めようと思う時に、昔、仲間がいなかった頃は、まずは「自分が全部やる」覚悟を決めなければ一歩を踏み出せなかった。「この指とまれ」を言い出す勇気は、「言い出したからには最後までやり切る」覚悟とセットだった。だから、緊張したし、悲壮感も漂っていた。

悲壮感は、手伝ってくれる人にまで、辛く当たってしまう精神状態をつくりだすので、仲間も自分も傷つけてしまったことがあった。

今は何かを始めようとするとき、「ひとりじゃ、やらない」と思える。「あ、これをやるなら、あいつと一緒にやりたい」と顔が浮かぶから、まずは声をかけて会って相談をしてみることができる。

また、旗を立てようと思う。
やりたいことがたくさんある。
ひとりではできないこと。

今度こそ、仲間たちと長い旅を。

よろしくね♪

解き放て

7月29日に書いた記事「語る資格」は、先日Twitterで、自分がつぶやいたことをまとめたものでした。
「わたしは知っている。なぜなら経験したからだ。あなたは知らない」までは、事実だとしても、そこから「だから、あなたにはそのことについて発言する資格はない」と言ってしまうと断絶が生まれる。

実は、発作的にこの連続ツイートをするきっかけとなった記事がありました。
それが、この記事。

「ここに命あり(1)」
http://blog.livedoor.jp/olivia2013/archives/30868639.html
…その様な経緯を経て、(心臓移植のために渡米した家族の支援する)通訳にと勧められた
際にはあくまでも自分はちょっとしたお手伝い
的なことを考えていたものの、気がつけば
移植現場のど真ん中に立つことになってしまい、
これまで知ることのなかった内部事情を
知ることで、病棟勤務は自分にとって
非常に心的負担の重い仕事となってしまった。

仕事は?と訊ねて来るナースに、病棟勤務は
自分には大変辛い仕事である、と打ち明けた。…

医療スタッフとの断絶、臓器移植を受ける側と「あげる」側、そして医療の断絶。なんとも言えない、「究極の経験」について関わらなければならない光景を思い浮かべて、つぶやきました。

ブログ主のえりさんとは、もう2年くらいTwitterを通じての知り合いです。えりさんが今まで、そして今、経験していることは、私には想像しかできないし、感情をシンクロしてみようとしても、ほんの少ししか分からない気がする。

それでも。きっと、えりさんは、「体験していないものが語る資格が無い」というふうには言わないだろうと思いました。
さて、僕はどうだろう? これまでどうだったろう? これからは? そんなことを思いながら書き、ブログにも残しておこうと思いました。



そして、しばらくの間を経て、続きの記事「ここに命あり(2)」が書かれました。
http://blog.livedoor.jp/olivia2013/archives/30950640.html
…実はナースの中には、やれ忙しい、
大変だ、と、文句や嫌みを訴えてこられる方も
いらしたのだけど、非常に大変な状況の中で
手際良く仕事をこなし、娘を助けて
下さったことへのお礼を伝えた。

うちの娘もまた意識の有無や生命価値が
問われてしまう様な状態にあり、
その様な患者に対する高額医療の必要性に
疑念を抱きつつ治療を行う医療者も居ることは
認識している。

が、それを頭ごなしにあなた方は誤っていると
批判したところで、返って反発を招く様に
仕向けるだけなのではないか。

ならば、皆一体となってひとつの命を守ることに尽力し、
成功したことを祝福し、その喜びと感謝の
声を届けたいと思った。

ここに書いてある「祈り」は、私にもわかる。

「言ったって詮なきこと」そう思って、飲み込んでしまったことば──どこへ行ったのだろう?

呪いと祝いは、紙一重だ。
呪いは自分のなかに「憎い存在」を同居させてしまうもの。
祝いは、自分のなかから、外へ解き放つ。

そうであるなら、祝福を。
憎かったあの人を、私の中から解き放て。

すべての命に祈りを込めて。

心の休戦協定

・語ることは終わらせること:nyalog
http://nyalog.blogspot.jp/2013/05/termination.html
語ったり書いたりするというのは、自分の中でそれを整理して消化していくこと、言ってみれば「終わらせる」作業なのではないかなと思う。

このフレーズを読んで、本当にそうだなと思いました。

何か衝撃的な出来事が起こる。その出来事自体は「外」で起きる。知らなければ、存在しないと同じ。だが、それを自分の中に取り込んだ時にわたしたちは傷を受ける。起きてしまったことの重大さと取り返しのつかなさに呆然と立ち尽くし、後悔と自責のループが始まる。

起きてしまったこと(外部)が修復可能な、挽回できるものであれば、行動を起こして状況を変えることもできるだろう。あとは、自分自身のエネルギーの問題だ。

一方、起きてしまったこと(外部)が取り返しがつかないものである場合は、行動で何かを変えることがもうできない。「何もできない」事実が、無力な自分を責めさいなみ、傷(内部)を毎日かきむしり痛みを耐え難いものにしていく。心のなかで起きている内戦は、他人が終わらせることはできない。

心を責める/攻める武器も、「ことば」だ。時に理路整然と、時に理不尽に、「過ちについて」ことばが波のように寄せては返す。起きてしまったこと(外部)が心の中(内部)に「再現」される。感情を切り刻み、杭を打つ、くりかえしくりかえし。そのとき、内部で飛び交うことばを語ってみても、それはまだ心を傷つけるための「弾丸」だ。熱くて、火薬のにおいがまだしている。

あまりにも大きな出来事(内部)は、結局は、時間薬しか解決できないのだと思う。
膨大な弾丸が行き来した後、ようやく弾薬が底を尽く時が来るのだ。

失ってしまったものは戻ってはこない。
自分に責任はあったかもしれないし、なかったのかもしれない。
どちらであっても、何も変わらない。
罰を受けても、修復はされない。
できることは何もない。

取り返しがつかないことを認めて、心の内戦を語ることができるようになったときに、やっと、外が見えてくる。
そこから、語る試みは、何度も何度もくりかえされる。出来事が大きければ大きいほど、休戦協定は締結されては破られる。だが、このくりかえし無しでは、心の平和は永遠に訪れない。

小さなことであれば、一日でことばにして安らぎが訪れるかもしれない。
何年もかかる出来事もあるだろう。

その過程で通った道は、心の中に軌跡を残す。消えることはない。外で起きたことを内に取り込み、修復を試み失敗し、なんの残骸かもわからないような遺跡として残ったもの。時々、わたしたちはこの朽ち果てた神殿に足を踏み入れる。ことばを使って、イメージをして。

