カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

〜自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界!〜

地震

あまちゃん20110311

4月の放映開始から毎朝楽しみに見ている「あまちゃん」。連続テレビ小説を続けて観るのは初めてのことです。きっかけは、宮藤官九郎脚本。この人の作品はハズレがない。クドカンなら連続テレビ小説もきっとおもしろいに決まっている。そう思って見始めて、ハマった。

早い段階で、あまちゃんのドラマが、2008年の夏から始まり、実際の時の流れに沿って話が展開していることを知った。そして、宮藤官九郎さんが、「3月11日を描くかどうかまだわかんない」とインタビューに答えていたこと。それでも、その答えの意味は、「3月11日を『どう』描くかどうかまだわかんない」と言っているのだろうと予測していた。

一方で、上野を本拠地にしたアメ横女学園やGMT47とか、現実のアイドルグループを連想させるパラレル・ワールドを描いているのだから、もしかしたら、『違う』3月11日を描くのかもしれない──とも思った。

あまちゃんのストーリーが軽快に進み、先週の金曜日には、天野春子、太巻、鈴鹿さんの3者の大団円が見られて感動し、土曜日に「2011年3月11日」の日付が出たのを見て、「え、、、」と息が詰まった。

「描く」ということは知っていたが、『どう』描くのか?

5か月間毎朝出会ってきた人たち(それが架空のドラマの登場人物であっても)が、あの災害にあう──

そのことは、観ている全員が知っているが、登場人物たちは、知らない。

そして、今日の放送回で、3月11日の地震が起きた。
今日は、被害の全容が、わからない状態で終わった。
実際に、ライフラインが止まった地域では、テレビが見られないから、どれだけ大きな災害だったかをかなり遅い時期までわからなかったという。
その意味では、名古屋にいた僕は、体感ではなく、情報としては、知っていた。
職場で、呆然と立ち尽くして、津波がさらっていった後の「町」をテレビで見ていた。誰も、言葉が出せなかった。

災害対策の体制に切り替えて、職務にとりかかった時、気を取り直したつもりだったが、不安でたまらなかった。テレビの画像は、できるだけ見ないようにしていた。

このブログは、3月12日から、ほぼ毎日更新をした。
さっきまで、一日ずつ、読み返していた。

・2011年3月12日:名古屋からです
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52261893.html


実際に、被災地に行くことができたのは、今年の五月になってからだった。

・2013年5月29日:陸前高田(撮影日:2013年5月11日)
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52475037.html

結局僕は、怖がりで、かなしみに感応するのが辛くて、本当にたいへんな出来事からは目をそらす。直視しないで、やり過ごしてきた人間なんだ。

「こわい」
「かなしい」
「不安」

この気持ちを、いろいろな表現で、はぐらかし、心を守ろうとした。
そんな記事たちだった。

それでも、なぜかこの時期、たくさんの方々が、読みに来てくださった。
いったい、何を見に来てくれたのだろう?

今想像するのは、「みんな」、こわかった、かなしかった、不安だったのではないか。

無力さが、悔しくて、歯がゆかった。

同じ出来事を、
いろいろな角度からではあっても、
「みんな」が、見ていた。

そして、「思っていること」を、シェアしあおうとしていた。自分も、その中のひとりだった。

今日、あまちゃんを観ていたひとたちは、きっと、それぞれの3月11日を思い出しただろう。
その日から始まって、今日につながっている。

忘れることは大切だ。生きていくために必要なこと。

でも、思い出すことは、忘れちゃいけないんだ。

あの時、ぼくたちは「みんな」被災した。
そして、今も、復興の過程にいる。

陸前高田(撮影日:2013年5月11日)

岩手から帰ってきて、どこか地に足がついていないような感じがします。ブログを書くリズムをどこかに失ってしまったようで、「書きたい」というモーメントが訪れてくれません。

岩手は、5月11日と12日の2日間行って来ました。最初の日は陸前高田市を地元の方に案内をしてもらいました。2日目は盛岡を中心に、全くの観光を楽しみました。全体として、岩手が大好きになって、また来たいと思って帰って来ました。

ところが、どうにも、調子が出ません。
イライラしたり、ぼーっとしたり。疲労感がずっとあります。もやもやする思いが、心にとごっているのです。

陸前高田市で撮影してきた写真をここに載せておきます。
案内をしてくれた友人は、「半年ぶりの訪問だけど、ものすごく風景が変わった」と語っていました。半年、一年経ったら、また変わっていくのでしょう。写真は全て、2年2か月後の5月11日(月命日)の撮影です。

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陸前高田市役所の外観。プレハブの庁舎。

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JR陸前高田駅(Wiki)。線路は復旧していません。BRT(バス)で運行。

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向こうに見えるのは、「花を植えるプロジェクト」のひとつで、黄色い花がたくさん咲いていました。

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瓦礫は固められていました。

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案内してくださったかた(この方もご家族を亡くしている…)の説明に、驚きの声をあげるだけで。何を言っていいかわからない──どころか、何を感じたらいいのかがわからなかった。今も…

「ここまで津波が来た。逃げられるわけがないんです!」

という強い言葉が、耳に残っています。

整理がつかないまま、こうして記事にして「放り出している」ようで、やっぱりもやもやしています。
たぶん、ひとりでは抱えきれないこの感情を、聞いてほしいだけで、非常に自分勝手ながら、書かせてもらいます。

陸前高田は、ごくごく普通の、平凡な街だったのだと思います。
地震がなかったら、わたしはたぶん一度も足を踏み入れることはなかったでしょう。
今だって、友人の導きがなかったら、僕なんかは立ち入る勇気がありませんでした。
本当にたくさんのかたが亡くなった場所でした。それは、2年経っても、見ればわかる。

今やっと実感しているのは、あの海岸はお墓だったのだと。
花もたむけず、写真を撮ってきた自分が情けなくて申し訳ないです。
弔う準備もせずに、ただ行けばいいと。そんなことでは、足りなかったのだと今は思っています。

ごめんなさい。せめて手を合わせればよかった。

映画『逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者』

・映画『逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者』
http://www.j-il.jp/movie/
<作品解説>

 障害があるということは、災害時には普段以上のハンディとなる。
2011年3月11日の東日本大震災、未曾有の大災害の中、障害を持つ人々に何が起きたのか?
福島県を中心に、被災した障害者とそこに関わる人々の証言をまとめた。
 障害ゆえに、地震や津波から身を守れず、また必要な情報も得られない・・・。「ここではとても生活できない」「周囲に迷惑をかけるから」と、多くの障害者が避難をあきらめざるを得なかった。そうしたなかで避難所に入った障害者を待ち構えていたのは・・・。
 更には仮設住宅へ入居しても、そこでも大変な不自由が待っていた。原発事故により市民の姿が消えた避難区域には、取り残された障害者が不安な日々を送っていた。大震災に翻弄される障害者と、その実態調査・支援に奔走する人々の、困難の日々。
 住み慣れた土地を追われ、避難先で新たな生活を模索する時、涙とともに故郷への思いがあふれる。
 マスメディアでは断片的にしか取り上げられない、被災地の障害者を取り巻くさまざまな課題や問題点が浮かび上がる。

まだ未見で、解説を読むだけで、心がざわざわするんだけど……

団体での上映権付きDVDが1万円と非常に安価です。講師派遣も謝金1万円(交通費別途)でお願いできるそうです。上映会を企画したいな。

合わせて、ぜひ読んで考えていただきたい記事を紹介します。
特に、行政、防災、福祉関係者の方に。

・個人情報のトリセツ ―― 震災から見守り活動まで、個人情報「過保護」を乗り越える 岡本正
http://synodos.livedoor.biz/lite/archives/2035583.html
「個人情報は個人を守るためにある」と語る弁護士の岡本正氏。個人情報を保護するあまり、肝心の「個人」に対して支援が届かない状況を打破するためには、個人情報保護法制の適切な理解が必要であると説く。個人情報共有のためにどう法令を解釈していくのか、震災支援から平時の見守り活動まで活用できる、個人情報の使い方を、岡本氏が先進事例を紹介しながら解説する。

