カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

〜自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界!〜

つれづれ・雑感

人には境界がある

親友が「感動的なプレゼンテーション」がつらかった話をしていて。プレゼンで使われた「音楽がキツい」と言っていた。

演劇とかやるとわかるけど、音を加えると、文字通り「ドラマチック」になる。へたくそな大根役者でも、らしくみえてくる。映画でも、音楽なしは実に少ない(音楽なしは、特別な演出を狙って行う)。
音楽は、人間の情動にダイレクトに働きかけてしまう。
音楽がキツいのは「さわられたくないのにさわられてしまう」からだと思う。

それで思い出したのが、昔プロコーチと話していて、まあそりゃプロだから上手に質問を投げかけてくる。初めは楽しみながら答えていたが、だんだんと嫌な感覚が襲ってきた。なんだろうこれは……。
「もう、これやめてもらっていいですか」とストップをかけたのだった。「わたしの内面にさわらないで」と思ったんだ。コーチは、すぐに悟って、謝ってきた。「コーチングをする際には、どこまで掘り下げるか同意が不可欠なのに、確かめずに勝手にやってしまった」と。

相談支援とか、僕の仲間には「話を聞く」仕事に就いているひとが多い。大変だろうなと思う。「質問」は暴力になる。
「さわられたくないのにさわられてしまう」キツさ。相談、も、支援、も。職業として、さわりにいってしまうキツさ。

人には境界がある。
境界を越える「テクニック」がある。
テクニックを使うには「倫理」が要る。

24時間テレビと疎外されるわたし

・「感動」するわたしたち──『24時間テレビ』と「感動ポルノ」批判をめぐって 前田拓也 / 社会学
http://synodos.jp/info/17888

この記事を読んだ。社会学者へのインタビューで構成された記事。的確で適度な距離感があって、読んで頭の中が整理された。
「障害者役割」とは、ある社会関係のなかで、障害者が暗黙のうちに周囲からそのように振る舞うことを期待されている役割を指す概念です。言い換えれば、社会のなかで暗黙につくりだされていく「障害者らしさ」「あるべき障害者像」のことだと言ってよいでしょう。

社会学者の石川准さんは、「愛やヒューマニズムを喚起し触発するように振舞うこと」「愛らしくあること lovable」「”障害を補う” 努力を怠らないこと」だとしました(石川 1992: 118)。

もうずいぶんと長いこと、「24時間テレビ」的なものへの違和感、嫌悪について、自分の周りでは話し合われてきたのだけれど。
「感動ポルノ」というキャッチーなキラーフレーズが生まれたこととバリバラが風刺をしたために、今年はこれまでで最高に批判的言説があふれた。

僕は一応そういう議論を眺めながら、なんとも言えない憂鬱な気持ちにとらわれていた。以前のように、持論を打つようなことはしたくなかった。ただ、かなしい、切なくなる感情の中にありました。
7月のあの事件の影響下(ダメージ)にずっと置かれていたこの夏だったせいもある。

「差別」はつよい言葉だけれど、少なくとも「偏見」は根強く広くあって、それが「壁」をつくる。壁ごしに、障害者を「みる」一番ポピュラーな手段が24時間テレビで。
「障害」を「乗り越えて」「努力して」「夢」を「かなえる」という全てに地雷が埋まっているようなコンセプトのもとに制作された番組は、「感動」「しろよ」と「強いてくる」。

映し出されている人は、本当にうれしそうで。個人の喜びや幸せを、良かったねとおもう。
だけど、いくつも重ねて繰り出される番組構成を見ていると、確かにある特定の「あるべき障害者像」が、これでもかと刷り込まれてくる。そして、僕は疎外感を感じる。

土になり自然に還る

前の記事から、1か月以上たっていました。

ブログは書かなくても別に誰が困るわけでもないので、自由に心の赴くままにやればいいんだとさすがにキャリア13年にもなると思います。

ただ、長く書かないでいるとどんどん書けなくなっていきます。
更新されなくなったブログ(ずっと好きだった。)を訪問した時のさみしい感じ(主がいなくなった空き家みたい…。)は、自分のブログでは、来てくれた友達に味あわせたくないなぁと思っています。過去記事⇒「ただ、そばにいる」

なので、今日は、更新しようという気持ちになったので、とくだん何を書くか決めずに書き始めてみました。

だからその頃は「人間対人間のことしか興味ない、そこしか書きたくない」って話していたと思うんですけど、人はいつか死と向き合い、自然へと還っていくでしょう? 作品自体もどんどん還っていってくれたらいいなと思いますよ。きっと生き物は年齢を重ねるとみんな土になり自然に還っていきたいと思うんでしょうし、今の環境で生活することができれば、徐々に自分もそうなっていけるような気がしています。

今日読んだ『音楽家のカルテ』椎名林檎 P.84からの引用です。
あの、椎名林檎がこんなことをつぶやくとは──。
ひとの成長というか、成熟というか。ひどく胸にしみこむことばでした。

音楽家のカルテ (Switch library)
椎名林檎
スイッチパブリッシング
2014-12-25

この頃、椎名林檎と東京事変ばかり聴いている。

2016年は「信頼の年」に

あけましておめでとうございます。

昨年のテーマは、「養生・回復」でした。ブログにこう書きました。

「じぶんのこころとからだに耳を澄ませて進んで、助けを求められるようになります。」

だいぶできてきたかな?と思います。壊れた身体も、順調に回復してきました。

2016年は、「信頼の年」にしようと決めました。
今年は大きな挑戦が始まります。
だからこそ、信じて、頼る。じぶんひとりではできないことも、人の力を合わせれば、できる!
養生の経験をいかし、信頼して、信頼されるLIFEにしていきたいです。

みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。直接お会いできる機会が増えるといいなぁと願っています。
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大みそか恒例の名古屋港水族館。イルカのカイくんは1歳でもう大人でした。
うちのカイも、もう子どもではありません^ ^

仮説の伝播経路「ADHDは狩猟民に向いた特性?」

logmi「無関心な人を動かす2つの方法 「意識の高い人以外」を集めるには」という記事のなかで、記事の主題ではありませんが、「ADHDは狩猟民族の時代に活躍できた」という仮説を知りました。
大人になってみて自分なりに理解できたのは、おもしろい仮説があってね。このADHD傾向の人っていうのは、狩猟民族の生き残りであるという仮説があるんですね。これね、結構おもしろくて。生き残りというか、狩猟民族の時代には活躍できたんじゃないかっていう仮説なんですね。 ADHDの人って視覚優位なんですよ。目で物事を追うんです。同時複数に物事を追うことができる。こいつだって獲物を定めたら、衝動的に行動ができるんですね。それってADHDの傾向に当てはまって、そういう傾向の人って狩猟民族の時代は活躍できたんです。
ただ暗黒の時代がやってきて、農耕・牧畜民族の時代ですね。この時代にまったく逆転するんですね。

この仮説の出典が気になり、Googleで探してみました。

私が確認できたのは、1997年に米国で発表されたトム・ハートマンの『ADD/ADHDという才能』がこの仮説の初出のようです。日本では2003年に翻訳が出版されて、ブログなどで話題になった様子。
ADD/ADHDという才能
トム・ハートマン
ヴォイス
2003-07-01


この仮説が、2015年になって注目された経路を知りたくて調べてみました。Googleでヒットする記事からたどってみると以下のようなことでした。

(1) 2014年10月31日
New York Timesに、リチャード・フリードマン教授が寄稿したコラム記事が掲載された。ここでは、ハートマン氏の説には触れていない。

・A Natural Fix for A.D.H.D.
http://www.nytimes.com/2014/11/02/opinion/sunday/a-natural-fix-for-adhd.html

(2) 2014年11月25日
Mail Online(英国のタブロイド紙The Daily Mailのウェブ版)で、(1)を元ネタにして、リチャード・フリードマン教授の説を紹介する記事が掲載された。

・Did ADHD once have an evolutionary advantage? Traits linked with disorder may have helped nomads survive when hunting
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2848548/Did-ADHD-evolutionary-advantage-Traits-linked-disorder-helped-nomads-survive-hunting.html

(3) 2015年1月25日
日本では、(2)を介して(1)を参照して(※)、バイラルサイトであるカラパイアが、翻訳・編集して紹介した。この記事が、Exciteニュースや様々なまとめサイトに取り上げられて広がった。
※カラパイアでは、参照記事として(1)だけが挙げられているが、使用写真は(2)から。