傷のかたちを確かめ、「終わってしまったこと」に、祈りを捧げる。

このことばはいつか誰かの役に立つ

ことばは、葉っぱのように、風に舞ってグルグルぼくたちのまわりを回っていて。
誰かの経験から発したことばが、ある瞬間に、腑に落ちる。

だから、(この瞬間)その場しのぎに見えるかもしれない(だけどぼくの経験が込められた)ことばも、懸命に、伝えようとしよう。

このことばはいつか誰かの役に立つ。そう思って。

ゴールはまだ見えなくても

「順調順調。遅々として、進んでいる」

 前にも書いた気がするけど、最初の職場先輩にかけてもらった言葉。

 あの口調とともにずっと忘れずたいせつにしている。

 どちらかというと、自分自身へよく呼びかけています。

 あせっても。複雑で、量の多いことはすぐには解決しない。だから、一歩ずつ。

 ぼくはせっかちだから。ついついスピードオーバーして疲れてバテてしまうけど。ゴールに辿り着かないことを責めてしまうけど。

 順調に、遅々として、進んでいるんだ。本当に。

 さあ、今日はおしまい。オーイエー。

サヨナラをすることが仕事

入学式も終わり、新年度新しい環境で数週間が経ちました。あと1週間でゴールデンウィークですね。ちょうど疲れが溜まった頃に連休というのはよくできていると思います。

桜吹雪に翻弄されて少し落ち着いたこの時期。Facebookで、3月に書いた投稿をシェアしたいと思います。


僕は学校の先生をしている友だちが多い。この時期、卒業の話題をよく耳にして、わが子の卒業式にも出て。このことを書いておきたくなった。

こばくんが昔ね、教えてくれたんだ。

「教師という職業は、さよならすることが仕事なのだ」と。

そのことばが心にずっと残っていて。
卒業した子たちは、それぞれに巣立っていって戻ってこない。戻ってきては困る。
だから、どれだけ深く関わっている生徒さんとも、いずれはお別れするんだと。いつも意識してなくちゃならないと。

どんな仕事にだって、別れはつきものだけど。教師は特別だよね。
教え子は、それでも、忘れずに時々思い出したりするのだけれど。会いにいくことは本当に少ない。それでいいんだよね。

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想像力が人を殺す

「好奇心は猫を殺す」(Curiosity killed the cat.)ということわざのもじりで、

「想像力が人を殺す」ということばを思いついた。

 未来や他人や過去や嫉妬や恨みや怒りや憎しみは、いったいどこから来るんだろう?

 何かをする前に、もう疲れちゃって動けなくなるのはなぜだろう?

 自分の中を深堀し続けてもいいことはあんまりない。自分が意識化できることなんてたいしたものじゃないし、答えは見えてこない。掘り続けたら出てこれないどつぼ。

「では」と言って、他人を頼って外に出てみて。「これはいい」と一度は思っても、首回りの合わないワイシャツみたいに結局きゅうくつになってやめたとなる。

 どつぼ、違和感、きゅうくつ。

 鳴り響く警告音が聞こえていても、「何を警告されているか」のかが、危機が現実化するまでわからないもの。

 自分探しも、青い鳥探しも。

 想像力が人を殺す。



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 この写真、撮った時に「天国への歩道橋」ってタイトルつけたんだ。
 あとで気づいたんだけど、歩道橋って登ったら降りるものだよね。なんかの暗喩?とか思って。ここに載っけた。

 想像力が人を殺す。
 そして何度でも人は生き還る。

山とたね

お寺の門前町にある、おそば屋さんに貼ってあったお説教ポスター。
982a112e「この世にはいろんな山がある

それぞれにそれぞれの頂きがある」

人それぞれの山の頂きを目指せばいいんですよね。

「悪いたねをまけば
悪い実がなる

よいたねをまけば
よい実がなる

隠していても
時がくれば
あらわれる」

これはこわいです…
因果応報のことを語っているのだけれど。
真理だと思います。

たまにはお説教されて、身を正すのもいいものです。

勇気と誇り

勇気は難しい。
ただ人に従えばいいのか?
意味もわからず従う時はある。

愚か者でも勇気は持てる。
誇りこそが、何を行い、何を行わないかを決める理由になる。
誇りが、自分が何者であるか、何者になりたいのかを決める。

大切なものを守ろうとする人には誇りも勇気もある。
それはいいこと。

映画「しあわせの隠れ場所」(原題:The Blind Side)からの引用です。
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原文はこう。
That's why courage is tricky.
Should you always do what others tell you to do?
Sometimes you might not even know why you're doing something.

I mean, any fool can have courage.
But honor, that's the real reason you either do something or you don't.
It's who you are and maybe who you want to be.

If you die trying for something important…
then you have both honor and courage, and that's pretty good.

全滅するとわかっているにも関わらず、上官の指揮に従って「死の谷」へ進軍した兵士たちの話を聴いて主人公が書いた感想です。

この兵士たちには「勇気」があった。それは間違いない。
だが、この進軍に従うことが「正しかった」か? 勇気は、「正しさ」に関してはニュートラルで、何も保障しません。
That's why courage is tricky.



私が「カイパパ」になろうと決めたとき、自分に必要だと思ったものは「勇気と知恵」でした。

+「誇り」も、胸に。

プラグマティズム

アメリカのドラマ「ザ・プラクティス〜ボストン弁護士ファイル」(wiki)
シーズン2 第7話「気高き選択」より──

トゥレット症候群の少女が、「障害による行動が授業の妨げになる」として公立学校を退学になった。退学処分の取り消しを求めた裁判のエピソード。

裁判官の判決言い渡しのことばが心に残った。
いつのまにか我が国では、実用主義(pragmatism)が台頭しています。
現代もてはやされるのは、実用主義論をまくしたてる人間です。

この法廷でも見かけましたね。
「寛容な心で子どもに接したいが学校の運営もある。
周囲に有害な腐ったリンゴは取り除く。それが合理的かつ実用的な方法だ」と。

問題は、今や実用主義が、掲げた理想を実現できない際の妥協に過ぎないことだ。

非常に残念です。

学校は努力不足です。効率面だけを考えるのは十分な措置とは言えません。

校長は学校へ戻り、適切な処置をし、うまくいかなければ再度努力を。
努力を繰り返してください。

それでも手に余る時は私が便宜を図ります。

まずは可能性の幅を最大限に広げたいと思います。
学校にはそうする余地が残っています。

原告の請求(学校への復学)を認めます。

寛容って

「寛容」が、これからの時代のキー概念らしい。

でも僕は、寛容って「無理して一方的にがまんする」ことみたいな印象を持っていた。

本を読んでいて、そうか、と思ったのでメモ。

『すべての人が、ベストを尽くしている』という目で、世界を観る。

これが、寛容の世界観じゃなかろうか。

明日という言葉は、どうして明るいって書くんだろう?