「災害弱者」という課題がずっと認識されていますが、今災害が起きた時に対応できますか? 紹介されている先進事例がとても参考になりました。


この過去記事もどうぞ。

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:【おすすめ】大震災 自閉っこ家族のサバイバル
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52335660.html

あの日を前に

震災のことを思うと、とても複雑でこんがらがった感情がわきあがってきます。その時、翌日、日曜日、自分が何をしていたか全部思い出されます。
今日は休みだったので、いろいろなことをしている最中にも、心がさまようというか、そのことをバックグラウンドで考え続けているような…

ブログで必死でメッセージを発していたことも。それは、よいことだったかどうかは自分でも判断がつきません。その時にしたことは残っているわけで。その責任は受け入れます。

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:カテゴリ「地震」
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/cat_50038291.html

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:カテゴリ「2011年3月」
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/2011-03.html

東京、首都圏がダメージを受けているとしたら、復興する力も無く、西日本から支えるしかないじゃないか、名古屋や大阪に首都機能を移すとかそこまでやって支援しなきゃいけないんじゃないか、そんなことを真面目に考えていました。悲壮感に衝き動かされて、ブログで叫んでいた。自分の不安やかなしみをまき散らしただけだったかもしれません。

今書いているこの記事も、書くつもりはありませんでした。さりげなく、過ぎていくのがよいと考えていました。
けれども、感情が、Facebookで自分が書いたりコメントをしているなかで、ぽろぽろと零れ落ちるというか、結局そのことを気にしていて、考え続けているのでした。

草の根ささえあいプロジェクトのことを書きます。

草の根ささえあいプロジェクトは、まだその名前がついていない頃、昨年4月に始まりました。

「震災がきっかけなの?」と何人かに尋ねられて、私は口ごもっていました。
自分のなかで、はっきりとしたかたちで、「震災があったから→草の根ささえあいプロジェクトに関わることに決めた」と意識したことはなくて。

そうではないけれども、「もう二度と社会的な活動に関わることはないだろう」と思っていた自分が、今こうなっているのは、心の奥底に影響を受けた(受け続けている)からだろうし、「社会状況が変わった」と思い知らされた、この肌感覚が、自閉症のことだけを考えているだけでは足りないと思わせたのかもしれません。でもその説明は、後付け的でしっくり来ません。単純化できない、もっと複雑な岐路を経ていることは、自分にしかわからないし、自分でもよくわからないというのが正直なところ。

津波や地震の映像を見るのが辛いです。
そういうものから目を背けようとする自分は冷たい人間だと思っていました。
時間がたって、震災のことをなるべく考えないようにしていることにも気がついていました。

明日3月11日から、なんでも相談電話「よりそいホットライン」(詳しくはこちら)がスタートします。
この相談事業については、私は関わらないと最初から言ってきました。その理由は「相談することが苦手だし。相談されることも苦手だから」。実際そのとおりなのですが、プロジェクトのメンバーと深く話をしているなかで、気がついたことがあります。
相談されることが苦手なのは、他人の感情にひきこまれすぎてしまう傾向があるからなのかも…。かなしみや怒りや苦しみに感応して、ひっぱられてしまう。これはそういう特性なのでしょう。

そのことに気がついた時、しんどいから関わらない、そんなことでいいのか、とジャッジしたくなる気持ちになりました。だけど、このいびつで乗りこなしづらい「自分」という乗り物で、なんとかこれまで生きてきたコツのようなものがあるのです。できること/できないこと。得意なこと/苦手なこと。言い訳ではなく。期待に応えられない場面ではごめんなさいするしかありません。

震災のことに真正面から向きあえないと、昨夜、親友に相談しました。彼は、仕事で何回も被災地に入って、私にもよくその体験を話してくれます。彼は言いました。

「被災地被災地っていうけどさー、自分は夏からだけど、どんどん良くなってるのがわかるんだよね。日本で一番エネルギー溢れるまち!だってPRしたいね」
「自分が知り合った友達を紹介したいよ。あたたかくなったら遊びに行こう! 遊びに行って、いいところいっぱい見て美味しい物いっぱい食べて、名古屋帰ってきていいところだよって言うのが一番の支援だと思うなあー」

なんにもしていないくせに、くよくよと悩んでいる私を励ましてくれたんだと思います。
でも、「被災地っていう言い方もどうかなと思う。=かわいそう、じゃなくて、=いいとこだっていうのも、実際そうだからね」という彼の言葉には説得されました。

3月11日の過ごし方をどうしようか、と考えました。
何かをしていたいと思いました。

昨年中止になった、マラソンを見に行くのもいいかもしれない(今まで一度も行ったことないけど)。
電話相談がスタートする事務所には行きたいと思っている。

そして、誰かのお話を聴きたいと思いました。明日、人前で話をするときに、震災のことに触れないわけにはいかないと思います。私は、前々から一度お話を聴きたいと思っていたかたのお話を聴きに行こうと決めました。

心がドリフトするまま、長々と書いてしまいました。感傷的で恥ずかしい文章になっていると思います。仕方がありません。感傷的になっているから。
あの日を前に、今の思いを記録しておきます。いつか忘れてしまう前に。

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

【おすすめ】おはよう東海:2011年9月30日特集

昨日の記事でも告知をしましたが、

こうままブログ経由で、「おはよう東海」番組紹介ページを発見。

・NHK名古屋放送局|番組ガイド|おはよう東海
http://www.nhk.or.jp/nagoya/ohayo/
“見えない障害”災害時の課題

東日本大震災の被災地で、自閉症の子どもや認知症のお年寄りなど、障害や機能低下が外見から「見えない」要援護者が、避難所などで周囲から適切な配慮を受けられず、避難所にいられなくなった事例が相次いでいたことが今問題となっています。
そうした「見えない」要援護者の避難生活の問題点や、彼らが安心して避難生活を送れるようにするためにできることは何か、震災後、被災した障害者の支援にあたってきた専門家に聞きます。
ゲスト:NPO法人ふわり理事長 戸枝陽基さん

実は、「『大震災 自閉っこ家族のサバイバル』あれは素晴らしい本です」と背中を押してくれたのは、戸枝さんでした。NHKで放映されるようだ、ということもその時に聞いていました。

これですね。

明日9月30日(金)7時45分から6分間ほど放映です。
カイパパは、録画予約済みです!

高橋みかわさんからの紹介記事はこちら。

・おはよう東海|みかわの徒然日記
http://ameblo.jp/kiramama42/entry-11032441449.html

取材の様子のレポートがこちら。

・NHK名古屋取材|みかわの徒然日記
http://ameblo.jp/kiramama42/entry-10995625068.html

みかわさんの紹介を読むと、NHK名古屋は非常に丁寧に取材をされたようですね。
放映が楽しみです!

【おすすめ】大震災 自閉っこ家族のサバイバル

大震災 自閉っこ家族のサバイバル
大震災 自閉っこ家族のサバイバル
クチコミを見る

読みました。

手元に持ってはいたのですが、なかなか開くことができず置いていました。

ところが、ここ数日のうちに、2人の方(親の立場ではない)から
「大地震の本読みましたか? あれは素晴らしいです」と声をかけられ
「自分は、震災の凄まじさをこの本でようやく知りました」
「これは、自閉症の関係者だけが読むのはもったいないですね」とまで言われ、
読まねば!と決心しました。おおげさですが、震災の、しかも自閉っこ家族の実話を読むことは、私にとっては勇気のいることでした。

ちょうど、おかざき福祉まつりに行こうと決め、こうままさんたちのブースでは『大震災 自閉っこ家族のサバイバル』のチラシを置いて宣伝をすると言っています。よしっ、これはめぐりあわせだ。行き帰りの道中に読むのだ!

