カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

〜自閉症から広がる、チャレンジに満ちた新しい世界!〜

貧困

穴を見つける会:湯浅誠さんにお会いしました

穴を見つける会に行ってきました。 
反貧困―「すべり台社会」からの脱出』の著者、湯浅誠さんが今回参加してくださいました。

湯浅さんのインタビュー記事おすすめです。

・Business Media 誠:湯浅誠:批判されても、批判されても……貧困ビジネスに立ち向かう理由
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1005/28/news004.html

直接お話ができて、とっても刺激を受けました。スゴい会でした。

この会に向けて、勉強できたことも自分にとって意味がありました。

主催者のWさんとIさんはじめ参加者のみなさん、本当にありがとうございました。
まずは疲れを癒して、頭を整理してから、これからのことも考えていきたいですね。
貴重なご縁、これからもどうぞよろしくお願いします。

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湯浅さんに、カイパパ本『ぼくらの発達障害者支援法』をプレゼントしました♪

明日、穴を見つける会 2nd

明日あさってと、「穴を見つける会」の第2回が半田市であります。

前回は、あいまいな問題意識で参加して、もやもやしながら帰ってきたのですが、今回は、

「穴ができた」「穴にハマるようになった」背景をとらえたい

という問題意識で臨みます。

会の主催者であるWさんとIさんとも事前に打ち合わせができました。
カイパパは、マクロからのアプローチに挑戦する「マクロ班(別名:大風呂敷班)」を試みたいと思っています。

ひさしぶりに、たくさん勉強をしました。思ったほど、読みきれませんでしたが、「見通し」はよくなりました。
あとは、みなさんの脳みそと混ぜあわせてシャッフルシャッフル♪

もう少し勉強して、明日に臨みます。(あ、準備が先か)

「これは人災だ」という感覚

脱「貧困」への政治 (岩波ブックレット)
脱「貧困」への政治 (岩波ブックレット)

穴を見つける会に参加してから、貧困をテーマにした本を固め読みしています。
この本は、岩波ブックレットなので、非常に薄くて、内容もシンポジウムの記録なのでとても読みやすかったです。
自分が、ぼんやりと感じていたことに、鋭い光が当てられたような感覚を覚えました。

貧困のことを論じるのは勉強中で、まだ荷が重いのですが、山口二郎さんのこの言葉が心に残りました。

・「プレカリアートの乱? 21世紀日本の若者と貧困 パネルディスカッション」:『脱「貧困」への政治』P.43
「これは人災だ」という感覚

先程の議論にも出てきた派遣切りですが、なぜいまごろ騒ぐのでしょうか。そもそも派遣労働の拡大とか労働の規制緩和というのは、不景気の時に簡単にクビを切れるようにするためにやった。だから、いまこそ労働の規制緩和は完結したのです。「成果」が上がっているわけですよ。

私は派遣切りで騒いでいるテレビや新聞などメディアの人に言いたい。経済財政諮問会議や規制改革会議で、例外なき規制緩和の旗を振ったやつを連れてきて「この状況をどう思うんだ」って聞いて欲しい、と。竹中平蔵や宮内義彦、八代尚宏などは「これこそおれたちが目指していた社会なんだ」と言えるのか。

ともかく、これは絶対に人災です。だからまず、「これは人災だ」という感覚を持って世の中を見なければいけない。そこから始めなければいけないと思います。

社会は常に変化し続けています。
変わっていっている実感は誰しもあると思います。

が、その変化が「何」?なのかを言語化することはとても難しい。
ましてやその変化の「原因」を特定(とまではいかなくても仮定)することはさらに難しい。
しかも、それが、災害や事故のようなものではなく、数年という時間をかけて「結果」の現れてくるものだとすると、「原因」を探ろうとする思考回路が全く働かなくなってしまう…。