・世が世なら・・・発達障害「ADHD」は狩猟採集社会では優位性を持っていた。現代でも適した職業や場所が見つかれば特性を強みに変えられる可能性(米研究)
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52183303.html

以上が、仮説の伝播経路のようです。

仮説そのものが正しいかどうかはわかりませんが、ADHDの特性が太古の人類から由来するというストーリーは「ロマン」として魅力的だなあと個人的には思いました。

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ちなみに、(1)A Natural Fix for A.D.H.D.の内容は、狩猟民族のことだけクローズアップされていますが、他にも現在の脳科学研究をもとに、
「脳のドーパミンの報酬回路の機能に関して、ADHDの特徴がどこにあるのか」
「ADHDと診断される人が急増している理由は何か」
「子どもの頃ADHDと診断された人が大人になってADHD症状がなくなるケースがあるのはなぜか」
「子どもの学校のカリキュラムを変えることで、薬の使用をおさえられるのではないか」
といったことも論じています。むしろそれらがメインですね。知的刺激を受けました。

空の写真が

近頃あまり写真を撮っていない。
iPhoneが新しくなってカメラがよくなったが活かしていない。
空の写真が好きだ。特におもしろい雲が出ていると記録に残したくなるみたいだ。
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これは9月に撮った空。秋を感じた。

対象と自分の間にカメラがはさまると生々しさが薄れる気がする。だけど、空くらい離れていると間に何がはさまっても関係ないのかも。
写真に撮ると、あのスケール感がなくなってしまうから、逆に「ここに残せなかった本当の空」を思い出して懐かしむことができる。
そんなことを考えた。

「みんなの学校」批評を紹介


■「普遍的なルールを順守させる」責任を背負った教育を観て:lessorの日記
http://d.hatena.ne.jp/lessor/touch/20151005/1444061458

lessorさんの記事を読んで。

映画「みんなの学校」についての批評が、ようやく出てきて読めたと感じています。自分の知るかぎり、映画の感想か、批評でも激賞が多かったので。

lessorさんの根源的な問いかけが響く。

「みんなの学校」とは手段なのだろうか目的なのだろうか。

わたしは3月に観て、感想をメモったまま、記事にしていなかった。近々まとめたい。

他人の否定的評価に応えすぎる傾向

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アンケートを例にして考えてみる。

たとえば、イベントを主催して、当たり前のようにとるアンケート。お客さんの評価を聞くために。

アンケートでは、ネガティヴな意見も返ってくる。
ポジティブな意見は「優等生的な、主催者に気を使っている」かもしれないが、「厳しい意見」には「おべんちゃら」ではない真実がある、だから「ネガティヴな意見こそが正直な意見だ」とおもう人がいる、って、まあ、これは、わたしのことなんだけど。

(実際にはイベントではないが)アンケート的なもので、29人の好意的な意見をもらったが、1人の強烈な批判意見をもらって、落ち込んだ。
自分なりに、挽回するための改善案を考えた。一応の案ができてひと区切りついて冷静になってみると「あそこまで1人の意見に心が引きずりおろされることもなかった」と思う。

1人の否定的意見によって29人の意見が「0」になるような影響をたやすく受けてしまうようでは、危ないと思った。

これって、誰からも嫌われたくないだとか、100点をとりたいとか、そういう志向の現れなのかな?

まだまだだなぁ。

「内圧」と心理学

社会の問題を全て個人の責任に帰してしまう圧力とその圧力をじぶんの中に取り込み(内面化し)「内圧」としてじぶんを責め続ける苦労を整合的に「対処」させるための心理学的テクニックは「いかがなものか」と思わなくはないが爆発よりは散発させて少しでもおだやかな心の平安を手にしたいがためにすがることを責めることはできない。

心理的なブロッコリー

iPhoneの予測変換で「心理的なブロッコリー」とひと続きで出てきて、「?」となって。何か俺の知らない映画とかアニメがあるのかと思い、検索してみたら面白い記事を見つけた。

現実逃避的な食事を避けるために活用したい「ブロッコリーテスト」

ストレスで、つい食べることに逃げたくなる場合があります。この食欲は、本物なのか? それをチェックするための「ブロッコリーテスト」。

「私はいま、ブロッコリーを食べたいか?」と自問しましょう。答えが「はい」ならお腹が空いています。どうぞ食べてください。

答えが「いいえ」なら、感情的に空腹なだけで、身体は実は空腹ではありません。あなたは何か他のもの(ストレス発散、気晴らし、ちょっとした現実逃避など)を求めているのです。このテストの考え方は、身体が空腹であればどんな食事でも魅力を感じる、というものです。もし野菜に魅力を感じないのなら、身体は空腹ではないのです。

「もしブロッコリーに魅力を感じないならば、身体は空腹ではないのです」

世界中のブロッコリーが今泣いたね。

不可逆的2 村上春樹さんの言葉

「不可逆的」について書いたその夜に、ナイト・キャップがわりに(わたしは酒を飲まないので)毎晩少しずつ読んでいる『村上さんのところ コンプリート版』で、こんなやりとりに出会いました。

赤ちゃんがお腹の中で亡くなってしまって、そのことがわかった病院の待合室で、泣くのをこらえるために『羊をめぐる冒険』を読んで。読者が手紙にこう書きます──
「もう失われてしまって、二度と戻ってこないこと」というのが、わたしはそのときまでぴんときてなかったのですが、そのことばが、わたしの心にすっと添ってくれたように思いました。悲しみは消えないけど、それでずいぶん救われた気がします。

それに対して、村上さんはこう応えます──
お気の毒です。とても悲しかったと思います。どうかその悲しみを抱えて生きていってください。それも生きる大事な意味のひとつだと僕は思います。「悲しいことは早く忘れた方がいいよ」と言う人もいるでしょうが、悲しみを忘れないこともやはり大事です。

わたしは、じぶんに向かって、村上さんが声をかけてくれたように感じました。

「悲しみを抱えて生きる」

たぶんそうだ。そういうことなんだろう。

不可逆的

わたしは言葉が好きだ。知らない言葉に出会うと意味を知りたくなる。語源にも興味がある。

今朝、歩きながら、この言葉を知って「影響を受けた」言葉ってなんだろう?と考えていた。
名言とかそういうのではなくて、単語それ自体で。

思いついたのが「不可逆的」という言葉だった。

「変化が起きて、もう元には戻らないこと」

この言葉の冷徹さを思い知ったのは、リハビリテーションに関する本を読んだ時だった。
事故や病気で損なった機能が、元のようには戻らない。不可逆的変化が起きてしまった。

その後、子どもの障害がわかり、「治癒可能ならそれは病気で、治癒ができないから障害」だということを知り、初めて「不可逆的」の真の意味を実感した。

たくさんの小説や映画で、タイムトラベル物がつくられるのは、「起きてしまった変化を過去に遡って変える」願望を人は常に持ち続けているからだろう。この願望を消すことは、人の感情から「後悔」をなくすことだから、まず不可能だ。

「元に戻す」ことはフィクションのなかでは成功しても、現実では起こらない。

やってしまったこと
言ってしまったこと
起こってしまったこと
知ってしまったこと
損なわれてしまったこと

もう元には戻せない。
起きた変化を前提に、未来をつくっていくだけだ。

でもなんで…
どうして……
悔いは消えない。

「どうにかできたんではないか」「避けられたのではないか」そう思う気持ちは包帯の下でにじむ血のように。心の奥で痛み続ける。そういう日もある。

自分のなかに居座る他人

このところ(何年も)、「内面化する」ことが気になっています。

社会の価値観を自分のなかに取り込んで、自分の価値観とすることは、ごく当たり前に起きることだけど。それが、本来の自分の望むこと、こっちへ行きたい、という自由を引きとどめるかたちで機能することがある。

「世間の目」なのに、内面に取り込まれているから「自分の意思」でストップをかけていると思っている。実はそれは「フタ」であって、フタをされた中には望みが抑圧されている、みたいな。

今朝書いた文で、この「内面化」をイメージとして伝わるようにやっとできた気がします。

「自分のなかに居座る他人」

他人の評価にとらわれる、ということは、自分の中に「他人」を入れて監視をさせることだ。
それは仮想の「他人」だから対話もできない。無慈悲に自分を踏みにじる。
自由に生きるには、「他人」を自分の中から追い出すこと。「外」においておくことだ。