本の構成は、
前半の2章は、仙台市内で被災した高橋みかわさんにフォーカスしています。
「第1章 ライフラインのとまった街で」は、みかわさん家族のサバイバルについて。
「第2章 ブログとメールでつながりあった」は、みかわさんが震災後に発信を続け仲間たちを支えた「みかわ屋通信」について。

みかわさんの論理的な支援の組み立てなおし方(トイレ、お風呂がダメ。こだわりのある子が混乱しないようにするには、、、とすぐに代替案を具体的に準備する)は、驚異でした。

高橋みかわさんは、実は『重い自閉症のサポートブック』の著者です。「模倣をしない/できない」自閉症の子どもの子育てに長年取り組んできて、誰よりも、本人の特性を観察し毎日支援を組み立て続けてきたからこそ、緊急時でも対応ができたのですね。

そして、自分や家族のことだけではなく、周りのひとたちに対しても惜しみなく注ぐ「情け」(ここはあえて「情け」という言葉を使いたい)の豊かさ。
こういう人が強くて、本当の優しさをもつ人なんだなと。本から伝わってくるものがありました。
電車で読んでいて、なんども熱いものがこみ上げてきて、ぐっと奥歯をかみしめて耐えました。(たぶん前に座っていた女子高生はこわかったかも…)

後半は、石巻編。

4つの家族の話が語られます。被害が甚大だった石巻では、まず1日1日を乗り切ることで必死です。
情報が不足していて、広範囲で未曾有の被害が起きていることを知らない状態で、何が起こったのかわからなくても、自閉の子を見つけ出し、引き取って、家族で(母親が)なんとかサバイバルする。

みかわさんが書いています。
有事の時、お父さんは社会というコミュニティーに取られる。でも、そうだからこそ社会の機能が回復し、まわり始め、日常に向かって動きだす。
……わかってはいるけれど、あらためてその現実を突き付けられた。
子ども、家庭のことは、お母さんがどんと引き受けるしかない現実……

父親として、考えなくてはいけません。

「第4章 地域の避難所で」は、地域の避難所で過ごした自閉っこ家族が語られます。

ここで、最初は体育館で避難をしているのですが、そこにはいられなくなり、美術室などの教室に移動をさせてもらうのですね。この対応がしてもらえたから、避難所で長期間生活をすることができたのではないでしょうか。

体育館で大勢の人に囲まれて過ごすカオスの状況では、自閉症の人は追い詰められて、パニック、自傷、他害の危険性が非常に高くなります。周りの人にも強いストレスを与え、お互いにとってまずい状況になる。このスペシャルニーズに対して、教室を開放してくれたことが、避難所生活を可能にしたのだと思いました。

私たちは、カイが避難所で暮らせるとは思っていません。自宅でなんとか暮らそうとするでしょう。自宅がダメな場合は、、、被災していない地域に避難をするしかないと考えていますが、移動の手段がない場合には、数日間から数週間は避難所で過ごすことになります。教室に分けて入れてもらえたなら……なんとかなるかもしれません。

そんなことを考えながら読み進むと、石巻支援学校のお話が最後に出てきました。(よく考えられた構成)

「学校は地域のものだから、地域が必要としているときは地域に返す」という校長先生の方針に感銘を受けました。この基本方針が揺るがなかったから、腰の座った支援が実行されたのだと思います。

そして、あとがき。このコンパクトなまとめが、また素晴らしい。立ち読みでもいいから、この「おわりに」の5ページを読んでいただきたい。ぼくは、人が生き抜く力を感じました。
全文引用したいぐらいすごい文章なのですが、一番好きな部分だけ紹介。
●自閉っこが持っている『生きる力』

非常事態を察知して誰に言われるのでもなく自分からやり遂げています。
まさに究極の自己調整、適応力を発揮しています。

これこそが、彼らが本来持っている『生きる力』なのではないでしょうか。
では、そんな立派な力を持っているなら、何があっても大丈夫でしょうか。
いいえ、それは違うような気がします。
あのとき、自閉っこはとても辛かった。でも、そうするしかなかった……
できるなら、平和な環境で、自閉っこの持っている『生きる力』を
発揮できるようにしてあげたい……心の底からそう思います。

なんて言うんだろう。

人生は困難の連続ではあっても、泥沼のなかからでも、何かをひろいあげることができる。
そして、見つけた何かは、明日につながる可能性。
でも、その何かを磨いて、よく観て、真価を見抜く力が要る。
その力は、「信じること」なんじゃないかな。

本当に貴重な本です。まだのかたは、ぜひ。



<告知!>
NHK名古屋で、2011年9月30日「おはよう東海」で、朝7時45分頃から6分間くらい、東海大地震が来た場合の備えについての特集(だと思う)で、自閉症の子をもつご家族と高橋みかわさんが登場します。
「おはよう東海」が見られるかたは、ぜひチェックを!

I love you & I need you ふくしま

1301201170_180「I love you & I need you ふくしま」猪苗代湖ズを今日初めて観ました。

私の妻はルーツが福島です。親戚も福島に住んでいます。このビデオ(YouTube) を観て、泣けてきました。

全都道府県からそれぞれ出身の47人が出演しています。「この人が出てる! 〇〇県出身なんだ!」なんて思いながら鑑賞できます。

猪苗代湖ズの『I love you & I need you ふくしま』を、47人で唄いました。
それぞれの故郷を持つ僕たちも、心から応援しています。

この楽曲は、『TOKYO FM 携帯サイト』http://www.tfm.co.jpと、
PC用音楽ダウンロードサイト『OTOTOY』http://ototoy.jpで配信しています。

この収益の全額が福島県災害対策本部に寄付されます。
みなさんご協力お願い致します。

「ふくしまのために、もっともっと義援金を集めたいんだ。いいだろ?」を合い言葉に福島への支援にさらなる勢いをつけていく。ということで、いろいろなアーティストが参加したバージョンがあります。
私は、福山雅治さんが好きなので、「猪苗代湖ズに福山雅治さんが福島を応援しに来てくれたんだ。3月26日。井上鑑さんと。」を購入しました。

「I love you baby 浜通り♪ I need you baby 中通り♪ I want you baby 会津地方♪ ふくしまーがーーすきーー♪」

YouTube観て、もし気に入ってもらえたら、ご協力をよろしくお願いします。

・[ototoy] 特集: 東日本大震災救済支援〜今、何かできないか?〜
http://ototoy.jp/feature/index.php/2011032401

・サンボマスターによるライブバージョンもすごい(YouTube

おめでとう!九州新幹線全線開業CM☆カンヌ国際広告祭金賞受賞

3月15日に紹介した

・カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:祝!九州 祝!日本 3月12日九州新幹線全線開業
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52264164.html

「九州新幹線全線開業CM」が、カンヌ国際広告祭のアウトドア部門で金賞を受賞しました!

・Narinari.com:JR九州の“幻のCM”がカンヌで金賞、CM曲歌うマイア・ヒラサワも祝福。
http://www.narinari.com/Nd/20110615764.html
九州新幹線の全線開業を祝い、公募で集まった1万人以上の人たちが沿線から新幹線に手を振る映像には「元気をもらった」「今の日本に必要なCM!」など称賛の声が上がったが、このたび同CMがカンヌ国際広告祭のアウトドア部門で金賞、メディア部門で銀賞を受賞した。

なんだかすごいハッピーなきもちになりました。CMは放映されなかったけれど、世界で認められた。

これを記念して、2011年3月12日(土)、新大阪発06:00発のみずほ601号の車内放送をアップします。
そうです。九州新幹線みずほの「一番電車」です。
(この音声は、鉄ちゃん(「音鉄」なのかな?)の友人からもらいました。ありがとうSさん。ご出産おめでとう♪)

2011年3月12日(土)、新大阪発06:00発のみずほ601号の車内放送(WMAファイル)

車掌さん、一番電車で、とっても緊張しています。あの地震の翌日でしたしね。


そして今日も、東北新幹線−東海道新幹線−山陽新幹線−九州新幹線は、平常通り運行しています。
いつか九州新幹線に乗って、鹿児島まで行きたいです。

おめでとうございます!

