カイパパFacebookページへのコメントに触発されて書きました。

カイの障害がわかったときに、悩み、たどり着いたことです。
これは、おさないことばで綴られた、ぼくのビリーフ(信念)。

──こういうことは、人生には起きる。理由もなく、起きる。
カイは、自閉という特性を持って生きている。

人を有用性で測れば、優劣はつくかもしれないけど。
生きている、生きていくということに優劣はない。「生命」は、有用性というモノサシでは測れない。
人は、生きていること、そのものが肯定されている。

いろんな不便は、その不便を解消できる「能力」のある人や組織が解消する。
そういう能力がある者には、そういう「役割」がある。
そして、その役割は「持ち回り」なんだ。

だから、ぼくが、元気で、頑張れるうちは、精いっぱいの「有用性」を発揮して、不便を解消していくんだ。そして、動けなくなったときには、また別の人が役割を担ってくれる。
なんだかんだ言って、人類がこれまで生き延びてきたのは、こういう持ち回りがおおきくは機能しているから。

細かくみたら、いろいろあるに決まってるけど。
だから、おおきくは、信頼して大丈夫。おたがいさま──


この記事の続き──「おろかだから生きていける」もよかったらどうぞ。