「明日という言葉は、どうして明るいって書くんだろう?
 明るい日じゃなかったら、誰も明日を待たないからか…」
(スガシカオ:「サヨナラホームラン」 goo音楽歌詞

震災から1週間目に書いた自分の文を読み返しました。
疲れたね。長い一週間だったね。
これが、続くんだね。

これからは、美談よりも、利己的なギスギスしたイヤな話もいっぱい出てくるよね。

にんげんだもの。
余裕なくすと、ケモノが出てくるよね。

だから、余裕をもてる人は、持ち続けて、いさかいが始まったら「まあまあ」と言える状態でありたいね。余裕を分け与える行為を、たまにでいいから、したいよね。

なんか、自分は、元気を貯めとこうと思った。
寄付とか献血とかも、もう少し時間が経って、この危機が、日常化したときに、さりげなくしてやろう。

だって、長く長く続くんだもん。
最初の興奮だけじゃ長続きしないよね。

「惨めでかわいそうな被災者」と祭りあげては、「わがままで自己中心的な自称弱者」に貶めるなんてことがメディアは得意だけど、僕は、にんげんだもの、と初めから思っておこう。

無償で家かしてあげても、「なんだこんなオンボロ」と怒られるものだ、ぐらいにね。

住むところと仕事を無くして、家族まで失って、縁もゆかりも無い土地へ来て、「親切に感謝しろ」と周りから期待されてもね、、、

僕だったら、尊厳を保つことは難しい。
なんとかして、もといた町に帰ろうとするかもな。

それぐらいな想像力をもって、やっていきたい。

震災から2か月──
「明るい日」じゃなくても、明日をみんなで迎えよう。

おいあくま

「おいあくま」
私が新米マネジャーになるときに贈ってもらった、先輩Oさんの座右の銘です。

お こらない
い ばらない
あ せらない
く さらない
ま けない

最近になって、ようやく少しは身についてきたかなあと思えるようになってきました。(まだまだですが)

「武士の一分」な雰囲気をもつOさんは、はねっかえりの僕がつっかかっていっても、軽くいなし、穏やかに諭してくれました。とても大人でした。

Oさんは、今岩手で激務にたずさわっています。「おいあくま」ってつぶやきながら、きっと穏やかにがんばってるんだろうな。

Oさん、お体に気をつけて。少しは成長した姿をお見せしたいと思っています。

たんぽぽ

何も咲かない寒い日は、下へ下へと根をのばせ。
やがて大きな花が咲く。

高橋尚子選手の座右の銘だそうです。

私は、このことばを聞くと、たんぽぽを思い浮かべます。

たんぽぽは、根っこを深くはります。
踏まれても踏まれてもよみがえる。
綿毛になって、次世代をひろげていく。

とっても生命力の強い花。
そして、かわいい。

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名古屋城のお堀で見つけました。夫婦かな?

定まらない思い、通奏低音と祈り

ピッタンさんへのコメントを書いていて、途中から「これは記事であげておきたい」と思ったので、書きます。

>ピッタンさんへ

訪問ありがとうございます。

私は、何をしていいのか迷いながら、ほぼ毎日書き続けてきました。

定まらない思いで、時間もかけられず、つらつらと書いているだけです。

もっと書きたいことがあるのだけれど、エネルギーが足りなくて、あきらめているような…。

ただ、毎日記事を書くことで、訪問してくださる方々とどこかで思いがつながっていると思えることが自分には大事で。

その思いというのは、痛みだったり、かなしみだったり、不安だったり、憤りだったり──こんな感情が──直接は書かなくても、関係の無いことをつづっていても、通奏低音として記事には流れていると思うのです。少なくとも、自分には、わかる。

何を感じ、何をしたか、日常を綴りながら、記録として残っていきたいと思っています。

3月11日から3週間が経ちました。

気仙沼に行ってきた人が撮影した動画を今日見ました。
言葉が出ませんでした。
先日、職場のアルバイトさんの友人の中学生のお子さんが、気仙沼で亡くなったと聞いていました。どんな状況だったかも聞きました。何も、言えませんでした。たぶんアルバイトさんも、つらい思いを、誰かに吐き出さずにいられなかったのでしょう。黙って聞きました。

ビートたけしさんが「週刊ポスト2011年4月1日号」の中でこう言われています。
今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。

じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。

人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。

一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。

自分が無事でよかった。自分の大事な人が無事でよかった。そう思う気持ちがあります。
「亡くなったかたや、大事な人を亡くしたかたに対する想像力を」と言うだけなら易しいけれど、私には難しい。

悲しみの大きさに、圧倒されてしまうから。

今日このうたに出会いました。

HumbertHumbertの「喪に服すとき」です。 (YouTube動画
いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつか再び巡り会える日まで

もうじき日は落ちて
闇があたりを包むだろう
私は目を閉じて
心に鍵をおろす

いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつかふたたび巡り会える日まで

もうじき日は落ちて
闇が全てを隠すだろう
私は耳を塞ぎ
固く口を閉ざす

いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつか再び巡り会える日まで

今宵小さな火をたいて夜中灯し続けよう
貴方が迷わぬように
貴方が凍えぬように

おかしいかもしれませんが、

いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつかふたたび巡り会える日まで

こう祈りたいです。

できるまで演じろ

「できるまで演じろ(Fake it to make it.)

依存症の会で言うんだ。古典的だけど効果がある。」

Brothers & Sisters season 3 第6話でのジャスティンの言葉。

たとえば、本当はアルコールが飲みたいのだけど、飲みたくないふりをする。
そのうち、本当に飲みたいと思わなくなる。みたいな。

新年度、それぞれの新しい環境で、「できない」「無理」「こわい」と思うこともあるでしょう。
そんな時は、おまじないみたいに唱えてはいかがでしょう?

Fake it to make it.
できるまで演じろ!

ゼネコンから

昨日、義理の弟と久しぶりに話をした。

彼は、ゼネコンにつとめていて、今は三重の現場で働く。
地震の話になって。

・発電機は全部持って行かれた。
・機械用の燃料が少なくなってきている。
・四国から運ばれてくる資材が、船が「徴収」されて、遅れることになった。
・東京の本社の担当者は、片道3時間をかけて出勤している。
・近々「派遣隊」が結成されるだろう。あれはキツイんですよね…

などなど。

大変だね、と私が言うと、淡々とひとこと──

「しゃぁないですよ。壊れたものは、直さないと」



元気に生きて、現金を生かす!

今日は、おかん@dainonhahaさんのこのツイートを見て、元気でた。


2011/03/15 23:00:23
元気に生きて、現金を生かす!コレに限るんじゃないかなー、被災してない人は。」


@dainonhanaさんは、神戸在住。震災の経験者です。
いま聴く、震災経験者の体験談は、希望のあかりだと思う。


僕は僕を とりもどす

ブログを再開して、急にたくさんのネットからの情報に触れるようになりました。
ウラシマタロウになっていた自分にあえて負荷をかけました。
特に、Twitterの世界は、新鮮で、刺激的でした。

ネットで発信と受信を続けていると、独特の疲れやしんどさを感じることがあります。
しばらく忘れていた感覚。

感覚がちがうとか、誤解だとか。
見ていてつらくなるような怒りだとか。
自分が、そのやりとりの当事者でなくても、批判の対象ではなくても、心がざらつくような気分を味わう時があります。

そんなときに、いつも頭の中で鳴る音楽があって。
クラムボンの「コントラスト」

さまざまなひとがおられます
ぶつかって きずつけて ゆるさない

さまざまないけんがございます
おもいこんで おしつけて みとめない

疲れたら休めばいい。無理をすることはない。
それはそうなんだけれども、やるときはやらないといけない事情や時もあります。
気をつけていても、たまたま飛び込んできたことばがヤスリのように心を削るときも。