(やばい。もう一度観てみたら、涙出てきた)

明日という言葉は、どうして明るいって書くんだろう?

「明日という言葉は、どうして明るいって書くんだろう?
 明るい日じゃなかったら、誰も明日を待たないからか…」
(スガシカオ:「サヨナラホームラン」 goo音楽歌詞

震災から1週間目に書いた自分の文を読み返しました。
疲れたね。長い一週間だったね。
これが、続くんだね。

これからは、美談よりも、利己的なギスギスしたイヤな話もいっぱい出てくるよね。

にんげんだもの。
余裕なくすと、ケモノが出てくるよね。

だから、余裕をもてる人は、持ち続けて、いさかいが始まったら「まあまあ」と言える状態でありたいね。余裕を分け与える行為を、たまにでいいから、したいよね。

なんか、自分は、元気を貯めとこうと思った。
寄付とか献血とかも、もう少し時間が経って、この危機が、日常化したときに、さりげなくしてやろう。

だって、長く長く続くんだもん。
最初の興奮だけじゃ長続きしないよね。

「惨めでかわいそうな被災者」と祭りあげては、「わがままで自己中心的な自称弱者」に貶めるなんてことがメディアは得意だけど、僕は、にんげんだもの、と初めから思っておこう。

無償で家かしてあげても、「なんだこんなオンボロ」と怒られるものだ、ぐらいにね。

住むところと仕事を無くして、家族まで失って、縁もゆかりも無い土地へ来て、「親切に感謝しろ」と周りから期待されてもね、、、

僕だったら、尊厳を保つことは難しい。
なんとかして、もといた町に帰ろうとするかもな。

それぐらいな想像力をもって、やっていきたい。

震災から2か月──
「明るい日」じゃなくても、明日をみんなで迎えよう。

「復興」を言うのは、早過ぎる?

震災から1か月が経ちました。

ブログやTwitter、Facebookなどで、膨大な思考や感情に触れてきました。日本中で、立場や意見は違えど、同じ時間を共有して、真剣に考えている。そう実感しました。それは、重苦しくもあり、感動的でもありました。

また、仕事において、非常に微力ではありますが、震災からの回復の小さな一端を担っているつもりでいます。

ある時「復興を言うのは、早過ぎる」という言葉に出会いました。どういうことなのだろう?と思いながら、深く考えず通りすぎていました。
実感として、この言葉の意味がわからなかった自分は、やはり被災地から遠くにいる人間なんだと思います。

今日、宮城県知事が復興基本方針の素案を発表したことを報道で知りました。

素案では、2020年までの10年間を復興期間としています。

・東日本大震災:宮城知事、都市「再構築」素案を議会に提示 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110412k0000m040101000c.html

基本方針は、

 2011〜13年度を被災者支援中心の「復旧期」
 2014〜17年度をインフラ整備の充実などを図る「再生期」
 2018〜20年度を今後の発展に向けた戦略的な取り組みを推進する「発展期」

と区分しているそうです。

私は、この区分を眺めて、ようやくモヤモヤの正体が見えてきました。

避難生活をしている──まずは、避難所から出ることが最優先──それが実現してから、生活の「復旧」が始まる。今の時点で、「復興」は、想像の先にある。

そうか、と。

「復興」は、たしかにあるべきゴールではありますが、道筋もなく、スローガン的に叫んでも、遠すぎて実感がわかず、逆に絶望を呼びおこしてしまうものなのかもしれません。

ゴールにいたるプロセスを示すことが、どれだけ大切か。

プロセスがわかれば、今自分がどの地点にいるのかが理解できます。
ゴールまでの距離と時間を推し量ることができます。

「救助」と同時に、プロセスを描く重要な仕事があり、それを、今、被災地にいるリーダーたちが同時並行で行っている。

描いたゴールとプロセスが住民の求めるものかどうかは、これから話し合い、創りあげていく。
たくさんの時間と力と希望を注いで。

宮城県で、今日という日に素案が発表されたのはもちろん偶然ではないでしょう。この日に間に合わせようと必死で考えられたのだと想像します。
その他の地域でも、きっと同様の議論が続けられていることでしょう。

自分は、この一ヶ月、被災地の現実も知らず、近視眼的に焦りばかりつのらせていたような気がします。
けれど、やるべき人が、やるべき役割を果たしているとわかりました。

ゴールまでの「地図」を描く。

近目で見ていると進んでいないようでも、じりじりと進んでいくようなこれからが待っています。

この努力に関わっていくことは誰にとっても財産になると思います。

ここまで書いてきて、素直に言えます。
「がんばろう」

自分らはいつまでも平穏に生きられるという思い上がり

すごく響いた、宇多田ヒカルさんのツイート。

2011/04/05 12:48:43
「経済まわすために遊べ!」と言われても気分は盛り上がらない。でも非被災者・非被災地だって、いつ何があるか分からないんだから、全てが「今しか出来ないこと」。周りの目を気にしての合同自粛や、自分らはいつまでも平穏に生きられるという思い上がりからの自粛は、誰のためにもならない。

詩人のつぶやきを解説する無粋を承知で、このことばが語っている真実を書き留めておきたい。

二つのことを語っている。

ひとつは、自粛からくる閉塞感──これは、多くの人が感じていて、言語化できているものだ。

もうひとつは、自粛とか言ってることの「思い上がり」──特権意識、を指摘している。
本当に安全だと思っているの? あなただけは決して災厄に遭うことはないの?

答えは、NOだ。
だれだって、どの地域だって、「絶対に安全」だなんて言えない。
不確実な大地の上に立ち、生きているのだから。

だとしたら、

今、この瞬間に、やりたいのに、自粛して見送ったことが、
もしかしたら、もう二度と一生やる機会なく、終わってしまうかもしれないんだ。

本当にそれでいいの?
そう問いかけられている。

僕が感じる、この「不自由さ」──

やりたいことをやってはいけない、と思っている。
やりたくないことをやらなくちゃ、と思っている。

どちらも、「自分らはいつまでも平穏に生きられるという思い上がり」の上に立ち、被災した仲間たちを憐れんでいると同じだ。

やりたいことはやろう。この一瞬は永遠にはつづかないんだ。
やりたくないことはやめておこう。心が自由でなくちゃ優しくなんかなれないよ。



この週末は名古屋城へ行こう。
家族で桜を見に行こう。

暗い夜空につぶやいた

昨夜は、久しぶりにTwitterにいってきました。
だれか相手してくれたらいいなあ〜と思いながら、

2011/04/05 21:21:04
震災と原発と。普段どおり仕事して生活してますが、以前とは何かがちがいますね。みなさんはどうですか?