豊橋が好きだ

僕は旅をしない。仕事だとか用事以外で旅をしたことは数えるほどだ。

「No place like home!(おうちが一番!)」

根が「インドア派」なので旅の楽しみ方がよくわからない。

今日は豊橋でつぼみプロジェクト部企画会議があった。先月も豊橋で暑気払い会だったので2か月連続だ。

実は、去年プロジェクト部を始める前は豊橋で降りたことが一度しかなかった。だが、今では路面電車の乗換えもスムーズだ。マナカが使えることも知っている。
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豊橋が好きになった。

僕は旅はしないが、行きたい町がある。そこは会いたい人が住んでいる町だ。




プロジェクト部Facebookに今日の会議のことを書いています。よかったら見てください。
https://www.facebook.com/tubomiproject

世の中のことが、わからなくなっている

世の中のことが、わからなくなっている。そう自覚した日をはっきり覚えている。2011年5月のことだった。
それは、大学新卒で就職したばかりの人の話を聴かせてもらった時だった。
いまどきの大学生の就職活動について教えてもらった。

・大学のカリキュラムの中で、自己分析やエントリーシートの書き方、面接指導がある。
・大学の成績表は、親に送られる。
・100以上会社を受けて、落ち続け、姿を消した同級生がいる。
・大学は、就職できなかった学生が「新卒」で来年就職活動できるように、単位取得が終わっていても在学できる制度を設けている。。。
・授業は基本的に全部出る。バイトも忙しくて、サークル活動はしない人が多い。

どれをとっても、わたしが大学生だった頃とはまったく違っていた。「隔世の感」ってこういう感じなんだ。就職できるかどうかがこんなに切実になっていたとは。

20年下の世代の生活実感を、わたしはまったくわからない。
わからないということさえ知らなかった。
だから、無意識に「自分が学生だった頃=今の学生」だと想像していた。

わたしがふだん接している人たちも、(以前のわたしと同じように)若い世代のことを自分の頃の延長としてとらえているんじゃないか? 世界はいつの間にか変化していたのに。

・階層社会では誰も「透明」ではいられない - 田中俊英/BLOGOS
現在日本では、 4割の人々が年収250万に届かないラインで生活しており、その相対的貧困者前後の層で、児童虐待、ステップファミリー(再婚等での複雑な家族構成)、DV(妻への暴力)、「第四の発達障害」(虐待を起因とした発達の遅れ)等が生じているようだ。

このように階層社会とは、単に貧困層が増えることを指しているのではなく、虐待の被害者に象徴される、圧倒的「弱者」が日々生産される社会のことを指す。

この記事が描き出す「現実」を、「なにを大げさな」と思うか、「そのとおりだ」と思うか。
じぶんにはわからない世界が、知らぬ間に広がっていたんだ──と遅かれ早かれ、気づく人たちが増えていく(気付かずにいられなくなる)のだろう。

知ることに疲れたとき

台風は進路が予測できて、いつ来るか?が予想できる。だから、報道も接近してくるまでがテンション高い。通過してしまえば、もう関心はない。

日本のマスコミは在東京のキー局が中心だから「東京」が影響を受けるとき、Max報道するが、東京を過ぎてしまえば、台風が北上して被害が出そうな場合でも「済んだこと」のようにスルーする。という指摘は、なるほどそんな気がする。

それは、地方でも同じだ。ローカル局は、その地方に関係ない報道は流さない。視聴者が関心ないから。

視聴者が関心ないのは、自分に関係ないからだ。

自分の暮らしに関係のないことまで、ひとつひとつ丁寧に「知り」「理解して」「共感する」だけの、余裕がない。

嵐は目の前のものだけで十分だ。

そんな気分にとらわれている。

この社会、世界のなかで、起きている「問題」は、多すぎて、大きすぎて、手に余る。

暮らし、仕事の他に、+ワンテーマくらいが限界だと思った。

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【日記】北へ南へ

今日は市内を北へ南へ。
こんなときの心強いミカタ「ドニチエコきっぷ」をたずさえて。
状況を変えようと思ったら、行動を変える、環境を変える。
その一番の手段は、会う人を変えること。
新しい世界が見えてきつつある。まだうすぼんやりとだけど。

限られた文字数

限られた文字数のなかで、メッセージを伝えることは難しい。ちょっとした違いがニュアンスの違いを生む。

それに、十分な文字数で語り尽くしたとしても、前提としている知識と価値観(先入観含む)が違えば、伝えたかったようには伝わらない。

だから、双方向の対話が、理解のためには必要なんだ。

思考停止ワード

いろいろな場面で、この言葉が出ると議論も続かなくなる。

「難しい問題ですね」

ある意味「十分議論しました。ここまでで議論は打ち止め」のサインになっている気がする。

「難しい問題」だから「今は解決を諦める」ということになっている?

思考を停止させるマジックワード。そのことに気づいて、他人とじぶんの言動を観察すると、実によく使用されている……。悪気なく、むしろ善意のひとがつぶやく。

「難しい問題ですね」

この言葉をNGワードにして、思考を続けて、解決を諦めないことが必要なんだな。
「難しい問題」だから、時間がかかるが、ゴールに近づくため、今はこのステップを進める。
それでいい。

素直になれなくて

人の心はこんなふうにできているんだよね。
「弱音が言えるのは、少し余裕ができてから。辛いピークを過ぎたとき。
ほんとうに苦しいときには、なかなか言えない。」

引用:「好きだから嫌いと言える」弱音を吐けるのは余裕がある時/ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。

思い出したのが、過去に書いたこの記事。
わが子の障害を知ったとき、親は、とても感じやすい、脆い状態になります。
そして同時に「この子のため、何かやらなければ!」というパワーも生まれます。そのとき、親は子を守るための「無敵状態」に自分が入ったかのように錯覚します。が、無敵はありえません。エネルギーゲージには限りがあって、使っていけば確実に減るのです。

引用:あなたはそれでいいんです/カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

なんでこうなってしまうんだろう。もっと「助けて」と素直に言えたらいいのに。言えない。

変わるために、出会う人を変える

今日は、あらたな一歩を踏み出すためのワークショップを主催しました。

Facebookでシェアされてきたこの記事を読んで、今日の意味はこういうことだったんだと認識しました。

・決意を新たにする、ということほど無意味なものはない。:秋元祥治(岐阜・G-net・OKa-Biz)の活動日記
http://akimotoshoji.blog.jp/archives/51479706.html
何か講演を聞く機会があったり、自分自身で失敗等を顧みると、このままじゃいけないなぁ、変わろうと【決意を新たにする】という事は、よくあることですよね。
しかし、

決意を新たにする、ということほど
無意味なものはない。

と思うのです。

刺激的な言葉の後に、筆者は、

・行動を変えるよりない。
・環境を変えるよりない。

と続けます。これはまさにそのとおりで。

「行動」を変える、「環境」を変えるためには、「出会う人を変える」ことが近道だと思います。
今日、これまで接点がなかった人たちと出会い、その前で「わたしたちは変わります」と宣言をしました。これはもう「後には引けない」ということです。
周りからは、この宣言をした組織として見られますから、環境(この場合は期待値)が変わる。
この期待に応えるために行動を変えるほかない。意識はそれに適応していく。

変われない組織が多いですが、わたしたちには「時のチャンス」が来ているから、きっと変わっていける。

寄付=小銭イメージはどこから来た?

クラウドファンディングや街頭募金やいろんなかたちで寄付を求めたり求められたりすることが増えていますが。

いつも髪を切ってくれる人と話してくれて興味深かったこと──

・街頭募金では多くの人が小銭を入れる。
・けれど、もっと大きな額だって入れようと思えば入れられるよね。
・でも入れないのは「募金」は学校でやった「赤い羽根募金」が原体験になっているから。
・子どもだから100円とか10円とか持って行った。

「募金=寄付=小銭」思い込みはそこからじゃないか?と。

たしかに。アメリカの小学生が、自分でレモネードを売って、チャリティーにあてる経験を積んだりしているのとはだいぶ違いますね。

大人がする寄付は、練習が必要だと個人的には感じていて。その手ほどきをしてくれる、モデルとなる人がいるといいなと思います。

子どもの話題

仲良くなって、初めて食事に行って、同世代どうしだとそれぞれの家族、とくに子どもの話題になることがある。

わたしの息子が16歳だと聞いて、好きなことは?スポーツとかやってるの?とかふつうに聞かれる。

毎度答えをどうしようかと迷う。

ちゃんと答えるなら自閉症や知的障害を言うことになる。が、それはかなり相手に「負荷」を与える。どう応じてよいかわからない、悪いこと聞いちゃったかなと思わせる、話題がそれに集中したり、同情されたりするのもどうかなと思う。

多くの場合、わたしは軽く話をそらして、相手の子どもの話の聞き役に回る。

話す相手を選んでいる。

もしも、あなたに子どもの事情を話してくれるひとがいたら「話してもいいと思ってくれたんだ」とわかってくれたらいいな。だから、こわがらないで。

「正解」はないから、あなたなりに聞いてあげて欲しい。わからないことは、質問して。ただ、目の前の人の抱えているものを受け入れてみてほしい。

それができたとき、二人の間には特別な空気が流れているはず。

"Thank you for asking."