うたは、こう続きます。

でも平気 平気だよ 君に会いにゆけば
きっと平気 平気だよ 君と話していれば

僕は僕を とりもどす

……とりもどせる

そう。

たぶんこういうことなんだろう。

自分以外の他人が「他人がいてくれてよかった」とは思えない場面に、日常出会います。
ネットに限らず、外に出れば、アウェイなわけです。
身を守る盾をつらぬく槍も、見えない彼方からの矢も。さけようがない傷を負うことがある。
それを恐れているばかりでは、どこにも行けなくなってしまう。

自分を取り戻せる場所、話をしあえる君がいるから、外に出ていける。

個人的な話をしよう

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル : 昔の子どもだった頃の写真
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52250873.html

この記事に共感のコメントをいただきました。

「そういう支援者さんもいらっしゃるんですね」
そのことばには、そんな支援者に出会いたいという願いがこもっています。

私が、彼から「昔の子どもだった頃の写真」を必ず見せてもらう話を聞いたのは、カイの障害がわかってから1年くらい経った頃でした。
当時私は、たくさん本で勉強をして、自閉症の知識を頭に詰め込んで、本当に大変な状態のカイに対して「療育」ができる効果の小ささに絶望し、専門家と呼ばれる人たちに対して失望感をいだいていました。

その頃に、彼と出会いました。最初はどんな人かわからなかったのですが、彼の勤務する法人が開催した佐々木正美先生の講演会を聴きにいったり、仲良くなり、いろいろなことを話すようになりました。
考えてみると、専門家の立場にいるひとと、個人的な話をしたのは初めてでした。

彼が勤務先の入所施設で目にしている現実。実現したい理想とのギャップ。
いろいろな話をした。

私が、本当にまいっているときに愚痴を聞いてくれた。

「親は24時間親なんだね」
「自分は、非番の時は、自分の好き勝手ができるけど」
「遠くても駆けつけるから、カイ君を見させて」

そう言ってくれた。
僕たちは、友だちになった。



「支援者」と気軽に呼ぶけど、本当に大変な責任のある仕事。

この仕事をあえて選び、続けている動機が、それぞれの胸にあると思います。

親は、余裕がなさ過ぎて、自分の目の前にいる「支援者」もまたナマミの人間として、人生を背負って、色んな思いをもっていることに想像がいたらなかったりします。

「あなたはどんな人なんですか?」という、他人と出会ったときにする、ごく当たり前の質問を、「福祉の専門家」「学校の先生」「医師」という看板をかけているひとには、口にしない。

でも、本当は、それはいいことじゃない。

私たちが「子どもを、子どもを理解して」ということに必死になってばかりで、支援者のひととなりに関心を示さない、では、一方通行ですよね。

わかって、わかって、だけじゃない。目の前にいるあなたの話を聴きたい。

どの仕事のプロにも、心はある。叩けばアザになるし、切れば血が流れる。表に見せないだけ。プロだから。

すごく長く、密な関係が、支援者とはあるのに、意外なほど相手のことを知らない。
訊いて教えてもらえないなら仕方がない。
けど、そもそも関心がないとしたら、やっぱり対等な信頼関係とはちがう、利用関係で留まってしまうよね。

シンプルなことだ。個人的な話をしよう。

「わが子を託す」「あなたを知りたい」「あなたの話を聞かせてください」

One Day, One Room

One Day, One Room

Dr. Houseサードシーズン第12話のタイトルです。
邦題は、「同室のよしみ」。

心に残ることばがありました。
I'm gonna base this moment on who I'm stuck in a room with.

It's what life is.
It's a series of rooms.

And who get stuck in those rooms with,
adds up to what our lives are.

わたしは、この瞬間同じ部屋にいあわせたひとから始めたい。

人生は、たくさんの部屋があるようなもの。

だれと一緒の部屋になるか、それが積み上がって、わたしたちの人生は決まっていく。

昔の子どもだった頃の写真

僕の信頼する支援者が、彼はその頃、成人の入所施設に勤務していたのだけれど、
新しく担当をするときに、必ず親にお願いをして、「昔の子どもだった頃の写真」を見せてもらうようにしていた。

写真を見ると、今はヒゲ面で、体も大きい成人の利用者が、どれだけ大切に愛されて育ってきたかがわかるから。
「大切な人を任されている」と、背筋が伸びるんだって。

それを聴いたとき、涙がでた。



「親身」になるって、本当に難しいこと。
だけど、少しでも、その人の育った環境や今ここにいる必然を理解しようとすることはできるんだ。
そういう支援者もいるんだって思った。



JTさん、お元気ですか?
また、会って話したいです。

(続き)「あなたは恵まれているから…」

昨日の記事「あなたは恵まれているから…」の続きです。

実は、私は、「あなたは恵まれているから…」と言われたことがあります。
そして、言ったことも、あります。
「あなたは恵まれている」と言葉にしてくる人は、本気で羨んでいるのだと思いました。

自分と比べて、あなたがとてもしあわせに見えている。
そして、そんなあなたの存在が、自分の惨めさを照らしだすレーザー光のように感じているのではないかと。

「あなたは恵まれている」という言葉は、「私は惨めで苦しい」という表明なのかもしれません。
今でも、そう思うことがありますし、一番の親友お父さんには、口に出して言ってしまうことがあります。

みんな、ちがっているから。子どもが、ちがうから。
もっと、はっきり言えば、「差」があるから。

「恵まれている」と思ったり、「羨ましい」と思ったり、は仕方がないと思いました。

だけれども、仲間でいられるよ、と。

そう思っているんです。

「あなたは恵まれているから…」

「あなたは恵まれているから、◯◯できるんですよ」

という一言に傷つく親はけっこう多いです。

なぜか、と考えたんです。

私だって苦労しているのに、とか
何も知らないくせに、表面だけで判断されたという思いがあるのかな?

それとも、「恵まれている…」という一言に含まれている批判成分が効いているせいでしょうか?
がんばっている時、よかれと思ってやっている時に、余計に沁みるみたいです。

対処法を考えてみました。

自分の境遇や苦労を話してみる?
謙遜や卑下をして受け入れてもらう?
目的を説明して、やる気を削がないでと求めてみる?

どれも効果がないと思いました。

「あなたは恵まれている」と言葉にしてくる人は、本気で羨んでいるのだと思いました。 

自分と比べて、あなたがとてもしあわせに見えている。
そして、そんなあなたの存在が、自分の惨めさを照らしだすレーザー光のように感じているのではないかと。

「あなたは恵まれている」という言葉は、「私は惨めで苦しい」という表明なのかもしれません。

だとしたら、
「他人の苦労も知らないでそんなことを言うなんて!」と憤ったり落ち込んだりするのは、ちょっと的が外れていて。

実は、「あなたは…」と語りかけてきた人は、あなたの苦労や努力を認めている(無意識の場合もあるけれど)。

認めていて、すごいと思っていて、自分も、できることなら同じようにしたい…けど、できない…苦しいんです、と

あなたなら、わかって、と
そう語っているのかもしれません。




【続きがあります】⇒ (続き)「あなたは恵まれているから…」
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52250138.html

「私たちの育ちを信じて! 愛して!」

4月2日は世界自閉症啓発デーです。

・世界自閉症啓発デー、4月2日にシンポジウム開催:障がい者の働く場ニュース
http://www.hatarakuba-info.com/news_XTqLbiDV8.html
4月2日の世界自閉症啓発デーに合わせ、本年も同日に『世界自閉症啓発デー2011・シンポジウム』が開催されることが決定した。これは平成19年12月18日の国連総会において、毎年4月2日が「世界自閉症啓発デー」と決議されたことを受け、日本でも始まったもの。

厚生労働省と社団法人 日本自閉症協会が主催する同シンポジウムの、今回のテーマは『私たちの育ちを信じて! 愛して!』。

わが子の育ちを信じて! 愛して! おーっ!