とてもアバウトに、つぶやいてみました。

すると、9人ものかたが、応えてくれました。以下は、その仲間たちと話したことです。

2011/04/05 21:23:43
原発が壊れて放射能を制御できない。こんな事態が、日本でずーっと起き続けている。悪夢が現実化しているな、と。なのに、こんなに、一見冷静な感じが不可思議です。

2011/04/05 21:28:51
@numachinomajo そう。そんな感じ。原発こわい、地震来たらどうすんだ、みたいな話していた頃を思い出して。でもあの頃は、反対派も、ほんとには起きないと願ってたんだよね。こんな悪夢

2011/04/05 21:32:18
@YS_011 うちの子は、震災の意味がわからないので、繰り返しの日常を強固に守っています。だから、カイと一緒にいると一番安らぐ

2011/04/05 21:40:24
@eruinthesky そうなんです。無意識に、放射能の情報を見ないように避けている。こわいから。かなしいから。元気を吸い取られるから。

2011/04/05 21:46:37
@fleur8787 私は最近疲れがでてます。震災の翌日から、何を思ったのか、懸命に言葉を探し、普段どおりを心がけ、自分なりにがんばってたんだなと思います。あまり器用ではないんだな、と。

2011/04/05 21:50:12
@dainonhaha 不安なのに、パニックを起こすな、とか、風評被害がどう、とか、私は◯◯に感謝し応援します!なんて意思表示を強要されているように感じたり。原発事故の責任のイッタンは、これまで便利な生活を享受してきた全員にあるとか言われたり。ちがうだろーと。そう思うのに。

2011/04/05 21:53:33
@saru_tobi カイとは、話し合う、ということは難しいので、テレビなどで怖くなるようなシーンはなるべく見せないようにしていました。心配なことがおきても、必ずパパとママが迎えにいく、ということだけでも、しっかり信じてもらいたいなと思っています

2011/04/05 21:57:09
@kankan551 @eruinthesky 同じです。どう考えても、今起きていることは、将来に渡って重い様々なことをもたらすと思います。こわいから、目を背け、テレビで専門家が言う大丈夫という言葉を信じたいけど、東電の人の表情固まってるよね

2011/04/05 22:21:23
@eruinthesky 必死で収拾させようとしているのがわかります。そして、うまくいっていないのだな、と。最初、「格納容器は壊れていない」と発表した時は、よかったー!!と叫んだものでした。

2011/04/05 22:24:06
@kankan551 私が、最も嫌悪感をいだいたのは、「チェルノブイリの事故後に、増加したのは小児の甲状腺がんだけだった」、という専門家の説明でした。「だけ」って何?わかんないです。全然。

2011/04/05 22:40:42
日曜日がおわるまで、いちめんのなのはなになります。RT @h_rururirura: 「原発推進派のリーダーはいやです」 / いちめんなのはな http://htn.to/78RY4J

2011/04/05 22:43:45
@fleur8787 踏みとどまることも大事です。私たちには守るものがあるので。だけど、時々は素にもどって、ぐったり疲れた自分をメンテナンスしないといけませんね。疲れてます。元気がどんどんこぼれ落ちていくようで。

2011/04/05 22:51:50
みなさん、暗いつぶやきにつきあってくれてありがとう。おかげで、ちょこっと、回復できました。また明日から、生きていきます。おやすみなさい。


暗い夜空につぶやいた。
同じ不安を抱えていると教えてくれたり、励ましあえた。

Twitterは、無数の小舟がすごいスピードですれ違っていくみたい。
速すぎて、小舟に乗っている「ひと」の姿まで見えなかったりするけれど、
大量に流れ去っていくタイムラインの流れのなかで、僕に気づき、心に留めてくれる仲間がいる。

しみじみとうれしい夜でした。おかげでよく眠れました!

昨夜の私のツイートの全文はこちらで読めます

ブログ書きとして

「定まらない思い、通奏低音と祈り」に、ピッタンさんがコメントをくれました。もう一度記事のかたちで返させてくださいね。

>私のコメントで カイパパさんの苦しい真情を吐露させるような結果になってしまい本当に申し訳ありませんでした。

ピッタンさんへ

そんな、あやまらないでください!
私はむしろ感謝しているのです。ピッタンさんがコメントをくれたことに。
そのコメントをきっかけに、自分の深いところに降りていくことができました。

ピッタンさんのお名前を出して記事にしたので、ショックを与えてしまったかもしれませんが、「ピッタンさんへ」と書き語りかけることで、自分は、初めてあの記事が書けたのです。

だから、感謝しているんです。

「「西日本からできること」をめぐって」の記事もそうですが、一定の間隔で、真情を吐き出しておくことが私にとっても必要なことなのだと思いました。

「瀉血」のようなものだと思います。

このブログでの、私は自由です。
何を書いてもいいと思っています。

何を書いていても、この7年間の積み重ねと、訪問してくださる方との信頼関係があれば、伝わる。
サクラの写真ひとつでも、込めた思いが伝わる。
時には、書かないことが、それはそれでメッセージになる。

カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルは、「勇気と知恵を与え合う」ことがコンセプトです。
だけど、昔から、楽しさやよろこび、ばかりを書いてきたのではなかった。
かなしみや痛みや不安、時には怒りも、書いてきました。

時には、無敵状態にもなり、時には、ヤセガマンもし、時にはburst into tearな時もあり……

本当に、憂鬱なときは、憂鬱な記事は書けないものです。少し時間をおいて、最悪期を脱したときに初めて書ける。
だから、憂鬱な記事が出ているときは、「最悪期を脱した」んだなとわかる。

最初このブログを始めたときは、「ただの父親」を自認していました。途中、なんだかえらいことに関わって自己評価がインフレしていた頃もあり、その後ブログからは一時引退し、再開して今があります。

再開して、3か月。続けていく自信を持ち始めた頃に、震災がありました。

偶然とはいえ、「今、自分が発信できる状態でいること」には意味があると思いました。
もし、ブログ再開前だったら、もう二度と発信できなくなっていたかもしれません。

今は、自分のことを、「一介のブログ書き」だと呼ぶのがしっくりきます。

通奏低音を響かせながら、日々記事を引き続き書いていこうと思っています。

ピッタンさん、元気をなくしているのはみんな同じです。ほっておくと、どんどん元気ゲージが目減りしていきます。
だから、仲間と愚痴や弱音をシェアしたり、光を見つけて前を向いてみたり、いろいろやっていきましょうね。

長くなりました。またまた、記事の形で返してしまいました。ありがとうございます。

定まらない思い、通奏低音と祈り

ピッタンさんへのコメントを書いていて、途中から「これは記事であげておきたい」と思ったので、書きます。

>ピッタンさんへ

訪問ありがとうございます。

私は、何をしていいのか迷いながら、ほぼ毎日書き続けてきました。

定まらない思いで、時間もかけられず、つらつらと書いているだけです。

もっと書きたいことがあるのだけれど、エネルギーが足りなくて、あきらめているような…。

ただ、毎日記事を書くことで、訪問してくださる方々とどこかで思いがつながっていると思えることが自分には大事で。

その思いというのは、痛みだったり、かなしみだったり、不安だったり、憤りだったり──こんな感情が──直接は書かなくても、関係の無いことをつづっていても、通奏低音として記事には流れていると思うのです。少なくとも、自分には、わかる。

何を感じ、何をしたか、日常を綴りながら、記録として残っていきたいと思っています。

3月11日から3週間が経ちました。

気仙沼に行ってきた人が撮影した動画を今日見ました。
言葉が出ませんでした。
先日、職場のアルバイトさんの友人の中学生のお子さんが、気仙沼で亡くなったと聞いていました。どんな状況だったかも聞きました。何も、言えませんでした。たぶんアルバイトさんも、つらい思いを、誰かに吐き出さずにいられなかったのでしょう。黙って聞きました。

ビートたけしさんが「週刊ポスト2011年4月1日号」の中でこう言われています。
今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。

じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。

人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。

一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。

自分が無事でよかった。自分の大事な人が無事でよかった。そう思う気持ちがあります。
「亡くなったかたや、大事な人を亡くしたかたに対する想像力を」と言うだけなら易しいけれど、私には難しい。

悲しみの大きさに、圧倒されてしまうから。

今日このうたに出会いました。

HumbertHumbertの「喪に服すとき」です。 (YouTube動画
いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつか再び巡り会える日まで

もうじき日は落ちて
闇があたりを包むだろう
私は目を閉じて
心に鍵をおろす

いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつかふたたび巡り会える日まで

もうじき日は落ちて
闇が全てを隠すだろう
私は耳を塞ぎ
固く口を閉ざす

いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつか再び巡り会える日まで

今宵小さな火をたいて夜中灯し続けよう
貴方が迷わぬように
貴方が凍えぬように

おかしいかもしれませんが、

いつまでも眠ろう
何度でも生きよう
いつかふたたび巡り会える日まで

こう祈りたいです。

仙台から

今日、見慣れたロゴの、小さい封筒が届いていた。あれ?!