「時代の変化」だと、ただ受け容れ、流されていく──これは、「子どもの思考」なんでしょうね。
子どもでいる間は、無力で、「変えられるもの」がほとんどない。だから、与えられた状況のなかでやっていくしかない。子どもは、その思考に適応して、生活をしている。

大人になるということは、「変えられるもの」と「変えられないもの」を区別して、自分が決められることに取り組めるようになることだと思います。

「社会」と呼ばれる大きなものでも、制度の変更によって、変えられる。
変えられるものだから、「選択」によって、成功も失敗も起こり得る。
「選択」は自然に起きるものではない。「誰か」が、選択をしているんだ。

原因は何か? 誰がやったのか? 何を意図していたのか? を振り返って検証することは、怒りにかられ「血祭り」にあげる対象を探すためじゃない。

この検証の放棄は、「社会が変えられる」という大人の力と自覚の放棄につながる。
社会は複雑だから、単純なひとつの原因や主体に帰結できることは稀ですが、結果からたぐっていって、からみあった糸をほぐし、「これなんじゃないか?」を見つける試み。
見つけたと思う原因もまた「仮説」に過ぎないという自覚を持ちながら、オルタナティブな(別の)選択を選びなおして、社会の変化を起こす試み。

この繰り返しを、「意味がある」と信じてやり続ける。それが、大人なんだと思います。

「これは人災だ」という感覚と聞くと、他責的に響くかもしれませんが、
実は、それが「社会は、人によって変えられる」という大人の思考につながっていて──
子どもだったら、社会の変化を天災のようにとらえ、無力感で何もできないでしょうが、
もうそろそろ大人になりたいと思う今日この頃です。

穴を見つける会(7)〜穴が広がり続けたら

穴を見つける会の報告最終回です。
連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)、特に(6)からの続きになります。

このまま行くと、穴はどんどん拡がっていく気がします。
個人がどのような“贖罪意識”をもとうとも、大きな流れは変えられない。

東日本大震災の影響で、日本はどうなるか。

数字を見ていきましょう。

例えば、自動車の生産台数が前年比5割に落ちている。生産が半減すれば、それだけ仕事がなくなります。仕事がないということは、職がなくなることに直結します。これが一時的なもので、すぐに挽回できれば雇用維持は可能ですが。

自動車産業の就業人口は、製造部門だけで88万人。販売・整備部門と資材部門も合わせると200万人を超えます(資料:日本自動車工業会)。失業者数と比較するとそのボリュームがわかります。

2011年2月分の完全失業者数(出典:総務省「労働力調査」基本集計PDF)は、302万人です。
月末1週間に少しでも仕事をした人は就業者に分類するので、パート・アルバイトや派遣・契約社員といった非正規雇用者は完全失業者数には含まれません。(参考:統計局ホームページ/労働力調査に関するQ&A

2010年10〜12月期調査の、非正規の職員・従業員は、1,797万人です。(正規は、3,354万人)
(内数:パート・アルバイトは1,238万人。労働者派遣事業所の派遣社員は92万人。契約社員・嘱託は331万人。出典:総務省「労働力調査」詳細集計PDF

2011年1月分の生活保護の受給者数は、199万9千人です。(出典:厚生労働省:福祉行政報告例(平成23年1月分概数) ※表の総数が、種類別扶助の延べ数になっているので、複数の扶助を受けている人がダブルカウントされている。実人数は、この表Excelがわかりやすい)

・asahi.com(朝日新聞社):生活保護200万人に迫る 1952年度以来の水準
http://www.asahi.com/national/update/0405/TKY201104050264.html
増加が目立つのは現役世代だ。金融危機後の09年1月と比べると、「高齢者」「母子」などの世帯が1.2倍程度。これに対し、「その他」世帯は約1.9倍と突出する。「その他」の世帯は全体の2割弱を占め、職を失った現役世代が多く含まれる。

上記の数字は、全て震災前の時点のものです。
もしも、穴にいる人の割合が増えていったら一体どうなるのでしょうか?