ごめんよ、僕にはまだ…

ブログを再開して、もうすぐひと月です。

放置されて、ひとの気配の消えた家Houseから、毎日お客さんが訪れるにぎやかなウチHomeに変わってきたような*^^*

自分で、自分のブログを開くのがたのしい!というのが何よりの変化です。

Twitterを始めたこともエネルギーになっています。(←@kaipapa2shinでつぶやいています。)

Twitterでの再会や初めての出会い──初めてなのに「再会」みたいに感じあえるのも、このブログがあったおかげです。

閉鎖することもできず、
訪れることもできず、
目を背けて、放置していたこと。

いつか再開するだろうと思っていた。けれど、それが「いつ」なのか、見通しはなかった。
今になって、どれだけ自分にとってこの状態が負担だったかを自覚しました。

「おかえり」と声をかけてもらって、胸の中で何かが溶けていくような感じがしました。


この感じ、何かに似ている──と思って、なんだろうと考えていたら……


あ! ……あれだ。





「あぁ、見えるよララァ…。見えるよ皆が…」

「…ごめんよ、僕にはまだ帰れるところがあるんだ。こんなに嬉しいことは無い」

未来はどちら向き?

昨日は、ソーシャルブックマークの紹介をしましたが、
このブログにも「お気に入りblog」というリンク集が設置してあります。
カイパパが巡回しているブログです。
上のほうが自閉症スペクトラム関連で、下はノージャンルとなっています。

その中で、ひとつ異色なブログタイトルがあることに気づかれましたか?

まみぺこさんの「はぁはぁブログ」──
ブログを再開する前に、「昨今の人気ブログにはどういうものがあるのかな?」なんて考えて、ブログを巡回して見つけました。そして、ハマリマシタ!
日常まったく接点のない世界のひとなのですが、とにかく面白くて、ハッピーで、今年いちばん笑顔をくれたブログです。

──本当は、痛爪とかWEB女子とWEB男子の同人誌の話とかの濃い記事を紹介したいのですが、
いくらなんでも「カイパパどうした…」って白目でみられそうなので、今回は見送って(あとでこっそりどうぞ)──

カイパパ通信blog愛読者さま「ぜひ読んで!」とおすすめしたい傑作記事を紹介します。

・前向きな後ろ向きの話 - はぁはぁブログ
http://d.hatena.ne.jp/Mamipeko/20100531/1275283699
私たちのお脳ちゃんの中でのイメージでは
「過去から未来へ」が進行方向な気がしてしまいますが
実はホントのホントは、逆を向いているんだよというお話です。
だって、「未来」のコトは誰にもわからないでしょう。
人は、「今」と「過去」のコトしか見えていないでしょう。
だから、私たちは「未来」を背にして、後ろ向きに歩いているんですよう。

これは、このイメージは自分にはなかったものなので、大きな「気づき」でした。
元記事はイラストつきなので、ぜひそちらを読んでくださいね。
つまり「前向きにいこう!」っていう言葉は
人はみんなホントは後ろ向きなんだけど、前向きに、
まだ見えない未来のコトを見ようとして歩いていきましょう、という
そんなエールがこめられた「前向きではない前提ありき」の言葉なんだそうです。

この記事を読んだとき、私思わず、うるっと来ちゃいました。はぁはぁブログで、まさかの意表をつかれました…。
後ろ向きでもいいんだよ。
後ろ向きなのがフツーなんだよ。
後ろ向きに歩くと転びやすいから、
だからゆっくり歩けばいいんだよ。
ゆっくりゆっくり足もとに気をつけて。


後ろ向きでフツー。未来のことは、だれにもわからない。
だから、今の延長で悲観し過ぎなくていいと思うよ。


しなないでね。ころさないでね。


ありがとう>まみぺこさん

「他人事」と思っているのは、だれ?

虎虎櫓の停車場の記事をクリップ。

セミナーなどで講師をすると、「だれだれさんにこの講演を聞かせたかった」という感想文をいただくことがあります。私が講演をしていたときにもありました。

この感想を書いた人はきっと素直に、講演内容をストレートに受け取ってくれたんです。

 そして、
「講師ほど上手に自分では伝えられない」
「講師の生の声で、自分が今聞いてほしいと願っている人(=たいていは「無理解に苦しめられている関係者)に聞いてほしかった」
 という気持ちを、「講演が素晴らしかった」という感謝の気持ちを込めて書いてくれたのでしょう。

けれども……、その感想について虎衛門さんは考察します。

・他人事: 虎虎櫓の停車場
http://teisyaba.cocolog-nifty.com/kokoro/2010/11/post-18af.html
ひょっとすると、感想をよせていただいた方や私自身も他人事と思っているのではないかと。
もし、本当に知って欲しい人や聞いて欲しい人が来ていなくて自分がその話を聞いたのなら、聞いた自分がその話を知って欲しい人や聞いて欲しい人に伝えればいいのではないか。
間接的にでは、充分伝わらないことももちろんあるだろう。しかし、何もしなければ、結局、他人事と思っていることになりはしないだろうか
うーーーーん……たしかに。

厳しいです。おのれにも他人にも。でも、この気持ち、よくわかる…

この記事を読んで、私も、こういう気持ち、心理状態がフラッシュバックしてきました。

短い記事ですので、ぜひ元記事も読んでみてください。

クルム伊達公子さん

・NHK THE STAR ザ☆スター:クルム伊達公子さん
http://www.nhk.or.jp/star/past/20110108.html

1月8日のNHK BSで放送されたクルム伊達公子さんの特集を見ました。

私は、7月からテニスを始めました。
その頃から、伊達さんのブログをカムバック前の記事から全部読み(2か月かかりました)、今も毎日の更新を楽しみにしているファンです。
伊達さんは、私より一歳年上、まさに同世代です。

今回の放送では、プロにカムバックする前の伊達さんのためらいや恐れについて、ご自身の口から語られました。
その背中を押してくれたのが夫のミハエルさんだったということも。

伊達さんは、
「早すぎる引退を後悔していると周囲から思われるのが嫌だった」
「復帰しても、無残な結果しか残せないかもしれない」
と迷い、復帰をためらっていたそうです。