IMG_0311

NPOみやぎ発達障害サポートネット通信「すぽっと」だ!


被災地である仙台から、いつもより短いけれど、いつもどおり「すぽっと」を届けてくれた。

昨日の記事「西日本からできることをめぐって」を書いた直後に、みやぎ発達障害サポートネットの@sendai_autism さんとツイートのやりとりをしました。

2011/03/27 20:08:32
@kaipapa2shin 元気な人がいつも通りに元気に希望を与えてくださることも、被災している人には大きな支えになるものです。哀しみは誰もが持ち続けます。それも私たちの使命です。いろんな人がいる。それで良いじゃないですか?

2011/03/27 20:12:54
@sendai_autism ありがとう。大変な中なのに、激励してくださって。腹をすえて、命を使っていきます。

2011/03/27 20:38:18
@kaipapa2shin またまた…そんなに構えないで。ゆったりとまっすぐ信念を貫くカイパパさんが私は好きよ。カイパパさんの言葉の紡ぎは私たち親のそれぞれの「今」を支えてくださるものです。だから深呼吸して、ゆったりと…お願いね。

2011/03/27 21:16:11
@sendai_autism はい(*^^*)


もやもやしていた私のほうが、力づけられています。

今日の虹っ子広場ブログに、「すぽっと」発送のことがつづられていました。

・届くことを願って-虹っ子広場
http://blog.canpan.info/mddsnet/archive/2361
いつもどおりだったのは、25という日にちと、携わったスタッフメンバー。
いつもと違うのは、企画案を再編し、制作・発送の手段を探ったこと。
ひよこさんが奮闘しました。

今回は、A4紙サイズで発行させていただきました。
震災後という状況の中、ひよこさんがA4の色紙をゲット。&いつものように原稿集めとデータ化。
事務局での印刷、折り方作業。
そして郵便で発送いたしました。いつもより小さい封筒です。

いつもより小さい。
いつもより少ない。

だけど、いつもどおり、あたたかくて、強い「思い」を届けてくださいました。

そして、封筒には……

IMG_0313

ひとりじゃない!
 

どんな時でも、どんな状況でも、淡々と、できることをやっていく。続けていく。

勇気と知恵をいただきました☆ ありがとうございます!

「西日本からできること」をめぐって

昨日、講演会の後、二人になった時に、ジョーさんが「なんか気持ち悪いんだよね」と言った。

私が震災の二日後に書いた、「西日本からできること」の記事のことだった。

ジョーさんが話したこと。
自分もあの記事に「同感」とコメントをつけたんだけど。
あの後ずっと考えていて…記事の言わんとすることはわかる。わかるけど、早すぎないか?ということ。
被災していない地域が支えていかなければならないのはわかるけど、あれだけの被害が起きていて、たくさんの人が命が失われた。
経済のことは自分にはよくわからないけど、その時は、その事実を共に悼むことが日本的な「よさ」なんじゃないかと。
カイパパの記事は、すごく早かったよね。

「たしかにそのとおりだ」と私も話した。
あの記事を書いた時の心理状態を思い出しながら語った。

──あの時点では、絶望的な気持ちだった。
特に、東京がどれほどの被害なのか。
被災地を復興するための力が、日本に残されているのかどうか──

被災していない西日本がこれまで以上にがんばらないと大変なことになる……
と私なりに、気負った覚悟をして、書いた。

ジョーさんの「気持ち悪さ」の感想は、甘んじて受けたい。
自分自身も、あのタイミングで、あの記事を公にしたことがよかったのかどうか。
その後書き続けた記事が、あれでよかったのどうか。
迷いと葛藤は、ずっとある。

これは、この「気持ち悪さ」は、おそらく震災後もブログを書き続けている人たち(いや、もっと広く、ふだんどおりの活動をしている人たち)に共通していることなのかもしれない。
何も直接的にできない無力感と、今自分がやっていることが「こんなことしていていいのか?」という疑問。

鉄道の記事は、書けてよかったと思っている(震災の3日後)。あの時あの瞬間に、少しでも日常のよろこびを取り戻せたら、それは希望になると信じた。
同時に、一定期間「何も書かずに、悼む」こともできたのに、、、とも思う。

気負った悲壮感をもって、「日常」的な発信を続けた。
勇気と知恵を与え合うこのブログの目的にかなっていると思ったから。

震災の被害を、軽んじたり、忘れ去ったりは、していない。
自分の仕事を通してできること。このブログだからできること。それしかできない。
迷いと葛藤を抱えながら。



先月から、Tumblrを始めています。(参照:いまさらだけど『Tumblr』ってなに? - スクラップが便利なシンプルブログ
この頃は、震災関連のウェブのクリップが多くなっています(関係ないものもあります)。私が読んで参考になると思ったもののリンク集になっています。
私には、提供できない有益な情報が、少しは伝えられるかなと思い、お伝えします。
よかったら、のぞいてみてください。

・カイパパ通信Tumblr
http://kaipapa.tumblr.com/


最後に、震災後いちばん共感した記事を紹介して終りにします。

・ホームページを作る人のネタ帳:今回の東北地方太平洋沖地震で感じる様々な事
http://e0166.blog89.fc2.com/blog-entry-867.html
今回の地震は日本のみならず世界から多くの支援がある。そして多くの応援もある。遠く離れた人が「この地震は確かに日本で起きたが、被災地は地球だ。だから支援する」というツイートがあった。

同じだ。日本中の人が日本が被災地だとみんなが感じているから多くの人が支援している。

明日からは、再び「平常通り」にもどります。

角田みすずさん「災害時のメンタルヘルス(自分を落着かせる方法)」

今日は、心待ちにしていた講演会に行ってきます!

・【講演会】3月26日:角田みすずさん:「はたらく大人にするために」〜家庭で何を育てるか〜
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/52254878.html

crvmainさんの障碍を持った人の雇用ブログ経由で、角田さんの「災害時のメンタルヘルス(自分を落着かせる方法)」を読みました。
震災から派生する二次的な災害も起こっており、皆さま心配も大きいと思いますが、
まず、ご自身の安全を確かめ、自分を落ち着かせて下さい。
これは、援助者・世話をする立場の人にとって、一番大事なことといわれています。
ミラーニューロンというものがあって、「落ち着いている」神経は、「落ち着きをうつす」ということがわかってきています。
まず、自分が落ち着いていることが、周囲の人にとって役に立ちます。

具体的な、自分を落ち着かせる方法が書かれていますので、とても参考になりました。

飛行機で事故の際に、最初にやらなければならないことは、「自分の酸素マスク」を着用することです。
そうすれば、より多くの人を救う可能性が上がります。
「自分の酸素マスク」を着用しないで活動すると、みなが共倒れになってしまう危険があります。

とても大切なことですよね。

角田さんの、親・ジョブコーチ・臨床心理士という特性(そして優しい文体)を知り、ますますお話を聞くことが楽しみになってきました。

今日会場でカイパパを見かけたら、お気軽に声をかけてください^^!
(既に満員御礼のため、当日参加はできません。ごめんなさい)

「正常化の偏見」

今日学んだ知見をメモ──

正常化の偏見について

・文部科学省 原子力安全課 原子力安全ネットワーク>原子力防災基礎用語集>人間行動・心のケア>正常化の偏見
http://www.bousai.ne.jp/vis/bousai_kensyu/glossary/se04.html
異常事態が発生しても日常的なスキーマによる解釈をやめず、事態を楽観視して深刻に受けとめないことを、災害心理学の分野では「正常化の偏見」または、「日常化バイアス」(normalcy bias)と呼んでいる。

災害心理学という分野があり、そこでは「正常化の偏見」についても研究されていて、「原子力防災研修」などでは教えられている。

次の記事は、2006年に書かれたITのセキュリティ対策の記事です。

・「自分だけは大丈夫」,セキュリティ対策を妨げる「正常化の偏見」 - 記者の眼:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20060726/244325/
津波が来るのに避難しない?