『ふわふわ vol.35』(PDF)(2010年12月発行。特定非営利活動法人ふわり編集)に、戸枝さんの書いた文章があります。
この国は。消費税の増税とか、介護保険料上げとか、いろいろやることをやったとしても。もう、すでに借金まみれ、超少子高齢化が止まる訳でなし。放っておくと、たくさんの人がホームレス化して行く可能性があるだろう。

そんな状態では、発達障害の人が、新たに直接サービスの対象になるという展望よりは、今、直接サービスを利用して暮らしている障害者の中からも、その傘から漏れる人が出ると考える方が、リアルじゃないだろうか。

そうだとして、どうするのか。

だから。僕達はみんな。ホームレスの方を、今、どうするのかを考え行動しないといけないのだと思う。その具体的行動が、すべての人の将来のセフティーネットになるのだと思うから。

発達障害の、知的障害の福祉関係者が張り巡らしたセフティーネットの網目をすり抜けた人達から、ホームレスが生まれている事実に。とりわけ、僕達、障害福祉に携わる人間は、何らかの答えを見つけないとダメだ。

僕達が、手帳があるとか、ないとか。そういう次元で物事を考え、仕事をしているのでは。この国の社会保障は、もう、持ち堪えない。

この文章は、もちろん震災前に書かれているのですが、これから先を予見していると思います。
だから、戸枝さんは湯浅誠さんに会い、「穴にいる人」のことを考えようとした。

それでも、まだ震災前は、「気づいているひとだけが危機感を持っている」状態でした。

「穴にいる人を救う」とかいう次元ではなく、「穴の中で大勢が暮らす」時代が来るのかもしれない。
たとえば、失業率が10%を超えてきたら、価値観が変わってくる気がします。「失業の日常化」とでもいうのかな。

(6)で書いたような、「お客様は神様です」、「より少ない人数でより高いサービスを」の圧力を、ゆるめてはどうか? それは、私たち自身が職業人として、“お客様”としての要求レベルを下げるということです。意識だけではなく、制度的にも。

仕事を創りだす人を励ますこと、仕事を分け合うこと、アンペイドの社会参加を楽しむこと──そんな程度しか、今は思いつかないけど。

穴の中で、みんなで助けあって暮らし、時々はお祭りを楽しむような時代も、ありえるのかな? それでも、死んだり、殺し合ったりせず、しあわせに暮らせるあり方を考えたい。

──こんなことを、考えるにいたりました。

穴を見つける会の連載は、いったん終わりです。

ブログに書いてよかったです。
これから先、自分が考えて取り組んでいくヒントをたくさん見つけることができました。

自分は、震災をターニングポイントにして、この「閉塞感」から光の射す方向へよじのぼっていけたらいいと考えています。

みなさんの感じていらっしゃることを教えてもらえるとうれしいです。
長文におつきあいいただき、ありがとうございました。

穴を見つける会(6)〜カイパパの感想

4月23日に参加した「穴を見つける会」。一週間かけて、報告を書いてきました。(記事(1)(2)(3)(4)(5)

なぜこんなに長々と書き綴ってきたか。会の趣旨を理解せず、「戸枝さんと永田さんに会えるから行こう」と気軽に参加してみたのですが、ずいぶんともやもやと考えさせられたからです。

今記事を読み返してみて、ようやく昨日の(5)あたりで、会の目的が自分なりに見えてきました。
「自分には関係がない」と思えば、「あー楽しかった」で終わったと思いますが、そうはいかなくて、ぐじぐじと考えさせられました。

もやもやするのにはわけがある。今日はそのわけについて、自分の感想を書いて、考えてみます。

「穴にいる人」を書きだしてみようというのが、最初のワークでした。
私は、色々と考えて、「キラワレモノ」というキーワードで書きました。

この、挑発的なキーワードを出したのは、「愛される人」との対(つい)だと思ったからです。
私も含め、障害のある子を持つ親は、「この子は一生誰かの支援を受けて生きていく。だから、他人から愛される人に育てたい」と考えるでしょう。人生をサバイバルする戦略として…。
(「愛される人」=「他人に受け入れられ易い人でなければ生きづらい」ということ自体それでいいのか?その前提を無条件でよしとするのはどうか?という議論は別の機会に。)