人を有用性で測るな

この話は、10年以上前から、わたしにとって羅針盤になっています。これまでにも何度かお話したことがありますが、もう一度書いておきます。

カイが3歳ぐらいのときに通っていた母子通園施設の勤務医が文集に書かれていました。

「この子たちは、有用性で測れば『価値がない』とか思われてしまう。だが、人であるということ、生きる命であることがそれ自体尊いのだ」と。

「人を有用性で測るな」

この言葉は、わたしの心を撃ち抜きました。

子どもの障害がわかるまでは、わたしは平気で当時の流行り言葉である「勝ち組/負け組」といったことを口にする人間でした。

「役に立つ人がエライ」「役に立たなければダメ」という価値観が自分の中に内面化されていました。
「できる人」でいたいという自己願望が強く。ひとのことを「使えねー」とか非難したりして。「できる/できない」で他人を測る心性の持ち主でした。

わたしは今でも、やさしいよりは、厳しい人間だと自覚しています。でも。「やさしくなりたい」と思ってる。

究極は、この医師が言ってくれているとおり、人であること、生きる命であることそれ自体を愛することができるようになりたいと思っています。

不器用だったり、変わり者だったりしても、だからと言って「人でなし」と排除されるのはおかしい。生きる命の多様性がこんなにあるんだ!とびっくりしながら認め合えるのがいい。

理想は毎日更新なのです

昨日久しぶりにブログを更新できた。
うれしいので今日も書く。

理想は毎日更新なのです。

もうブログ始めて12年目だからいろいろあったし。「毎日更新します!」なんて宣言したってひと月と続かないし。一週間も続けばいいほうで。そんな宣言をしたせいでかえって書けなくなったことがあったし。そういうブログもたくさん見てきた。

それに、読者にとってもどうなの?
「毎日更新します!」って、「毎日読みに来てね♡」みたいなアピール感じるよね。それもなかなかだ。せいぜい週一程度でいいだろうこのブログをのぞくのは。とか。思うよねきっと。

こんなふうに自意識が過剰に立ち上がるのがブロガーのサガ。
「毎日更新」という四文字には、こんな自動ループを引き起こす力がある。

でもね、ブロガーの理想はやっぱり毎日更新。
寝て起きてご飯食べるみたいに自然に。
おしゃべりするみたいに。
なんか書いて、出しちゃうのがいい。

じっくりと練って、調べて、構成考えて、推敲して記事にするのもいいけれど。
こんなふうに思いつくまま軽くネットに載せたい。

呼びかけと罪悪感

誰かに呼びかけられて、その呼びかけに応えなかったことに罪悪感を感じることがある。罪悪感をそのまま持ち続けることに耐え切れず、罪悪感をもたせた呼びかけに対し、反発を覚えるようになる。
そして、「その呼びかけ=悪」という説明をどこかで見つけて「応えなくてよかった」と後付で合理化したりする。

しかし、そもそも罪悪感を感じた理由は、その呼びかけにシンパシーを覚えていたからだった。
それが、罪悪感が不快なあまり、裏返ってしまった。あれ?

罪悪感が余計だね。なぜ罪悪感を覚えるのだろう? 
呼びかけ人の「行動」に対する「感謝(自分が動けないのに動いてくれてありがとう)」がある。それは呼びかけ人が自分へ「贈与」をしてくれたように感じるから。
その贈与に対して「返礼」しなければならないのにしていないことが罪悪感の理由なのかもね。

だとすれば、「感謝」して「応援」する行為で返せばいいんじゃないかなあ。
どんな形でもいい。呼びかけられた行為そのものはしなくても、心のなかで祈るとか、どこかで支持を表明するとか。
罪悪感なんてやっかいなものに、元々もっていた思いを反転させられるよりも、ましなやりかたがある。

最近呼びかけられる機会がやたらと増えたなあと感じます。
わたし自身も呼びかける側になることもある。「参加できなくてごめんなさい」と謝られたりすると、こちらも申し訳ない気持ちになります。
「ありがとう」「応援しているよ」のことばだけで勇気百倍なんです。呼びかけを読んでくれただけでも、有り難い。だから、どうか罪悪感は持たないでいただきたいのです。

わたしは、できるかぎり気持よくお誘いしたいと思います。やってるわたしが、楽しくやるのが一番ですね!

長生きを願うより、先手を打とう!

今日読んだ興味深い記事。

・おかあさん、90才まで生きましょう!!〜思春期は40才で終わる
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakatoshihide/20150627-00047020/
特に75才を越えてからは、子どものケアよりも自分(母)自身の長生きを考えてください、と言うと、わりと盛り上がる。

誰もが100才になりたいと思っており、こどものひきこもり高齢化は母自身が100才になるための正当な理由になるからだ。

わりと盛り上がる、というところが、なるほどと思い、
「障害を持つ子の親に「90歳まで生きましょう」と言うのと似てる。長生きは誰でもしたいし、長生きする意義を見出すと、ひたすら心配するモードから「攻め」モードに切り替えることができるのかな。」とコメントしてシェアをした。

でも、この記事で問題にしているのは、経済的なことだけなんだよね。たぶんお金が続けば、一生ひきこもっていても生存はできるから、「お金が切れないこと」がキーになるのだろう。

ケアを必要とする子どもを持つ親の場合は、やっぱりお金だけを用意しても、本人の生存すらもおぼつかない。親は、お金を払うだけではなく、様々な支援を自らも提供しているわけで。

やっぱり、長生きは(できればそれに越したことはないけど)するしないに関わらず、「親亡き後」よりずっと早く訪れる「親の支援無き後」に向けて、早いうちからどんどん「攻めて」いこう。できることはたくさんあるから。

【追記】
正直な話。昨夏体調をくずしたわたしは、長生きできる自信はまるでありません。

制度が整っていること、カイのまわりに「人垣」ができること──
次の世代が、親身になって、権利を守ってくれること──

を願って、「今」できることをやるしかないんですよね。

未来のことを、「今」直接「保証」することはできません。
じぶんにできることは、「今」困っている人のためにできることをして、
めぐりめぐって、いつの日か、カイが困ったら助けてくれる人が現れることを期待する──
というとても迂遠だけど、実は、「今」できる一番たしかな「先手」なのかなと思います。

Eさんへ

ブログを通して、知人の娘さんが亡くなったことを知りました。重い障害とともに生まれて、14年と8か月。命の限り、生きられた。

ネットで知り合い、まだお会いしたことはないお母様のことを、わたしは、強い人だと尊敬していました。
そのかたが、悲嘆にくれて、死をうけとめきれない。誰にも会いたくない、話したくないと書かれています。
「強い」ようにみえたのは、わが子が力をくれていたからだったのかも…
そう、わが身を振り返りながら、思いました。

子を守るため、無限のエネルギーがわきだす無敵状態。時には疲れる時もある。そのうち、鎧が身体の一部になったかのようにもなります。「別に頑張っていない。ふつうのことをしているだけ」と答えるでしょう。

でも、
わが子がいなくなって、
残された親は、
いったい、なんだったんだ。
これまでの頑張りや無理は。
この子が生き延びるため。
そのために、何もかもやってきたのに。
なぜ?

他人が、声をかけることも、はばかれるような悲嘆にくれた姿を知って。
やっぱり、わたしは、どうしていいかわからず、直接声はかけられないのだけれど。

今、あなたの娘さんが、LIFEを生き抜き、頑張ったことを、わたしは知っていて。
あなたの悲しみ、怒りに、遠くからだけどシンクロして喪に服していると、ここに書いておきます。

変えられるのは、自分だけ?