 片田氏は,一刻を争う災害時の避難に関しても,正常化の偏見が見られることを,以前実施した調査研究を引き合いに解説してくれた。2003年,ある沿岸地域で震度5強の大きな地震が観測された。同地域は,過去に何回か津波によって犠牲者を出している,いわゆる「津波常襲地域」である。実際には地震による津波は発生しなかったものの,過去の経験に基づけば,住民は大きな地震から津波の襲来を想起し,避難することが予想される地域である。

 そこで,片田氏が2003年の地震発生時におけるその地域の避難状況を調べてみたところ,興味深い結果が得られた。3000名を超える住民への調査では,確かに87.1%の住民が,地震発生時に津波の襲来を思い浮かべたという。そして,全体の25.4%が「津波が来ると思った」,38.4%が「来る可能性は高いと思った」と回答した。回答者の過半数は,津波の襲来を予想していたのだ。津波常襲地域だけのことはある。

 だが,津波を警戒して実際に避難したと答えた住民は,わずか1.7%に過ぎなかったという。1.7%である。ほとんど避難しなかったといってもよいだろう。その行動の裏付けとなったのは,正常化の偏見であるという。「津波によって身に危険が及ぶと思ったかどうか」の問いに,「危険は及ばないと思った」との回答が24.1%,「危険が及ぶ可能性は低いと思った」が25.5%で,およそ半数は「自分は大丈夫」と思ったようだ。
(とてもよい記事ですので、全文もぜひ)

「正常化の偏見」または「日常化バイアス」は、自分のこれまでの経験に即して考えてみても、ものすごく思い当たります。

異常事態を異常事態ととらえる感性が麻痺して、働かないような…。

異常事態を認めることが、恐ろしいからでしょうか?
日常の出来事ととらえて「やりすごそう」としてしまうようです。

そうすると、実際の異常事態に対する初動が遅れてしまいますし、取り返しのつかないロスを生むことになります。

私が以前書いた記事「全ては日常になっていく」 では、強い「日常の復元力」のことを書きました。

文脈は真逆ですが、異常事態をも「日常化」してとらえてしまう精神構造を、人は持っていて、
そのことが、危険を「危険」としてとらえる感性を麻痺させてしまうことを自覚しておかなければならないと思いました。



正常化の偏見の話ではありませんが、関連で紹介。
この本の紹介記事は衝撃的でした。一読の価値ありです。

・吉村昭『三陸海岸大津波』 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/03/post-1409.html
三陸海岸は昔から何度も大津波に襲われている。記録にあるだけでも、西暦869年から2011年までで21回に及ぶ。1千年以上にわたっておよそ50年おきに被害をこうむってきたことになる。本書では作家 吉村昭が、直近の明治29年、昭和8年、昭和35年の大津波について、綿密な取材をもとに、その全容を綴ったドキュメンタリ作品。初版は昭和45年6月。

はてしない物語

テレビもネットも新聞も、つらくて見ていられないときは、
物語を読むといいと思う。

地震が起こるずっと昔に書かれた物語を本棚から取り出してみる。

僕は、『はてしない物語』を読んでいたよ。
映画「ネバーエンディングストーリー」の原作(「りまーる」とつぶやいておく)。

「旅」のことを考えていて、無性に読みたくなった。
最初に読んだのは、中学生か高校生の時。あの時には、ただのファンタジーとして読んでいた。
今読むと、暗示と寓意に満ちた物語に驚く。

ファンタージェン国は、「虚無」によって蝕まれている。
「虚無」にのみこまれると、「そこにあった」はずのものが消えて無くなる。
そしてその先にはもう何もなかった。なんにもなかった。はげ山でもなければ、暗くなっているのでもなく、ぱあっと明るいのでもない。それは、目が耐えられなくなる何か、視覚がなくなったのかと思わせる何かだった。目というものは、まったき無を見つづけていられるものではない。

そして、「虚無」に自ら飛び込んでいく者たち──
不気味な恍惚状態でかれらがじっと見つめているもの──、アトレーユもそちらに目を向け、そして、見た。原っぱの向こうに、虚無が広がっているのを。

虚無は目の前全部を斜めに区切って大きくすっぽりと包みこみ、ゆっくりと、しかし一瞬も止まることなく、じりじりと近づいてきていた。

原っぱの妖怪たちがぴくぴく動き始めたのに、アトレーユは気がついた。…一陣の風にあおられた枯葉さながら、全員が一斉に虚無に向かって走りだした。そして、つっこみ転がり込みとびこみして、あっというまに吸いこまれていった。

妖怪の群れの最後の一人が音も立てず跡かたもなく消えうせたと思った瞬間だった。アトレーユは自分の体が少しずつ、ぐいっぐいっと虚無に向かって動きはじめたのに気がつき、愕然とした。虚無の中にとびこんでしまいたいという欲求が圧倒的な強さで襲いかかってきたのだ。

虚無とはなんだろう? 物語では、ファンタージェン世界での一応の謎解きが与えられる。その解じたいも、滋味深く、物語の醍醐味に満ちたものだが、語られていない、深いところに思いを馳せてしまう。

僕が実感として「知っている気がする」、「虚無」とはなんだろうか。あなたにはわかるかもしれない。

アトレーユは、「気力をふるいおこし、歯をくいしばってふんばった」。
そして、ゆっくりと、じつにゆっくりとながら向きをかえ、眼に見えない強い水の流れに逆らって進むように一歩一歩を前に押しだし、ようやくそこから離れることができた。吸引力が弱まった。アトレーユは力のかぎり走って、でこぼこの石道にもどった。霧の中で、滑って転んでははねおきながら、その道がどこへ通じるのか考えることもせず、走りに走った。

目というものは、まったき無を見つづけていられるものではない。
虚無の中にとびこんでしまいたいという欲求は、どこからやってくるのか。
その時に、気力をふるいおこし、歯をくいしばってふんばることができるか?

いや、こども向けの物語なんですけどね。おおげさに、深読みして語りすぎるのもどうかとおもうんですが。
地震が起こる前から読みだして、今日読み終わって、書いておきたかったので。

はてしない物語
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電気に罪はないが

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どうやってつくるかは選びたい


ゼネコンから

昨日、義理の弟と久しぶりに話をした。

彼は、ゼネコンにつとめていて、今は三重の現場で働く。
地震の話になって。

・発電機は全部持って行かれた。
・機械用の燃料が少なくなってきている。
・四国から運ばれてくる資材が、船が「徴収」されて、遅れることになった。
・東京の本社の担当者は、片道3時間をかけて出勤している。
・近々「派遣隊」が結成されるだろう。あれはキツイんですよね…

などなど。

大変だね、と私が言うと、淡々とひとこと──

「しゃぁないですよ。壊れたものは、直さないと」



NHK広報局(番宣・広報/ユルいです)に拍手

今日は、@NHK_PR(NHK広報局のTwitterアカウント)に拍手したい。



2011/03/17 12:31:37
ご意見は承りますが、必要以上の自粛ムードは経済を低下させ、結果的には復興支援に悪い影響を与えると考えております。元気な人は元気に暮らすべきです。 RT @(削除): @NHK_PR 広報用といえども、節度をもって。最近ちょっと緩すぎです。アンフォローすればいいという問題では無い

2011/03/17 14:00:05
@satokococo 責任と覚悟をもってツイートしています(辞表の用意も含めて)。被災地にいない人からどんなことを言われようとも構いません。被災地された方たちからの「ホッとした」「久しぶりに笑った」という僅かな声を、何よりも大切に守りたいと思っています。

2011/03/17 18:01:38
被災されている方も支援にあたっている方も疲労がたまり、お辛い状態になっていることと存じます。いまも孤立状態にある方も大勢います。でも、必要以上の自粛ムードは経済を低下させ、結果的には復興支援に悪い影響を与えると思います。元気なひとは元気に暮らしましょう。難しいことですが、笑顔で!