その伊達さんに、ミハエルさんは、
「Nothing to loseだよ。もしも挑戦がうまくいっても、いかなくても、過去の栄光が損なわれるものではない。失うものは何もないよ」
と語りかけ、100%の応援を約束しました。

(このあたりのことは、ミハエルさんから伊達さんへの手紙に詳しく書いてあります)
日本HP クルム伊達選手:ミハエル・クルムさんからの手紙(前篇)
日本HP クルム伊達選手:ミハエル・クルムさんからの手紙(後篇)

私が思うのは、
成功した現在になって振り返って評価すれば、「カムバックは正しかった」と簡単に言えるけれど、
結末の見えない──だからこそ「挑戦」といえる選択は、伊達さんのようなひとでさえ、迷い、ためらい、恐怖さえいだくものなのだということ。

一度やめたことを再開するのは、実は簡単じゃないです。
「復帰」ではなく、それが「挑戦」なんだ。だから、Nothing to loseだと思えたから復帰する決断ができたんだと思います。

「失うものは何もない」そう思えた瞬間から、一歩が踏み出せる。
決断をするのは、もちろん自分自身です。
けれど、その瞬間に、支えてくれるひとがいてくれたらどれだけいいか。

テニスを始めてよかったです。伊達さんの存在を、ブログを通して知ることができて、ものすごくエネルギーをもらっています。
超多忙な毎日の中、毎日更新を続けている伊達さんを知らなかったら──たぶん、カイパパ通信を再開できなかったと思います。

だから、この記事は、伊達さんへの感謝の気持ちをこめて書きました。
クルム伊達公子さん、ありがとうございます!!

・伊達公子オフィシャルブログ 〜Always Smile〜
http://ameblo.jp/kimiko-date/

時間は逆には進みません

話し言葉で読める「西郷南洲翁遺訓」 無事は有事のごとく、有事は無事のごとく


■時間は逆には進みません

 おとなりの職場の友人が、「西郷さん、いいよ」と貸してくれた本を読みました。

「西郷南洲翁」というのは、西郷隆盛のこと。オリジナル本は、征韓論で敗れて、鹿児島に戻った後、西南戦争にいたるまでの間に、西郷に教えを乞いに通った元庄内藩士たちが、まとめた遺訓集です。

 リーダーシップ論やマネジメント論として読めるよ、と聞いたとおり、面白く読めました。西郷さんは「人の徳や人の道は、2000年昔から変わらないものだ」という言葉を繰り返しています。たしかに、100年前の西郷さんの言葉が現代でも通用するのは、本質的なことは何も変わらない証なんでしょう。

 この本の中で、感じ入った言葉を紹介します。
時間は逆には進みません。いったん犯してしまった過ちは、もう元には戻らぬものです。

過ちを犯した罪は、決して消えぬ。それを忘れることは許されません。

しかるに、現実においては、その過ちの事実に拘って立ち往生していても何にもならないのです。過ってしまった事実はそのままにしておくしかない。

振り向くことなく、新たに一歩を踏み出すしかないのです。人にはそれしかできぬです。未来を全て失わぬためには。
 明治維新で自分が生み出した犠牲や明治政府への幻滅など万感の思いを込めて語っていることを思うと、いっそう胸に迫るものがあります。

「未来を全て失わぬために」──

 西郷さんの最期にいたる西南戦争までの過程を描ききった『翔ぶが如く』を思い出してみると、ますます感慨深いものがあります。
翔ぶが如く〈1〉



 思いどおりに行かないのが標準です。自分なりに、精一杯、前に一歩を進もうとあがいていこうっと。

 今日はどんな「いいこと」が待っているかな? それでは、いってきます!

「私たち自身も甘やかされている」

■「私たち自身も甘やかされている」

 私の友人であり、信頼する養護学校教諭である、やましんさんの日記を紹介します。

 やましんさんは、生徒と一緒に職場実習を体験して、企業の仕事の基準の厳しさを実感され、学校の先生として、反省の念を込めて語られています。

・一般社会で働くと言うこと… - やましんの独り言 - 楽天ブログ(Blog)
http://plaza.rakuten.co.jp/gogocappuccino/diary/200702240000/
考えても見れば、将来この子達もそんな世の中へ出ていくわけです。
その中でも通用する力を付ける必要があるし、まずは私たち自身が一般社会の基準に立って自分たちの仕事を振り返ってみる必要もあるんじゃないかな?
教育の場って、あまり厳格な管理とかはやっていなくて、普段の活動も「子どもに合わせて」結構柔軟にやっていることがほとんどです。
それが当たり前になっているから、今回のようにちょっと細かい注文を付けられただけであたふたという感じになっちゃう。

いつも厳格にする必要なんてないけど、そんな一般社会の価値基準へどう近づけていくかを、しっかりと見通しを持って取り組んでいく必要がある。
特に一般就労を目指す生徒達にはしっかり力を付けてもらわなくてはいけない。

だから、その前に私たち指導する立場のものが一般社会の基準を知らなくてはいけない。
甘やかされているのは生徒達だけでない。私たち自身も甘やかされているのだ。

★日記の本題に対する思い

 確かに、「社会に出していく」仕事をしていて、「その社会がどのようなものか?」をしっかりと把握しているといないとでは、日々の教育のスタンスが変わってきますよね。

 私は自分の職場を眺めていて、この仕事(企画業務)に求められているのは、柔軟性、瞬発力、創造性、プレゼン能力……とかいったもので、「うちの子には、どうやっても向いていない」と思う。私も、もっと世界を広げて、色々な職場を見て、カイができそうな仕事を見つけたいです。そして、今からそれに向けてできることから取り掛かれたらいいですよね。
 学校の先生は、そのための「よきガイド」になっていただきたいと思います。

★「フレーズ」からの気づき

 やましんさんの日記の本題からは外れますが、「私たち自身も甘やかされているのだ」というフレーズがとても印象に残りました。

 職場で、私たちは、実はフォローしフォローされあっています。

 失敗はざらにあるし、完璧な人はいない。仕事がデキてるつもりのやつがいても、それはフォローされる頻度が多少少ないだけど、そいつもチームで守られている。組織で守られている。仕事に必要な情報の入手だって、個人の立場だったら絶対に不可能な内容・レベルのものも与えられている。

 だれも、一人ぼっちで生きているわけじゃない。
 だれかに甘やかされているから生きていけている。

 社会が優しくない、と糾弾する前に、自分の職場は優しい職場だろうか?
 だれかを責めたり、いじめたり、仲間はずれにしたりしていないだろうか?
 そんな職場で、自閉症の人が仲間として働けるだろうか?