しかし、個人の特性や環境によっては、「愛される」とは限らない。
むしろ、現実には、「キラワレモノ」になり、「それは自己責任だ」としてはじきだされることが多々ある。

会の参加者が書きだした事例には、診断はないが発達障害があるのではないかと思われる能力はあるが対人関係でつまずいて働けなくなってしまった人が複数あげられていた。

話し合っていて、だんだん私は気持ちが重く落ち込んできた。それは、今みんなは「穴にいる人を助けるにはどうしたらいいか」を話し合っているのだけれど、自分は、自分の職場に「キラワレモノ」を許容して受け入れることはできないと考えている。

実際のところ、自分が、「穴に落としている人」だと思ったからです。

今、ほとんどの仕事が、サービス業化しています。顧客満足を高めるため、より複雑かつ柔軟に速いスピードで、仕事の質を上げていかなければなりません。その際に、チーム内でも、対お客様でも、対人関係を抜きには仕事ができません。しかも、「より少ない人数で」という効率化要求と同時進行で。

たとえば、安い居酒屋でも、「呼んだらすぐに注文を取りに来て、ミスなく即ドリンクを持ってくる」サービスが当然だと思っている。ちょっとでも遅いとキレるお客様は神様ですか? ここは、リッツカールトンじゃないのに。でも、「できて当たり前」になってきている。

私たちが、客として期待するレベルがどんどん上がってしまって、提供する側である私たちを追い詰めている。
自分たちで自分たちの首をしめあって、墓穴を掘りあっているようです。

正直しんどいですね。業務遂行能力が高く、かつコミュニケーション能力も兼ね備えたメンバーでなければ、チームは簡単に崩壊してしまうだろう。メンタルヘルスを損なう人たちが増え続ける理由も、同じなのだろうと思います。

私は、会の最後の感想で言いました。

「穴にいる人を救えないとみなさんは言うけれど、日々支援者として救えていることにも目を向けてください。そのほうが元気がでると思うから」

障害のある子を持つ親は、支援の充実を訴えます。「もっとやさしい社会を! この子たちの居場所を!」と。
けれど、一方で、職業人として、“お客様”として、「自分が、この子たちをはじき飛ばす側にいる」ことの自覚もある。
一人の人間の中にある、これは矛盾です。(福祉業界に転職をする親の気持ちもわかります)

「自分がいい仕事をして、国富を増やすことが、巡り巡ってわが子やお友だちが暮らしやすい社会をつくる」というのが、今までの自分に対する説明でした。

が、

どうだろう?

この10年ぐらいで、息が詰まるような生きづらさは加速しているように感じる。

障害のある子を持つ親として、「弱者」の立場だけ主張していればいいとは思わない。私の場合。
二面性があるから。

穴にいる人を考えるとき、私の中には、「罪ほろぼし」──のような意識が、ある、のかな。

最終回の予定でしたが、まだ書くことがあるので、続きます

★連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

穴を見つける会(5)

穴を見つける会(1)(2)(3)(4)からの続きです。

そもそも、「穴」ってなんだろう?

これは、「貧困は、社会の死角」というタイトルのイメージ図です。
IMG_0503

「病院」「年金」「障害」と様々な制度から出ている光があります。

光は、指向性を持って、一方向に進みます。複数の光を出しても、光が当たらない狭間=死角ができます。

制度に張り付いて光をあてる(制度本位)←これが、現状

に対して、

人に張り付いて光をあてる(人本位)→パーソナルサポーター


ここで、連載(1)の戸枝さんの発言に戻ります。
「湯浅誠さんが言う、『パーソナルサポーター』ってどんな制度だ?と聞いても、話がかみあわなかった。
どうもこれは、制度じゃないようだ。

色々な制度がそれぞれ困っている人に光を当てて、救おうとしているが、制度の死角になっていて光が当たっていない、どの制度も対象としていない『穴』に落ちている人がたくさんいるだろう。
本当は困っているんだけれど、見えていない人たちに光をあてることができないか?