Facebookで流れているのをたまたま読んで、じつに納得した記事を紹介します。

・自分を変えるなんて無理だから諦めよう。
http://ameblo.jp/kima20010/entry-12007799999.html

恋愛にそくして語られていますが、他のことにも当てはまりますね。

「神様 私にお与えください。
変えられないものを 受け入れる落ち着きを、
変えられるものを 変える勇気を、
そしてその二つを 見分ける賢さを。」

この祈りの言葉に重ねて、

「過去と他人は変えられない。
変えられるのは、未来と自分だけ」

を信じた時に、

「他人とうまくやるためには、努力して、自分が変わらなければダメだ」

と思うのは自然なこと。

だけど、

「あんた、自分を変えられないだろう?」

なんと!
「変えられないものの第一に、自分があった」

受け入れるべきだったのは、ありのままの自分自身だった。

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そうおっしゃられても…

transition

じぶんの周りで、大きな変化が起き始めている。

カイも仕事も草Pもプロジェクト部も。

重なっているのは単なる偶然ではなく、次のフェーズに移り始めているんだと思う。関わっている人たちが変化成長しているから。互いに影響しあっているから変わる時はシンクロして変わる。もちろんわたし自身も。

わたしはひとつのところに留まれないと思ってきた。飽きてしまってエネルギーが枯渇してしまうように感じてきた。
でもわかったことがある。長く留まることで、「ひとつのところ」が広がり、増えて、多層的に重なり、影響しあうようになるということ。

立ち去っていたら、知り得なかった。
注いだエネルギーは、循環し増幅されて戻ってくる。循環には時間がかかるから、すぐに立ち去ってしまったら、ひたすら一方向にエネルギーを注いで終わりになる。

変化には意味がある。
変わる時には大きく変わる。
こういうときは全てをコントロールしようとしてもできない。意味づけは後回しで感じよう。エネルギーはわたしのなかに落ち着き場所を見つけるだろう。

回復のきざし

しばらく不調でした。
ようやく回復してきたかな?
さむいのはニガテ。あたたかくしていかなくちゃ。

これは友だちからもらった写真。勝手にタイトルつけた。

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「サーカスナイト」
上がったり下がったりジェットコースターみたい

秋の陰

気がついたら、秋分の日。前記事から3週間が過ぎていました。
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愛してやまない、おおはた雄一さんの傑作曲『おだやかな暮らし』に
欲しいものは おだやかな暮らし
あたりまえの 太い根をはやし
好きな人の てのひらがすぐそこにある
そんな毎日
という詩があって。
わたしは、わたしのおだやかな暮らしを一日いちにち感謝して味わっています。

ブログを書く元気はなかったけれど、カイパパFacebookページにはちょこちょこ投稿をしていて。その瞬間思ったことをメモとして残しています。並べてみると、断片的だけど、今の思いがにじみ出ているなと思います。
エネルギーが少ない時は、自然と省エネするようになるんだなあと実感。
シンプルは、力んでいてはなれなくて、力が抜けた(というか力が無い)とき、見つかるのかな?
たくさんのことはできないから、ひとつだけ。ひとつずつ。──9月16日

できて当たり前と思うより、大丈夫かな?できるかな?と思いながらやるほうが、じぶんには緊張が少ないと知った。失敗がこわいのは自己イメージとのギャップがこわいからなのかな。
もしこれができたらすごい…と思いながらやることは、ある種の挑戦で、できたときは純粋にうれしい。──9月17日

1日で10できていたことが、5しかできなくなったら。
2日かけてやるか。
誰かに手伝ってもらおうか。
それとも、いっそやめて、ちがうことをしてもいいかも?──9月18日

メモが「問いかけ」になっているのは、確信でもなく、言い聞かせるでもなく、わたし自身ふたしかで、ことばにして確かめているからなのだと思います。
乗り慣れていたはずの自転車に(それはかつて身体の一部のようだった)ひさしぶりにまたがり、ペダルやブレーキを確かめるように。
当たり前に動かせていたものが、初めてハンドルを握り、どう動くのかイメージはあるのに──実際にはちがった動きをする──御しきれないしろものにかわったかのような。

LIFEはひとつしか無いから。マリオのように何度もやり直しはできない。それが人の限界。あらかじめ決められていて誰にも変えることのできないルール。
だから、できるだけ、ていねいに、リスペクトしてあつかわなければならないもの。

最近のわたしの話すことは──どこか暗いので、「陰のある男に変わったんだよ」と宣言して、笑ってもらうようにしている。

人生の午後2時

自分の歳を3で割ると、「人生の何時」かがわかるという簡単な方法があって。
生まれてから死ぬまでを24時間で換算(0歳=0時〜72歳=24時)するというわけ。

18歳で、やっと朝の6時。夜が明けて、活動本番。子どもが成長する年代を「眠っている」とたとえているようで、味わい深い。
72歳は、日本人の平均余命からすると少し短め(特に女性は)だけど、それ以降は「夜ふかしタイム」と思えばいいのかな? なかなかイメージのしやすい換算法だ。

わたしは42歳なので、3で割ると14時になる。午後のピークタイム、働きざかり。
午前中にやった仕事の成果も出始めていて、信頼できる仲間も増えた。
ちょっぴり疲れも感じ始めているが、あと5〜6年はそれほど心配はなさそう。

その後には、黄昏時がやってくる。なんだか、近ごろ時間がすぎるのがとても速い。
チクタクチクタク──
「やったほうがいいこと」に取り囲まれているけど、やっぱり、いちばん「大切なこと」を成し遂げるため、「やらないこと」を切っていかないといけないね。

カイはもうじき朝の5時。「これから」です。
我慢とか悔しさだとかつらいだとか、そんなことは減らして、
楽しい、うれしい、青春を謳歌して欲しい!
summer

盗人にも三分の理あり〜言葉と正当化

どこで読んだか、テレビで観たのか忘れたが。
高齢者に不要な物を売りつけたり、不要なリフォームを押し付けたりする訪問販売の会社で、「金は天下の回りもの!」と朝礼で連呼していた。
「金を溜め込んでる高齢者から自分たちが金を取って、つかう方が、『世のためになる正しい経済活動』だ」という理屈を取材に答えていた。

わたしが何を思ったかというと、「やっぱり人間は、自分の行為を正当化しないと、やれないんだ」ってこと。
はたからみたらおかしい理屈でも、とりあえず「自分の行為は正しい。世のためなんだ」と納得できるものをつくりあげてやっている。だから、行為する本人は「自分は悪人ではない」と自分自身を説得しているはずだ。

言葉の力はバカにはできない。
理屈はどんなベクトルにも作成可能。
そのベクトルの向きが、人を傷つけ、尊厳を損なうものではないか? 正しいと思う根拠はどこから来ているのか?──その検証がないと、後悔するハメになる。

逆から見れば、他人が取っている行動が「どんな言葉で根拠づけられているか」を観察することが肝腎で、根っこがわかれば、そこから対処法が見えてくるんだろう。

オウムの事件の頃に、「逆洗脳」という言葉を聞いた。それは、言葉によってハメられたワクを、言葉によってワクを外すというプロセス。ここでも「言葉」がモノを言う。

「正しさ」を志向するのが、人間で。
それぞれの「正しさ」を戦わせて傷つけあうこともあれば、自分が発した言葉の「正しさ」に囚われて動けなくなることもある。

荒んだ所々

うまく書けるかわからないけれど。

心が荒(すさ)むことについて。

完全に荒んでいる「人」は少なくて、時々、心が荒む「状態」があるんだろう。

「時々」というのは、「心の中に荒んだ場所があって、そこを踏まれた時のこと」なんじゃないかな。
だから、「時々」は「所々」でもある。

他の人にとっては何でもない一言が、荒れてもろくなっているバリアを突き抜けて、心の芯まで届いてしまう。痛い。

じゃあなんで、心の中に荒んだ場所があるんだろうか?

