カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

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「禁止をして罰を与えれば、問題は止む」ほんとに?

カイパパFacebookページで、多くのかたに読んでいただけた記事を掲載します。

「禁止をして罰を与えれば、問題は止む」と考えている人は、素直な価値観の持ち主だと思う。たぶん、ストレートで幸せな人生を送り、そのような価値観を持つに至ったのだろう。それ自体は、その人にとって僥倖であった。皮肉ではなく──

自閉症の特徴として、「常同行動」というものがある。ピョンピョンはね続けたり、空中で手をヒラヒラさせたり、大きな声で電車のアナウンスをつぶやきつづけたり、人によって様々で、本人は困っていないのだが、周囲が不快になったり、授業の進行の妨げになったりするので、「やめさせたい」と思う。

「禁止をして罰を与えよう」と決めて、そのようにする。それで、問題が止むことはほとんどない。一時的に止むことはあるが、その後で、恐ろしい揺り戻しが来ることが予想される。

それでも、「罰」を与えることをやめようとしない。
なぜか? それは、周囲が「胸がスッキリするから」なんだと思う。逆に言うと、「罰も何も与えないことが、ストレス」だから、効果が無いと知っていても、罰を与えたがる。


「禁止したことを破ったから、罰を与えているだけだ。この子のためだ」という正当化は、本人のことをまるで見ていない。

それは虐待だ。と気づかなければいけないし、気づいていない人には伝えなければならない。

この投稿は、日本維新、みんな、結い、生活の野党4党が5月16日に、自宅にため込まれた廃棄物の除去を自治体が働き掛ける「ごみ屋敷禁止法案」を衆院に提出したことに対する批判記事を読んで、連想したことを書きました。

・藤田孝典氏:ごみ屋敷に住みたくて住む人なんていない 〜ごみ屋敷禁止法案のバカらしさ〜
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujitatakanori/20140517-00035411/

禁止して罰を与えることで、もし障害が治るのなら、法律で障害を禁止して欲しい…
だけど、罰を与え拘束してなんとか矯正しようとした果てに、親でさえ「一緒に暮らせない」とおびえてしまう状態に人を「変えて」しまった結果が出ているのではないか…?

藤田氏が呼びかけているこの言葉が、わたしの胸に届きました。
「あなたが清潔で安全な暮らしを送るために何を手伝ったらいいですか?」と一緒に考えてほしい。

自らが“普通”を思う感覚と“違っている”ひとに向き合うのは、難しい。はっきり言って苦痛です。「住み分け」(セグレゲーション)は現実に進んでいるから、出会わずに、見ることも知ることもなく、やり過ごすことも可能。

けれども、わたしは、ルールが守れず、生活を組み立てられない、荒れてしまった家に住み続けるひとたちが、自分とは遠く離れた場所にいるとは思えません。

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