 ハンディのあるわが子に優しくしてほしいと思うのだったら、私が他人に優しくなろうと思います。

 それは、私が「周囲からどんなに優しくしてもらい(甘やかされ)助けられているか」を自覚すること、感謝の気持ちを忘れないことから始まるんですね。

 そんな気づきをもらいました。やましんさんありがとー♪

「大切のテスト」

■「大切のテスト」

 ラジオなんて十数年ほとんど聞いてきませんでしたが、最近車の運転中にFMを聞くのが楽しくなっています。

 先週実家からの帰り道に、TFMを聞いていて、なんだか懐かしい「ラジオドラマ」が流れていました。部長から、「解雇」を告げられ焦りまくる主人公――しかし、部長の真意は「後輩は蚕(カイコ)。後輩が吐く糸を上手に繭(マユ)にしてやるのがお前の役割だ!」という檄だったというオチ。聞き間違えによるトホホなストーリーでしたが、部長のセリフが実に良かったりして、思わず聞き入ってしまいました。

 ラジオドラマの最後に、これが「NISSAN あ、安部礼司 BEYOND THE AVERAGE」という番組だと知りました。「平凡な34歳のサラリーマン」って、全くおれと一緒じゃん! そうか、ラジオのターゲットとなる年代になったのね、ワタシも…とか感慨にふけったりして。

 で、今日も、先週に続き、実家からの帰り道にラジオをつけたら、やっていました。安部礼司。今日のドラマもよかった!

 ドラマの中で、「ご当地ナビ」(それが何であるか、2週しか聞いていない、にわかリスナーのおれには分からない)を作るために、全国のお祭りの中で、取材するお祭りを選ぼうとしている。しかし、おもしろそうなお祭りが多すぎて選べない! その時、安部礼司の脳裏に気づきが!

そうか。選ぶというのは、その他の多くのものを、捨てるということなんだ。
"大切"って言葉は、あんがい深いかもしれないね。
オーディションでも、好きなアイドルでも、彼女でもそうだけど、誰かを選ぶということは、その他大勢を「大きく切る」ということなんだね。
(byカイパパ脳みそテープによる再生)

 それを聞いた、私の脳裏にも気づきが!

 何度目かの再読の『7つの習慣』P.223の――
最も優先すべきことが何なのか、しっかりと決めておかなければならない。そして、気持ちよく、笑顔で、率直に、それ以外のことに対して「ノー」と言う勇気を持つ必要があるのだ。
ためらうことなく、「ノー」と言えるようになる秘訣は、自分の中でもっと強い、燃えるような大きな「イエス」を持つことである。
小事に振り回されてはならない。「最良」の敵は「良い」なのだ。
 ――この記述と結びついたからです。

 これは、7つの習慣の第3の習慣「重要事項を優先する」の説明として出てくる記述なんですが、私は「重要事項を優先する」というフレーズがあまりにも当たり前のように思えて、どうしても真剣に自分の中に刻み付けることができないできました。

 重要事項を優先する
 =自分の中で燃えるような大きな「イエス」を持つ
 =自分の「大切(他のものを大きく切ってでも、選び取りたいもの!)」が何かを明確にする!

 そうか。第3の習慣は、「大切なものは何か?」という問いに集約されるんだ!と。

 若い頃は、友だちが突然遊びに来たり、自分が突然友だちの下宿に行ったりして、遊んだりしていた。あの頃は、世界が狭くて、「大切なもの」が少なかったから、「断ることで胸が痛む」なんてことはなかった。

 でも、今は、たくさんの「大切」な存在がいて、ノーと言う機会も増えてきた。突然の友達の訪問は、正直言って、迷惑だろう。

 だから、スケジュールを立てて、折り合いをつける。これからはそのときに「大切なものは何か」を意識的に考えようと思う。「大きく切って」まで、やらなきゃならないことなの?と。

 書きながら気がついたことは、平凡なサラリーマンの私でも、34歳になった今「大切なもの」が、たくさんあって、その「大切なもの」の中でも優先順位を付けなければならないという大変さが悩みの種でもあるということ――うーん…

「大切って、そういうことか!」という単純な気づきでは終わらない。

 それでも、行動(時間の過ごし方)を決める時に、「他のものを切っている」ことを意識することは、自分にとっては大きな気づきに変わりはない。「つまらないもの」を選ばなくしようと思えるから。

「他を大きく切ってまで、これを選ぶべきかどうか?」そういうキビシメの判断基準が設定できます。

「大切のテスト」と名づけて、使っていこう。

 ありがとう。安部礼司(←同い年なので呼び捨てで)。

 公式ブログがあるので、Trackbackをしよう……と思ったら、Trackbackはできないようなので、コメントをしてこよう。FMの番組にこういうことができるのも、Web2.0だよなあ。

【心に残る言葉】目標は、なくてもいい

花■【心に残る言葉】目標は、なくてもいい

 H.Suzukiさんから言われた言葉――

「目標がなければいけないわけじゃないんだから」

 私の充電の話をしていたときでした。

 この言葉をくりかえしてみて、胸がすぅっと楽になるのを感じました。

 仕事とプライベートは違う。

 家族といっしょに、ただ「今ここにいてしあわせだな〜」と思える時間――それは、「しあわせという目標を追求した結果」ではない――というのが、いい。



 * * *



 無意識に、合目的的であることや、効率や効果性の追求に、からめとられていた自分に気づかされました。

 H.Suzukiさんは、私より10歳以上先輩のお父さんです。4年前に父親会で出会って以来、折々に相談に乗ってもらい、そのたびに「気づき」を与えてくれる得がたい存在です。H.Suzukiさん、ありがとうございます。これから、てくてくと歩き続けていくために、この言葉を大切にしていきます。

【参考記事】
・【講演会】6月27日報告と講演活動ひとくぎり宣言(2004年07月01日)
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/3650007.html

 2年前のこの時も、H.Suzukiさんに支えてもらいました。

「ご恩送り」について書いた記事

■「ご恩送り」について書いた記事

「明石洋子さんの出版の完結を祝う会」でのカイパパ・スピーチを紹介しようと書きかけです(なかなか時間がとれない!)。

 先に、スピーチをした際に反響の大きかった「ご恩送り」の言葉を紹介しておきます。カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルの初期からの愛読者様にはおなじみの言葉かな?(^^)

・【番外】入院日記3 ペイフォワード(2003年12月12日記事)
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/25675.html

・【心に残る言葉】ご恩送り(2004年11月08日記事)
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/8960929.html

 ほぼ2年前と1年前に書いた記事です。今読んでも、気づかされる「想い」があります。

【心に残る言葉】一人の夢は、ただの夢だが、みんなで見る夢はリアリティー(現実)

■一人の夢は、ただの夢だが、みんなで見る夢はリアリティー(現実)
一人の夢は、ただの夢だが、みんなで見る夢はリアリティー(現実)

"A dream you dream alone is only a dream.
A dream you dream together is reality."
                      ――ジョン・レノン


 魯迅の言葉を重ねます。

思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。
もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
                         ――魯迅故郷」(竹内好訳)

 これが、『ぼくらの発達障害者支援法』――に込められた思いなのかも。


【進行状況】
 本のカバーが仕上がりました!