それは、昔、ひどい目に合わされて、痛めつけられ、傷を負い、まだ治りきっていないかさぶたなんだ。

いつも物事に動じず冷静な人が、あることにだけ、予想外に激しい反応をするところを見た。強い語気で大声を出していた。
驚きながら、なぜなのか考えた。

もしかしたら、そこに触れてはいけない傷があったのかと想像した。

僕にもあるから。心に荒んだ場所が。

生きていく

あたりまえのことなのだ
生きていくのだ
若い命は、伸び伸びと
老いた者は、さきに消える
消える定めの者が、わぁわぁと嘆き
かなしみ、心配し
若い命を、覆い隠してはいけない
おてんとさまの光をあびて
生きていくのだ
「ナントカの亡き後」とか
命には関係ないのだ
あたりまえに
生きるだけ生きていくのだ

怒りより疲れ

最近気づいたこと。わたしの感情の流れについて。

怒りよりも、疲れを感じることが多くなった。
大人になった、というかトシをとったせいなのだろうか。怒りが持続しない。「疲れ」というかたちで感情がしこる。
yozakura

怒りは、「期待」が裏切られたときに起きるそうだ。だから、怒りは「期待の裏返し」だと聞いた。そうかもしれない。だとしたら、わたしは「期待」をしなくなったのだろうか。

怒りはエネルギーが要る。エネルギーを消耗したくなくて感情をコントロールする。そのために有効なのが「あきらめること」だ。あきらめてしまえば、エネルギーも時間も節約できる。省エネ。

これは、学習された無力感と同じなんだろうか。違うのだろうか。

怒りや嘆き、悲しみ、妬みなど心をかきむしる「ネガティブ」と評される感情はエネルギーを消耗するものではあるけれど、行動の原動力としての燃料にもなる。

そう思うと、ただただ疲れを感じる状態は、悟りでもなく、ガス欠なんだろう。

年を取れば体力気力ともに若い頃のようではなくなる。疲れは、行動の選択肢をせばめる。ごく限られたエネルギーをどこに振り分けるか。行動を始める前の見極めが必要になる。だから──

あきらめてよいことと、絶対にあきらめないことを見極める賢さを、
その賢さを身につけることが「大人になる」ことなんだろう。

年をとる=大人になるじゃない。

ぬか漬けとピクルス

前回の記事「きゅうりとぬか漬け」を読んで、友達がエピソードを教えてくれました。
「とても懐かしいフレーズです。
まだ私が若かりし頃、20年前に日本のアルコール問題に積極的に関わるソーシャルワーカー向けに実施された講習会で、アメリカの開業ソーシャルワーカー、ジョージィ・ディスティファーノ女史が来日し、述べていたその言葉がまさにそれでした。
彼女は「ぬか漬け」は知らないので「ピクルス」と表現していましたが、ピクルスはフレッシュなキュウリには戻らない、という主旨のことを述べていたのを、英語が全くできない私でも理解できました。
フレッシュなキュウリに戻ろう、戻そうとする支援ではなく、ピクルスとしての生き方を模索する営みがとても重要だ、とそのときに学びました。」

そうでしたか! ルーツはアメリカなんですね。ピクルスがぬか漬けに! とってもよくわかります。
言葉も異なる異文化でも伝えたい意味が伝わる、そんな例としても印象に残りました。

ピクルスも美味しいし。

きゅうりとぬか漬け

今日、Facebookで出会った言葉が印象深かったので記しておきます。
依存症に完治は無い。
キュウリがぬか漬けになったら元に戻らないのと同じ…という例えは、とても分かりやすい。
でも、ぬか漬けだって、そのままでも美味しく食べられるし、色々な食べ方が出来る。

この言葉は、依存症が、不可逆的な変化だということを言い表しています。
たとえ元には戻らなくても、生きていく道はある。
「元に戻す」という支援(もちろん依存性からの脱却を目指して支援はなされる)が、見落としていることかもしれません。

不可逆的という点で、障害にも共通して言えます。

「ぬか漬け美味しいな…」

そんなふうに「世間一般が幸せと思う価値観」を、逆転できたときに、世界が変わる。
絶望から目が覚めて、初めて「自分の命を生きている実感」というかなんというか。
言葉にすると陳腐ですが、ぬか漬けも美味しいんです!


【こちらもどうぞ♪】
・ぬか漬けとピクルス
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52528026.html

微弱な電波を増幅するしくみ

表情に出ていないからといって、苦痛を感じていないと思っては間違う。

意味がわからない環境に置かれ、見通しのない行動をやらされて、ポーカーフェイスだから、何ともないと誤解してしまう。
今日も一日無事過ごしたと見なしてしまう。でも、本当にそうか。

何ひとつ納得もせず、強制されて動かなければいけない。そういう環境に私たちは置かれたことがあるか?
自分の周りで、自分のことを聞こえよがしにバカにされたことがあるか?

それは、いじめだ。

無表情に隠された苦痛を読み取らなければいけないんだ。微弱な発信を見逃したり、無視したりし続けていないか?

「言語で表現できない=意思がない」なんて、大きな間違いだ。イコールで結んじゃいけないものを結んで平気でいるのは罪だ。

・エルの引き出し:表出するために
http://ameblo.jp/eru-in-the-sky-with-diam/entry-11751179536.html
自傷や他害をしたくてする人はいない。
自分がそうしたとしても、平気な人はいないと思います。
自分も傷つけ、その記憶は消えないでしょうから…
不適応行動で表現してしまいがちなのは、拒否や要求といった思いを相手に伝える力が弱いから。
誤学習や未学習もありますし、周りの人が、うまく彼らの表出をキャッチしない結果、伝えるのをやめてしまうから。

続編も合わせてどうぞ。

上に引用した、尊敬する先輩お母さん、エルさんの最近の記事は、「本人が理解できる」「本人が使おうと思える」道具、方法を、こうかな?これかな?どうかな?とくふうをする過程を具体的に見せてくださっています。

微弱な電波を増幅するしくみ、それは、本人が「わかった!」「伝わった!」というよろこびを感じるサイクルのことなんだね。

「無表情」って言うけれど、「無」って何? 「無」じゃないんだよ。こっちがキャッチできていないだけなんだ。

この人たちには感情がある。豊かな感情が。

論理的であることによって、見えなくなるもの

論理的であることによって損なわれるもの、失われるもの、忘れられるもの、見えなくなるものについて。

論理的でありたいと思って努力して考え続けて「論理的な結論」に達する。鮮やかな一筆書きのように一気に説明できる。その時できる死角(盲点)がある。
論者にとっては、自明な結論とそこに至る論理であるため、他の道筋とゴールが見えなくなってしまう(意識から消去されてしまう)のだ。

すると何が起きるか。「説明」が、「説得」になってしまう。(だって、正しいんだから!)

競走馬が目隠しされて一心不乱にゴールを目指すように、決定した論理の道を駆け抜ける。

イメージ。
生い茂った木を、刈り込んで剪定して幹だけにしたのが、結論とそこまでの論理。
切り捨てられた枝葉については、「切り捨てた」記憶があるからまだよしとしよう。

問題は、他の「木々」の存在だ。

一人の人の心には、木が一本生えているだけじゃない。様々な木々が、自由な形で生えているんだ、きっと。
だから、時として同じ人間なのに、真逆とも思える人間性の発露があったりする。それは、たくさんの異なる木々が共生しているから。ジャングルまではいかないが、里山ぐらいの群生はある。

けれども、一本の木だけ丹精こめて整えると、その木しか見えなくなる。自分の中にはこの木しかない! このまっすぐに筋の通った木しか!!

もう、見えなくなってるから、自分では気づけない。だから、他人が必要。対話することで、目かくしが外れる。

論理にこだわる人が陥りがちかも。
論理を、主義や主張に置き換えても同じかな。
自戒を込めて書いた。

反響は頭の中で鳴り響く

強い批判を受けました。それは、誤解に基づくものではなく、立ち位置の違いから来る正当な批判だと受けとめました。

(私もその理屈はわかるし根本的解決ができたらいいのにと願っているのだけど、糸口すら見つからない)と今思い、沈んでいました。

根源的批判は、とてもパワフルで魅力的です。必要なもの。
でも、それが「0か100点かのどちらかしかない!」という原理主義とくっつくと何も変わらず、変えられず、現状維持でむしろ悪い方に流れると思っています。

整然としていない、白黒はっきりしない中で、地道な漸進主義で、進むしかない。短い時間しか、私たちの人生では許されていないから。

うん(´・_・`)

本当は手をつなげる人だと思うのに、伝わらなかった歯がゆさと、罵倒の衝撃とで、ゆらゆら揺らぐのです。

のどの渇き

何か嫌なことをされた時、嫌だと声をあげることをためらう。
相手を気遣ったり、
気まずくなるのを恐れて、
自分が我慢すればいい。やり過ごせばいい。
やさしい人ほど、そういうことを繰り返してしまいがち。