新たに制度を作る解決は、つくっても死角は残るわけで、それをどうしようか、を考えてみたい」

私なんかの発想だと、光源を増やす、光の当たる幅を増やして、死角を減らすという提案に行きたくなります。
発達障害者支援法は、法律制定→支援センター整備→見過ごされていた存在に気づく役割を果たしたと思っているから。

でも、会の後に、戸枝さんと話していて、気づいた。

◯「穴にいる」ということは制度を当てにくい理由がある。
⇒数が少ない?類型化しづらい?地続きになっていて区別ができない?流動的?などなど

◯制度によるアプローチがしづらく、支援資源(主体もお金も)も用意できるのかといったら、際限なく拡大していく必然をはらんでいる。

で、

穴を見つける会は、何を、したいのか? 何をやろうとしているのか?
(すみません。結論があるわけじゃなく、書きながら考えているので、もやもや・ぐるぐるしています)

穴を見つける会の開催チラシには、目標として、個人レベル=「一人ひとりが支援を“あきらめない”パーソナルサポーターになる」とありました。
これは、個人レベルでは、できそうなことです。

できそうだというのは、こういうわけです──

個人の「意識改革」によって
 ・できないと決めつけていた←その理由は「制度範囲外だから」「自分の専門外だから」
 ・やってみた←専門家の殻を破って、制度の枠を踏み越えて、手をさしのべる
 ・変化を起こせた!

──これは、今までも起きてきたし、これからも起こすことができる。
(ただ、私は、「意識改革」というアプローチには、構えてしまうものがある。このあたりのことは、いつか考え語ってみたいと思っています)

ヒントになりそうな、湯浅誠さんのふわりんクルージョンセッションでの発言を引用しておきます。
制度というものは必ず縦割りなんですが、問題は担い手が縦割りになってしまうことです。制度の縦割りを受け入れ内面化してしまうことに対し、それを自覚的に捉え直していれば、 こうした動きを色々なところにつなげていけると思います。

日本では非常に制度内ソーシャルワークが多く、その制度だけではカバーできないのが見えるはずなのに何もしません。そこをちゃんと問題にして、地域の中でできることがあれば作っていくことです。

「制度の縦割りを受け入れ内面化してしまう」ということは、誰しも心当たりのあることではないでしょうか。社会で働き、生活していく上で、「だから、仕方がない」と自分の中でつぶやく(自分を説得するため。言い訳。)

穴を見つける会の今回のトリガーフレーズは、「それはわかっているんだけれど、どうしようもできないんだよね」でした。「どうしようもできない」と言い切らなくても、「難しい」とひと言口にしてしまえば、思考が止まります

「意識改革」なんて、おおげさに言わず、この会では、思考停止をやめてみませんか?と提案しているのかな。
自分ひとりで社会の矛盾を背負いこむような気負いはキケン。
なので、この不思議な会に集まった仲間たちと、とりあえず、思考を進めてみませんか?と。

解決策や、制度提案が、ゴールではないんだ。
思考停止をやめる。
それだけでいい。

あとは、Let it roll!