【今後の予定】
 長かった本づくりも、まもなくゴールです。
 本当に感動的な体験でした。

 仕事の忙しさもピークが近づいています。カイの就学のことも。
 出版日について正式なアナウンスをして、「感想コメント」用記事をエントリした後、カイパパ通信は更新をお休みします。12月頃までかな?
 息をつくひまがないのですが、からからにひからびてしまう前に、エネルギーを、ためなおしたいと思います(^^)

【心に残る言葉】「相対性の彼方」小田和正さん

■【心に残る言葉】「相対性の彼方」小田和正さん

 私のエンタテインメント情報の入手源は、朝の「めざましテレビ」です。一人のアーティストを長めのインタビューで紹介するコーナーが好き。最近だと、大島ミチルさん、瀬戸内寂聴さん、華原朋美さんのインタビューが心に残りました。

 今日紹介したいのは、小田和正さんの言葉です。


【謝辞】ゆうゆさんの全文テープ起こしを参考にしました。
・Time Can't Wait(BBS):2005・6・16 めざましテレビ独占インタビュー
http://www.far-east-cafe.jp/cafe/live/index.cgi?mode=view&no=111


★同世代へのエール

 インタビュアーである軽部アナウンサーは、小田さんの年齢(57歳)に注目した質問をします。
「同世代の吉田拓郎さん、井上陽水さん、財津和夫さんのことを意識しますか?」
「あいつらのことは、すごく愛おしいと思うね」と小田さん。

「しかし、その反面、社会で働く同世代の人たちについては、気になることも…?」
「結構、元気ないよね。人生、思うようにいかないなってね」

「同世代に対しエールを送っていきたいって思っていますか?」
「ほとんどの歌は本気で歌っていると、もう、そいつらのことしか浮かんでこないからね。僕の場合は…」

★アルバムタイトル「そうかな」


そうかな

  *軽部アナから「そうかな」が「相対性の彼方」の略語で
   ここにも、同世代へのエールが込められていると紹介される。
「相対性の彼方という、チョット難しい本来のタイトルに込めている思いっていうのは?」
「頑張っても、頑張っても…頑張り続けるしかないんだなっていう…
 そこの先には多分見えるものは無いんだろうけど…
 とにかく頑張るっていうのがテーマだろうなって思いですかね」

 この小田さんの言葉が胸に来ました。

★「相対性の彼方」って?

「相対性」の対義語は「絶対性」。
 相対が他のものとの比較によって定義されるのに対して、絶対はそのもの自体によって定義される。
「相対性の彼方」というタイトルは色々な意味に解釈できます。

(1)「価値観」で解釈してみる

「絶対的に正しい価値はない」「あなたの正義とわたしの正義は、どちらも”正しい”」「個人の価値観に優劣はない」という価値相対主義を自明の前提として、自分自身の人生の意味や目的や達成を考えたとき、「大きな価値に殉ずる」というような生き方はできない。

(2)「成長の尺度」で解釈してみる

「目標」という意味で考えてみたら、「ゴール」だと思っていたものがたどり着いてみたら、もっと遠くに「ゴールPart.2」が見えていた。「まだまだ上には上がいる」「自分の成長はまだまだ足りない」という、昨日の自分には勝ってるが、明日の自分には負けている。「ありたい自分」は遥か彼方だ。

(3)「他人との競争」で解釈してみる

 村上春樹の短編集に『回転木馬のデッド・ヒート』というものがある。
 回転木馬=メリーゴーランドの馬たちは、上がったり下がったりして、あたかもデッドヒート(競争)しているように回る――実際には、等間隔で位置が固定されていて、スタートとゴールの時で全く変化はない――これって、私たちのことじゃないの?

 現実社会では、抜きつ抜かれつ、デッドヒートしているように見える。けれども、その「差」は実に相対的なものだったりする。離れて見たら、やっぱり、メリーゴーランドの馬が死に物狂いで走っているようなものかもしれない。

(1)(2)(3)は「相対性」の部分についての解釈です。
 それぞれに「彼方」とよべるものはどんなものだろう?

★その先には多分見えるものはない、それでも

 小田さんの言葉――
 頑張っても、頑張っても…頑張り続けるしかないんだなっていう…
 そこの先には多分見えるものは無いんだろうけど…
 とにかく頑張る

 に重ねておきたい言葉があります。
頑張ればなんとかなると思って生きてきた人間が、
頑張ってもなんとかならない子の父親になったという現実。
気がつけば、頑張ってみたところで自分の人生も大したことひとつできていないという現実。
理想と現実のギャップがたくさんあればあるほど、それが普通なのかも知れません。

 これは『「障害児なんだ、うちの子」って言えた、おやじたち』のあとがきでレインボーおやじさんが書いている言葉です。


 谷川俊太郎さんの詩も重ねておきます。
そこへゆこうとして
ことばはつまづき
ことばをおいこそうとして
たましいはあえぎ
けれどそのたましいのさきに
かすかなともしびのようなものがみえる
そこへゆこうとして
ゆめはばくはつし
ゆめをつらぬこうとして
くらやみはかがやき
けれどそのくらやみのさきに
まだおおきなあなのようなものがみえる
〜谷川俊太郎「選ばれた場所」『クレーの絵本』所収より

 私の思いは、



 ……



 ――ここに書くのはやめておきます。
 みなさんも、それぞれに考えてもらえたらいいなあ。


【参考になった記事】
・OFF COURSE SHOPPING NAVI:小田和正 | そうかな
http://www.ybeams.com/offcourse/shop/KOda_CD/A12Sokana/A12Sokana.html

・WAVE:小田和正インタビュー:つぶやきのようなタイトルに込められた思いは深く揺るぎない
http://www.waveweb.co.jp/interview_detail.php?num=671

・思い入れ★ホームシアター★日記:「小田和正 『そうかな』〜相対性の彼方  タイトルの意味に迫る!」の段
http://samemoon.ameblo.jp/entry-6fa7ae014e791a9e0cebe5b5dc78c410.html

・こんぶさんと一緒♪: ちっとも特別じゃない、小田和正
http://anago-maki.way-nifty.com/blog/2005/05/post_67f5.html

・自閉症でもいいよね: 好きな曲
http://saesuke.cocolog-nifty.com/saenosinsaetarou/2005/06/post_b759.html

【心に残る言葉】困難は人を玉にする

■【心に残る言葉】困難は人を玉にする

 最近、いつもくりかえしている言葉です。

 物心ついたときから「快適」生活で、「お気楽♪極楽♪」がよいとされてきた。
 でも、人類の歴史を考えてみると、飢えや貧困が常態で、日本だって60年前を振り返るだけで惨めな状況が当たり前だった。

 ぼくたちが子どもの頃から、スポーツ根性物のマンガは既に「ネタ」扱いで、ドラゴンボールの孫悟空は、ポップで楽しげな修行でいつのまにか「スーパーサイア人」になってしまった。
 ドラクエでの経験値アップは、マップをくるくる回って弱いモンスターを倒す単純作業。時間をかければ、強かったボスキャラも瞬殺だ。

 そこに葛藤はない。

 困難や苦しみは=悪いもの・あってはならないもの

 ――そう心の中に組み込まれていたことに気がついた。

 でも違うよね。打ちひしがれて、一度「精神的に死ぬ」ところまでいって、帰ってきた時、目をみはるような成長を果たせるはず。

「悲しみよこんにちは」

 困難は人を玉にする。信じて耐えよう。
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