違和感の表明は、のどの渇きを伝えることに似ている。
我慢もできる。

けど、我慢しすぎるとカラカラに渇いて、声が出せなくなる。

2014年あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます!
2014年、仲良く、楽しく、あたたかい一年にしたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いします。
donguri2014



こんなふうに、元旦深夜に、FacebookとTwitterで新年のごあいさつを書きました。
深く考えて、前から準備をしていたわけではなくて、その瞬間思いついて、以前に撮っていたどんぐりの写真と合わせてアップしました。

今日になって考えてみて、それなりに「意味」を含んだごあいさつ、「今年の抱負」だったのかなあと思いました。

「仲良く」とは。家族や友人、仲間たちと仲良くということはもちろんですが、とかく衝突や断裂が目につく世の中で、自分の「ウチ」だけ固めて、「ソト」はみんなテキ、みたいなのでは足りないなあと思っています。「ソト」の人と出会いたい。違った考えを知って、その人の生きている、その人に見えている世界を教えてもらいたい。わかりあえなくても、「まあ、そういうことか」とお互いに付き合っていく、「なんかあったらよろしく」と言い合える仲までなれるように(むずかしいけど)。自分の他人に対する接し方をアレンジしていきたいと思いました。
異質なもの、理解できないもの、賛同できないものを「嫌悪」する前に、「興味」を持つ。科学の視点で、仮説を立てて実験をする。

「楽しく」とは。僕のモチベーションは、やっぱり楽しさだとあらためて確認しました。時には、怒りや悲しみにかられて動き出すこともあったが、続けていくためには、楽しいと感じられるから。
友だちが、奥田知志さんの講演の感想の文脈で、YUKIのJOYを紹介していたのが心に残っていて。

「誰かを愛すことなんて、ほんとはとてもかーんたんだー」(JOYより引用)
http://www.youtube.com/watch?v=bj5RSMOct2E

僕のモチベーションである「楽しさ」は、英語で言うと、この"JOY"なんだ。よろこび、とか、うれしさ。もっと言うと「歓喜」までの心の動き幅。"Joy to the world" よろこびを世界にちょこっとでももたらせたら最高だ。ブログ記事でも、コスプレでも、ワークショップでも、散歩でも。楽しく!

「あたたかい」とは。自分でもこの言葉が出てくるとは思わなかったので驚いた。けど、この言葉が出てきて必然なのかも。

今、自分の心は、「冷えている」。それがわかる。それは、将来についての不安や恐怖や無力感を、感じているからだ。12年前にカイの診断がわかった時に覚えていた危機感を、少しずつ慰撫(イヴ)してやわらげてきた。そうしないと毎日の暮らしは成り立たないから、それは自然なことだ。目の前に集中すること。一歩先だけを見ていけば良い。「先の見えすぎ。お先真っ暗」だから。
だけど、そうとも言っていられない時期になってきた。カイは成長する。学校生活もあと数年。成人まで5年半。あっという間だろう。考えて、準備をしていかなければならない。
福祉は、この10数年で充実してきた部分はたくさんある。それは当事者なので実感がある。早期発見・早期介入が進んだ。十分とはいえないが、日中活動の場も増えた。一方で、大人になって、暮らしていく(人生で最も長い時期)、最期を看取る(そばにいるのは誰か)ところまでの「人生支援」は、もやがかかったままだ。

不安は、無知から来ているのだと思う。だからまず勉強から始める。勉強というか調査だろうか。現状を知るところから。
恐怖は、無力感から来ている。無力感は、自分が動いていないから、「この身体をどう使ったらいいのか?」わかっていないから感じている。「何かをして」感じている無力感じゃないから。まずは、動いてみよう!
「熱い」ところまで行かなくてもいい。完璧は目指していない。今年は、動き出すことで、新しい出会いやよろこびを見出して、あたたかいところまで温度を上げていきたい。

2014年、仲良く、楽しく、あたたかい一年にしたい。

あ、どんぐりの写真なのはね。
人は様々なカタチをしているよね、心もからだも違っている。
でも、どんぐりがどんぐりであるように、人間は人間だよね。
じぶんたちとどんなにちがって見えても「同じ」ってことに僕はこだわりたい。
何か事が起きれば、特別に安全地帯に(じぶんが)いられると思うほうがお気楽過ぎると思う。

違っていて当たり前、
でも、同じ人間だよー、話そうよー、なんか楽しいことしようよーと一年の初めに思うのです。

本年もよろしくお願いします。ブログももちろん♪ 顔を見てお話できる機会を増やしたいと考えています。

鈴木淳@カイパパ

【おすすめ】安藤美姫が語る「女が逆境を生き抜く方法」

おはようございます。今朝の「とくダネ!」で、安藤美姫さんが生放送で出演されていて、思わず見入ってしまいました。彼女のことを悪く言う人がいるそうですが、わたしの周りでは「ミキティ最高!かっこいい!」と言う人ばかりです。

彼女は、昔は、もろくて壊れやすい印象がある人でしたが、今朝の憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情を見て、こちらまで清々しい気持ちになりました。夢を叶えて、きっと素敵なコーチになるだろうなと予感しました。日本中の人たちが、ハラハラ心配しながら応援しているのは、選手の小さい頃からの成長と活躍を知っているから、みんなが「親」のような気持ちで見守ってしまうからなのでしょうね。選手のみなさんは「親」が多くてタイヘンだ!

安藤美姫さんの人柄が伝わってくる記事があるので紹介します。

・安藤美姫が語る「女が逆境を生き抜く方法」〜安藤美姫×石本めぐみ対談
http://toyokeizai.net/articles/-/18550
石本:でもたとえば、高齢者介護=女性、そんな構図があること自体が、本当はおかしいんですよね。

安藤:そう、男性の力が大きいことは、もちろん理解しています。でも日本では、当然女性がそれをやるんだ、という固定観念がある。

石本:そうそう! 日本の女性は、よく考えたら不思議なポジションに立っている。東北で活動していて、そのことにあらためてびっくりしているんです。

安藤:私は今、特に、その雰囲気が息苦しくて(笑)。

石本:息苦しいですよねえ! 女の人はこうでなくてはダメ、って。道を少しでも外れたりすると、もう……。

安藤:私はもう、道を外れすぎてしまって(笑)。

安藤:「男性社会」――アスリートをしていても、時々、感じることがあります。たとえば女性特有の体調の悪さで、腰が痛いとかおなかが痛いとか……なかなか日本では、そんな話をしにくい。でも私が初めてアメリカに練習に行った頃、女性のアシスタントコーチが、「それは自然なことなんだから、恥ずかしがらずにどんどん言っていいんだよ」と話してくれたんです。

海外に行くと、女性の立場も違うんだなあ、って強く感じたし、そういえばアメリカのボランティア団体でも、トップに立つ人は男性より女性のほうが多かったな。

安藤:あれは19歳の頃……最初は英語もできなかったけれど、あのころから私も少し、自分の視野を広げられました。もちろん外に出ることで、日本のいいところも再認識したけれど、ここを変えたらもっとよくなるのに! ってこともたくさん感じて。自分は女性だから、女性の立場がほかの国とこんなにも違うってこと、特に強く疑問に思ったんですよ。

この対談で語られていることは、女性が自由に生きることについての視点と課題です。おすすめです。

あれ? 前置きのつもりが、長くなってしまったので、記事として挙げます(^^)

本当にいろいろなひとがいる〜Just the Way We Are

今年も12月になり、この一年間をふりかえってみたりしたくなりました。
先週やっと、プレッシャーがずっとかかってきたプロジェクトが終わったこともあって、とても心が軽くなった。

そのせいだけじゃないけど、
2013年は良い年だった。
悪いことは何も起こらなかった。
そう思う。

「良かった探し」的な思考パターンは身につかず、楽観的ではあるが「アラが目につく」タチの僕が、こう思えるようになったのは、今年、今までにもましていろいろな人たちと出会ったからだ。

直接は一度しか会っていないが、Facebookでつながり、なんだかんだと毎日言葉をかわした人もいる。
知らなかった、聴いたことがなかった心の中の思いを聴かせてもらったりもした。
想像もしなかった経験をしてきたひとや、自分とはかけ離れた考え方や感じ方をするひともいた。おどろくほど"怠惰"でかつ動じないひととも出会った。