2011/03/17 18:02:52
@qdaworld いえ、番宣が主な仕事でもないのです。何といいますか、みなさんと仲良しになるのがこのアカウントの主な役割なのです。

2011/03/17 13:21:28
@kanican2010 これまで1年以上、毎日のように「NHKらしくない」といったお叱りを受け続けて来ておりますので、大丈夫です。こう見えても、けっこう強いんですよ(*´∀`)。



責任と影響力を自覚しながら──信じた行動を貫く覚悟。

ゆるカッコイイです、@NHK_PR

「仲良し」になりたい!( *´∀`)/\( ´∀`*)

元気に生きて、現金を生かす!

今日は、おかん@dainonhahaさんのこのツイートを見て、元気でた。


2011/03/15 23:00:23
元気に生きて、現金を生かす!コレに限るんじゃないかなー、被災してない人は。」


@dainonhanaさんは、神戸在住。震災の経験者です。
いま聴く、震災経験者の体験談は、希望のあかりだと思う。


祝!九州 祝!日本 3月12日九州新幹線全線開業

kidou0312

もうご覧になりましたか?

祝!九州 九州新幹線全線開業CM180秒 (YouTube 動画)

3月12日に九州新幹線が全線開業しました。

こんなにハッピーで、「祝!」に満ちた映像が、どうして作れたんでしょう?
この映像を、毎日見ている名古屋市民は思いました。

・祝!九州ウェーブについて
http://www.shuku9.com/outline.html
2011年3月12日。九州新幹線がいよいよ全線開業いたします。
この九州をひとつにする新幹線の誕生に合わせて、九州のみなさんがひとつになる
イベント「祝!九州縦断ウェーブ」を開催します。

開業前の2月20日。CM撮影用のカメラを載せた特別な新幹線が、鹿児島から熊本、そして博多へと走ります。
この特別な新幹線の運行に合わせて、九州新幹線の駅やその付近の会場に集まっていただいた方々による祝賀ウェーブや手を振る姿を列車の中から撮影し、開業時に、「祝!九州」CMとして放送します。

みなさん、ひとり、ひとりが、CMの主人公です。

こんなに、九州のみなさんが待ち望んでいたんですね!

今は、新大阪から鹿児島まで直通で行けるようになりました。
青森から鹿児島まで、約2千キロが新幹線で結ばれたんです!

記念式典もなく、このCMの放映も中止となってしまったようですが、
YouTubeで、こうして全世界から見ることができます。

そして今日も、東海道新幹線−山陽新幹線−九州新幹線は、平常通り運行しています

ここが、すべて「平常通り運行」となる日を願いながら、心から祝いたいと思います。


九州はひとつ。日本はひとつ。


おめでとうございます!九州!
おめでとうございます!日本!


【おすすめ】

たくさんの笑顔。元気がもらえます。
・祝!九州祝!九州縦断ウェーブ:2月20日の写真アップしました!
http://www.shuku9.com/news_detail/42.html

KBC、RKB、FBSのニュース映像。15分間と長いですが、時間のある方はぜひ。
・九州新幹線全線開業記念『祝!九州縦断ウェーブ』 (YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=0W-DELFawCU&feature=fvwkrel

リニア・鉄道館 本日オープン!

JR東海の鉄道博物館、リニア・鉄道館が、本日オープンします。

・リニア・鉄道館
http://museum.jr-central.co.jp/
リニア・鉄道館にあるもの。それは、時代を駆け抜けたホンモノだけが持つ迫力、存在感を放つ「鉄道の勇姿」と、技術やデザイン、歴史的意義、産業的価値、情景といった「鉄道の横顔」です。

鉄道好きのお子さんも多いと思います。待ちに待ったオープンですね。

内覧会に参加する機会をいただきました。写真アルバムをシェアします。
(今は行くことが難しいかたにも、雰囲気だけでも味わってもらえたらうれしいです。)

・リニア・鉄道館 frickr! 写真アルバム
http://www.flickr.com/photos/kaipapa/sets/72157626130327913/


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料金は、大人1,000円、小中高生500円、3歳以上の幼児200円です。
障害者手帳をお持ちの方は、本人・付き添い1名ともに、大人500円、高校生以下200円です。


開館時間は、10時から17時30分まで。休館日は毎週火曜日です(3月15日は特別開館)。
名古屋駅から、あおなみ線で、「金城ふ頭駅」まで行きます。金城ふ頭駅から、すぐです。

館内は大変広いので、休憩をしながら、ゆっくりと眺めて回るといいですね。
休憩用の椅子が、昔の新幹線グリーン車の座席だったりして、楽しいですよ。

鉄道好き0%のカイパパがビビッときたのは──

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0系新幹線の洗面所! なつかしいよね! ね!


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子どもの頃に乗っていた中央線の電車。ノスタルジー。


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何これ? 超かわいい。アッガイにそっくり。
モハ52形式電車といい、1937年に製造された電車だそうです。
流線型デザインから「流電」の愛称で親しまれていたんだって!




そして──

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リニア


リニア計画は、予定より遅れることになるかもしれません。ですが、いつの日か実現することを信じています。
がんばろう日本。



皆様へ

茨城県にいる両親、福島県の親戚と電話で話すことができました。ひとまず安心できました。
ご心配をしていただいた皆様、ありがとうございました。

未だ連絡がつかない方々のご無事を、心から祈っています。
また、失われた尊い命のすべてに、ご冥福をお祈りします。

そして、被害の少なかった地域の人たちは、
「なにをしたらいいですか?」と手を差しのべてます。
それが光であり、それが希望なのだと思うのです。
目をそっちに向けよう。
そこから、じぶんのできることを探そう。
闇の深さではなく、光の明るさを数えようと思います。
お見舞いの気持ちと、哀悼の気持ちを持ちながら、
光の見える方向で、できることはあります。

「ほぼ日刊イトイ新聞」:今日のダーリン(2011年3月13日)から引用

このブログは、「平常通り」発信を続けていきます。
光の見える方向へ。

西日本からできること

名古屋国際女子マラソンが中止になりました。

やれたらいい、と思っていました。
走ることが、励ましや希望を与えてくれると思うから。
また、「平常どおり開催」と聞くと、「大丈夫なんだな」と安心できる効果がある気がします。

主催者も悩んだ末の決断でしょう。警察が被災地応援のため余裕がないなど、十分な警備体制が取れないといった事情もあるのでしょう。

テレビから流れる状況に、釘づけされ、動けなくなります。

相変わらず、被災地にいる両親との連絡はつながりません。無事は確か。でも今どうしているか不通でわかりません。

かなしみと恐怖の感情にどんどん満たされて、溺れてしまいそうです。

しかし、西日本からがんばらなくちゃと思うのです。

「こんなことしていていいのか?」と自粛したくなります。でも、映画やカラオケや居酒屋や結婚式やコンサートやイベントやファッションで生計を立てている人たちもたくさんいます。

私たちまで、自粛してしまったら、経済が止まってしまう。

「通常どおりの生活」プラス「被災者のためにできること」をしていきたい。

名古屋からです

私も、被災地に両親と親戚がいます。

今朝早朝にやっと連絡がとれました。
ライフラインが全部止まっていて、復旧の見込みがわからないとのこと。

心配で不安です。

が、自分にできることは、業務に精励すること。

被災されているかたのためにも、経済活動を止めてはいけない。

今から出勤します。

@yurii0509: 心理士としてツイート。
災害が起こったとき「もっと大変な人達がいるのに自分は情けない」「何も出来なかった」と思うことからPTSDになる人がとっても多い。
そんなことない、みんな怖いし、無力。悲しんだりショックを受けて当然なのです。どうぞ、自分を責めないで、自分に優しく。


このブログのコメント欄を、メッセージボードに使ってもらってかまいません。
どの手段が活きていて、使えるのかわからないから。
使えるものは全部利用してください。

いってきます。
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