(長々と書き綴ってきて、やっと会の存在意義が腹に落ちてきました。ここまでつきあってくださった読者の皆様ありがとうございます。わかりづらい連載記事ですよねー。でかすぎる問題に対するカマキリ的アプローチ。「このもやもやがタマラナイ」ってなったマニアのみなさまにはザンネン(?)次回最終回です(予定)。)

★連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

穴を見つける会(4)

穴を見つける会(1)(2)(3)からの続きです。

ワークショップの内容は、前回までの記事で書きました。今回は、もらった資料の復習をしてみます。

【本人を取り囲む構造図】

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この図について、ワークショップの終わりに、戸枝さんが説明をしてくれました。

「本人特性」の左右に「個人」「環境」が書いてあるところが一番印象に残りました。
「個人」がもつ特性がまずあり、そこに「環境」が掛け合わさって、「本人特性」が決まってくる。

たとえば、「個人」が持っている自閉傾向は、先天的なものだが、家庭や学校、職場といった「環境」によっては、プラスに転じる可能性がある/あった。
しかし、生まれ育ってくる間の、不適切な関わりや誤学習…、そして、今ここにある無配慮な環境によって、「障害」と呼ばれる「本人特性」が出てくる。

もって生まれた発達障害は、選んだわけではない。
早い時期に気づいて、環境を整えてあげられたら。障害の重い軽いに応じた、必要なサポートを切れ目なく続けていけたら。
実は、「本人特性」はマイルドなものになり、生きやすさは増すんですよね。

この図でいう「個人」(生まれついたもの)だけで、決定してしまうわけじゃないんだよな。
また、育ちの履歴で、決定されてしまって、もう変更が不可能なものでもない。
いつだって、今ここにある環境を整えることはできるから、「遅すぎる」なんてことはないんだ。

──と、単純な図を見ながら思いました。(今、もう一度再認識しました)

残りの、矢印と、2つの◯の説明をしますね。

本人特性から「制度」に向かって出ている矢印は、「申請」を意味しているのだと思います。
本人の求めを受けて、制度が「ここに支援が必要な人がいる」という信号を、「社会資源」に対して発して、支援が稼動し始める。

矢印が、出ない。あるいは、途切れる、という状態を思い描くと、「制度の光が当たらない穴」の存在が浮かび上がってきます。

「制度」がない。
本人の「申請」ができない。
「社会資源」がない。足りない。

どうなる?
=サポートゼロ……

「社会資源」の◯には、「フォーマル」と「インフォーマル」があります。
これは、制度化された社会資源(フォーマル)は、支援対象を特定するので、必然的にタテ割的になるのに対して、制度化されていない社会資源(インフォーマル)は、複数の主体が、横串でつながってサポートができる(可能性がある)ことを示しています。

戸枝さんのお話──
制度化すると対象別になってしまう。

セーフティ「ネット」は、穴があるから、セーフティ「シート」にならないかな。

それは、機能別につながる、ユニバーサルな支援と考えているのだけれど。
そのためには、支援者が専門性の殻を壊して、つながらないとできない。
どう思う?

(何人の人が読んでくれているか不安を覚えつつ、続きます)

★連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

穴を見つける会(3)

穴を見つける会(1)(2)からの続きです。

穴を見つける会は、今回で終わりではなく、続きます。

第1回「穴にいる人の事例出し&穴を仮定する」(4月23日)←参加しました。
第2回「穴の確定&穴を埋める方法を考える」(6月25,26日)
第3回「湯浅誠さんに報告に行く」(7月予定)

なので、第1回では、事例を共有し合ったところで終了となりました。なんというか、もやもやが残っています。

第2回で、そのもやもやが解消するかといったら、どうもそのようにも思えません。それは、悪い意味ではなく、この会自体が、手探りだからです。

この会の目的は、単に自分が目にした「穴にいる人」のことを話してガス抜きをすることではないでしょう。
かといって、直接支援のためのケースカンファレンスでもありません。
困難事例を集めて、「こういうサービスが必要です」という施策提案をするものでもありません。

いったいどこに着地するのか? わからないまま、ワークショップ中も考えていました。

懇親会で、起業支援ネットの鈴木さんと「このワークショップってどこに着地するんでしょうね?」と話をして思ったこと。

このまま、もやもやしたままいくのかもしれません。
「なんかこう、見過ごせないというか、もやもやしてるんだよね…」という問題意識の人たちが集まって、ゴールも模索しながら、ワークショップの進め方自体も、これでいいの?と迷いながら、手探りで考えていくプロセス自体に価値があるということなのかな。