外国とのやりとりも多かった。
文化の違いが、クリティカルに仕事に跳ね返るから、肝を冷やすことや怒りに震えることもあった。
だが最終的にはつじつま合わせて一緒に握手して笑ったりした。クソーと思いながら(イライラ焦っていたおれのほうが損している…)と悟ったり。日本の仕事のやり方をそのまま代弁するよりも、自分が「調整弁」となって、架け橋するのがあるべき姿だと思うようになった。やっと。

人間と言っても、けっこうな幅がある。
若い頃は気がつかないが、生まれた街、通った学校、働いている職場、そこで出会えるひとというのは「既にセレクトされている」のだということ。「外」にいるひとたちと出会う機会は本当に少ない。自分から出ていかなければ、出会えない。
出会ったからいいことがあるかというと、不愉快な思いや嫌な気分になることのほうが多い。経験上そうだ。理解し合えない違和は不快なものだ。時間がない生活の中で、わざわざ不愉快な思いをするかもしれない「外」との出会いに時間を使う余裕なんかない。感情が動くことは、ものすごくエネルギーが要る。自分が「変わってしまう危険」だってある。
そのことを、無意識に知っているから、「外」に出会いや経験が待っていると知っていても(知っているからこそ)、それが良いものかどうかわからないし、良いものだとしても「エネルギーを消耗する」と感じて、出かけることを躊躇する。僕はそうだったんだな。

「みんなちがって、みんないい」って、道徳的表明としてはケチのつけようがないと思っているけど、感覚的には、
「みんなちがって、みんなイヤ」がフツウじゃない?と思ってもいた。

僕の場合は、実感として「本当にいろいろなひとがいる」と思えた時に、驚きとあきれと同時に「自由」を感じた。そして、「それはいいことだ」と心から思った。
なぜかというと、出会ったひとたちがみんな生きていたからだ。すごく違っているけど、みんな生きている。スタイルや考え方や反応やルールが違っているけど。何だ、生きているじゃんと思った。
僕が、これが正しい、こうじゃなきゃと思った範囲から外れていても、みんな生きている。その在り方を僕がいいと思うかよくないと思うかは、全く関係なく、それぞれに生きている。

なんだこれ?

と思った。
それが、一人や二人じゃなく、今年は、これまでになく「外」にいるひとたちと出会えたんだ。
その時は気がつかなかったが。「この人が」というのではなく「幅」が少しずつ僕を変えてくれた。どれだけ狭いセレクションされた範囲で、自分は暮らしてきたんだろう?と思う。
その範囲で、これからも生きていくこともできたかもしれないけど、たぶん必然に導かれた──というよりローリングストーンに巻き込まれてしまった小さなみみずみたいな感じで、今のこういう心持ちにいたってしまった。

「みんなちがって、みんなヘン」

ヘンなのは、よくも悪くもない。好きとか嫌い以前に、「違うんだ!」ってこと。いろんなかたちで生きている。それが自由。

すごくすがすがしい。

出来事がどうとかよりも、12月に、こういうことを書き綴る心持ちにあることが2013年が良い年だった証だ。

問いかけてもらわないと言葉は出てこない

木曜日に、仲間たちと会議をした。会議の内容は、これからの活動方針と具体的なイベントについてだ。イベントについては、今後アナウンスをすることになるが、まず「やるか/やらないか」について話し合うことが必要だった。

わたしは、そのイベントをやることについてためらいを感じていた。だから、この会議を招集してもらった。にもかかわらず、仕事が長引いて2時間も会議に遅刻をしてしまった。

仕事の緊張を引きずったまま、(会議が進むにつれ、情報と感情の共有がなされ空気が醸成されている)会議に途中参加するときのアウェイ感といったら…。しかも今回は、ネガティブなスタンスで、難しい決断にのぞむのだ。

口は開いて言葉を発するのだが、わたしが意図したよりも、よりシニカルで後ろ向きに響いてしまう。言葉の「トーン」それ自体で傷つく人が出てしまわないかと不安になる。自然と口が重くなった。

緊張感が高まる中。
わたしたちのメンバーにはプロのファシリテーターが複数いる。ファシリテーションを学んでいる人たちはもっと多い。
彼女たちが迷いながら問いかけてくる。それに答えてみる。(ちがうな)と思う。
わたしも問いかけ直してみる。答えが返ってくる。「これは、こういうことか?」と聞き直す。彼女も(ちがうな)という表情をする。
問いかけと答えのやりとりを繰り返すうちに、(そうだ)と思う「言葉」が見つかる。(これが言いたかった)という「言葉」だ。

「言いたかった言葉」「見つけたかった視点」が出た瞬間から、会議の色が変わる。

暗いモノトーンから、淡いパステルへ。そして、強い緑に。芽吹いていく。

この日わたしが見つけたキーワードは「距離感」だった。
何かにコミットする/しないを決める前に、学ぶ/避ける/無視する/攻撃する/etcの態度を選ばなければならないその時に、「まだ」「選べない」という地点がある。「そこが自分のいる地点だ」と認識しなければいけない。その地点から、対象とする何かとの「距離」を測り、違和感や疑問の原因を分析していくこと。
それが、必要だった。

見つけてしまえば「当たり前のようなこと」なのだが、ひとりではわからなかった。言葉を発することも、重くて、できなかった。

言葉の力を信じている。

でも、問いかけてもらわないと言葉は出てこない。そういう時がある。

他人がいてよかった。
苦しみもかなしみも他人から生じるとしても、他人なしでは自分の気持ちさえわからないから。
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ありがとう。

さて

昨夜は、じぶんでは見つけられないような民家をカフェにしたお店に行った。マスターがフェアトレードで売ってるニット帽をかぶっている。畳の上にあぐらをかいて座る。食べ物メニューは一品のみ。飲み物はチャイとかいろいろ。器は一点物のこだわりある手焼き。有機農法の野菜と卵美味しかった。
他のお客さんはみんなエコな優しい雰囲気の人ばかり。スーツが場違いだった。

「大量生産大量消費の時代が終わったのよ」と会話が耳に飛び込んできた。いかにもな会話なんだけど、若い女性二人組がその話をしているのはめずらしかった。

大量生産大量消費のおかげで、あまり働かなくても食べていける今が維持されていて。都会で古民家カフェが花咲いてるんじゃないの。と。スーツな男は思ったりした。

けど、大量生産大量消費「だけ」してれば満足な時代は終わったのかも。

さて。



【追記】
皮肉な感じにならないように書いたのだけど、皮肉な感じになってる。
スーツな男は、うらやましかった。
なんか、しあわせそうだったんだもの、みんな。
スーツは浮いていた。

スーツ着ている人がしあわせそうに見えることは少ない気がしてきた。

地下鉄来ない。

「前世」だとかいう呪い



↑このツイートを目にして、会話のやりとりを読んで、わたしがTwitterとFacebookに書いたこと↓をリライトして残しておきます。

虐待を受ける子どもに「責任」なんかない。

もしその子が「素因として持つ何か」によって、嗜虐性を誘発する行為をしてしまったとしても、大人が自らの感情に任せて虐めていい理由にはならない。その子に「責任」なんかない。それは、こらえられない大人の「責任」だ。

「わが子が自分を、選んで生まれてきてくれた」と思うことで、救われるひとはいる。そう思うことによって、子どもの育てにくさや愛せなさや、つらさをしのぐ納得が得られるのなら、「子どものために」良いと思う。(ただ、押しつけられるとどうしようもなく苦しくなってしまう人もいることは覚えておいて欲しい…)

でも、地獄だとか、輪廻だとか、因果応報だとか、宿命だとか、人を怖がらせ、恐怖でコントロールするがための危険な圧力でもって、「この子が持って生まれた宿命」だなんて、僕は、絶対に、言わせない。

そんなことを言うやつこそ「畜生」なんじゃないでしょうか?

愛されづらい、愛しづらい子どもも大人も、そういう「カタチ」を持って生まれて、育てられたんだ。
それを、個人に帰責すること、しかもその理由を、証明も否定もしようがない「前世」だなんてもののせいにされたら。脱出不可能な「生まれながらの檻」に閉じ込められてしまう。

このことに、僕がこだわるのは、「前世」だとか「運命」だとかいう因習的世界観が、障害を持って生まれた子どもとその親への「呪い」「呪縛」として機能することに危機感を覚えるからです。

ぜんまい

仕事を離れて、遊んでいると
からだの中でぜんまいが巻かれていく。

間違いようがなく、
僕らは、有機のアナログの生き物だ。
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