もう少し続きます

★連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

穴を見つける会(2)

昨日の記事「穴を見つける会(1)」の続きです。

穴を見つける会の第1回の目的は、「穴にいる人の事例(データ)出しと穴を仮定する」ことでした。

まず、「それはわかっているんだけれど、どうしようもできないんだよね」と、言われてしまっている人を思い出して──
◯穴にいる人

◯困っている(いた)こと、苦しんでいる(いた)こと

◯どうしてその状況に陥ったか(プロセス)

◯その人を取り巻く環境(人とのつながり等)

を参加者がシートに書きだして、ペアでエピソードを共有しました。

そのあと、壁に貼り出して、「いったいこれはどんな穴なんだろう?」という話し合いをしました。

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シートに書き出された事例は様々でしたが、全くバラバラかというとそうではないように思いました。

<複合的>
 たとえば、DV被害、精神障害、要介護の親をもつ、外国籍、と重なりあった家庭など

<支援の手が届かない←申請主義ゆえ>
 知的障害をもつ親と専門的療育を必要とする子どもの組み合わせ(複合的とも言える)

<障害認定はなくて、支援がなく、本人自覚もなく、働けない>
 軽度知的障害や発達障害(アスペ?高機能自閉症?)、境界性人格障害?

などが、複数共通して出ていました。

障害者の就労の場を提供しているNPO法人からの参加者のことばが印象に残っています。

「障害者手帳が取れれば、福祉的就労で働いてもらえるかもしれない人だけど」
「でも、『こんな単純で簡単すぎる仕事は嫌だ』と拒否されるかな」

……職を得て、働いて、お金を稼ぐことが、難しい。

続きます

★連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

穴を見つける会(1)

昨日、「穴を見つける会」に参加してきました。「穴を見つける会? なんじゃそれは?」と思われると思います。

これは、昨年12月に開催されたふわりんクルージョンの分科会「湯浅班」(湯浅誠さんが班長となり、「パーソナルサポーター」について考えた会)の続きをその時の参加者が主体となってやろう!という会でした。

・穴をみつける会(案内)
http://fuwari.tv/fuwafuwa2/anawomitukeru35.html
世の中の問題を「しかたない」で終わらせず
「どうしようか?」
とみんなで考える
一歩をみんなで踏み出しましょう。

光のあたらない深い穴の中で苦しんでいる人はだれか?
湯浅さんから学んだ「ステップ」
“〃蠅鬚澆弔韻襦 会 の開催。
〜光の当たらない穴の中で苦しんでいる人はだれか? 〜
を話すためにみなさんと集い、定期的に継続しながらステップを進んでいきたいです!

カイパパは、ふわりんクルージョンには参加していません。たまたま、Facebook経由で戸枝さんのブログで案内をみて、久しぶりに戸枝さんにも会いたいし、反貧困の話は気になるので参加してきました。
湯浅誠さんは、震災の仕事で参加できませんでしたが、20名くらいの様々な立場・属性の参加者が集まったワークショップは刺激的でした。

IMG_0493冒頭の様子。戸枝さんが今日のワークショップの問題意識を語る。

「湯浅誠さんが言う、『パーソナルサポーター』ってどんな制度だ?と聞いても、話がかみあわなかった。
どうもこれは、制度じゃないようだ。

色々な制度がそれぞれ困っている人に光を当てて、救おうとしているが、制度の死角になっていて光が当たっていない、どの制度も対象としていない『穴』に落ちている人がたくさんいるだろう。
本当は困っているんだけれど、見えていない人たちに光をあてることができないか?

新たに制度を作る解決は、つくっても死角は残るわけで、それをどうしようか、を考えてみたい」

続きます!

★連載記事です。(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

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